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幻獣召喚士2  作者: 湖南 恵
第七章 三つ首の龍
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十七 一つ目鬼

 召喚術を重視するリスト王国では、当然のように幻獣に対する研究が進んでおり、分類学も盛んである。


 それによると、サイクロプスは巨人の亜種――もっと率直に言えば、比較的新しい時代に出現した劣等種と考えられている。

 体長が十メートル前後の巨人族に比して、彼らの背丈は五~六メートルと劣ることも理由の一つだが、最大の違いは知能の低さだとされている。


 サイクロプスは極めて稀ではあるが、この世界でも出現したことがある。その凶暴さ故に被害は甚大であったが、エルフの助力を得た人間の英雄によって倒され、その活躍は伝説として広く知られていた。


 物語では、かの怪物を巨人族とは見なしておらず、〝一つ目鬼〟と表現して、むしろオーガ(食人鬼)やトロル(妖鬼)のような鬼人族として扱っている。


 ともあれ、そうおいそれと出現する幻獣ではなく、もちろん召喚士によって呼び出されたという記録もない。


     *       *


 サイクロプスは巨体に似合わぬ素早さでユニたちに襲いかかった。


 護衛のオオカミたちが一斉に迎撃したが、それを簡単に弾き飛ばす。

 そして手にした金属製の棍棒を振りかぶり、うなりを上げて叩きつけた。

 マリウスの張った防御障壁はその攻撃を弾き返したが、凄まじい衝撃が守られた内部空間にまで伝わってきた。


 対物防御の魔法障壁は、加えられた攻撃の強さに応じて術者の魔力を消費していく。


 最初の一撃で奪われた魔力量は想像以上のものだった。

 障壁を維持しているマリウスは、ごっそり魔力を持っていかれたせいで眩暈めまいを起こし、地面に片膝をついてしまった。


 怪物はもう一撃、金棒を振り回して横殴りに叩きつけた。

 障壁に弾き返された勢いで金棒が手からすっぽ抜けると、今度は両の拳で滅茶苦茶に殴りつけてくる。


 その一撃ずつが重い。

 マリウスはごりごりと魔力を削られ続け、両手を地面につき肩で息をしている。


「こっ、このまま攻撃が続いたら、長くは持ちませんよ!

 ユニさん、どうにかしてください!」


 歯を食い縛って訴える彼の表情からは、いつものような笑みが消え去り、顔色も紙のように白くなっていた。


 ユニはライガに向かって叫んだ。

「ライガ! どうにかしてサイクロプスの攻撃を止めて!

 このままじゃ、防御障壁が破られるわ!」


『やかましいっ!

 言われなくてもやっとるわ!

 だが、こいつ堅すぎるんだ!』


 ライガ、ハヤト、トキの三頭は、隙を見てはサイクロプスに襲いかかっていた。

 だが、相手は身長五メートルを超す。

 あのアリストアの召喚獣である怪物ミノタウロスよりも、一メール以上デカいのだ。


 跳躍しても、急所となる首にはなかなか攻撃が届かない。

 ふくらはぎに噛みつくのは容易たやすかったが、敵の動きを止められないばかりか、全くダメージを与えられない。

 サイクロプスの表皮は呆れるほどに堅く、分厚かった。


 オオカミの牙はどうにかその皮膚を貫いたが、ただ穴を開けたに過ぎなかった。

 わずかに血がにじむ程度で、あっという間に傷口が塞がり、修復されてしまうのだ。

 巨人族の持つ再生能力を、この一つ目鬼も受け継いでいるらしい。


 オオカミたちは、サイクロプスが腕を振り上げようとする瞬間を狙って飛び上がり、噛みつく戦法に切り替えた。

 彼らだって体長三メートルを超す体格を持っている。

 腕に噛みついて振り回せば、相手のバランスを崩してユニたちへの攻撃を遅らせることができると考えたのだ。


 そして一頭がぶら下がると、残る二頭のオスたちが次々と同じ場所に襲いかかり、腕を引きずり下ろすことに成功した。

 こうなると、もう障壁への攻撃を継続するどころではない。


 サイクロプスはオオカミごと腕を力任せに振り回し、邪魔な獣を地面に叩きつけようとした。

 もちろんオオカミたちは馬鹿ではない。

 その途中で口を離して着地し、再び攻撃の機会を窺う。


 この攻撃方法は有効だったが、成功する確率は低く、また危険も大きかった。

 メスたちは隙を見てはサイクロプスの足に噛みつき、オスたちの攻撃を援護している。


「ライガ!

