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【089】大尉、手を重ねる

 ネスタはネストルの略称。閣下はネストルが誰を指しているのか明言しませんでしたが、二代目書記長の名前がネストル・リヴィンスキーなので、その人なんじゃないかなー。

 議場の隅ではあったが出席していたエサイアスに同意を求めたら「それ以外ないだろうな」……だよね。

 共産連邦の特務大使、顔色変えて途中退場したまま、帰国の途に就いたもんな。

 会議終了後、わたしたちは閣下の邸へと戻った。

 その会議だが、結局なにも決まらなかった。

 開いた意味がなかったのでは? と、わたしなどは思うのだが、共産連邦関連以外の同盟の必要性に気付くために必要なことなんだそうです。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ……の愚者大集合だったってことでしょうか。

 特務大使って賢い人たちばかりのはずなんだけどなあ。


「国の方針が戦争だったんだろう」

「そうだな、エサイアス」


 それを言われたら終わりですが。

 わたしたち下っ端はそのくらいしか分からない ―― 明日、閣下が会議について教えてくださるとのこと。

 エサイアスはアヘンをあまり吸っていなかったので会議に出席できたが、大佐の意識はまだ戻らず。

 呼吸も心音も落ち着いているので、じきに目を覚ます診断されているが心配だ。

 ちなみにわたしたちは、ただいま暇な状態。

 閣下の邸には親戚のイワンご一行が来て、閣下と正餐中。


「クローヴィス、大佐が目を覚ましたそうだぞ」


 ルオノヴァーラ大尉に教えられ大佐の部屋へと向かうと、まだ診察中とのこと。部屋の前でうろうろし、部屋から出てきた医師に、入ってもいいかを尋ねると許可が出たので、遠慮無く入らせてもらった。


「……か」

「はい、大佐」


 ベッドに横たわっている大佐は、まだ怠いらしく、目が半開き状態。

 気配も若干頼りない。あと気を張っていないというか、雰囲気を変えていないせいもあるのか若い。キース中将より年下で、わたしより年上なのは間違いないが、もしかして年齢はかなりわたし寄り?

 わたしも今年二十四歳なので、若いという程ではないが、階級で見るとかなり若い。そのわたしに近い年齢で大佐……いや、あまり考えないでおこう。


「迷惑を、おかけ、いたしました」


 まだ喋るのも億劫ですか。そして何故敬語に?


「本当にそうですよ! 俺から離れるなって言っておきながら、大佐から離れるってどういうことですか」

「申し訳、ありま、せん」

「無事でなによりです。これからも、小官のこと守って下さいね」

「もちろん、命に替えましても、あ……」

「どうしました? 大佐」


 大佐の半開きの視線の先を向くと、大佐の着替えを持ってきたルオノヴァーラ大尉がサムズアップして立っていた。


「大佐の着替えよろしくな、クローヴィス」

「はい」


 風のように去っていったルオノヴァーラ大尉。


「一体、なにが?」

「小官のこと、守って、下さいあたりから聞いていた……勘違いが……補強」


 その続きは「もちろん命にかえましても」でしたね。あああ! 違うんだ! ルオノヴァーラたいいぃぃ! ……追いかけて違うと叫んでもどうにもならないので、


「着替えましょうね、大佐」


 仕事をしよう。

 訂正は無意味だろうからね。


「従卒、よぶ」

「ルオノヴァーラ大尉が気を利かせて遠ざけているでしょう。さ、さっさと着替えましょう大佐。気にしないで下さい。ご安心ください大佐。キース中将を全裸にむいても、おかしな気持ちにならなかったわたしですから」


 ”やめてください”とか言ってたっぽいが、ろれつが怪しく声に力がないので、鈍感難聴発症ってことで無視した。便利な病気ですよね突発性鈍感難聴って。我ながら手際よく着替えさせることができました。


「飲食できますか? それとも寝ます?」

「ね……る。ひでんか……は、お部屋へ……おもど」

「”大尉、帰れ”でいいんですよ」


 着替えた服を持ち部屋を出ようとしたら、正装しステッキを持った閣下がお越しに。


「意識を取り戻したと聞いた」

「まだ完全に薬は抜けていないようです」

「そうか」


 閣下はベッドに近づき、大佐に顔を寄せてなにかを小声で話されてから、体を起こす。


「ゆっくり休め。なあに、気にする必要はない。ここで休まねば、次に休めるのは一年後だ。ではな。行こうか大尉」

「あ、はい。大佐、ゆっくりとお休みください」


 廊下に出ると、メイドが控えており洗濯物を……と言われたので手渡し、わたしは閣下と共にテラスへ。そこに用意された椅子に腰を下ろす。

 テーブルにはランタンが置かれ、温かい光が灯る。テラスに面している部屋の室内灯が消され、明かりはテーブルの上のランタンだけになった。

 夜空には星が煌めいている。

 

