一 黒曜宮
この作品は『幻獣召喚士』の続きです。
『幻獣召喚士』の第二巻だと思ってください。
したがって第一巻に当たる『幻獣召喚士』を未読の方は、まずそちらをお読みください。
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////
『幻獣召喚士』『幻獣召喚士2』の主な登場人物(Ver.2021/6.13)
■ユニ・ドルイディア(アラサー主人公)
王国の二級召喚士。辺境で村を襲うオークを狩ることで生計を立てている。辺境ではそこそこの有名人。師匠の影響でサバイバル能力とセクハラ耐性が異様に高い。
二十代後半の小柄な女性。大酒飲みで食い意地が張っているが、黙っていればそこそこ美人。別に貧乳ではないと思うが、本人は乳が小さいことを気にしている。
二本のナガサ(山刀)が武器。つま先に鉄のカップを仕込んだ厚底ブーツを愛用し、マリウスを蹴ると「げしっ」という擬音が出る。
■ライガ(獣神)
ユニと契約を結んだ幻獣。尻尾を含めると体長三メートルを超す巨大なオオカミ。若い女性の股間や脇の匂いを嗅ぐのが好きという変態。垂直落下式ブレーンバスターなどの技は使えない。CV:井上和彦。
■ヨミ(母さん)
ライガが幻獣界から呼び寄せた群れのオオカミ。ライガの妻でメスとしてはかなり大柄。統率力に優れ、ユニを含めてオオカミたちからは「母さん」と呼ばれている。
■ハヤト(戦隊ものでいうとブルー)
ライガが幻獣界から呼び寄せた群れのオオカミ。ライガに次ぐ体格と実力の持ち主。元は〝はぐれオオカミ〟で少しひねくれたクールな性格だが、娘姉妹には激甘。
■ミナ(KPOP)
ライガが幻獣界から呼び寄せた群れのオオカミ。ライガとヨミの娘でハヤトの妻。
弟のトキに対しては常に上から目線。
■ジェシカとシェンカ(破壊王)
ハヤトとミナの娘で、この世界で生まれた双子の姉妹。ロキが生まれるまで、群れでは一番若くて小柄(というか、まだ中身は子ども)な存在だった。
時々意味不明なメタ発言をして作品世界を壊そうとするが、最近は大人になってきたのかあまり目立たなくなってきた。
フェイと仲がよく、なぜだか意思疎通ができる。
■トキ(長男です)
ライガが幻獣界から呼び寄せた群れのオオカミ。ライガとヨミの息子。群れでは三番目に大柄だが穏やかで優しい性格。妻ヨーコの尻に敷かれている。名前に反して北斗有情拳は使えない。
■ヨーコ(横浜横須賀)
ライガが幻獣界から呼び寄せた群れのオオカミ。トキの妻。幻獣に転生した元人間(召喚士)なので、ユニは「ヨーコさん」と丁寧に呼ぶ。2の第四章「白狼の娘」では主役を張った。現役(人間)時代には、犯罪組織と戦う過激な女性だったらしい。「あらあら」が口癖。CV:井上喜久子。
■ロキ(初代)(モデルは『狼王ロボ』)
ヨーコが人間の召喚士だった時に召喚して契約したオオカミ。体格はライガを凌ぐ巨体だが、かなりの高齢で全身の毛並みは真っ白である。本人はこの毛並みの美しさが密かな自慢で、汚れると水嫌いなくせにヨーコに洗ってもらっている。
元々は自分の群れを率いていたが、高齢のため引退して一匹狼となっていた時に召喚されたので、ライガのように群れを呼び寄せることはなかった。CV:大塚明夫。
■ロキ(二世)
トキとヨーコの息子。ヨーコの召喚獣だったロキそっくりの真っ白な毛並みをしている。まだ子どもなので〝小さなロキ〟と呼ばれることもある。
群れの最年少者なので、順位は最下位だが大切にされ、女衆には大人気である。特にジェシカとシェンカの姉妹は、自分たちより下位の存在ができたので大喜びしており、何かとお姉さん風を吹かせて迷惑がられている。
■アスカ・ノートン(鎧巨女)
