俺の幼馴染の話をさせてくれ
正直これはただの自分語りな上にここで書くようなことじゃないんだが、それでもよければ語らせてくれ。
まず、俺には小さい頃からずっと一緒にいた女の子がいたんだ。俗に言う幼馴染ってやつだな。
最初に会ったのが幼稚園の時で、たまたま一緒に遊んでいたら家が近所だったんだ。それからは、家族ぐるみで仲良くしてたんだが。彼女の母親に「将来は(彼女)のお婿さんになってくれるかしら?」って聞かれてさ、何も考えずに「なるー!」って答えて、彼女も「(俺)くんのお嫁さんになりたい!」ってさ。笑っちまうよな。今はもうなりたくてもなれないってのに。クソが。
それから小学校、中学校、高校と同じ所に通って。別にどっちかが無理やり志望校を変えたとかじゃなく、自然と同じ所を選んでた筈だ。本当は違ったのかもしれないが、少なくとも表面上はそうだった。
まあ、実際ずっと仲が良かったのかと言われると、別にそういうわけでもない。
小学生の時、女子と一緒にいると同級生にからかわれたりしたろ?それでお互い気まずくなって、少し疎遠だった時期もあるんだ。今となっちゃ、そんなこと気にせずもっと彼女との時間を大切にしろ、って言いたくなるけども。けど、小学生ってそんなもんだろ?こればっかりは仕方ないよな。でもさ、学年が上がってくにつれて少しずつ元の関係に戻っていったんだ。その時の俺を褒めてやりたいね。
中学、高校と上がってもその関係は変わらなかった。友達にお前ら付き合ってるのかって聞かれたこともあるが、俺はどうしても彼女をそんな風には見れなくて、聞かれる度に「ただの友達だ」って返してたよ。たぶん、彼女も女友達にそう答えてたと思う。まあ、俺とは別のことを考えてたんだろうけどな。
彼女もわりと可愛らしい見た目はしてたからさ、たまに他の生徒に告白されてたりしたんだ。一緒にいる時間が長い俺が「ただの友達だ」って言ってたから、そこで希望を持っちゃったんだろうな。可哀想に。
もうわかると思うけど、まあ彼女は全員振ってたわけだ。「好きな人がいるから」ってさ。その話を初めて聞いた時、俺はそのことで彼女を弄ったんだ。お前好きな奴いるのかーってな。その時彼女、すげー寂しそうな顔してたんだよ。今でも印象に残ってるくらいに。
まあそんな顔されたらさ、流石に俺もその話で彼女を弄ることはなくなったんだ。ああくそ、何も考えてなかった当時の俺をぶん殴ってやりたい。今にして思えば、周りの友達もみんな気付いてただろうに。まあでも、言い訳するなら。その時、俺は彼女を一緒にいて当然の家族みたいなもんにしか思えなかったんだよね。なまじ家族ぐるみの付き合いで、よく一緒にご飯食べたり、お互いの家に泊まってたりしたからさ。一応言っとくけど、一緒に風呂に入ったことは無いぜ。中学のとき一回だけ彼女と脱衣所で鉢合わせたことはあったけど。顔真っ赤にしてたな。
で、大学に進学して。昔から一緒にいたから趣味も一緒でさ、照らし合わせた訳でもないのに志望大学と学部も一緒なの。それを知った時、二人でめちゃくちゃ驚いてさ。お互いの親達は大笑いしてたけど。
んで結局二人とも危なげなく受かってさ。俺と彼女の楽しい大学生活の始まりってわけだ。
それで、ここからが本題なんだ。
大学入って一年経って。俺達は実家から通ってたんだけど、朝いつも通りに迎えに行ったら彼女の母親が出てきてさ、なんか震えてんの。それでどうしたのか聞いたら、彼女が倒れたって言われたの。
で、救急車が来て運ばれてってさ。俺達も急いで病院に向かってさ。しばらくして、医者にさ。彼女、心臓の病気だって。もう治ることはないって。入院して、少しでも余命を延ばすことしかできないって。それでも、もってあと三ヶ月だって。
そう、言われたんだよね。
