現世の家族
アルベルトの元を去った後、そのまま外に止まっていた馬車に乗り込み自分の屋敷へと向かった。(取り敢えず流れに身を任せて乗り込んだだけだが)
屋敷へと帰る途中、私の身には2つのあることが起きた。まず一つ目、それは現世の記憶が戻ったことだ。
さっきまで、私には前世の記憶ーつまりニホンにいた頃の記憶しかなく、アルベルトのこともこの世界のことも何一つわからなかった。しかしさっき、現世の記憶を取り戻し、やっと全ての現状を把握できたのだ。
この世界はベルンと呼ばれる巨大な王国。現国王バルド・ノア・ベルンによって統治される軍国家である。
ベルン王国は初代国王が軍を率いて多民族に占拠された首都を奪還し、建国された。そのため周りの国家に比べて新興国家でありながら、その絶大な王国軍の侵略力と防御力で一大国家へと成り上がった。
私はそんな国から伯爵位を賜った貴族の長女、リネア・グレース・ヴァルニウムとしてこの世に生まれた。
ヴァルニウム家はその領地の統治を国から任されており、現当主 ダンテ・ヴァルニウムを始めとして母親のリリー 兄のシリウスの4人家族である。
転生(仮にそう名付ける)前のリネアは典型的な貴族のお嬢様だったらしく、外の世界は何も知らない温室育ち。さらには勉学は家庭教師の先生が匙を投げるくらいの出来だったようだ。
といっても、どうやら私の歳はまだ12歳。見限られるのは早いのでは?とも思うが......
そして私に起こったもう一つのこと、それは前世では信じられない”魔法の出現”である。
どうやらこの世界には魔法なるものが存在するらしい、といってもリネアは出来が悪く1つも使えないようだが。そもそも、科学の世界に生きていた私にとって魔法というのは架空の産物に過ぎない。
科学で証明できないことは信じない主義なのだ。しかし現世の記憶に魔法が残っている以上、それがこの国の普通なのだろう。
この世界には、自然の5要素を主軸とした魔法が存在するらしい。水 火 風 土 光 である。魔法は10歳になると発現し、その人の元々の能力値(ほぼ遺伝で決まる)と魔力値(個人差あり)で使える種類は限られる。さらにその後成長する過程で使える魔法が増えることはほぼないらしい。
つまり12になって魔法が使えない私はとんだ異端児というわけだ。
発現の難易度は左から右にかけて上昇し、光の魔法を操れる者は国の人口1割にも満たない。さらに光の魔法は希少性が高く、選ばれた血を持つものーつまり王族レベルにならなければ発現しないという言い伝えも存在するらしい。
ちなみにヴァルニウム家の人間は風魔法の習得までは普通にできるらしい....(いかにリネアが魔法を使えないかがよくわかる。) 一般人でも水魔法は使えるようだし。
「考えれば考えるほど非現実的な世界ね。....くだらない。」
理論で説明できないことに興味はない。特に面白そうなことはないな、と考えながら私はあくびを一つして屋敷へと向かうのだった。
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「リネア!!!!!」
無駄に広い庭園を抜け、豪華な屋敷へと足を踏み入れると最初に待ち構えていたのはまたも大きな衝撃だった。
また骨折れるかも。
自分より一回りも二回りも大きい体に包み込まれ、ふわりとした銀髪が私の鼻をくすぐる。そのまま私の体は長い腕に絡みとられてしまい身動きを取れなくなってしまった。
「お兄様....」
「あぁ、可愛いリネア...!こんなにも表情をなくして、さぞ悲しかっただろう?」
そう言って体に巻きついていた手は、次に私の頬を柔らかく包み込んで顔を覗き込ませるように上へと向けた。
その瞬間目に入る美しい顔。後ろで一つにまとめられたキラキラと光る銀の髪、それとは対を成した色素の薄い金色の瞳、透き通るような白い肌。美形とはまさにこのことだろうといわんばかりに美しさを極めた、私の兄 シリウスの姿である。
「悲しかった、とは?」
「強がらなくていいんだ、リネア。さっき知らせが届いたんだ。あのくそがk...いや、アルベルト侯爵子息から婚約を破棄されたって。」
なんだか変な言葉が聞こえたけど。
それにしても情報が早いのね、まるでその場にいたかのようだわ。