蒼龍帝麾下王国第四軍の女性騎士。三十代半ばで身長二メートルに近い大女。蒼龍帝フロイアから拝領したプレートメイルを日常的に身に着けている。オークとまともに打ち合えるほどの怪力で剣術にも秀でている。
登場時は大佐で大隊長だったが、最新話では少将で連隊長に出世している。
根っからの依存体質で、かつてはブラコン、その後は蒼龍帝を篤く敬愛しており、本人にその趣味はないのにフロイアの女性ファンからは〝ネコ役〟に認定されている。体格に反してモフモフした動物やかわいいものが好き。
■ゴーマ・ノートン(前半の隠れ主人公)
エルルというサラマンダーを従える召喚士。先代の白虎帝に仕える准将だったが軍を辞め、辺境で警備兵をしていた縁でユニと行動を共にするようになる。召喚能力が枯渇して幻獣界に転生した。ユニはちょっと彼に惚れていたらしい。ゴーマは通称で本名はゴルディアス。アスカの兄。
■フェイ・ノートン(ケモ耳属性)
獣人の父と人間の母との間に生まれたため、かなり毛深い。両親を幼い頃に亡くし、港町カシルで生きるためには何でもしてきた。ユニとアスカと出会い、アスカの養女となった。ジェシカ・シェンカのオオカミ姉妹と仲がよく、意志の疎通ができる。運動神経抜群で頭もよく、まだ中学生だがユニより背も胸もでかい。現在医者を目指して勉学に励んでいる。
■エマ(実はいい人)
アスカ家の家令をしている六十代の独身女性。アスカを娘のように愛している。フェイを厳しくしつけているが、実はアスカ以上に溺愛している。家令(執事)であってメイドではない。趣味はお菓子作りで、アイスクリームはフェイが絶賛する美味しさである。
■アリストア・ユーリ・ドミトリウス・スミルノフ(陰険メガネ)
王国参謀本部の首席副総長で実質的な責任者。ミノタウロスを従える国家召喚士。スミルノフ伯爵家の長子だが、召喚士であるため家督は弟に譲っている。先輩なのをいいことにユニに無理難題を押しつける人。
■ロゼッタ・ファン・パッセル(完璧超人)
アリストアの秘書。〝秘書の中の秘書〟との呼び声高いアラサーの眼鏡美人で階級は中尉。仕事に関しては超有能で女子力も高いが、恋愛に関しては奥手で臆病。誘拐事件をきっかけに、密かにアリストアと付き合うようになり、非常に遺憾ながら深い仲になっているらしい。実家のファン・パッセル家は総合商社的な豪商。
■アラン・クリスト(魔性のショタ)
ロック鳥という超大型鳥類の幻獣を従える国家召喚士。魔導院時代に数々の修羅場を巻き起こした金髪の美少(青)年。飛行能力がある幻獣は希少なため、いいように酷使されているが、その分出世が早く、初登場時は少尉だったのが現在は大尉である。
■マリウス・ジーン(マゾ疑惑)
元帝国軍魔導中尉で防御魔法のスペシャリスト。ある事件で王国に亡命した。帝国では作戦行動中の行方不明で戦死扱いとなっている。王国では遅れている魔法技術の教官的な役職を与えられているが、実際にはユニの監視兼ボディーガードという、はなはだ損な役割を命じられている上、大した理由もないのにユニに蹴られる日常に耐えている。
最近は情報部に使われて、いろいろ怪しいことをしているらしい。
■ミア・マグス(歩く発情期)
帝国軍魔導大佐。帝国でも数人しか使えないという爆裂魔法のスペシャリスト。〝爆炎の魔女〟の二つ名で恐れられている三十代後半、赤毛と目つきの悪さがトレードマークのとてもエロい人。癇癪持ちで執念深く、性欲が強い上にサディストという性格破綻者で、童貞の新兵(ただし美形に限る)が大好物。
指揮官としては極めて有能で、意外にも部下から慕われている。
2の第二章「災厄の日々」(番外編)で主役を張ったが、そもそも本編でも帝国が登場するとユニより主役っぽい活躍をする困った脇役である。CV:朴 璐美。
■カメリア・カーン(モンゴリアン・チョップ)