 この化け物(サイクロプス)は召喚された幻獣で間違いないの?」


 突如としてユニが叫んだ。

 ライガは彼女が何かに気づいたことを察し、振り返らずに吠える。


『ああっ! 間違いない!』


 オオカミのいらえを得て、ユニは即座に次の命令を叫んだ。


母さん(ヨミ)たちは人間を探して!

 こいつの姿が見える範囲に、必ず召喚士がいるはずよ!

 非常時だから構わない、見つけ次第にそいつを殺すのよ!

 召喚士の息の根を止めれば、サイクロプスは強制送還されるわ!」


 ヨミは、ユニの最初の一言でその意図を察していた。

 この老練なオオカミは、ユニの言葉が終わらぬうちにミナ、ヨーコ、ジェシカ、シェンカに捜索の割り当てを指示した。

 五頭のメスたちは、戦闘の現場から扇形に拡がって散っていく。


 森の中はあまり見通しが利かない。

 だが召喚士は、どこかの茂みに隠れ、見える所からサイクロプスへの命令を送っているはずである。オオカミたちの嗅覚から逃れられるわけがない。

 果たして、ものの一分もしないうちにミナの叫び声が聞こえた。


『見つけた!』


 散っていたメスたちは、一斉にミナの方へ駆けつけるはずである。

 障壁内で成り行きを見守っていたユニは、へなへなとその場に座り込んだ。


 間もなく召喚士はオオカミたちによってずたずたに引き裂かれるだろう。

 同じ人間である召喚士を殺す――それをオオカミたちに命じたことは気が引けたが、今はやむを得ない。


 だが、何か変だった。

 十数秒が過ぎたが、ヨミたちからは何の報告も届かず、ただ困惑の感情だけが伝わってくる。


 ユニの目の前では、ライガたち三頭のオスが必死でサイクロプスとの攻防を続けている。

 早くしないと彼らの体力が持たなくなるというのに、女衆は何をしているのだ?


「ヨミ!

 どうしたの? 何かあったの!」


 ユニがそう叫んだのと同時に、二十メートルほど先の藪の中から何かが飛び出してきた。

 それは〝ガシャーン!〟という金属音を立てて地面に激突し、そのままごろごろと転がってきた。


「何あれ……鳥籠?」


 その物体は、大きな鳥籠としか表現のしようがなかった。

 頑丈そうな鉄俸が粗い格子状に組まれ、釣り鐘型の籠を構成している。

 そして、その中には小鳥ならぬ人間が入っていた。


 地面を転がる鳥籠を追うように、藪からメスたちが飛び出してきて、次々に籠に襲いかかった。

 しかし、太い鉄棒はオオカミたちの牙を拒絶して中へ通さない。

 彼女たちに出来るのは、体当たりをして籠を転がすことくらいだった。


「向こうは完全に対策を用意していますね」


 ライガたちの奮戦によって障壁への攻撃が止んだためか、マリウスが復活していた。


「あの中に召喚士が入っているんでしょう。

 あれじゃ、オオカミたちは何もできませんよ。

 どうします、ユニさん?」


「あんた、弓は持ってないの?」

 ユニが振り返って詰問するが、マリウスは首を振るばかりだ。


 ユニは必死で考える。

 鉄の鳥籠の中に入った召喚士に対し、オオカミたちは攻撃手段を持たない。

 ライガたちはいつまでも無茶な攻撃を続けられない。

 障壁への攻撃が再開されれば、十分と持たずにマリウスの魔力が尽きるだろう。


 どうする?

