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幻獣召喚士2  作者: 湖南 恵
第六章 それぞれの日々
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三 誘拐事件

 ゴードンが犯人を目撃した教職員から聞き取りをしている間に、早くもユニとオオカミたちを連れてアスカが戻ってきた。

 ユニとライガは当然であるが、ヨミ以下の群れの七頭が勢揃いしている。


 王都や四古都に入る場合、国に幻獣登録されているライガは自由に出入りを許されるが、私的に召喚された群れのオオカミたちは入城を許可されないのが普通である。

 そのため、彼らはユニたちが城壁から出てくるまで、郊外で人目が避けられる木立などを探して、のんびりと待つことになる。


 ところが、先の帝国兵とアスカ率いる第四軍が戦った際、ヨミが指揮する群れのオオカミたちは、敵の通信魔導士を発見・殺害することで帝国軍の侵入を未然に阻止することに成功した。

 そればかりでなく、ゲイル大尉率いる特務部隊の待ち伏せを察知し、その位置と人数をアスカたちに知らせるという大功を挙げた。

 さらに、帝国軍部隊を奇襲して、アスカ隊へのいしゆみ攻撃を防いだという功績もある。


『この戦いにおける栄誉の筆頭に挙げられるのは、七頭のオオカミである』

 それは戦いに参加した第四軍将兵の総意でもあった。


 詳細な報告を受けた蒼龍帝フロイアは、戦後の論功行賞において、このオオカミたちを蒼城に招いて全軍の将兵が讃える中、名誉騎士の称号を与えたのである。

 その結果、彼らは未来永劫にわたって蒼城市への自由な出入りが許されることとなった。


 おかげでオオカミたちは今、アスカ邸の庭を堂々と占拠して、贅沢な都会暮らしを満喫していたのだ。

 具体的に言うと、フロイアから副賞として与えられた牛一頭分の枝肉を庭で食い尽くし、太い牛骨を日がな一日カリコリと齧っていることだった。


 丹精込めた草花で覆われた自慢の庭が牛の解体場と化し、馬鹿でかいオオカミたちが寝そべって骨をしゃぶっている光景を見た家令のエマ女史は卒倒し、高熱を発して半日寝込んだほどである。


 街中をうろつくとユニに怒られるので、庭から出られずに退屈しきっていたオオカミたちは、突如もたらされた〝フェイ誘拐〟というニュースに色めき立った。


 フェイの父親はライカンスロープ(狼人間)である。オオカミにとってフェイは遠縁の一族といってよい。

 彼らが怒りとともに、〝面白そうだ!〟というはち切れんばかりの好奇心に包まれてユニについて来たのは必然とも言える。


      *       *


 校長と事後のことを打ち合わせていたゴードンの元に、ユニと青ざめた顔のアスカがやってきた。

 アスカは鎧こそ着ていないものの、動きづらいスーツ姿から軍服に着替えていた。

 もちろん、その腰にはぶっそうな愛剣が下げられている。


 ゴードンに気合を入れられ、どうにか立ち直ったアスカだったが、やはりいつもの冷静沈着さを取り戻すまでには至っていない。

 むしろユニの方がよほどしっかりとしていた。


「どう? 何か新しい情報があるんでしょう?」

 ユニの質問は単刀直入だった。


 ゴードンは複雑な表情を浮かべた。

「ああ、あまりいい知らせじゃないがな……。

 犯人は最初からフェイを狙っていたようだ」


「どういうことだ!

 あのは私の養女だから目立つのはやむを得ないが、うちはそう裕福というほどではない。

 狙うなら商人とか、もっと金持ちの子女だろう!」


 食ってかかるアスカをユニが抑えた。

「落ち着いて、アスカ。悪いけど少し黙っていてちょうだい!

 ゴードン、フェイが狙われていたっていうことは、何か背景があるのよね?」


「ああ。誘拐犯はどうやら帝国人らしい」


 この情報には、アスカはもちろんだがユニもかなり驚いた。

「それって、メイナード家ばかりじゃなく、蒼城市にまで帝国人が入り込んでいたってこと?」


「そういうことになるな」

 ゴードンがうなずく。


「犯人は恐らく諜報員として、蒼城市の動きを探っていたんだろう。

 ところが帝国軍の侵攻は阻止され、現地指揮官のゲイル大尉は捕虜となった。

 奴らは本国への連絡手段を失い、帰ろうにも第四軍が厳戒態勢を敷いているボルゾ川沿岸には近づけもしない。

 それでイチかバチか、第四軍の英雄であるアスカの娘を人質に取り、ゲイル大尉の釈放を要求するつもりなんじゃないかな」


 ゴードンの推論を聞いたユニが難しい顔をする。

「その誘拐犯って、一応は訓練された間諜なんでしょう?

