【094】大尉、親衛隊隊長に任じられる
補佐武官を解任されたわたしは、キース中将親衛隊隊長の任を拝命いたしました!
親衛隊っていっても、ファンクラブじゃねーから。重要人物の身辺警護を担当する武装集団のことですから。
近衛ってのは王族の身辺警護担当武装集団、親衛は国家元首などの世襲ではない重要人物の身辺警護武装集団を指す。
近衛のほうは「皇帝親衛隊」などという名称の場合もあるが、国家元首を守る部隊が近衛という名称を使うことはない。
閣下は憲兵で組織された親衛隊が身辺を守っています。
ガイドリクス陛下はもとから王族なので近衛連隊の一部隊が付いてました。キース中将は要らないってことで通していました。
キース中将については知ってます。アーレルスマイアー大佐が「あの通りの人だからな」ってこぼしていたの聞いていましたからね。
聞いた時はキース中将だもんなーと、納得してしまいました。
でも親衛隊って必要なの。まあ平時なら副官で対応も可能ですが、世界情勢がきな臭いというか、隣国が火薬庫になりましたので、護衛は必須となり、その空いていたポジションに、わたしが置かれたというわけですよ。
「総司令官を務める以上、たしかに親衛隊による身辺警護は必要だ……が」
「リリエンタール臨時主席宰相閣下は、お前の性格をこれ以上ないほど理解しているな、キース」
そしてヴェルナー大佐が語る通り、閣下は臨時政府の臨時主席宰相に就任いたしました……就任というか、国王であるガイドリクス陛下と議員たち、さらには軍部が頼み込み、孤立気味にして戦争が間近な我が国の舵取りをお願いいたします ―― 閣下、所縁のない国の政治を任されすぎではないでしょうか。
いや、気持ちは分かりますがね。
そんな閣下ですので、わたしを連れ帰ってきたとしても、誰も文句は言えない。危機的状況下において、国を確かに治めて下さいますからね。
「参謀……臨時主席宰相閣下相手に、自分を偽るのは不可能だからな」
主席宰相就任に伴い、参謀長官は辞任なさいました……辞任しただけで、その支配力は変わっていないんだよって、室長が教えて下さいましたね。
そんな室長は「史料編纂室室長 兼 臨時政府官房長官」に。これで局長も務めていらっしゃるのだから大変だな。
「お前が仰々しいの嫌だって、常々言っているからだろう」
「そうだが」
親衛隊隊長って佐官を持ってあたるのが普通。佐官の中でも大佐が一般的で、連隊を率いている。部下の数は連隊ですので二五○○から三○○○名。大佐ですから、そのくらいは指揮しますとも。
でも、数には限りってものがあります。ガイドリクス陛下に三○○○名、閣下に三○○○名。ここにキース中将親衛隊、三○○○名が加わったらどうなるでしょう ―― 約一万が身辺警護に取られることになります。
我が国の陸軍は通常約何名でしょう? そう、五千の徴兵と二万の職業軍人で構成されております。
半数が身辺警護になってしまう! もちろん戦争になったら予備役二十五万人が随時投入され、彼らも配属されますが通常はそんなに人手はないのです。
ちなみに親衛隊や近衛大隊というのは、基本戦争には参加いたしません。
要人警護部隊が敵と戦ってるって、それもう敗戦間近な末期市街地総力戦だから!
