表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

羽がきえる

作者: 椎名めい

2年生の教室の前には、私たちの自慢の制服に身を包んだ巴原さんがいた。

「よく聞いて。奈津がね、危ないの。」

私たちは言葉が出なかった。

「えっ。」

巴原さんはきっと私たちを睨むように見つめた。そして、「急ぐわよ」と短い声で言った。


白いヒポクラテスの像がキラッと光った気がした。



昨日まで実習をしていた病院へ入ると、大島さんのご両親がいた。この間、解決するといいね、と言っていたその影はもうどこにも見えない。意識も無さそうだった。私たちを見ると短く会釈して、「ともちゃん、どうぞ。」とベッドの横を譲った。巴原さんは静かに、「ハルヒちゃん、もう大丈夫よ。ゆっくり休んでね。」と言いながら痩せた腕を撫ぜていた。


私たちも「今まで、ありがとうございました。」「優しくしてくれて嬉しかったです」と言った。みんなで穏やかな時を過ごしていた。


よく見ると点滴が漏れてブツブツと内出血斑が出ていた。「痛かったねぇ、よく頑張ったねぇ。」だんだん巴原さんは涙声になってきていた。私の隣ではそれを見たハルヒが、ハンカチを目に当てている。私も巴原さんの様子が霞み始めた。

「忘れないでいてね。この子は、最後まで頑張ったのよ。あなたたちは、いい医療従事者になってね。」私は頷いた。


私はそれまでひとが死ぬところなんて見たことがなかった。


でも、なんて穏やかな時間なんだろう。

悲しいけど不思議な時間だ。


モニターがその場に相応しくないけたたましい音を立てた。

「奈津!」

巴原さんと、大島さんのご両親の声が重なった。


最後は、やっぱり、これを着せてあげたいの。

医師が死亡確認をした後、巴原さんは言って、持ってきていた紙袋を渡した。中身を確認したご両親は、「そうね。私たちも沖縄から色々用意したけれど、やっぱりこれがいいわね。」と微笑んだ。


看護師さんは、巴原さんの紙袋の中身を見て、「あぁ、あそこの学生さんだったのね。綺麗な制服ね。」と言った。そして、手際よく着せられて、やっと久し振りに私たちと同じ制服になった。ただ、3ヶ月前にはぴったりだったジャンパースカートやブレザーが、痩せてぶかぶかになっていたけれど。

それから、髪を結ってあげなくちゃ、と巴原さんは言った。もう、大島さんにはほとんど髪の毛が残っておらず、帽子を被っていた。

「どうするんですか?」

私は思わず聞きそうになった。

「奈津はね、いっつもこうやって作ってたのよ。シニョン。いいわねー、奈津!久し振りでしょー。」

巴原さんは努めて明るくウイッグを取り出した。部分的にお団子になったやつだ。それを慣れた手つきでやって、あっという間に私たちと同じようになった。

看護師によって含み綿をされて、化粧をされたら、あの時に会った時と同じようになった。


全てが終わった時、巴原さんは、ブチっと糸が切れたように床に座り込んだ。


ああ、ああ、ああ。


スカートなのも気にせずへたり込んで泣いた。ハルヒはその肩を抱いて、泣いた。悲しかった。ただ悲しかった。


私は大島さんの両親に、一冊の日記帳を渡された。「あなたでしょう。いつも奈津があなたのことを褒めていたわよ。医療従事者に向いている、って。」


私は「そんな、ハルヒは准看持ってるし、私なんか何も……」と言った。

「いや、きっとそういうことじゃないの。資格とかなんとかじゃなくて、向いているの。その日記にきっと書いてある。日記というより備忘録のようなものだけれど、読んでほしい。」

私は思わず受け取って読み始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