帝国軍魔導大尉。三十代半ばの独身女性。重力魔法を得意とし、黒龍野会戦では巨石をぶん投げる〝バリスタ〟という攻城魔法でアスカを倒した実績がある。マグス大佐とは旧知の仲だが、なんの因果か大佐のもとで副隊長を務める羽目となった。極めて有能で料理も上手いしコーヒーの淹れ方も絶品なので、嫁(お世話してくれる人)が欲しいマグス大佐が手放すとは思えない。
背が低く貧乳なのに童顔という三重苦を背負っているが、なぜか自分は〝素敵な大人の女性〟であるという根拠のない自信を持っている。しかし、部下からは〝小学生おばさん〟とあだ名されている。
■イアコフ・ホフマン(ラインハルト・フォン・ローエングラム)
帝国軍魔導少尉。二十代前半の独身男性で、金髪の巻き毛に青い目の美青年だが、背はやや低く本人も気にしている。全般に天才的な魔法能力を有しているが、防御や補助系魔法を得意とする。近衛教導団でマグス大佐に目をつけられ、副官として抜擢された。大佐は彼を〝金髪の小僧〟と呼んでいる。
実家は、かつて貴族にも列せられた名家だが、現在は没落している。父も軍人だったが戦闘で負傷、退役し、その後の無理がたたって四十代で死亡している。最愛の母をある大貴族の子息によって凌辱のうえ殺害され、復讐を心に誓っている。
■イムラエル・マイヤー(ジークフリード・キルヒアイス)
帝国軍魔導少尉。二十代前半の独身男性で、赤毛でとび色の目をした長身の美青年。攻撃魔法においては同世代の魔導士の追随を許さない能力を誇る。近衛教導団でマグス大佐に目をつけられ、イアコフとともに副官として抜擢された。大佐は彼を〝赤毛の小僧〟と呼んでいる。
実家と両親を戦争で失ったが、イアコフの父によって命を救われ、母によって心を癒された。イアコフの親友であるが、彼に対して騎士の誓いをたて、その剣となって復讐を果たそうとしている。
■フロイア・メイナード(宝塚)
王国第四軍の指揮官にして東部の古都・蒼城市を治める四帝の一人、四神獣の一柱・蒼龍グァンダオを従えることから蒼龍帝と呼ばれる。三十代前半の女性で身長は百八十センチを超える長身。メイナード侯爵家の三女という出自だが、格闘技オタクで、関節技では王国に並ぶ者がいないという達人。圧倒的な美貌とスタイルのよさを持ちながら、短髪・男装を好むため熱狂的な女性ファンが多く、市中にはアスカと絡む薄い本が多数出回っている。CV:沢城みゆき。
■グァンダオ(水虫治療器で卵から孵化した)
王国四神獣の一柱である蒼龍。種族はフロスト・ドラゴンで何でも凍らせる冷気のブレスを吐く。体長十二メートルほどの中型龍。背中から虹色殺人光線を放つ設定にすべきだったか、真剣に悩んでいる。琵琶湖が嫌い。
■エラン・ワイズマン(先天性被虐的弟体質)
王国第一軍の指揮官にして中央部の古都・白城市を治める四帝の一人、四神獣の一柱・白虎ラオフウを従えることから白虎帝と呼ばれる。三十代前半の美男子。蒼龍帝フロイアとは魔導院の同期で仲がよいが、彼女より背の低いことをイジられている。年上の女性に一方的に気に入られ、理不尽で暴力的な愛を注がれるという面倒くさい弟体質の持ち主だが、四帝に就任したことでその被害から脱することができた。その地位を無視して、今なおエランを支配下に置こうと狙っているのは、フロイアと現国王のレテイシアの二人だけである。CV:福山潤。
■ラオフウ(尻尾はオカマ)
王国四神獣の一柱である白虎。体長十メートルほどの巨大なホワイト・タイガー。尻尾が蛇になっていておネエ言葉で人語を話す。雷を操る能力があり、数種類の雷撃を放つことができる上、肉体的な戦闘能力は四神獣随一と言われている。
■エディス・ボルゾフ(百合姫)
白虎帝エランの副官の一人でゴーゴン三姉妹の一人エウリュアレを使役する国家召喚士。階級は中尉。大富豪である商家・ボルゾフ家のお嬢様。初登場時はまともな人だった(遠い目)。