 どうする!


 考えろ、考えるんだ!

 何か手は?

 何か手はあるはずだ!


 ユニはこめかみに拳をぎりぎりとめり込ませ、必死に打開策を探った。

 だが、脳裏に浮かんでくるのは、くだらない後悔の念ばかりだった。


 敵にハーピーがいるのを分かっていて、呑気に小川で水浴びをしていたあたしが間抜けだった!

 どうしてもっと慎重になれなかった?

 川が上空から丸見えなことぐらい、子どもにだって分かることなのに!


「川……?」

 ユニの口からその言葉が洩れる。


「川がどうしました?」

 マリウスが不思議そうな顔をしている。


「そうよ、川よ!」


 ユニは障壁の境界ぎりぎりに駆け寄り、ヨミに向かって叫んだ。


「ヨミ! その鳥籠を小川まで転がして行って!

 川まで運んだら、そのまま淵に沈めてやるのよ。

 横倒しのままなら、十分な深さがあるはずだわ。

 そいつを溺れさせてやりなさい!」


 ユニの命令を受けたオオカミたちは、猛然と鳥籠への体当たりを開始した。

 野営地から近くの小川までは三十メートルほどしか離れていない。

 しかも川までは緩い下りの傾斜になっている。


 オオカミたちの頭突きや体当たりで、鳥籠は回転しながら凄い速度で転がっていく。

 中から男の悲鳴が聞こえてくる。

 入っている人間はたまったものではないだろう。

 防御障壁の内側にいるユニにも聞こえるくらいの悲鳴だった。


 当然、サイクロプスへも届いているはずなのだが、一つ目鬼は全く注意を向けずにライガたちと戦い続けている。

 鳥籠に入っている限りは、召喚士は安全なのだ――そう思い込んでいるような感じだった。


 ユニはそのことが妙に気にかかった。

 ライガだったら、ユニの危機を絶対に放っておいたりはしない。

 召喚士と幻獣は互いの意志が常に通じ合っていて、相手の危険感が即座に伝わるからだ。


「ひょっとすると、カシル側の召喚って不完全なんじゃないかしら?」

 彼女は思わず口に出した。


「どういうことです?」

 マリウスが訊ねる。


「あたしたち召喚士は、幻獣を召喚した時に魂の融合が起きるの。

 それからはずっとお互いがつながり合って、その絆は時とともに強くなる一方なのよ。

 なのに、あの召喚士と一つ目鬼(サイクロプス)の間には、その絆が全然感じられないわ」


「なるほど……。

 でも一応、命令には従っているようですから、カシルのお偉いさんは気にしないんじゃないですか?」


 マリウスの言うとおりなのだろう……ユニがそんなことを思っていると、小川の方向から派手な水音と男の絶叫が聞こえてきた。

 オオカミたちが鳥籠を川に落としたのだと、すぐに知れる。

 召喚士の悲鳴は、先ほどとは比較にならないほど切羽詰まったものだった。


 同時にサイクロプスの動きがぴたりと止まった。

 腕に噛みついたトキとハヤトをぶら下げながら、今初めて召喚主の悲鳴に気づいたかのように振り返り、耳をすましている。


 次の瞬間、一つ目鬼は脱兎のごとく駈け出した。

 それはあまりに唐突で、素早い動きだった。

 トキとハヤトは振り回された腕から空中高く放り出される。


 二頭は怪物の腕の肉を喰いちぎったままうまく着地したが、後を追うどころではなかった。

 ユニとライガは声を揃えてヨミたちに警告を発する。


「気をつけて! サイクロプスがそっちに向かったわ!」

『気をつけろ! そこから離れて奴とは戦うな!』


 ライガたち三頭のオスは、疲労困憊の体で舌を口の横からだらりと垂らし、ハアハアと激しい息をついている。


『あいつは俺たちより速いぞ』

 ハヤトが苦しい息の間から、何とか説明する。


『最初は真っすぐ西に向かっていたから、俺たちは距離をとって警戒していたんだ。