「大尉」

「はい、閣下」

「ディートリヒの恋人だとか」

「ああ! それは違います! 勘違いされたんです」


 くすりと閣下が笑われた。


「分かっている。そしてそう思われた事情もな」

「あの」

「大尉はとても美しい。だから大尉に優しくしている男は、大体下心があるように見えるのだ」

「え……と」

「大尉は認めたがらないが、美しいのだよ。男ならば誰でも下心を持つに違いないと思われる程にな」


 えっと……あの、よく分からないのですが、美しいって言われてるんだよね。う、うん。男としては整っていると言われることは良くあるけど、女性としては……。


「大尉にその美しさを自覚させるのは、あまりしたくはないが、わたしは大尉に誠実でありたいからな」

「それはどういう意味でしょうか?」


 察し悪くて済みません。


「自身の美しさを自覚した大尉が、他の者が向ける熱を含んだ視線に気付いたらどうしようかとな」

「あの、それは小官が浮気をすると?」

「そう言う意味ではない。単に相手の好意に敏感になるということだ」

「……」


 さすがにそれは、閣下の勘違いでは……


「大尉は気付いていないが、同性であるわたしには、結構な数の男が大尉に思いを寄せていると分かるのだ。いま大尉は”閣下の勘違いでは”と思ったであろう? わたしの勘違いではない。本当に思いを寄せている者はいる」


 思ったこと、簡単に当てられている! いや、まあ、単純なわたしですから。リメディストで政治家な閣下からしたら、すぐに分かってしまうのでしょうが。


「わたしは大尉が傷ついているのを見るのは嫌なのでな」

「……」

「大尉を傷つけた者たちは、大尉の美しさに恐れを成していたのだよ。大尉の美しさに惹かれていることを気付かれたくなかったので、大尉を貶めた。大尉……いや、イヴ、お前はとても美しい」

「あの……」

「大尉が他者の気持ちを知らぬままのほうが楽だ。全ての好意を気付かずにかわしてゆくであろうからな。だがその原因が傷であることを分かっていながら、自分が楽だからといって放置しておくのは、誠実な夫のすることではない。イヴ、お前はとても美しい女性なのだ」

「ありがとう……ございます」

「女性としての自信は、焦らずゆっくりと積み上げてゆくといい。だが周囲の男にそのように見られている自覚は欲しい」

「は、はい。人前で着替えしたりしないように気を付けます」

「うん、そうだな……で、男の前で着替えたことあるのか? イヴ」

「あ、はい」

「気を付けてくれ」


 閣下はそれ以上は何も言わなかった。察しのよくないわたしなので、閣下のお気持ちを推察することはできないが、なんとなく幸せそうな気もしたが。

 わたしはテーブルに置かれていた閣下の手に手を重ね、夜空を眺めた。


 わたしはとても幸せです。


 かなりの深夜まで夜空を眺め ―― 翌日、わたしを含む士官全員は、閣下から会議の席での出来事や問題点をまとめて教えてもらった。

 わたしやエサイアスは出席しておきながら分からないって情けないが、なにを喋ってるか分からないのだから仕方ない。

 その概要なのだが、セシル王女は故国を取り戻したいので助けてくださいとの演説。これはわたしも分かった。

 ただこの演説の問題点は、セシル王女が女だということ。王女ですから性別は当然女なのですが……


「フォルズベーグは王女に王位継承権はない。王女が王族男子を迎え、その夫が王位を継ぐしかできぬ。よって未婚のセシルの発言には、何一つ保証がない。掛かった費用を返すと語ったところで、返ってくる可能性はほぼない。またあの国は立憲君主制になった。議会の承認なしでは王はなにもできぬ。そして王族は議員にはなれぬ」


 王女も馬鹿ではないので、助けてくれたら関税を下げて……とか言っていたが、残念ながら王女の約束は空手形もいいところ。

 そんな空手形に飛びついたのがノーセロート帝国。

 なんで? その理由だが、ノーセロート帝国は共産連邦と国境を接していないから ―― わたしたちロスカネフ王国の人間からすると、羨ましくて仕方ないのだが、


「大陸縦断貿易鉄道計画に関われぬことを、ノーセロートはずっと文句を言っていたものだ」


 そりゃ国境沿いの国々による鉄道計画ですので、国境を接していない国は無関係になりますよね。


「若い者は分からぬであろうが、かなりの金額が動いた計画でな。ノーセロートは歯噛みして、ついには攻めてきたこともあった」

「エジテージュのルース遠征ですね」


 ノーセロートの英雄皇帝エジテージュ一世が、初惨敗した(フルボッコにされた)記念すべき戦いですね。


「そうだ。その時はノーセロートが壊滅したのだが、ノーセロート側としては、あれは天災に負けただけで、(いくさ)に負けたとは考えていない。よってエジテージュ一世は負けていない。戦えば勝てていた。そのことを証明し、父の汚名を晴らす。だから戦って勝つ……エジテージュ二世の考えだ」


 たしかに異常気象で負けたのは知ってるけど、撤退した以上、負けは負け。そこは潔く認めようぜ、エジテージュ二世。

 そんな現実を認めないエジテージュ二世は、いつかルースの大地(現共産連邦領土)を攻めて首都を陥落させたいという野望を隠していないとのこと。

 だが共産連邦とは国境を接していないので、思い立ってすぐ侵攻……とはいかない。国境を接している国を通過する必要がある。

 議場で大声で怒鳴っていたのは、この通過国に該当する国の特務大使。

 英雄皇帝が攻め込んだ際の軍は、ノーセロートが主軸の連合軍でして、この国境を接している国々も参加したのだ。


 大陸縦断貿易鉄道計画が進行していた時代だよね……ああ、でもキース中将言ってたな。鉄道計画進行中でも、我が国とルースには小競り合いがあったって。


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