ユニに百合的な意味での好意を持っていて、〝お風呂メイド隊〟というエロい女性たちを操り、隙あらばユニにエロいことをしようと狙っている、マグス大佐に次ぐエロい人。
■リディア・クルス(手乗りタイガー)
王国第三軍の指揮官にして南部の古都・赤城市を治める四帝の一人、四神獣の一柱・赤龍ドレイクを従えることから赤龍帝と呼ばれる。登場時には二十歳になったばかりの娘で、四帝の中では最も若い。
軍人としても政治家としても優れた能力を持っているが、無鉄砲で派手好きの性格のため、教育係の副官ヒルダ大尉を困らせている。
本性は武闘派だが、見た目は華奢で可憐な美少女であるため、赤城市民からは〝姫さま〟と呼ばれて愛されている。CV:釘宮理恵。
■ドレイク(赤色火焔怪獣)
王国四神獣の一柱である赤龍。種族はファイア・ドラゴンで炎のブレスを吐く。体長二十メートルほどの大型龍。別名「赤い悪魔」。代々木の旧国立競技場で天敵の青色発泡怪獣と戦ったことがあるらしい。
■ヒルダ・ライムクラフト(めんどくさい人)
赤龍帝リディアの副官でグリフォンを使役する国家召喚士。階級は大尉。貴重な飛行幻獣の使い手として参謀本部で酷使されていたが、アラン・クリストの任官に伴い第三軍に異動した。銀髪の美女であるがコミュ障で、リディアの教育係になってから少しずつ周囲と人間関係を築くようになった。生まれつきの色素欠乏症で野外では目を保護するためサングラスをかけている。
■ヴァルター・グラーフ(モデルはクルピンスキー)
王国第二軍の指揮官にして北部の古都・黒城市を治める四帝の一人、四神獣の一柱・黒蛇ウエマクを従えることから黒蛇帝と呼ばれる。豪胆な武人として知られている。
四十代前半で召喚士としては晩年を迎えているため、近い内に黒蛇帝の交替が噂されている。CV:若本規夫。
■ウエマク(あしゅら男爵)
王国四神獣の一柱である黒蛇。蛇体だが全身が黒い羽毛に覆われている。本当は蛇ではなく、ケツアルコアトルという神獣らしい。体長は五、六メートルほどで、四神獣では最も小さい。地脈を操る力を持ち、地震や地割れ、山崩れなどを起こすことができるらしい。王国の成立以前に出現した最も古い神獣で、現在の召喚士育成システムはウエマクが作り上げたものと言われている。人前に姿を現すのは稀で、その正体は謎に包まれている。
■レテイシア・オルティス・リンデルシア(出戻り姫)
リスト王国第十四代国王。急死した先王ネメシス三世の実姉で、皇太子がまだ三歳であることから、急遽その後見人を兼ねて国王に推挙された。三十代後半のバツイチ女性。十代でケルトニア王国の第七王子に嫁いだが、子が授からずに悩んでいる最中に、夫が自分の寝室で侍女と浮気をしている現場を目撃、ブチ切れて王子を半殺しにしたため離縁されたいう武勇伝の持ち主。
勝気な性格だが、国民思いの聡明な女性。大貴族と豪商に支配された政治体制に不満を持っている。人がいいだけで愚昧な弟(先王)を早々に見限り、白虎帝エランを勝手に自分の弟分(奴隷)に認定している。
ユニを気に入っており、時々王宮に呼びつけては猥談を聞かせるという困った人。CV:中原麻衣。
■ルカ十二世 (ダブルラリアット)
ルカ大公国の大公。リスト王国の王室とは縁戚関係にあり、両国は同盟を結んでいる。ユニとは個人的な親交があり、かなり気に入っている模様。
■アッシュ(ペコリーヌ)
大陸中西部にあるという西の森に属する黒森エルフの女性。エルフ王の後継者である〝巫女〟であったが、行方不明となった王を探してはるばるイゾルデル帝国にまで旅をしてきた。ユニとマリウスの協力を得て、帝都でエルフ王との対面を果たし、エルフの秘儀を継承して新たな西の森王に即位する。
彼女の名は人間に発音できないが、〝龍の灰〟という意味であることからユニたちからアッシュと呼ばれるようになった。
