5話 女王と豚の密約。
ーーー菫目線ーーーーーー
入学式も終わってなんとなく浮き足立っていた新一年達は真新しい毎日にゆっくりと馴染み、ちょっとずつクラスの中のグループや力関係もできてきた頃。私の生活に、大きな変化が訪れてきていた。
元凶は言わずもがな、彼だろう。彼の名前は倉敷一馬
ごくごく平々凡々。目立たないタイプを装っているが、彼のその逸脱した行動には眼を見張るものがある。彼は女の子と女の子が仲良くしていることがどうやら最高の"ご褒美"らしく。私のことをたまに菫様と呼んでいる。彼は別段会話をしに来たり何か接触をしてくることはない。だが、ごくたまに、彼と接触する日があると彼は人が変わったように強気になり色々と私たちに注文をしてくる。
彼は日常では後ろの席で私や美琴、最近は唯を隠れて観察しているようだ。あっちはバレていないと思っているようだが、あの熱視線に何も感じない人は相当の鈍感だと思っても言い。
ーー彼は異常だった。
初めてそう感じたのは入学式の登校途中。
桜並木の道を幼馴染の美琴と歩いていた時だった。彼は私たちをまるで"見つけた"ような顔をした。
大きく瞳を開き、まるで古くからの親友に久しぶりの再会を喜ぶように一人顔を輝かせていたのだ。
そして私は、すぐに彼の本性と対峙することになった。ポカリスワットを身体全身にかぶった時に、まるで身体に染み込むわ〜とか言いそうな顔で恍惚としたのだ。
その後すぐに私と美琴は訳もわからず手を握ることを強要された。美琴と手を繋ぐことには別段何とも思わなかったけど、彼は嬉しそうな顔をした。
よくわからない。
更に彼の行動はエスカレートする。
今度はなぜか美琴と向かい合わせでパイプ椅子に座らされたり、この前に至っては唯にキスまで強要したようだ。もはや変質者。私はいつでも警察に通報できるように最近スマホの連絡先に近くの警察署の番号を入れた。
そして、今日も私は真面目に授業を受ける。彼の視線を背中に感じながら。
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僕は友達が増えた。彼は鎌田 雄二。
通称カマちゃんは普段は至って男らしい。中性的な顔立ちと少し目にかかる髪がそのイケメンに拍車をかけ、その、緩いキャラにクラスからも定評があるスクールカーストのトップに君臨するパリピ族の中心人物だった。だがひとたび、僕とシマの三人を前にすると人が変わったように話し言葉を変える。俺→あーし、君→あーた、のようにわけのわからない言語を話し始める。がに股気味の足は内側になり、常に小指が立っている。それでも、僕は彼がただのイケメンではなかったことに大きな安堵を覚えた。これで僕の百合は守られるのだから。
「あーたさぁ。結局どういう性的趣味を持ってるわけぇー?」
「性的趣味とか言うな!僕は誠実に百合を愛してるだけだ!」
「マジうける」
なんなんだこのギャルみたいな男は・・・!
「僕は女の子と女の子が仲良くしてる姿が好きなんだ」
僕は、こんなやつに負けない!!
「マジやばい」
くぅぬぅっ!!
「カマちゃんも女の子好きだろ?」
「好きピ」
なんなんだよぉぉぉぉおおおおこいつぅぅぅぅううはぁぁぁあああっ?!
