【093】大尉、家族と再会する
大佐は下船後、病院へ直行。
それ以外のわたしを含む軍人たちは、キース中将の元へと向かい、久しぶりに会ったキース中将は、非常に驚いておりました。
「クローヴィス、お前、どうして……」
事前連絡とかしてないみたいです。
「事情はあとで説明する」
ヴェルナー大佐の言葉に、不機嫌さを露わにしたキース中将でしたが、それ以上は追求はせず、ヴェルナー大佐一行に声を掛けて労い帰宅を命じた。
「クローヴィスは残れ」
大丈夫です、ヴェルナー大佐。さすがのわたしでも喫煙室のときのような、失敗はいたしません。言われなくても残りますとも。
視線でエサイアスに「じゃあな」と挨拶を送り、直立不動に後ろ手という姿勢で待機し、説明のために残ったヴェルナー大佐とキース中将の会話を黙って聞く。
「要は参謀長官閣下が、愛妻を手元に置きたいのだとごり押しした……ということだな? ヴェルナー」
「言ってしまえばそうだ」
「なぜ抵抗しなかった、ヴェルナー」
「協力せぬぞと言われた。リヒャルト・フォン・リリエンタール抜きで共産連邦相手に勝てるか? キース」
「勝てるわけないだろう……野郎……」
執務室がしばし沈黙に包まれました。居心地悪いながら、わたしは直立不動を続けております。
不愉快極まりないといった表情をしていたキース中将が二回ほど深呼吸をし、
「迷惑をかけて悪かった」
頭を下げられた。何故わたしが謝罪されるのですか?
「謝罪など必要ありません、キース中将」
わたし自身、戻ってアレクセイをどうにかしたいと思っていたので、渡りに船だったんです……もちろん言えませんが。
「一つだけ言わせてもらうとな……参謀長官閣下はいままでこんなことをしたことがなかったので、想定していなかった。よって対処できなかった。言い訳にもならんが、とにかく悪かったな」
なんと答えればいいのか。
「参謀長官閣下が本当にクローヴィスのことを愛しているのは分かった。が、それを易々と受け入れてやるつもりはない」
あうあう……なんと答えればよろしいのでしょう。
「クローヴィスは俺の直属にする。それは譲らん。覚えておけ」
「はっ!」
「詳しいことは明日だ。今日は明日の着替え分だけ持って実家に帰れ。他の荷物は、俺の仮眠室に突っ込んでおく」
出張任務だったエサイアスたちとは違い、わたしは赴任だったので荷物も多く、それらはまずは中央司令部に運び込まれた。
手伝ってくれてありがとうな、エサイアス。
上官の命令は絶対なので、わたしは鞄に一回分の着替えを突っ込み、実家へと帰った。
驚かれるかな? と思ったのだが、駅でわたしを見かけていたデニスが、実家に電報を打っており、学校から帰っていたカリナからの激突的抱きつきと、継母の手料理で出迎えられた。
食事を取りながら帰ってきた理由 ―― 隣国の侵略、その隣国の奪還戦争という名目の侵略などで、きな臭いを通り越して、戦争回避不可能状態っぽく、戦争になったら人手が足りないので、腕だけはまあまあ認められているわたしに帰国命令が下ったんだよと。
閣下と一緒にいたいから、アレクセイを吹っ飛ばしたいから……というのは言わなかったが、家族に語った理由も本当である。
「やっぱり、戦争になるの? 姉ちゃん」
「姉ちゃんそれに関してははっきり言えないんだ、カリナ」
散々それらしいことを言っていましたが、そこは断言できないのだ。
職業軍人が迂闊に「戦争になる」などと言ってはいけない。たとえそれが家族であろうとも。
「そっかー」
100%戦争になるけど、言えないんだ。
両親とデニスは察してくれたみたい……わたしの家族だというのに、察しがいい! もしかして、わたしだけ察し悪い?