話はキース中将の身辺警護に戻りますが、身辺警護にあまり人員を割きたくない ―― あ、言っておくけど陛下と閣下の六○○○名は治安維持にも携わるので、むしろ足りないくらいなんだ。だから、ここを削るのは無理なんだー。
ただキース中将が言っていることも分かる、人員数がね。
だから平素「要らない」が通るんだよ。そのくらい軍人が足りないんだよ。増やせ? 公僕だぞ、公僕。公務員だよ、公務員。数を増やせばその分国庫に負担がね……下手したら戦争する前に国が破綻してしまうのだよ。
とにかく軍人の数が足りない。だが身辺警護は必要 ―― では佐官ではなく尉官を隊長に添えて編隊してはどうだ? それなら数も多くないから、仰々しくなくていいだろう。そのために大尉を連れて帰ってきたんだぞと。
その連れ帰られた大尉とは、もちろんわたしである。
大尉であるわたしが指揮できるのは二○○名。桁が一つ違う。よって二千八百名を作戦行動に使うことができるわけだ。
「該当するのは、たしかにクローヴィスしかいないが。主席宰相閣下のことだ、分かっていたのだろうな」
ヴェルナー大佐が持ってきた名簿に目を通しているキース中将はそう呟く。『該当』とはキース中将の親衛隊隊長を務められる女性大尉は、わたししかいないということ。
女性士官は非常に少ない。なにせ女性士官の独身寮は尉官と佐官が一緒でも、まだ空きがある。そして女性士官は結婚すると退役する。
わたしの同期の女性士官は、わたしを含めて五名。一学年が三十名プラス補欠十名の計四十名中五名という内訳だ。
大体どの学年も同じようなもので、十年以上前になるとその数は更に減る。
女性が士官学校に入学できるようになったのは三十年ほど前 ―― その数の少なさは察していただけるだろう。
女性軍人そのものは結構いるのだが、女性士官となると数は少ない。ざっくり言うと、四十名切ってる。将官になった女性は当然おりませんし、佐官は五名だけ。
現状だけ並べると女性士官が冷遇されているようだが、そうではない。
我が国は近隣諸国と比較すると、女性軍人はかなり正当に扱われている。
結婚したら退役は、世界の常識というか「結婚=妊娠する」認識なのでそこは仕方ない。
ただそれ以外のことは、胸を張れるレベルで正当に扱われている。
女性将官がいないのは、これまた仕方ない。そもそも平民男性将官という存在自体、数が少ない。もともと将官は貴族の階級だったからね。
我が国初の平民男性将官が誕生したのは四十年前のこと。
そこから地道に平民に道を広げ、その間に女性士官の育成も。更に自分たちがされて嫌だったことはしないという理念を掲げ、女性士官だからといって、昇進させないなどということはしないようにと初平民将官シュルヤニエミ少将が尽力してくれた結果、女性は士官の道が開けてからわりとすぐに佐官まで昇格できるようになった。
男性平民士官が将官になるまでには、余裕で六百年はかかってるからな。士官学校に入学できるようになるまでは八百年はかかってる ――
我が国の軍の歴史はともかく、女性士官は少なく、また女性大尉の中でわたしは群を抜いて若く(今年二十四歳になるので若いと名乗りたくないー)もっとも動けるというわけ。そのため「適任というか、クローヴィス以外はいない」となったそうです。
「クローヴィスの護衛も兼ねるのだから、親衛隊は受け入れる。クローヴィス」
応接室のソファーに座っているキース中将の後に立っていたわたしに、キース中将が振り返らずいきなり声をかけてきた。
「はい閣下」
「手柄はくれてやらんが、それでもいいか?」
戦争中は危険な地区に送らないから、目立つ功績は得られない、だから出世できないがそれでもいいか……ということですね。
「閣下の親衛隊隊長にとって、閣下を守り切る以上の手柄はありません」
キース中将の身辺警護を担当するわけですから、その任務を完遂することが最優先事項。そこは分かっております……アレクセイを見かけたら撃つとは思います。逃げたら少しは追いかけると思います、任務に支障が出ない程度に。
運良く会えたらいいんだけどモブ過ぎて、攻略対象には滅多に会えないわたし。隠しキャラクターのアレクセイなんかには、きっと会えないだろうなあ。いや、諦めるな! 願えばきっと……でも我が国の首都部、もしくは地方都市にアレクセイが来ることないか。
「そうか。では親衛隊隊員が集まるまでの間、女性軍人の結婚に関する不文律を廃し、継続明文化のために協力してくれ」
キース中将の向かい側、ヴェルナー大佐の隣に座るよう指示された。
親衛隊隊員が集まるまで ―― うん、親衛隊が編成されることは決まったけど、決まったのは隊長と、隊長の階級に見合った人員数だけ。
これから各所から隊員を集めるんですよ。大まかなところはヴェルナー大佐がしてくださるそうですが、丸投げというわけにはいかないので、わたしも書類選考とか面接とか体力測定とか、基礎能力測定などに立ち会わなければならないんですよ。
隊長職なので当たり前といえば当たり前なんですがねー。
「閣下、協力の見返りに、部隊の動かし方を教えて下さい」