 そんな成功確率の低い賭けに出るかしら……。

 万が一交渉が成功したって、本国に帰るなんて不可能だと思わない?」


 ゴードンもその辺は引っかかっていたようだ。

「俺もそう思う。

 だが、あのゲイルって奴は魔導士官だからな。

 帝国の魔導士官は一般兵一個大隊にも匹敵するって言うじゃないか。

 奴らは第四軍に国家召喚士がいないってことを知ってやがる。

 魔導士さえ取り返せば、どうにかできる――そう考えたとしてもおかしくはない」


「なるほどね……」


 ユニが腕を組んで考え込んでいるを見て、アスカがたまりかねたように叫んだ。

「悠長に話し合っている場合か!

 一刻も早くフェイを助けにいかないと――!」


 ユニは顔を真っ赤にしているアスカの頬を、ぺちんと軽く叩いた。

「あっ!」

 思わず頬を抑えたアスカの過剰な反応にユニは首をかしげたが、ゴードンがアスカを平手打ちしたことなど知らないのだから無理もない。


「だーかーらー!

 落ち着きなさいって!

 とっくにオオカミたちが臭いを追っているわ。

 何しろジェシカとシェンカが滅茶苦茶張り切っているからね。追跡の方は心配いらないわ。

 どっちかって言うと、警衛隊がまだ来ない方が心配だわ」


「ああ、それなら――」

 ゴードンが口を挟む。

「警衛隊は一度来たんだが、俺が事情を話して帰したよ」


「なっ! 貴様、何てことをっ!」

 平然と言い放ったゴードンに掴みかかろうとするアスカを、小柄なユニが必死で押しとどめた。

 そのアスカの肩をがっちりと掴んだゴードンが顔を寄せる。


「事は政治がらみだ!

 警衛隊の守備範囲外だから俺が帰した。文句があるか?