「目の前で可愛い女の子が二人いたらどう思うよっ?!」
「あげみざわ」
日本語しゃべれよぉぉおおおおお。
そんなやりとりをして僕のHPが赤い点滅ランプを放つ頃、シマは初めから薄々感じていた自分の影の薄さを更に自覚してしまうようなキャラが濃すぎる鎌田の登場に地団駄を踏んでいた。
「ね、シマ子。倉敷草すぎよね」
「それなー、やばみざわー」
「おい、シマ。自分がキャラ薄いからってカマちゃんとキャラかぶせようとするな!」
「泣いたー」
シマはシュンとして見せて、カマちゃんは笑った。僕は机に肩肘を突きながら横目でユリンヌをみた。今日も三つ編みか・・・。
あの、衝撃的なワンシーンから、早数週間。彼女が僕に話しかけてくることはなく、また僕が彼女に話しかけることもなかった。彼女は当たり前のように髪を後ろで一つに結び三つ編みにし丸い眼鏡をかけてその胸の膨らみをブレザーに隠していた。
あれは僕の中で革新的だった。
あの、キスなんて別に恥ずかしくないわ。と言わんばかりの女王感。唇をぷっくりと合わせてまるでケーキのクリームを指ですくって食べているようだった。それを拒むくせに赤くなる菫様のせいで更にエロくて・・・思い出すと僕は喉をゴクリと鳴らした。
「やーだっ、この子いま、絶対えっちいこと考えたでしょ?お見通しよ?ね。シマ子」
「やーだ。ほんとカマ子ったら目ざといわぁ」
なんなんだこれは・・・。
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「はーい。明日のホームルームでは、もうすぐやってくる林間学校のお話をしまーす。班決めとかあるからなー。すんなり班が決められるようにある程度グループ作っとけよー。それじゃー気をつけて帰るんだぞー」
それは、帰りのホームルームで唐突に訪れた。僕は全身がカッと熱くなるのを感じた。
<<<り・・りん・・かん・・がっこう・・だ・・と?>>>>
あの、あれか?
一泊二日とか二泊三日とかして外でご飯とか炊いてカレー作って、包丁で指怪我した女の子が隣の女の子に馬鹿だなぁとか言われて指舐めたり、夜ベットで雑魚寝みたいになって寒いから一緒に寝ていい?とかってなっちゃって二人でおでこくっつけて女の子たちがスヤスヤ眠る・・・あれか????!!
「「それは違う。」」
シマとカマが突っ込む。
はっ!!!!超能力者が増えた?!いつの間にか僕はシマとカマに囲まれていた。
「なんか、倉敷くんのその知識ってすーごく偏ってない?どんな女子の情報をかき集めたら倉敷くんみたいな考えに至るわけ?!」
「いいだろ!僕の妄想なんだ!自分が思う分は僕の勝手だし何人たりとも僕のこの想いだけは壊させやしない!!」
「なんか、もう頭がハッピーバースデーね。」
なんだよハッピーバースデーって!
「おまえはそろそろ、その女だかなんだかわかんない喋り方やめろよ」
「あーしはこれが素なの、あんたに因縁つけられてこんな形であーしの本当の姿がバレたんだから、責任とりなさいよね!」
「お前がツンデレヒロイン名言集の一つ『責任とりなさいよね!』なんて言葉使うんじゃねぇー!!」
「いやぁぁぁぁああああああああっ」
僕とカマちゃんが掴み合っていると美琴たんがやってきた。
「よっ!倉敷君っ鎌田君」
「うっ!」
「な、なに?美琴ちゃん!」
鎌田は急な部外者の登場に一瞬怯み全てのカマを封印しイケメン鎌田に変身した。
「や、やぁ。どったの?美琴ちゃん」
でた、どったの(笑)。
美琴たんは今日もちょべりぐーに可愛かった。
肩に少しかかる栗色の髪はふわふわで目はくりっと愛らしくちょっと着崩した制服とよれたリボンが可愛らしい彼女を更に引き立てる。
「臨海学校、倉敷君たちどうするのかなーって思って声かけてみたっ」
はっ!!!
これってもしかして班のお誘い・・とか?
「え、俺らと組んでくれるの?!」
僕よりも先にシマが食いつくように反応した。
「えー、嶋崎君には聞いてないかなー?」
美琴たんはひらりと嶋崎をかわす。
そういえば美琴たんは嶋崎苦手だったんだっけ?
「まだ、なんも決めてないんだよね」
僕が答える。
「え、じゃあ俺と同じ班になろうよ!」
ここでなぜか鎌田が僕を誘う。
「なんか、最近鎌田君、倉敷君と仲良しだね?」
二人を見比べながらニコッと微笑む美琴たん。癒されます。
「うん!相棒なんだっ!」
シマが膝から崩れ落ちる音が聞こえたが今は無視しよう。
「・・・美琴ちゃんって・・・倉敷お気に入りだよね」
シマが消え入りそうな声で力なく言う。
「うんっだって倉敷君は私のこと変な目では見ても男の子の目で見ないもん」
うっ・・・なんか、的を得てるような・・・。
「それに、唯ちゃんも倉敷君だったら別に嫌がらないかなーって思ってさ」
ユリンヌ!!!?まさか!!