 それがある地点で立ち止まると、いきなりこの野営地に向けて走り出した。

 全力で後を追ったんだが、とても追いつける速度じゃなかった。

 糞ったれが! あいつはどんな化け物なんだ!』


 ハヤトの悪態混じりの感想は間違っていない。

 ユニは心中でうなずかざるを得なかった。

 あのサイクロプスは、明らかに国家召喚士クラスの強力な幻獣である。

 二級召喚士のユニが呼び出したオオカミたちが敵う相手ではないのだ。


 まったくの誤算だった。


 カシル自治政府が手に入れたのは、まだ低霊格の幻獣に過ぎない――彼女もマリウスもそう考えていた。

 ここまでの戦力が存在するとは、完全に想定外だったのだ。


     *       *


 サイクロプスは、わずか二、三分で戻ってきた。

 その左腕には、しっかりと鳥籠が抱えられている。

 中に入っている召喚士は、ぐったりとして鉄の格子にもたれかかっているが、取りあえずは生きているようだった。


 怪物からは距離をとって、続いて女衆たちも茂みから飛び出してくる。


『ごめん、ユニ!

 水かさが少し足りなかったわ。

 いえ、それよりも早くあいつが助け出しちゃったけどね』


 ヨミが悔しそうに歯噛みをして謝った。

 緩い坂を駆けあがってきたサイクロプスは、勢いを殺さぬまま地面に転がっていた金棒を拾い上がると、怒号を上げながら防御障壁に襲いかかった。


 空気の壁を殴っているわけだから、その攻撃は弾き返されても何の音も立てない。

 それなのに、中にいるユニたちにはビリビリという振動と、吐き気を催すような圧力がはっきりと感じられた。


 ――がはっ!


 マリウスが血を吐くような声を上げ、再び地面に崩れ落ちた。


「ライガっ!」


 悲鳴のようなユニの声に、三頭のオスたちは猛然とサイクロプスに襲いかかった。

 これまでと違って、左手で鳥籠を抱えている怪物は、右腕に喰いついたオオカミに対する反撃の手段がない。

 肘の近くにがっちりと牙を立てたライガが、無理やり金棒を握った腕を引き下ろすと、すかさずハヤトが手首の腱を食いちぎろうと跳躍した。


 その瞬間、サイクロプスは思いがけない動きを見せた。


 飛びかかってくるハヤトに対し、いきなりくるりと背を向けたのだ。

 攻撃目標を失ったオオカミは、すでに空中に飛び上がってしまっているので方向を変えられない。


 サイクロプスは素早い動きで身体を一回転させ、左足を高く上げて蹴りを放つ。

 遠心力のついた凄まじい勢いで、怪物の巨大な踵がハヤトの胸にめり込み、オオカミの身体を吹っ飛ばした。


 ユニの目の間でその悲劇は起こった。


 〝べきっ!〟という嫌な音が届いた瞬間から、ユニの感覚から一切の音と色が消えた。

 目に映る光景は奇妙なまでに遅くなり、ハヤトの逞しい胸がひしゃげる様子が、いやにはっきりと見えた。


 吹き飛ばされたハヤトの身体は近くの巨木の幹に激突し、ぼとりと地面に落ちた。

 首が変な方向に曲り、だらりと開いた口から舌が伸び、血泡がだらだらと溢れている。


 その口から〝ひゅうひゅう〟という笛のような息の音が洩れ、みるみるうちに弱まっていく。


 それが合図となったように、ユニの五感が戻った。

 白黒だった映像はハヤトの血の色で塗りつぶされ、今にも途切れそうな呼吸音がいやにはっきりと耳に届いた。


 この音が聞こえなくなった時、ハヤトの命が尽きるのだと思うと、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたよう気がした。

 そんなものは聞きたくない、認めたくない!


 ユニは残酷な現実を拒絶するように泣き叫んだ。


「いやぁあああーーーーーーーーっ!」

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