強大な魔力を内に秘めているが、見た目は華奢な少女である。エルフとしてはやっと成人したばかりだが、その年齢は三百歳である。
■ネクタリウス(自己陶酔王)
西の森のエルフ王。ある日突然エルフの国から失踪し、なぜかイゾルデル帝国の帝都に隠棲している。帝国と何らかの密約を交わして魔法知識を与えているらしい。彼を探しに来た巫女であるアッシュにエルフの秘儀を授けて譲位した。
アッシュが人間風の名前を名乗っていることに嫉妬し、自らを魔導王ネクタリウスと名乗ることにした。
■ダウワース(西田敏行)
南部密林に棲むオーク一族の王。少年のころに呪術師によって拉致され、人間の言葉と知識を習得した。彼を養育していた呪術師が呪殺されたことで自由の身となり、故郷に戻ってオークたちの王となった。その知識の深さゆえに〝賢王〟と呼ばれる。
イゾルデル帝国の首都、ガルムブルグは冬期間、雪と氷に閉ざされ白一色に塗りつぶされる。
帝都の中央にそびえる黒曜宮は、その中にあって異様に目立つ存在だった。黒御影石が多用されているという点では、リスト王国の〝北の護り〟黒城と似通っているが、その規模は段違いである。
四つの尖塔に囲まれたひときわ巨大な中央塔の外壁には初代皇帝と龍の戦いを描いた巨大な浮彫が黒曜石で飾られており、陽光を反射してキラキラと輝いている。〝黒曜宮〟という呼び名の由来だと、誰もが納得するような煌びやかな装飾である。
黒曜宮の内部は、熱い蒸気を通した金属の管がはりめぐらされているので十分に暖かい――はずなのだが、黒く冷たい石の壁からじんわりと冷気が染み出ているようで、どうにも寒々とした印象がぬぐえない。
「少しは花でも飾ればよいものを……」
彼女は広い回廊を急ぎながら、柄にもなくそんなことを思った。
黒曜宮は、絵画や陶器、花といった装飾物が極端に少ない。それは現皇帝の意向で仕方のないことだが、ただでさえ陰気な黒い宮殿がよけいに殺風景に感じられるのは事実だった。
石の廊下には深紅の絨毯が敷かれているので、それを踏みしめる軍用ブーツはほとんど音をたてない。あまり大きな軍靴ではない。彼女は女性としてもやや小柄な方だった。
軍人らしく背筋はピンと伸び、着慣れた仕立てのよい軍服はよく引き締まった身体をぴったりと覆っている。
あまり胸のふくらみは大きくないが、丸い尻はそれなりのボリュームがあって女性らしさを主張していた。
何より目立つのは、頭の後ろで無造作に束ねられた長い赤毛だった。きちんと櫛が通っているのだが、くせっ毛なのだろう毛先が好き勝手な方向に跳ねている。
すれ違う者はその赤毛を認めると、軽く会釈したまま目を合わせないようにして距離を取ろうとする。
〝触らぬ神に祟りなし〟である。
彼女こそは帝国軍にその人ありと恐れられる〝爆炎の魔女〟ミア・マグス魔導大佐だった。
帝国人にとっては英雄であり、たのもしい味方であるはずだが、こうして彼女が避けられるのは、マグス大佐がひどい〝癇癪持ち〟で有名だったからだ。
さらに言えば、軍の古株には彼女が〝新兵喰い〟を好むサディストであることもよく知られていた。
マグス大佐は案内もなく(彼女が断った)、ずんずんと広い回廊を進んでいく。
やがて突き当りに二人の衛兵が護る、大きな扉が現れた。
「ミア・マグス大佐だ」
彼女が低く小さな声で名乗ると、衛兵は無言のまま頷いて取っ手に手をかけた。重厚なマホガニー製の扉は油が差されているかのように音もなく開く。
一歩、部屋の中に歩を進めた彼女の足が止まり、目つきの悪い瞳が見開かれた。
広い会議室の長テーブルには、いずれも将官級のお歴々が席についていた。そして正面一番奥の席には、皇帝ヨルド一世までが待ち構えていたのだ。
マグス大佐はその場で直立不動となり、教本に載せたくなるような見事な敬礼を行った。いつの間にか背後の扉は閉まっている。
「ミア・マグス大佐、お呼びにより参りました!
