エピローグ
王城と庭園を隔てた奥に建つ王宮は、王が暮らす私邸である。
アッシュはここに招かれ、レテイシアと差し向いになっていた。
「アッシュ陛下はお飲みになるのであろう?」
部屋の主であるレテイシアが、食器棚からグラスと瓶を取ってきて、豪華なソファに腰かけた。
彼女は慣れた手つきでグラスに酒を注ぐと、アッシュに手渡した。
エルフはチューリップ型のグラスの中でその液体を回すと、香りを楽しんでから口に含む。
「ほお、上物ですね。
これほどのケルトニア酒は久しぶりに飲む」
レテイシアはにこりと笑い、自らのグラスに口をつけた。
「お分かりですか? グレン・ネヴィスという銘柄の三十年物です。
そう言えば西の森は西沿岸に近いのでしたね。
あのあたりの都市国家群は、ほとんどがケルトニアに隷属しているはず。
ケルトニア酒も出回っているのでしょう?」
アッシュはうなずいた。
「ええ、私も好きで時々買い求めております。
そういえば、ユニから聞きましたが、陛下は一度ケルトニアに嫁いだことがおありだとか?」
レテイシアは苦笑いを浮かべた。
「侍女と浮気した夫の金玉を蹴り潰して離縁されました。
ユニは〝出戻り姫〟と言っておりませんでしたか?
この酒はかの国で覚えたものですが、ここではなかなか手に入らないのが困りものです。
これは私自慢の秘蔵品なのですよ」
これはまったくの偶然だったが、二人が飲んでいた酒は、同時刻にユニとマリウスが酌み交わしていたのと同じものだった。
しばらくの間、二人の女王はたわいもない話をしながら酒を楽しんでいた。
やがて、レテイシアが空にしたグラスをことりとテーブルに置くと、エルフの顔を覗き込んだ。
「そろそろお話しいただけませんか?
誇り高きエルフの王が、人間の国をお訪ねになった理由を……」
アッシュは軽く鼻息を洩らし、同じくグラスを卓に置いた。
「どうもこうも……親書に記したとおりですよ。
私はレテイシア陛下と挨拶を交わし、知己となりたかったのだ。
仁義を欠きたくはなかったのでな」
レテイシアは不審な表情を浮かべた。
「仁義を……。
どういう意味でしょう?」
「リスト王国は、ケルトニアと友好関係にあると聞いております」
アッシュは澄ました顔で再びグラスを手に取った。
「いかにも。
とはいえ、わが国が帝国と敵対しているから、〝敵の敵は味方〟という論法です。
もしもケルトニアが帝国を占領すれば、たちまちわが国に襲いかかって参りましょう。
その程度の友好国です」
「なるほど……。
実を言うと、エルフではありませんが、ある種族がそのケルトニアとちょっとしたトラブルを起こしているのです。
私たち同様、その種族も人間と事を構えるのは避けたいと考えています。
そのため、人間の傭兵を雇おうと考えたのですが、さきほど陛下がおっしゃったとおり、西沿岸の都市国家群はすべてケルトニアの支配下にあります。
おかげでろくな傭兵が集まりません」
エルフの話を聞くうちに、レテイシアの表情が険しくなってくる。
今、リスト王国が大国ケルトニアの機嫌を損ねるような行動はとれない――それは彼女が一番よく知っていることだった。
「それで、困ったその種族は私を頼ってきました。
私が人間世界を旅して回ったことを聞き及んだのでしょう。
まぁ、それなら縁のあるこの国で傭兵を募集してみようか――と思ったのです」
レテイシアは肩の力を抜いた。
少なくとも軍を動かせという話ではないようだ。
「それならば構いません。
傭兵は金次第でどの陣営に付くのも自由、そういう習いです。
わが国で集めた傭兵を連れ出しても、ケルトニアとの関係が悪化することはないでしょう」
レテイシアの寛容な応えに、アッシュは軽く頭を下げた。
「お言葉、痛み入ります。
傭兵については陛下のおっしゃるとおりですから、あまり心配はしておりませんでした。
ですが、そのほかにある人物を借りたいと思っているのです」
「ある人物……何者ですか?」
レテイシアの眉がぴくりと上がる。
「その者は軍籍にはありませんが、召喚士です。そして陛下が可愛がられているとも聞き及んでおります。
ですから、無断で連れていくのは仁義にもとる――と考えました」
「それは……本人も承知の話なのですか?」
アッシュは首を振った。
「いえ、ずっと迷っていましたから、まだ話しておりません。
ですが、彼女からはすでに〝何でもする〟という言質を取っております。
レテイシア陛下、ユニをお貸しいただきたい」
前作よりも長い九十万字を超す長編にも関わらず、最後までお読みいただきありがとうございました。
この『幻獣召喚士2』は、書籍で言えば第二巻に当たります。
『幻獣召喚士3』が『幻獣召喚士』の第三巻、そして三部作の完結編ということになります。
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