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幻獣召喚士2  作者: 湖南 恵
第五章 白の反乱
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十九 転封

「貴族院議員を辞することは破滅を意味する――それは、利用価値のなくなった卿らに対し、金を貸している大商人どもが利払いの減免や猶予を与えてくれなくなる……ということであろう。違うか?」

 レテイシアの問いに対し、十二侯たちは無言のままだった。


「ふん、黙っているということは肯定だと判断するぞ。

 そもそも、わが国が統一される以前は一国の王であった誇りあるそなたたちが、卑しい商人の言いなりになっておるのも借金のためであろう。

 よもや喜んで彼らに従っているわけではあるまい?

 のぉ、オータル殿。そうではないのか?」


 長老格の侯爵は、名指しされて渋々口を開いた。

「当たり前でございます。何を好きこのんで、そのような屈辱に甘んじているとお思いですか。

 しかし、現実に毎月の利払いすら満足にできないのが現状。もはやわれらには如何いかんともしがたいのです」


「オータル侯は……代々ファン・パッセル家の支援を受けていたのであったな。

 額までは聞くまい、利率はいくらだ?」

「……二分でございます」


 苦々しい顔で仕方なく白状する老人を、女王は無慈悲に追求する。

「二%だと? 今どきそんな低利で金を貸す馬鹿はおらんだろう。

 それは年利ではあるまい?」


「……月の利息です。元本に返済期限はありませぬが、利息だけは毎月返済する約定となっておりますれば」

 レテシシアは残酷な笑みを浮かべた。

「月利二%、つまり年利にすると二十四%――元本のほぼ四分の一ということだな。

 それでは四年半も利息を払い続ければ、元本を超すということではないか。

 もちろん、利払いがとどこおれば複利で借金が増えていくというわけだ。なるほど、確かに〝破滅〟じゃの」


 老侯爵は黙り込み、白くなるほど唇を噛んで屈辱に耐えていた。

「だが借金にはそれ相応の保証が必要であろう。メイナード侯、貴卿のところでは何を担保にしておるのだ?」


 メイナード侯爵はすべてを諦めているのか、素直に答えた。

「それはわが領地に決まっておりましょう。ほかの方々も同じはずです」


 女王は首をかしげる。

「それはちと不正確だな」

「不正確……ですか?」

「そうだ。家に帰ったらよく証文を見てみろ。担保は侯爵領の農地に対する徴税権と書かれているはずじゃ」


 侯爵は不思議そうな顔をする。

「同じことではありませんか? 農地の徴税権を商人に譲渡するということは、土地を奪われるのと同義でありましょう」

「卿よ、それは全く違うぞ」

 レテイシアはもはや楽しそうであった。


「忘れたか? わが国の憲法には、『リスト王国の領土はすべからく王のものであり、土地の私有は認めない』と規定されているはずだぞ。

 農民には土地ごとに代々耕作権を認めておるが、所有権はあくまで王家にある。家屋敷は確かに私有財産だが、その土地に関しては居住権が認められているだけだ。

 そなたたち領主に対しては、〝領地〟と呼ばれる範囲で住民への徴税権を認めているに過ぎないのだ。土地をくれてやったわけではないのだぞ」


「それは……厳密に言えばそういうことになりますが」

「メイナード侯爵。私はそなたに領地への徴税権を認めておる。その書き付けも戴冠式のあと、書き換えて交付しているはずだな?」

「それはもちろん……王家が代替わりするたびに証書をいただいております」


「よかろう。私はメイナード侯が領主である間、徴税権を貸し与えたということになる。それを勝手に商人に譲渡することができると思うか? 少なくとも私はそんなことを認めるつもりはないぞ」

「あ……」


「よいか、商人や金貸しどもが、何故大金を投じて辺境開拓を進めているかを考えてみよ。

 開拓に成功した時、彼らが得られるのは土地の所有権ではない。〝辛労免しんろうめん〟と呼ばれる徴税権だけなのだぞ?