皇帝陛下をお待たせした非礼、何卒お赦しください!」
彼女はそう叫ぶと敬礼の姿勢のまま微動だにしない。
皇帝のすぐ右隣りに座っていたきれいな白髪の男が皇帝にちらりと視線を走らせ、小さく頷くとマグス大佐に声をかけた。
「別に君が遅刻したわけではない。気にしなくてよろしい。
席に掛けたまえ」
「はっ! 恐れ入ります」
マグス大佐は敬礼を解いて末席の空いている椅子に腰を下ろしたが、居並ぶ将官たちが左右に分かれて座るなか、彼女の席は離れているとはいえ正面の皇帝と向かい合う位置にあった。
先ほどの白髪の男――アイズマン上級大将が再び口を開いた。
「君の報告は読んだ。われわれが御前で検討していたのはその評価だ。そして大隧道の復旧方針、リスト王国への当面の対応策だな。
君を呼んだのは皇帝陛下のご下問に答えてもらうためだ。
あとは、まぁついでだから君の処遇についても決めておいた」
アイズマンは言い終わるとまた皇帝に視線を送った。
皇帝は手元に置かれた分厚い報告書の束をぱらぱらとめくると、視線を真っ直ぐにマグス大佐へと向けた。
「ミア・マグス大佐」
反射的に彼女は掛けたばかりの椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。
皇帝はそれをおしとどめるように軽く手を挙げた。
「座ったままでよい」
大佐は少し逡巡しながら再び腰を下ろした。
「まずは今回の作戦、ご苦労だった。
私としては准将への昇進に十分値する働きだと思っているのだが、何せ大隧道の被害が甚大でな。
そうそう、人も死に過ぎた。
気の毒だが昇進はしばらく我慢してもらうしかあるまい。
具体的な処遇については後で聞くがよい」
皇帝が話している間、右側の席についている黒い口髭を蓄えた中年の男が物凄い表情で彼女を睨みつけてきた。
確かボンズ少将といって、今回の作戦で兵員や物資の移送を担当していたはずだ。
自分が動かした兵が大隧道で大量に圧死したのだ、恨む気持ちも分からないでもない。
* *
帝国がリスト王国北西部に住むノルド人を〝自国民〟として保護するという名目で侵攻し、王国と局地戦を展開してから一か月が経過していた。
マグス大佐は進駐軍の指揮官として戦った。
緒戦で王国第一軍の派遣部隊を爆裂魔法で葬ったものの、主力の第三軍との戦いは押され気味で、大佐は戦線を再構築して増援を待とうとした。
しかし王国四神獣の一柱、黒蛇ウエマクが起こした地震によって数万の増援が待機していた山中の大隧道が崩落して多大な被害を蒙ったことを知り、帝国領内へ撤退したのである。
王国はこれを〝黒龍野会戦〟と呼び、帝国内では〝ノルド進駐作戦〟と称していた。
帝国首脳部はマグス大佐を帝都に召喚したが、東部辺境地域と本国との連絡路である大隧道が不通となったため、帰還にこれだけの時間がかかったのだ。
* *
「ところで一つ、そなたに直接聞きたいことがあってな」
皇帝の言葉に、マグス大佐の意識は再び正面に集中した。
「そなたの報告では、国家召喚士の幻獣が相手であっても、魔法の運用次第で対処可能とある。
ただ、四神獣の能力が我々が得ている情報のとおりだと仮定しても、彼らを止める術は現状見つからない――そうだな?」
「はっ!」
「ふむ、よい返事だ。
だが、神獣に対するこの報告はえらく歯切れが悪いではないか。
〝爆炎の魔女〟らしくないぞ。
神獣についてそなたはどう思った? 正直に申してみよ」
皇帝はそこまで言うと、ふと気づいたように後ろを振り返った。
「ああ、ここから先余がよいと言うまで速記を止めよ」