そんなことを考えている間にも、兄はかわいそうに...と憐んだ目で私を見つめ頬を撫でている。
「だから反対だったんだ、リネアとあいつの婚約は。」
「でもお兄様、私全く悲しくないわ。」
「あぁっ!!この細い肩にそんな重荷を背負って...辛い時は素直に泣いていいんだリネア。兄様の胸でね?」
そう言ってぎゅうぎゅうと兄の胸に顔を押しつけられる。というか、本当に悲しくない。
そもそもアルベルト?だっけ、興味ないし。前世で15歳だった私から見たら12歳なんて子供だし。婚約の件だって、前のリネアは随分ゾッコンだったらしいけど私にはそんな感情一つもないし。
「離してちょうだい、お兄様。」
「あぁ、なんて悲しそうな瞳をするんだい?リネア...あのガキの始末は兄様に任せなさい!!」
全く話を聞かないわね。しかもガキ呼ばわりが隠せていないし。
「大丈夫さリネア、バチェスター侯爵はうちよりも爵位が上といえど浪費家で没落寸前の貴家族だ。そもそもお前の婚約だって向こうへの資金援助のためだった。なのに恩を仇で返されるとは...仕方ない、バチェスター侯爵にはここで潰れてもらおう。」
ニッコリと擬音がつきそうなほど綺麗な顔で笑うお兄様。
「リネアにはお父様もお母様も、それに俺だってついてるさ。」
そういうと、お兄様は再び私をそっと抱き寄せた。
お兄様はその美貌もさることながら、勉学においても武術においても優秀な成績を修める実に有能な方。地方の領地にいながら、その噂は王都にまで広がっているという。それにも関わらず結婚のお相手が現れないのは、妹を溺愛しすぎているからとかなんとか....
前世で兄弟のいなかった私にはよく分からなかったけど普通じゃない事はなんとなく察せるわ。抜け出すのもめんどくさく、お兄様の好きなままにされていると上へと伸びる豪華な階段から二つの声が響いた。
「シリウス、リネアが苦しそうだ。離してあげなさい。」
「リネア、よく戻りました。」
見上げた先にいたのは、真っ黒な軍服に身を包んだお父様とワインレッドのドレスに身を包んだお母様。
ヴァルニウム伯爵位は、先祖当主が隣国との戦争の際大きな功績を挙げたということで賜ったものである。そのため、当主は代々武力で名を挙げたものが多くお父様も例外なく元軍人なのだ。真っ黒な軍服は、ベルン王国国軍に所属した証。さらにその胸に無数に付けられた多くの紋章は歴戦の戦果を示している。
「私の可愛いリネア、バチェスター侯とのことは聞いた。辛かったな、安心しろ今すぐ滅ぼしてやる。」
見上げた先には殺意に満ちた恐ろしい顔。しかし精悍な顔立ちは果てしない知性を感じさせる。そんなお父様までも私の頬を撫で物騒なことをくちにした。さすが軍人上がりのお父様、武力行使ね。
「まぁあなた、物騒なことをおっしゃるのね。リネアが怯えていますわ。」
そう言って次に私を包んだのは、これまた美しい女性。
ブランドの髪を後ろになでつけたお父様と対照的な、綺麗な銀髪。瞳は凪いだ海のように穏やかなブルーだ。全てを浄化するような白く滑らかな肌に均整のとれた美しい肢体。さすがこの世の全ての宝石を集めてもかなうことはないと言われたベルン王国の至宝、社交界の華だ。
お兄様は見事にお母様の遺伝子を継いだようね、今度遺伝子研究にも協力してもらいたいわ。貴重なサンプル。
「リネア、安心なさい。あなたにはこれからさらに社交界のマナーを教え込んで、殿方を誘惑する立派な淑女にしてみせます。バチェスターの坊やなど相手にしなくていいわ。」
美形って怒るだけで迫力あるのね。家族全員なんだかバチェスター侯爵にトゲがあるけど、私には関係ないわね。
「ありがとうお父様お母様。でも私大丈夫です。全く悲しくないもの。むしろ自由に生きられて嬉しいわ。」
そう、私の体は確かに貴族のお嬢様であるリネア。だけどその頭脳は前世の私のまま。
この不可解な世界を解明するために、私はここで自由に生きるのよ。
前世の研究三昧の日々を思い出し少し胸がワクワクする。
こうして、かつて世界に名を馳せた天才少女の新しい日々が始まったのであった....
「男なんて誘惑しなくていい!!!リネアは俺と結婚するんだ!!!!」
そんなお兄様の声と共に。
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