 土地は自動的に国のものとなるからな。

 しかも辛労免は徴税権の一部、三割から五割に過ぎんのだ。

 それが欲しいために、商人どもが失敗のリスクを抱える辺境開拓に血道を上げるのは、辛労免だけに許されている特例があるからだ。

 メイナード侯、そなたの領地は最も辺境に近い。存じておろう?」


 侯爵はもう女王の話がほぼ分かりかけている。

「それは……辛労免が〝取引できる〟ということでしょうか?」


 レテイシアは大きくうなずく。

「そうだ。辛労免に関しては売買も譲渡もできる。国がそれを認め、開発許可状に明記しているからだ。

 逆に言えば、辛労免以外の徴税権は一切の取引が禁じられているということなのだよ」


 女王はますます楽しそうに語り続ける。

「まぁ、その辺は微妙なところだから置いておこう。

 ――では再び訊ねるが、侯はこのたび転封を命じられ、私から新たな領地が与えられる。

 もちろん新領地でも徴税権が認められることになる。

 では、メイナード家が新領地へと去ったのち、今までの領地は王家の直轄領となるわけだが、その徴税権はどうなるのだ?

 いや、答えてもらう必要はないな。子どもにでも分かる問題だ。

 当然、王家に徴税権が返されることになろう。

 そうなったら、そなたの借金の担保は〝消滅〟することにはならんか?

 その時に、商人どもが『それは私どもの担保になっております』と訴えたからといって、私がメイナード家の借金を肩代わりすると思うか?」


 居並ぶ十二侯たちにも、ようやくレテイシアの言う〝転封〟の意味が理解されてきたようだった。彼らの間から抑えようのない興奮とささやき声が湧きあがってくる。


「よいか、卿らの借金が一代で拵えたものなら別だが、みな先祖たちの下らぬ見栄や浪費から積み上げられたものであろう。

 卿らはすでに利払いだけで元本の数十倍もの返済をしてきたのだ。義務は十分に果たしておる。

 そのくびから、私が解き放ってやろう!」


 女王の力強い宣言に、十二侯たちから「おお」という声が洩れる。


「そなたたちとて、若いころは理想の領主になろうと夢見たことがあるだろう。新たな領地でそれを実現させてみよ!」

 レテイシアは十二侯たちの顔を一人ずつ見つめながら、低く迫力のある声で言い渡した。


「蔵を建て、飢饉に備えて穀物と種籾を蓄えよ。

 灌漑工事を行って農地を増やせ。

 何よりも民を慈しめ!

 農民の声に耳を貸し、不作や災害の時は年貢減免の訴えを認めるのだ。

 肥料を工夫し、土地に合った新たな作物を探し、病害虫を防ぐ研究をして民にその知恵を分け与えよ。

 さすれば収量は自然と上がり、卿らの暮らしも豊かになるであろう!」


 会議室の高い天井に、凛としたレテイシアの声が響き渡った。

 それは老獪ろうかいな侯爵たちの胸を打った。彼らがまだ青年だったころ、大学で最新の農学と経営を学んでいた時の熱い情熱を思い出させたのだ。


 女王はふいに声を落とし、溜め息をついた。

「卿らに与える新領地は、現在の面積より二割近く削減されるだろう。だがな、それで収穫量は同じなのだ。

 何故か分かるか?

 卿らは借金に苦しむあまり、民から搾り取ることに汲々として、彼らの生産意欲を削いでいたからだ」


「もう一度言う。

 よい領主となれ!