「……というわけで、読んでくれるか? デニス」
夕食後、デニスに送ってくれたレポートを読んだ閣下が褒めていたこと、そして同じく読んだ女子爵閣下が興味を持ったので、このレポートを読んでくれないかと手渡した。
「面白そうだね」
「ちなみに書かれたテーグリヒスベック女子爵ブリュンヒルトさまだが、祖父はマイク・グリフィス」
「……!」
「バイエラント大公領のお城を預かり、大陸縦断貿易鉄道の資料にずっと触れていた御方だよ」
デニスは興味を持ったらしく、レポートを持って部屋へ。
「兄ちゃんみたいな女の人いるんだ」
「そこまで酷くはなかったよ、カリナ」
女子爵閣下の名誉のためにも、そこは訂正しておく。
カリナが眠ったあと、両親とは話をしたが、言って良い箇所がまだはっきりとしないので、随分と濁すことになった。
「帰ってきたのは嬉しいが、戦争が始まる国にいるのは安心できないな」
「それを言うなら、わたしも同じことだよ父さん。遠い異国で家族がいる故国の開戦なんて聞いたら、いてもたってもいられない。だから、帰国できて良かったと思っている」
これは純粋にそう思う。
戦争が始まる故国に両親と妹弟を残して……は、かなり辛い。
ブリタニアス君主国赴任が決まった時は「戦争が起こるよ」と言われていたが、実感は湧かなかった。だが時が経ち、隣国が侵略され、故国にもその食指が伸びるのを目の当たりにすると ―― 帰国したくて仕方なかった。
家族も任地に伴えばいいじゃないと言われそうだが、そう簡単な話じゃないんだ。
わたしには祖父母がいる ―― 息子である父さんが両親を残して故国を離れるはずがない。祖父母も伴え? 故国離れるわけないじゃん。天災とかなら離れてくれるだろうけれど、ルース帝国の残党が攻めてくると知って離れるはずがない。
父さんの年代(五十代前半)ですらルース帝国には複雑な思いがあるんだよ、その上の世代なんて「ルースの野郎がウチに来たら、煮えたぎった油をぶっかけてやるよ!(祖母)」「俺の猟銃が火を噴くぜ(外祖父・元軍人)」状態ですわ。
とくに外祖父はルース帝国崩壊後、国境警備を担当し、ルースからの亡命者が共産連邦の兵士に殺害されるのを目の当たりにしているから、ルースよりも共産連邦のほうが嫌い。元は憎いルースの民だが、眼前で元同国民にいたぶるよう撃たれたり、顔が割れるほど殴られたり、死んでからも犯されたりするのを見るのは、人間として辛かったのは当然のこと。
彼らが暴行を受けている場所は弾丸は届く距離だったが、国境の向こう側で起きている出来事に介入はできなかった。
弾丸一発で開戦してしまうからだ。
当時の我が国の国力では、開戦したら一溜まりもないから、助けることはできなかったのだ。
だから共産連邦のやつらは、国境沿いでそんな蛮行に及んだわけだが。
皮肉というか当たり前のことだが、我が国の国力が微増するに従い、共産連邦の国境警備隊は我が国の国境から遠ざかり、こちらの弾丸が届かぬ亡命者を捕らえるようになる。
閣下がお越しになり簡単には攻められぬようになったら、共産連邦国境警備隊の姿は望遠鏡でも見えなくなった。
そんな革命後の動乱期、亡命者が殺害されているのを見て来た世代は、いつか共産連邦の兵士を撃ち殺したい……その一人が外祖父なんです。
共産連邦との戦争って聞いて、逃げる筈などない。むしろ徴兵を志願しちゃいそう。
その徴兵なのだが父さんは五十歳を過ぎたので、徴兵から除外される年齢になったのですが、我が家のデニスさんは二十三歳。徴兵年齢は十八から四十九歳……ばっちり該当しています。
徴兵回避? 我が国総人口四九○万人に対し共産連邦徴兵五八○○万人超。総動員しても焼け石に水レベル……だが、総動員かかりますね。
さらにデニスは鉄道職にして専門技術に長けているため、徴兵回避は不可。
兵站部に徴兵され、物資を前線に送る輸送蒸気機関車を操縦することになるでしょう。
手を回せば徴兵回避できるかもしれないけれど、そこはデニスの意思を確認してからだよな……きっと、きゃっきゃしながら徴兵されていくと思うけど。
どうしようもない鉄道好きなデニスですが、故国を攻められて逃げるような男じゃないので。
わたしの両親は徴兵された息子を残して避難するような性格ではありませんから、なにをどう説得したって国から出ない。
精々カリナを国外に……くらいだろうが、カリナだって嫌がるだろう。可愛い妹とその可愛い盛りを見る権利のある親から、その期間を取り上げたくはない。
「だがな……お前は軍人だイヴ。それも徴兵じゃない職業軍人だ」
「キース中将の護衛として戻ってきたから、そんなに危険じゃないよ。前線には配置されないさ」
カリナが異国に逃げなくて済むよう、市街地だけはわたしが守る! もちろん任務であるキース中将も守りますとも!




