紅き剣士 その2
その日も、少年は鍛錬に明け暮れていた。
それでも、その日は特別だった。
共陰歴4月3日の春、少年はその日をこれから忘れない。
姉が帰って来た。
普段赤い騎士団団長としての仕事が多く、俺が12歳になってからは家に帰ってくることが少なくなった。
姉さんは6歳にして騎士団長になった、紛れも無い天才なのだ。
なんで天才と呼ばれているかを思い出しながら、自分の無力さに呆れた。
俺は当時、自分の名前すら知らないような生まれたばかりの状況だった。
でもしっかりと見ていた。
魔族長と呼ばれたベルドと呼ばれる化物を、たった6歳の少女が倒した。
その姿は、まるで赤の巫女だった、と赤い騎士団将校は言っていた。
俺を護る為に、姉さんは後遺症が残る事すら気にせず、必死に戦ってたのだ。
その結果、姉さんの眼には深い傷がある。
ベルドの眼の傷を受け継いだのだ。
そして、ベルドを倒すのと引き換えに、呪いを受けたのだ。
姉さんの左眼は、見たら呪われる代物だった。
簡単に言えば、死ぬ。
母さんは、それで死んだのだ。
とある村でこんな伝説があった。
「赤の巫女は裏切りの象徴。」
そう言い伝えられていた。
そんな中、とある村で元気な赤髪の女の子が産まれた。
それは、大陸の中で一番大きい村の話だった。
元気な赤髪の女の子は、12歳になった。
その女の子の名前はイグニアと言い、元気で優しい女の子だった。
赤く長く美しい髪に、お世辞などでは無い美しい顔立ち。
それでも村は、イグニアを避ける。
「赤の巫女は裏切りの象徴だ」
その伝説は、誰もが知っていて、そのためか赤髪のイグニアは避けられていた。
両親は2人とも黒髪なのに、なんで自分だけ赤髪なのか。幼いイグニアでも、そう思っていた。
村の者の蔑むような痛い視線は、幼くとも分かるようだ。
それでも、両親は優しかった。
それがイグニアの救いだった。
イグニアは、強くなりたかった。
皆んなを守れる人になりたかった。
そんな中、行商人が現れたのだ。
「やあ、お姉さん!僕が売る商品は素晴らしい物ばっかりだよ!今なら安いよ!」
そこで、イグニアは槍に一目惚れした。
彼女は最初は槍を使いこなすことができずにいたが、ひたすら努力した。
彼女は努力の天才だった。
それでも、挫折は多く、心も折れかけていた。
「簡単に強くなりたい。お母さんやお父さんを守りたい!」
そんな言葉が、今後のイグニアを変えてしまう。
簡単に強くなる。
そんなのはズルだ。
そう分かっていた。
でも、もう無理なんだ。
そんなイグニアの元に、フードを被った怪しい男女が現れた。
「君....強くなりたいの?」
「 え? .... そうです。 でも、努力をしても...」
「 圧倒的な力が欲しいなら。私達が教えてあげるわ。」
明らかに怪しかった。
それでも幼いイグニアは、罠を理解できなかった。
(赤髪の女の子...裏切りの象徴....これは使えちゃうな〜!)
(そうね。魔力も有り余っている。これはちょうど良い実験台だ。)
彼らにとってイグニアは、ただの実験台だった。
その日から、イグニアは家に帰らなかった。
父も母も必死にイグニアを探したが、見つかるのは2週間後だった。
その時には、やはりもう遅かった。
ある日イグニアの父であるアグニは、イグニアが良く行っていた森に捜索しに行った。
その森は、燃えていた。
今にも豚が死にそうになっていて、誰かの仕業だとアグニは理解した。
そこで彼は見た。
容姿端麗な赤髪の女性がそこにはいた。
それは、イグニアだった。
黄色く鋭い眼光に、今までと違う槍の使い方。そして火属性魔法。
彼女を見ていた父からすれば異常は明白だった。
それでも、父として娘の成長が嬉しかったのか、イグニアの元に駆け寄ってしまった。
その時、父はイグニアの成長や久しぶりに会えた嬉しさでいっぱいだった。
イグニアは違った。
憎い。憎い。憎い。憎い。
私を産んだ、あの者どもが憎い。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。止まらない憎悪が、父を襲った。
イグニアは、赤の巫女そのものだった。
異常な憎悪で生命を破壊していた。
でも。それでも、彼女は忘れていなかった。
忘れられなかった。
忘れていたかった。
目の前の紅き血が、父のものだと分かってしまった。
そんな絶望が、彼女を狂戦士に変えた。
森はあっという間に全体が燃え、その炎は消えなかった。
その頃からその森は燃える森と呼ばれ、立ち入ることはできなくなってしまった。
今でもきっと、アグニは燃えているのだろう。
イグニアは、その後自殺したと村に伝わった。
村は安堵に包まれた。
そして、母であるサーヤは絶望した。
自分が無力だから、そう思ったのだ。
いつのまにか髪の毛は紅くなり、サーヤは死んだ後も思念体として生き続けた。
同じ思いを誰かにさせない為に、サーヤは死んでなお生き続けた。
エリシスは、強い欲望があった。
家族を守りたい。その為ならどんな手段でも使って正義を貫く。
そんな気持ちは、一瞬で破壊された。
一瞬の油断が生んだ眼は、自分を破壊した。
赤い巫女と呼ばれたその姿は真実だった。
家族を守る為に剣の師匠を犠牲にした。
そして、ベルドを倒したのだ。
独り身である剣の師ムラクモの死を悲しんだ者は、エリシスたった1人だった。
「たった1人の弟子を守れて良かった」そうムラクモは言っていた。
言い訳がないのに。
なんでそんな優しいんだ。
犠牲を産んででも倒さなきゃ行けないなんておかしいのに。
そんな憎悪が、エリシスを呪った。
幸いにも、母が駆けつけエリシス自体の呪いは一つを除くもの以外解除できたが、残り一つは無理だった。
殺追の義眼と呼ばれたその呪いは、解除なんてできなかった。
「 巫女である自分の命をかけなければ、これは解除できないの。
だからって、怒らないでね。私はエリシスを愛しているからね。ずっと守るからね。」
サーヤのエリシスに対する態度は、ずっと母じゃなくて巫女だったのに、最後の最後で母になった。
母さんは、そうして死んだのだ。