皇帝の後方の薄暗い一画で羊皮紙にペンを走らせていた速記係の手がぴたりと止まる。
マグス大佐は頭を下げたまま、居並ぶ将官たちに視線を走らせた。
そして少し逡巡したのち、思い切ったように言葉を発した。
「……裏付けがありません。小官の勘のようなものですが……」
「構わん。だからこそ直接質すのだ」
「はっ。
これまで観測された赤龍、蒼龍、白虎の能力には何らかの制限がかかっているように思われます」
皇帝は「ふん」と鼻を鳴らした。
「赤龍、蒼龍の飛行能力に著しい制限が課せられていることはよく知られておるわ。
類推するに白虎にも同様な能力制限があると考えるのが妥当だろうな。
……それで?」
マグス大佐の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
彼女は恐る恐る自らの推測を述べた。
皇帝の顔に小さな驚きの表情が浮かぶ。
「ほう、してその根拠は?
裏付けはないと言ったが、そう思うに至った理由はあるのだろう」
「はい。黒蛇ウエマクと実際に対峙した時、得体のしれない気味の悪さを感じたのです」
そこまで言って何かが吹っ切れたように、彼女は一気に言葉を続けた。
これまで感じていた疑問――なぜリスト王国は異様に召喚術が発達しているのか。
王国に突如現れた四神獣とはそもそも何者で、なぜ能力に制限が加えられているのか。
そして王国に生じる〝歪み〟によって出現するオークの謎。
それらに関する彼女なりの推論を滔々と語り続けたのだ。それは何の根拠もないが、すべてのつじつまが合う仮説だった。
マグス大佐が吐瀉物のようにぶちまけた演説を皇帝は黙って聞いていた。
そしてすべてを語り尽くし半ば放心している彼女からは、これ以上何も引き出せないと見てとった。
皇帝はテーブルの上に肘をつくと拳の上に顎を乗せ、にやりと笑い静かに尋ねた。
「ミアよ。それをどこから聞いた?」
「は?」
マグス大佐はきょとんとした間抜け顔で思わずそう言ってしまった(皇帝から〝ミア〟と名を呼ばれたことも衝撃だった)。
「は、あっ、いや、しっ失礼いたしました!
これはその、小官の妄想に過ぎません。すべて自分の考えで、どこからも、誰からも何も聞いておりません!」
「……で、あるか」
皇帝は満面の笑みを湛えて独り言ちた。
そしていきなり横を向いてアイズマン上級大将に話しかけた。
「なあ、アイズマン。
やはりあの女、准将に引き上げては駄目か?」
「なりません」
白髪の男の答えはにべもない。
「……で、あるか」
皇帝は今度は溜め息まじりに再びつぶやき、席を立った。
「余の用事は済んだ。あとは卿らに任せる。
ああ、今のマグス大佐の話は本人が言うとおり妄想に過ぎん。したがって他言無用だ。よいな」
将官たちはその返事の代わりに一斉に立ち上がり、敬礼の姿勢で皇帝を見送った。
皇帝ヨルド一世は後宮へと続く背後の扉に向かう途中、「速記を再開してよいぞ」と声をかけることを忘れなかった。
* *
皇帝が退出すると、将官たちは「やれやれ」といった表情と仕草でてんでに腰を下ろした。懐から煙草を取り出す者や給仕にコーヒーを淹れるよう申し付ける者もいた。
まだざわめきが残る中、マグス大佐のすぐ左前の席についていたクルスト中将が立ち上がった。
黙って上席のアイズマンに視線で了解を取り、立ったままのマグス大佐に話しかける。
クルスト中将は精鋭と謳われる第一魔導師団の指揮官で、彼自身優れた魔導士であった。ついでに言えばマグス大佐の直接の上官でもある。
「マグス大佐、陛下のお言葉でも分かっただろうが、陛下は今回の作戦の成果を高く評価しておられる」
「成果? 成果だと!