彼女の両親、泣いてたよ。俺の両親も泣いてたよ。でもさ、俺だけ、泣けなかったんだ。だってさ、そんなこと急に言われても。受け入れられないじゃんよ。小さい時から仲が良くて、ずっと一緒にいて当たり前だと思ってた女の子が病気で、もうすぐ死んじゃうってさ。そんなの無理じゃん。夢だと思いたいじゃん。
しばらくして、彼女の目が覚めてさ。彼女の両親、自分たちの娘だろうに、俺が最初に会ってやってくれってさ。その方が、彼女も喜ぶだろうってさ。
病室に入った俺を見てさ。彼女、笑ってんの。いつもみたいに明るい感じじゃなく、どう見ても無理してるってわかる顔でさ。自分が一番辛いだろうに、俺のこと気にしてさ。
それで、最初の一言がさ。「ごめんね」って。彼女は何も悪くないのに、俺の方見て、無理に笑ってさ。俺、何も言えないの。彼女も何も言えなくなっててさ。俺、「ごめん」って呟いて、逃げるように病室から出たの。とんだクズ野郎だな。それで、家に逃げ帰ってさ。彼女の為に何かしてやれることはないかって、必死で考えた。結局、せめて残りの三ヶ月、少しでも楽しく過ごさせてやろうってしか思えなかったの。
で、親達も帰ってきたんだ。そしたらさ、なぜか彼女もいるの。不思議に思ってさ、なんでいるのか聞いてみたの。彼女、なんて言ったと思う?
「三ヶ月病室のベッドで過ごすくらいなら、短くてもその分(俺)と一緒にいたい」だって。
当然、俺は怒ったよ。何馬鹿なこと言ってるんだ、頼むから少しでも長く生きてくれ、ってさ。でも彼女、昔から変なとこで頑固だったからさ。絶対譲らない、私の生き方は私が決める、って言い張るの。お互いの親達もさ、彼女の気持ちを汲んでやりたいって。俺に、頼むから彼女の残りの人生を最高のものにしてくれって言うの。俺も最初からそのつもりだったし、彼女が決めたなら仕方ない、任せろって言っちゃったんだね。
彼女に残された時間は、あと一ヶ月だ。
それからの毎日はさ。彼女を楽しませる為ではあったけど、俺自身も楽しかったんだ。彼女、激しい運動は危ないから、遊園地とかは行けなかったんだけどね。一緒に映画見に行ったり、水族館で変な魚のキーホルダー買ったり。彼女が無邪気に笑ってて、すごく楽しそうに。本当に、楽しかった。人生で一番楽しい時間だったって、そう思える。
毎日俺と彼女の家族みんなでご飯を食べたし、俺と彼女が同じ部屋、同じ布団で寝たりもした。彼女、柔らかくて暖かくて、いい香りもしたけれど。やっぱり彼女、細くて。ちょっと力を込めれば折れてしまいそうで、心配な気持ちが強かったんだな。
それでもさ。やっぱり彼女、少しずつ弱ってくわけで。最後の方は、病室のベッドの上で過ごすようになってたんだよね。俺が傍にいられない間、少しでも楽しめるようにって。本を持ってったり、今までに撮った写真を現像して集めたアルバムを置いてきたりしたんだ。彼女はそのたびに、ありがとう、こんな私のために、って嬉しそうにしてたんだ。
それで、彼女の余命があと僅か、って頃に。家で、ふと思い出したんだ。
彼女が告白を断ってた理由。好きな人がいるから、って。それが今更になって気になってさ。彼女の好きな奴、いったいどんな奴なんだろうって。最後の一ヶ月、そいつと過ごさなくて良かったのかって。
そんなことを考えていたら、急に思ったんだ。俺、彼女のこと好きなのかなって。ようやくだ。今までずっと一緒にいたのに、ようやく。
そうすると、どんどん彼女を女の子として意識して行くんだ。あの顔可愛かったな、あの仕草も魅力的だなって。彼女の「好きな奴」なんかに、彼女を取られたくないって。
それで、次の日に。そんなモヤモヤを抱えたまま、彼女のお見舞いに行ってさ。彼女といろいろ話をしてたら、急に彼女が言ったんだ。
「私なー」ん?と聞き返した。
