第6話 フィーネ
ワービーストの少女を助け出し、それから数分後。
私は救出直後に回復のラップをかけ、傷を全開させ濡れた体を乾かしたが、その時少女は目覚めなかった。
だから目覚めるまで待つことにした。
オヤジさんに報告した方がいいだろうけど、ワービーストということもあってか、中々報告できなかった。
ゲームだと可愛いことで愛用者の多いワービーストだけど、こういう異世界だと、ワービーストは差別されてることが多い気がする。
オヤジさんは違うかもしれないけど、他のヤーさんはわからない。
念には念を入れて、少なくとも目覚めるまで…
そう考えて待ってるわけだけど…
「中々…だねぇ…」
全く目覚める気がしない。
カモメの鳴き声と、波の音が虚しく響いているだけだ。
どうしたものか。
もうこの際、耳とか弄ったら起きないかな?
ワービーストの耳は敏感と、フレーバーテキストにはあったし。
まあこの世界がスカイウォーオンラインと完全に同じじゃないのは知ってるけど、もしかしたらに賭けて。
ゆっくりと、そのもふもふとしていそうな犬耳へと、手を伸ばす。
じわじわと、指が耳へと差し迫る。
しかし完全に到達する直前で、彼女の体が動いた。
その時の私は、それはもう光のごとき速さで手を引っ込めた。
眠ってるあいだに敏感な所を弄られたら、そりゃ普通は怒る。
敏感な所を、睡眠中にいじる奴なんて印象付けたくない。
それを防ぐためだった。
引っ込んでから数秒後に彼女はもそもそ体を動かし出す。
まず最初にヘタっていた耳がふわりと動き、頭と体も一緒につられ出す。
そしてあげた顔は、やっぱり可愛らしくて、正しく童女と言った見た目。
彼女は私を認識したみたいで、その直後大きく身を引いた。
なにか、怯えてるようだ。
まあ、目の前に巨体があったら引くか…少し傷付くけど、自分が望んで得た巨体。
文句は言わない。
しかし、しばらく私に怯えた様子だったけど、自分の体を触り始めた。
傷がないことに気づいだんだね、それが終われば私を見る。
「……助けてくれたの?」
「…まぁ、そうなるね」
嘘をつく必要は無いし、素直に答えた。
すると有無を言わさずに、彼女は私に向かって抱き付いてきた。
おぉう、女の子ってこんなに柔らかでふかふかしてるのか…
自分も女だけど、こんなんだったのかな?
誰かに抱きついたことも、抱きつかれたこともなかったから、内心焦りに焦ってる。
だけど、彼女から聞こえてきたもので、次にどうすればいいかなんとなく分かった。
泣き声だった、押し殺したそれはなんとも言えないもので、なぜ彼女が海に傷だらけで漂流してたかと聴ける場面じゃない。
私はほぼ無意識に、彼女の背中をさすっていた。
ポンポンと3回ほど優しく背中を叩けば、嗚咽は大きくなる。
しばらく彼女の悲しみが収まるまで、私はそのまま抱かれ続けた。
「……よかったら、話聞かせて…なんで海を漂流してたの?」
収まってから私は彼女に聞いた。
純粋に気になってたからだ。
だけど彼女は口を閉じた。
話したくないのではなく、話せないと言った表情だった。
なにか深い事情があるのかもしれない。
だからあえて聞くことはしなかった。
「とりあえず……私のいるところにくる?」
そう私が聞けば、彼女は明るい顔になり、大きく何度も頷いた。
お尻から生えた尻尾がちぎれそうなほど振られてる。
そんなに嬉しいの?
……なんか、凄い懐かれたなぁ。
普通胡散臭いと思わないのかな。
とりあえずそのままの服装だと、風邪を引きそうだ。
なぜなら彼女の今の格好はローブのしたの服装だが、随分とみすぼらしいのだ。
一瞬奴隷とか浮かんだけど、それならますます漂流してるのは変だと思い、その案は捨てた。
よくある物語だと、奴隷は消耗品扱いされてるけど、決して安くない。
そんなものを消耗品扱いするやつはいない。
いくら貴族でもだ。
愛玩用とか、仕事用とか使い分けることはあってもね、
この子の場合は多分愛玩用になりそうだから、ますます捨てられたということも考えなれない。
商人が売品をおっことすなんてバカやらかすとも思えないしね。
それでどうしたものか、とりあえず私は即興でラップをアカペラで歌い出す。
お犬のお嬢さん、綺麗なお顔
お作りしましょうお似合い服を
可愛い可愛いかわいーね、
とてもいいね
そんなお洋服あげたいね
ラップが終われば彼女の服が変わっていく。
ボロボロのから綺麗な…おっと?
「こ、これは……私の趣味のせいか」
そこにはフリルたっぷりゴシックロリータを着た彼女がいた。
なぜゴスロリ?
可愛いものには可愛いもの着せたいじゃない?
ダメかい?
別にゴスロリにしたかった訳じゃないけど、なぜか私の欲望がラップを通して、そのまま投影されたみたい。
とりあえずこれで風邪をひくことは無いよね。
彼女もとっても目を輝かせて喜んでるし。
というか、こんなもの着ていいのと言った驚きようだし。
「それじゃあ行こうか」
そう言って、私は彼女に手を差し出す。
こういう時は手を繋いだ方がいいって、さんざんやったアドベンチャーゲームで学んだ。
案の定彼女は私の手を取って、一緒に歩き出した。
身長差もあってか、まるで親子だ。
彼女140くらいしかないんじゃないかな。
「フィーネ」
「ん?」
突如彼女が口を開いた。
彼女は、私に視線を向けて、その碧色の瞳で語っていた。
そして、同じように声を出した。
「フィーネ、私の名前」
「…腐華、鎖腐華だよ」
私もつられて、同じように名前を言った。