二千の兵士と数十人の魔導士を失い、挙句の果てに大隧道を潰して数万の軍勢を壊滅させたのが成果だと言うのかっ!」
クルスト中将の言葉を遮って、激高したボンズ少将が立ち上がって喚き散らした。皇帝の前で抑えに抑えていた鬱憤が爆発したようだった。
慌てて両隣の将官が肩を抑え、無理やり着席させる。
クルスト中将はうんざりした顔で溜め息をついた。
「ボンズ少将、その話はすでに結論が出ているはずだ。いいかげんにしたまえ」
そして再びマグス大佐の方に向き直る。
「陛下は貴官の昇進を望まれているが、少将の言うとおりわが軍が受けた被害は甚大だ。
大隧道について貴官に直接の責任がないことは分かっているし、作戦に当たって国家魔導士とその幻獣の戦力評価、そして黒蛇ウエマクの能力調査のためには犠牲を厭うなと命令したのが我々だということも忘れていない。
表面上の敗戦を陛下は気にしてはいないが、軍部としてはそうはいかないのだ。国民の手前とても昇進など認められん。分かるな?
貴様はしばらく前線を離れて骨休みしてこい。
心配するな、どうせ半年もしないうちに現場が音を上げて、爆炎の魔女の前線復帰を要請してくるだろう」
マグス大佐は上司の言葉を消化しきれずにいた。――この私が前線を離れるだと?
多分自分はひどく情けない表情をしているのだろう、そう自覚しながら尋ねずにはいられなかった。
「では、自分はどこに配属されるのでしょうか?
まさか事務職ではありますまい」
何人かの将官が思わず噴き出した。爆炎の魔女が書類と格闘する姿を想像したのだろう、悪い冗談にも程がある。
「貴官は近衛教導団付となる。
全軍から集めた将来有望な若者たち――もちろん魔導士もおる。
その教官をやってもらおうというわけだ」
そして中将は一言付け加えることを忘れなかった。
「ひよっこだが新兵ではない、優秀な士官候補生たちだ。
くれぐれも喰い散らかさないようにな!
その代わり、見込みがありそうな奴は補充の部下として貴様にくれてやる。
どうだ、悪い話ではあるまい」
上司は意地の悪い笑顔とともに告げた。
「用件は済んだ。退出してよろしい」
* *
背後で音もなく分厚い扉が閉じた。
マグス大佐は怒りに顔を赤くして、会議室を後にした。
「後方で教官だと?」
赤毛が静電気でも帯びたようにぶわっと広がり、パチパチと青白い火花を放っている。髪の毛が焦げる嫌な臭いを残して、大佐はずんずんと大股に歩を進める。
黒曜宮の武官や文官たちは、遠目にも分かる彼女の憤怒を嗅ぎつけると慌てて手近な部屋に避難して、息をひそめて彼女をやり過ごした。
おかげで誰からも声を掛けられず、思考を邪魔されることもなかった。
怒りの表情を作りながらも、マグス大佐の頭脳は冷静に皇帝の態度を分析していた。
『陛下は知っておられたのだ。
ということは、私の推論は外れていないということか。
ならば、いずれリスト王国とは本格的にやりあうことになるはず……』
マグス大佐は総務の事務室の扉を開けると、手近にいた事務官を捉まえて怒鳴った。
「近衛教導団に行く。馬車を手配しろ!」
言いつけるなり椅子を引き、どっかと腰を下ろす。
そして椅子を奪われおろおろしている事務官を上目遣いで睨むと、再び怒鳴った。
「とっとと行かんか!
それと、誰かコーヒーを持ってこい。うんと熱い奴だ」
この数時間後、マグス大佐の小柄な体は帝都郊外にある近衛教導団の詰所に現れることになる。
のちに〝災厄の日〟と近衛教導団で呼ばれることになる一日が始まったのである。