 今後、二度とやり直しの機会は訪れぬと知れ!」


 女王は席を立った。

「私からは以上だ。

 あとの細かいことは、白虎帝に任せてあるから相談するがよい」


 そして、彼女は侍従長が開けた扉から退出していった。その後をユニとオオカミが追っていくのが見えた。

 会議室に残されたのは、白虎帝と十二侯、それに警備の近衛兵たちだけだった。

 誰も何も言わぬ中、しんとした小会議室に何人かの侯爵が洩らす嗚咽だけが響いていた。


      *       *


「どうじゃ、ユニ。私の演説は?」

 真っ直ぐ前を向いて歩きながら、女王は振り向きもせずに問う。


「お見事です。

 私が説明しなかったところまで踏み込まれていたのには驚きました」

 ユニは少し小走りになりながら、素直に賛辞を送った。

 レテイシアは身長が百七十センチ以上あって、女性としてはかなり長身だったので、小柄なユニはついていくのがやっとだった。


「私は若いころ、ケルトニアに嫁にいったからな。かの国や敵対するイゾルデル帝国の政治体制についてはよく勉強したものだ。

 そなた、六法という言葉を知っておるか?」

「いえ、存じません」

 ユニは素直に答えた。法律は数学と並んで彼女がもっとも苦手とする分野だ。


「憲法、商法、民法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法の六つの法律のことだ。国の基本となる法律だと言えるな。

 ケルトニアや帝国では、この六法がかなり昔から条文化され、しっかりと整備されている。

 だが、わが国はどうだ。憲法こそ他国にさきがけて制定されたが、それ以外は刑法を除いてまったく整備されておらん。

 ただ昔からのしきたりに従って〝何となく〟国が運営されているだけなのだ」


 歩きながら、彼女の視線はどこか遠いところを見ていた。

「私は税制の改革だけを考えているわけではないぞ。

 必ずや六法を整備して、この旧態依然とした国を法治国家に生まれ変わらせてみせる!

 今回の件を、そなたは性急に過ぎると思っておるようじゃが、私はそうは思わん。

 場合によっては屍の山を築いてでも、改革の第一歩を踏み出す覚悟であった……」


 突然レテイシアは立ち止まり、ユニの方に振り返った。

「そなたには感謝しておる。十二侯を転封させるなどという奇抜な考えは、私やエランでは思い浮かばなかっただろう。

 何より愉快なのは、これで十二侯の背後にいる大商人や金貸しどもに大打撃を与えることじゃ。

 見ておれ、法を整備したら貸金業は免許制にして査察を義務付けてやる。当然、法定金利を定めて法外な利息で暴利を貪れないようにしてやるわ。

 それにな、これはまだ極秘だが……農民の年貢は物納制から金納制に変えるつもりなのだ。

 これがどういうことか分かるか?」


「いえ、さっぱり」

 ユニの正直な答えに、レテイシアはけらけらと笑い出した。

「そうか……。午前中のそなただったら、何でも理解していたような気がするがな……。

 まぁ、後のことは任せておけ。

 そうじゃ、しばらくは慌しいだろうが、落ち着いたら王宮に遊びに来るがよい。

 しかと申しつけたぞ」


 ユニはぽかんとした。

「はぁ……。それはもう、陛下のお召しとあればいつでも参上しますが……何かあるのですか?」


 女王は機嫌よくうなずき、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「もちろんじゃ。忘れたのか?

 そなたには、インキュバスに見せられた夢の話を是非聞いてもらわねばならんのだぞ!」


      *       *


 レテイシアが向かったのは、王城中央塔にある執務室だった。

 王宮が私的な活動の場だとすれば、この中央塔は公的な仕事を行う施設である。

 王の執務室らしく贅を凝らした内装を、ユニは驚きを持って眺めまわしていた。


 そのために室内に一人の人物が控えていることに気づくのが遅れてしまった。

 執務机の椅子に腰をおろしたレテイシアが「大儀である」とねぎらいの言葉をかけたので、やっとユニは〝誰か〟がいたことに気づいたのだ。

 片膝を床について頭を下げ、姿勢を低くしていたその人物は、女王の言葉で顔を上げた。


「げっ、エディス!」

 思わずユニの顔が引きつる。


 彼女は白虎帝エランの副官エディス・ボルゾフという女性だった。

 ユニとは数年前、クロウラ事件の解決のためともに冒険をした仲だったが、彼女はなぜかユニに異常な(時にはかなり性的な)執着を見せるようになったため、ユニはエディスを苦手としていたのだ。