「え、そっちは誰と班一緒にするつもりなの?」
「私のとこは唯ちゃんと、すみちゃんと、夏海ちゃんだよ!」
夏海?夏海ってあぁ。あのいっつも色んな男と遊んでる神田夏海か。確かドッジボールの敵側のチームにいたな。
それよりも聞きましたか神よ。僕が愛でる三人がいる班。絶対に一緒の班になりたいっ!最早林間学校の間中カメラ片手に撮影していたいっ!!だがどうやって誘う?どうやって申し込む?!誰か、僕に、僕に!コミュニケーションの力を分けてくれー!
「班は男女どっちかが四人でどっちかが三人だから俺らが三人で組めば唯ちゃんたちと組めるね!」
シマぁぁぁぁあああっ!
おまえってやつわぁぁぁぁあああ!
「えー。倉敷いるのー?」
そこに開眼状態の菫様登場。
「え、だめ?」
美琴たんのしょんぼり顔も尊きかな。
「だって倉敷すぐ難癖つけて変なこと言ってくるじゃん」
ぷぎゅぅっ。
「え〜。私は全然いいのにぃ〜。すみちゃんになら何されても」
「えぇっ?」
「嘘だよ〜」
ぷぷぷっと美琴たんは笑いながら少し赤らんだ顔で嫌そうな顔をする菫様をつつく。
<すみゆり>キャワワワワワワ〜っ!!美琴さんって本当は重さりんご3個分の妖精さんじゃないんですか!!?ってくらい可愛い。
「く、倉敷くんが、班に入るんですか・・・?」
「えー!鎌田いるじゃんっラッキー」
そこに三つ編み状態のユリンヌと神田もやってくる。
「唯ちゃんは倉敷君やだ?」
「ううん・・く、倉敷くんはこ、怖くないから大丈夫」
鎌田と神田がパリピの舞で盛り上がっている中ユリンヌはおどおどと答えた。
まさかこれが、あの子悪魔な女王様になるなんて想像もつかないな・・・
「やっぱり〜!」
「え〜っ」
僕がユリンヌに気を取られていると正反対のリアクションを取る美琴たんと菫様。
ワイワイとみんながきたる林間学校について盛り上がり出していると僕は肩をギュンッと後ろに引かれた。
「うわっ!!」
みんなの輪に背を向ける体制になると肩を引っ張った犯人が眼鏡の隙間からすごい形相で僕に耳打ちした。
「おい、下僕。林間学校の間、私に男が近づいてこないようにしろよ」
「ヒィィイ」
女王様が発動してるぅぅぅうう。
「返事はぁ!?」
「は、はいっ!」
「ちっ。」
あぁ。この目知ってる。汚物を見るときの目だ・・僕がよくシマに向ける目だ・・なんだこれ。すごい。この僕への圧倒的な汚物感、こ、興奮します。ユリンヌぅぅ。
「なに、こそこそしてるの?唯ちゃん」
とそこに美琴たん。
「ううん・・な、なんでもないよ・・?」
そのギャップも最早なんかいいっ。
「よしっじゃあ決まりだね!」
何だかんだ僕は林間学校という初めてのイベントにあぶれること無く班を作ることができた。盛り上がりが終わるとみんな帰り支度をするため自分の席に帰っていく。
「あ、あの」
さぁ、ここからが僕のターン!!!
「・・・・」
僕は女王を引き止めた。
また『ゆい×すみ』が見たいっ見たいっ。
「林間学校、僕ちゃんと男が寄り付かないよう唯ちゃんを完全警護するから・・」
僕が言い終わるのを待たずに女王は僕が言いたいことがわかったのか、その眼鏡の下から虚無的な笑みを浮かべた。
「いいよ。できたらとっておきの”ご褒美”あげる」
ご褒美プレイきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!
僕はきたる林間学校のために俄然やる気を出した。カモォォン・ビバ林間学校!!
僕の”ご褒美”の為犠牲になってくれ菫様!!僕はぐっと拳を握り、がっつポーズを小さくした。
そして、知らない間に交わされた密約に自分の身が懸かっていることも知らない菫はぞくっと背筋に流れた何かに身震いした。