 安心しろ、警衛隊は代わりにお前の子飼いの連中を三十人ばかり呼んでくれるそうだ。

 そっちの方が手足としちゃ使いやすいだろう」


 ゴードンの周到な手配に、アスカはようやく落ち着き、「取り乱してすまなかった」と二人に小声で詫びた。


 ユニはしきりと現場の臭いを嗅ぎまわっているオオカミたちの方をちらりと見る。

「どうやらオオカミたちは犯人の足取りを掴んだようね。

 アスカ、そんなに心配しないで。

 フェイは頭もいいし、機転の利くよ。

 あたしはむしろあのが大人しくしているか――そっちの方が心配だわ。

 あの跳ね返りだもの、何か無茶をしでかしそうで、ひやひやものよ」


 幸いユニの心配は当たらなかった。彼女が考える以上にフェイは(十二歳にしては)大人になっていたのだ。


      *       *


 体操着に着替えて整列し、校庭へと行進を始めようとした時、いきなり二人組の男が無言で乱入してきた。

 女生徒たちが驚いて固まっている中、男たちはフェイを目がけて真っ直ぐに突進した。


 危険を感じたフェイが身体をかわして逃げようとした時、間一髪で男は彼女の手首を捉えた。

 何かの格闘術なのだろう、変な方向に押されるとフェイは抵抗できずに地面に押し倒された。


「うぐっ!」

 次の瞬間、彼女の鳩尾みぞおちに男の拳が叩き込まれる。

 身体をくの字に折ってフェイが苦しんでいると、続いて後頭部に容赦のない手刀が振り下ろされ、フェイの意識が吹っ飛んだ。


 普通の女児であれば、最初に腹を殴られた時点で気絶していたであろう。

 フェイが耐えられたのは、強靭な腹筋のおかげだった。

 襲った男の方も、追撃の手刀を叩き込まねばならず、その点では予想外だったに違いない。


 だが、それでもフェイが気を失っていたのは一分にも満たなかったのだ。

 彼女が気づいたのはうつ伏せにされ、猿轡さるぐつわを噛まされている時だった。

 背中には体重をかけた男の膝が感じられ、逃れることはできそうにない。


 男たちに気づかれないよう薄目を開けると、もう一人の男が短刀を突きつけて引率の若い女教師を脅している。

 女生徒たちは泣き叫び、後方にいたもう一人の年輩の教師に取りすがって震えていた。


 猿轡に続いて、フェイにのしかかっていた男は彼女の両腕を後ろに回してロープで縛り始めた。

 フェイは気絶した振りのまま、不自然に思われないよう、両手を左右に並べるようにした。


 男は気づかないのか、そのまま腕をきつく縛って固結びにした。


『あ、こいつら素人だ!』


 治安の悪い港町カシルで浮浪児として生きてきたフェイは、一瞬で見抜いていた。

 カシルでは誘拐など日常茶飯事で、それをビジネスとする者たちが掃いて捨てるほど存在した。誘拐のプロである彼らは、獲物の扱い方を十分に心得ている。


 まず猿轡が論外であった。

 誘拐の対象はほとんどが女子どもである。彼らは感情が高ぶるとすぐに嘔吐する。

 猿轡など噛ませていたら、簡単に吐瀉物で窒息してしまう。泣くことで鼻が詰まって窒息する場合だって珍しくないのだ。


 誘拐のプロは猿轡よりも目隠しを優先する。犯人の顔やアジトへの道順を覚えられる方が、騒がれるよりよほど危険なのだ。

 騒いだら殴ればいい。

 それでもなお騒いだらもっと殴ればいい。

 それを繰り返せば、獲物はやがて嫌でも黙るようになる。


 そして腕の縛り方だ。

 縛る時にプロは両手首がぴったり合わさるようにする。

 フェイがやったように手首を平行にしたまま縛ると、手首を合わせることで縄が緩んでしまうのだ。


 ただ、この男たちがフェイを倒した腕前は馬鹿にできないものだった。

 恐らく彼らは訓練された兵士に違いない。誘拐を生業なりわいとする犯罪者ではないはずだ――わずかの時間で、フェイはそこまで見抜いていた。


 暴漢たちはフェイを縛り上げると、肩に担いだ。

 そして脅していた若い女教師の腹を殴りつけて気絶させると、その場から走り去り、校舎の影を辿るようにして裏手に出た。

 そこには一頭立ての小さな馬車が待っており、フェイはその中に放り込まれた。


 一人は御者席に飛び乗り、もう一人がフェイの隣りに乗り込んで乱暴に扉を閉める。

 御者席に座った男は馬の尻に鞭をくれ、馬車はものすごい勢いで走り出した。


      *       *


 フェイは相変わらず気絶した振りを続けていた。

 外の様子を確認したいが、馬車の窓から外を見るためには身を起こさなくてはならない。


 隣の男が窓から身を乗り出すようにして、後ろに追跡者がいないか確認している隙に、彼女は腕を動かしてみた。

 手首を合わせてみると、案の定きつかったロープがわずかに緩む。

 普通ならそれまでの話だが、フェイは特別関節が柔らかく、手を引き抜くことがいつでも可能だという自信が持てた。

 彼女は再び手首の向きを変え、しっかりと縛られているように偽装して、気を失った振りを続けた。


 馬車の車輪はずっと石畳を疾走する音と振動を伝えてくる。

 市街地を走っているのは間違いない。


 フェイは落ち着いて状況を分析した。


 誘拐犯は確実にフェイを狙ってきた。

 そして彼らは犯罪のプロではなく、兵士であると判断される。

 ――ということは、これはフェイそのものよりもアスカを標的とした行為に違いない。


 アスカは軍の少将だが、別に金持ちではない。

 脅すとしたら軍の情報が目当て、あるいは拘束されている捕虜の解放が目的だろう。


 つい先日、アスカは潜入した帝国の特殊部隊と戦ったばかりだ。

 常識的には後者が目的だろう。


 とりあえず、大人しくしている限り、大事な人質である自分の命は無事なはずだ。

 そして家には今、ユニとオオカミたちが滞在している。

 犯人たちが蒼城市を脱して郊外に身を隠すならともかく、市街地に潜伏するつもりなら、オオカミの追跡から逃れることはできない。


 彼女は自分自身に言い聞かせた。


『よし! 落ち着けフェイ。

 これはひょっとして神様が与えてくたチャンスかもしれない。

 アスカの性格や愛情の深さからして、恐らくアスカは狼狽うろたえるわね。

 ゴーマ(アスカの兄)が旅立った時に見せた、あの人の取り乱しようはよく覚えているもの。

 アスカは決して強くはないんだ。

 あの人には、いつだって心の中で頼れる誰かを必要としている。

 可哀そうに……アスカは今、どんなに心細く思っているんだろう』


 フェイは心の中で大声で叫んだ。

『だからゴードン、今こそあなたの出番なのよ!』


 ――きっと彼ならアスカを支えてくれるだろう。

 そして、二人の間には〝愛〟が芽生えるに違いない!


 十二歳の夢見る少女はかたくなに思い込んでしまった。

 だからこれはチャンスなのだと。

 自分は二人のために〝上手く〟やらなければならないと。


 誘拐された身でありながら、このロマンティックな展開に彼女は思わずほくそ笑んだ。


『やだ、あたしったら、何だかわくわくしてきたわ!』

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