 だが、彼女はユニにちらりと視線を走らせただけで、レテイシアの命令をうやうやしく待っている。

 さすがに場をわきまえている――ユニは心の内で胸を撫でおろした。


「ボルゾフ中尉、城外の第四軍の様子はどうか?」

 女王の下問にエディスはきびきびとした口調で答える。

「はい。撤退は本格的なものと見えます。

 蒼龍帝の幕営はいまだ健在ですが、恐らく夕刻までには全軍が出立すると思われます」


「そうか。参謀本部の包囲は解いたのか?」

「はっ、仰せのままに」


 レテイシアは大きくうなずいた。

「よろしい。では中尉、そなたはただちに第四軍の幕営に赴き、アリストアを連れ戻してまいれ。

 フロイアには十二侯の釈放、王都の戒厳令、及び参謀本部封鎖の解除を伝えよ。

 アリストアがついておるのだ、手抜かりはあるまいがメイナード侯爵家に入り込んだ帝国の犬どもの掃討を手配したかの確認も取るのだぞ。

 その後、エランの指示のもと第一軍の帰還を準備せよ」


「御意!」

 エディスは短く応じると、ただちに執務室を退室しようとした。


「お待ちなさい」

 突然のユニの声に、彼女の足が止まる。

「フロイア様とアリストア様のもとには私も一緒に行くわ。その方が何かと都合がいいでしょう?」


 エディスはレテイシアの表情を窺う。

 女王が小さくうなずいたのを確認すると、たちまち彼女は相好を崩した。

「ユニ先輩、一緒にお仕事なんて久しぶりですね!」


 彼女の目元はとろんとしてうるんでいる。

 たちまちユニは自分の発言を後悔したが、もう時すでに遅しである。


 ユニは小さく溜め息をついて、自らの心に鞭を入れた。

「ええ、またあなたと会えて嬉しいわ。

 さぁ、行きましょう!」


 女王は侍従が開けた扉から去っていく二人の女の後姿を見送っていた。

 ゆっくりと扉が閉められる間、慎みを忘れて話し込んでいる彼女たちの声が聞こえてくる。


「ユニ先輩、どうやって王都に入ったんですか? おまけにちゃっかり陛下のお側にいるなんて!

 そうだ、宿はどこなんですか? もし決まってないんだったら、あたしのとこに泊まりません?」

「苦労して潜入したのよ。宿なんか取ってるわけないでしょう。

 その申し出はありがたいけど――だが、断る!」

「ええーっ、先輩のいけずぅ!」


 侍従が分厚い扉を音もなく占めると、若い女たちのかしましい声は途切れてしまう。

 レテイシアは「ふっ」と微笑んだ。


「私がせめてあと十五年若ければ、あの娘らとああして騒いでいられたのだろうがな……。

 まぁ、愚痴を言っても詮ないこと。私は王としての義務を果たすとしよう」


 そうつぶやいて机の上に置かれた羽根ペンに手を伸ばした。

 女王の背後に影のようにつき従っていたカロウ侍従長が、すかさず真新しい羊皮紙を机の上に広げる。

 レテイシアはインク壺にペンを浸すと、新たな勅命書を書き始めた。


 その顔にもう笑みはなく、真剣な表情には王としての威厳が満ち溢れていた。

 刻まれた皺は隠しようもなく、少し疲れたような四十歳に近い独身女の顔でもあった。

 しかし老いた侍従長の目には、まったく違う姿が映っていた。


 それは、自分が教師として教えていたころの、ひとりぼっちで、ひどく頼りなさげな線の細い少女だった。


 彼はかつてのように、レテイシアを優しく抱きしめてあげたかった。

 もちろん、女王となった彼女に対してそんなことは許されるはずもない。

 侍従長はわずかに洩らした溜め息を気づかれないようにしながら、この国の王たる女性に声をかけた。


「陛下、何かお飲みものをご用意いたしましょう。

 お酒というわけにはいきませんが……そうですね、罪深い程に甘いチョコレートなどいかがでしょう?」

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