「(俺)のこと、ずっと好きだったんだぜ?」って。なんてことのない、いつもの雑談みたいな口調で。それでも彼女、手が震えてたんだ。たぶん、けっこう勇気を出したんだと思う。それを聞いて俺、固まっちゃってさ。情けないよな。
彼女が続けるんだ。「小学生の頃、男子にからかわれてさ。ああ、(俺)のこと好きなのかも、ってその時初めて思ったよ」
「中学の時も高校の時も、友達だって言ってはいたけどさ。ほんとは、それ以上の関係になりたかったなあ」
「好きな人のことで(俺)に弄られて。その時、私はそういう目で見られてないんだなって思った」
「それでも、(俺)への気持ちは変わらなかったけどね。いつか絶対振り向かせてみせるって思って、結局できないままここまで来ちゃった。勿論、今も(俺)のことは好きだよ。だからこれは、実質的な私の告白と取って貰って構わない」
俺、何を言われてるのかわからなかったよ。本当に救えない、クズ野郎だよな。大好きな女の子にずっと辛い思いさせてて、自分はそれに気付かないなんて。
それでさ。普通ならここで、「俺もお前が好きだ」とか言うだろ?例え手遅れだったとしてもさ。でも俺、チキンなんだ。そんな勇気、なかった。ほんとにさ、なんで彼女が死んで、俺が生きてるんだろうね?運命って残酷だよな。
「ずるいよなー」と彼女が言う。「これから死ぬのに告白なんかさ。これじゃ、ずっと心に残してやるって言ってるみたいじゃん」違うんだよ。そんな事しなくても、俺にはお前しかいないんだ。
「ま、(俺)は早く私のことなんか忘れて、素敵な女の子とお付き合いしなよ?きっと(俺)にふさわしい娘が見つかるからさ、私なんかよりずっと」
違うんだって。俺はお前が思ってるよりずっとクズなんだって。俺は、「お前じゃなきゃ嫌なんだ」って。思わず声に出しちゃったんだ、俺。あ、って思ったね。
彼女、泣いちゃってさ。病気になってから、初めて。わんわん泣いて「死にたくない」ってさ。それも初めて聞いたんだ。たぶん彼女、俺を心配させないように必死で強がってたんだろうな。
俺も泣いたよ。彼女が病気だって知ってから、初めて。彼女と二人で大泣きしてさ、「死にたくない」「死なないでくれ」って泣きながら言い合ってるの。
でもさ、もう手遅れなわけで。いくら後悔したって、彼女が元気だった頃には戻れないんだよな。それがわかってるから、俺達はもう存分に泣いたよ。
で、奇跡なんて起きるはずもなく。彼女は死んだよ、あっさりと。俺と俺達の両親に囲まれながらね。んで最後、最後の言葉ね。泣きながら、苦しいだろうに無理に笑顔作ってさ。俺に「ありがとう」って。それこっちのセリフじゃねえかってね。そのうえ、死に顔は安らかだったんだ。俺の手を握って、ただ寝てるだけなんじゃないのかってぐらい。
実を言うとさ、彼女が死んでからしばらく、本当に何をする気にもなれなかったんだ。だってそうだろ?いつも一緒にいた女の子が、急にいなくなったんだ。俺、一人じゃ何もできなかったんだって思ったし、俺の中で彼女が占めていた部分の大きさも実感した。
自殺しようかと考えたこともあったよ。でも、俺まで死んじゃったら俺と彼女の両親はもっと悲しむし、何より彼女が悲しむと思ってさ。だから、今もこうして生きてるんだ。
なんでこんなもの書いたかって言うとさ。まあ、昨日が彼女の命日だったんだ。彼女が死んでから三年経って、ようやく心が落ち着いてきた。それで、いつかまた彼女と会った時に恥ずかしくないように生きたいって決意表明みたいなのを、文字にして残しておきたかったんだ。
あと、最後に。仲のいい友達、とか家族同然、とか思ってる相手が自分にとって本当にそんな存在なのか、一度考えてみてくれ。本当にそう思っているならそれでいいし、もしかしたら別の答えが見つかるかもしれない。とにかく、一度考えてみるべきなんだ。
俺みたいに、手遅れになってからじゃ遅いからさ。