伝説の映画監督
『「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』に応募してみました。
「カアッツ! OK!」
「いやぁ今の良かったよ浅岡君、じゃあもうワンテイクいってみようか」
「えぇ~!」
俺はディレクターチェアに座りながら、メガホンを片手にこのセリフが言いたくて映画監督を目指している。
例え、役者がどんなに自信のある演技をしようと、監督である俺が描いた絵面でなければリテイクになるのは当然ではないか。
「富岡部長、私たちは部員二人だけの映画研究会なのよ。さらっと1本撮れればいいじゃない」
またこれだ。これが演技をする側の人間と、伝説の映画監督を目指す俺との差だ。
「部長は変なポーズばかりさせるし、どうしてフィルム撮影なのよ? それに8mmのモノクロサイレントって、今時デジタルでしょ。リテイクするとフィルム代が惜しいんですけどぉ」
更にこれだ。何も分かっていない。映画の基本は8mmモノクロで撮影しなければ、巨匠クロザワ先生の偉大な足跡に学べない。浅岡君、君は世界の巨匠、スベルバーグ、ヨーガス、デカメロン監督が日本の伝説の監督、クロザワ先生の影響を受けている事を知らないのか。
「あのね部長、衣装が無いからって、こんな古い提灯ブルマをどこで手に入れたのかしら? 怪しいわね。それとさっきから部長の言う通りに動いてるけど、台本も無しでこんなのいったい何の映画なのよ?」
またこれだ。監督である俺の意図を読めていない。敏感に監督の意思を読み取るセンスに欠けているんだよ浅岡君、君は。
「ふっ、仕方が無い。分からないようなら教えてあげよう。モノクロフィルムで提灯ブルマ、その二つが意味するものは!」
ゴクリ
「い、いったい部長は、どんなスケールの大きな事を考えているの?」
「戦後から伝わる天下無敵、朝の国民的スーパーイベントの再現! 浅岡君、ドラムロールだ!」
「は、はい!」
浅岡部員が口でドラムロールの効果音をマネる。
「ダラダラダラ こ、これでいいかしら?」
うむ!
「それはラジオ体操第一、第二だぁ!」
♪チャンチャラ チャンチャラ♪
ガックリと膝を突く浅岡部員。
「アホだ。富岡は伝説の馬鹿になる男だったのね。私の未来はモノクロフィルム・・・カラーじゃない」
左手薬指の指輪をじっと見つめ、無言でエコバックを掴むと、
晩御飯のおかずを買いに行くと言って、浅岡部員が出て行った。
あれから一週間が過ぎても妻はまだ帰って来ない。
寒