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【009】少尉、身もだえる

 怪僧は税金むしり取って、酒池肉林に耽った。怪僧は帝室に近い貴族が討ったが、時既に遅し――農奴の反乱から、連鎖的に駄目になり滅んだ。

 そう言えば、アレクセイのお付きたちが持ち出した財宝は、庶民からしたら目もくらむ程だが、シャフラノフ王朝の財宝としてはほんの僅かなのだそうだ。

 農奴たちが王宮に押し入った時、シャフラノフ王朝の財宝はほとんどなかったという。怪僧が浪費し使い切ったという者もいれば、この事態(革命)を恐れ、皇帝が財宝を既にどこかに隠したという者もいた。

 帝政が倒れ共産連邦が立ってから二十年、財宝が見つかったという話は聞いてないなあ。

 共産連邦の上層部が見つけちゃって、黙ってるのかも知れないけど。


「閣下、シャフラノフ王朝の隠し財産は、存在すると思いますか」

「ある」


 軽い気持ちで尋ねたのに、即断言されてしまった。


「あるのですか」

「ああ」

「それを目当てに人が集まるのでしょうね」


 人を集める時に、隠し財産をちらつかせるんだろうなあ。


「そうだろうな。だがな、少尉。アレクセイは場所を知らぬ。あれが知っているのは、少尉たちが知る噂程度だ」

「あ……」


 閣下はご存じなのか?


「それ以前に怪僧が、足のつきにくい金塊を大量に持ち出している」


 金塊は溶かしてしまえば、刻印もわからなくなりますし、価値が下がることはありませんもんね。


「怪僧とその家族は、処刑されましたよね」

「だから、怪僧が隠した財宝がどこにあるのかは分からない。まさしくシャフラノフ王朝の隠し財産だな」

「ちょっとだけ、夢がありますね。共産連邦がああ(・・)でなければ、探しに行きたいものです」

「わたしも同意する。少尉、我が家にシャフラノフ王朝伝来の財宝がいくつかある」

「はい」

「少尉、興味はあるか?」

「はい」

「では帰国後、わたしの邸に財宝を見に行くと、仲間内に漏らせ」

「……はい」

「少尉はいまのアレクセイや、その仲間と思しき者たち、ルース帝国の亡命貴族の顔など知らぬであろう」

「はい」

「実家に写真を送るよう依頼した。当然手紙は自宅に届く。なにより少尉を参謀本部に召喚するよりは、自宅に招いたほうが自然だ」


 し、自然? 平民が貴族のお屋敷を訪ねるのが自然? リリエンタール閣下の自然の定義を伺いたい所存ですが、わたしも軍人の端くれ、上官の言葉には叛きませんよ。


「日程はこちらで指定する」

「はい」


 リリエンタール閣下の邸宅、立派だよなあ。

 知ってるのかって? 知ってるよ。副官業務に上官の迎えがある。ほとんどは第一副官が担当しているけれど、たまにわたしにも振られることがあるから、公用馬車に乗ってお迎えにあがる際、リリエンタール閣下の邸宅前を通るんだ。

 塀が立派で、立派で。邸宅もきっと立派だろう……塀が立派なんだから邸宅自体もきっと立派さ。


「少尉」

「はい」

「荷物がそこにあることから分かるように、少尉には帰りもわたしの部屋で寝泊まりしてもらう。理由はウィレム王子という同行者が増えたためだ」

「警備上の問題ですか」


 車両を増やすことは簡単だけど、警備人員の問題がある。

 なにせフォルズベーグは閣下暗殺未遂犯を出した直後。王子の護衛すらこっちとしては信用ならない。

 だから最低限の人員しかこの車両に乗せておらず、武官は別車両でこちらには立ち入り禁止と聞いている。


「王子と召使いをこの車両に押し込んだ結果、また部屋が足りなくなった」

「かしこまりました」


 行きと違い、傷も癒えてきたので、ソファーに寝泊まりでも大丈夫だしな。


「……というのは表向きの理由だ」

「はい?」

「少尉にはこの部屋に隠している、フォルズベーグの即位に必要な盾を守ってもらう」

「盾ですか?」


 リリエンタール閣下が仰るに、フォルズベーグ国王は即位する際に、盾で広場にある噴水の水を汲み、それで口を濯がなくてはならないのだそうだ。

 広場の噴水で口を濯ぐって、わたしの感覚ではちょっと汚い……だがフォルズベーグでは建国に由来する、大事なものなのだそうだ。


「その盾で水を汲み口を濯がぬ限り、どれほど王だと叫んでも即位は叶わぬ」


 気軽にググって情報を手に入れることができるような世界ではないので、隣国の即位に関する決まりごとなど、わたしは知る由もない。

 リリエンタール閣下は生まれとか立場から、即位に詳しいのだろう。


「これがわたしの手元にある限り、誰もフォルズベーグの新しい王になることはできぬ」


 そう言い、リリエンタール閣下はクローゼットから、商品梱包箱を持ってこられた。

 蓋を開けると中には、華美な装飾など一切ない、厳めしい丸い鉄の板。


「これが盾ですか」


 想像以上の地味さ。驚愕の地味さ。


「そうだ」

「これですと、偽装できそうですね」


 そこらの食堂の軒先にぶら下がってる丸めの看板を奪ってきてもいけそうだよ、これ。


「そうだ」


 ”そうだ”って……リリエンタール閣下。きっとリリエンタール閣下のことですから、何か手を打っておられるのでしょうが。


「……」

「儀式はいろいろとあってな。その中に大司教がこれを広場まで運び、新国王に手渡さなくてはならない。その大司教は、先代国王が指定できる。普通は国内の大司教だが、国外である聖教の本拠地から呼び寄せても構わない」


 宰相家を追い出された悪役令嬢は、風の噂で修道院に入った……というテキストが出てくる。修道院という言葉が出て来るということは、それに関するものが存在する――聖教である。誰でも自分専用のロザリオを持ち、聖教のトップは教皇で、次が枢機卿。そして大司教――


「国外の大司教を招くのですか?」

「これでも聖職者の知り合いは多いのでな、融通できた」


 大司教を融通するって、枢機卿、もしくは……


「正式な手紙が法王庁に届く前に、何事かが起こってはいかんので、教皇には電報で知らせ、了承の返事も貰っている」


 やはり教皇か!

 リリエンタール閣下の人脈の恐ろしさに震えが……あ、リリエンタール閣下、神聖皇帝のお孫さんだ。そりゃあ教皇とも顔見知りになる機会あるわー。

 教皇とも親交のある辣腕策略家が、全力でセイクリッド即位を潰しにきた! これは凄い。平民のわたしには、到底できない技だ。これが高貴なる血筋というやつだ。


「まだ他にもあるが、少尉に教えられるのはこのくらいだ」


 まだ、なにかあるんですか……あるんでしょうね。

 いいです、もう充分です、リリエンタール閣下。


「隣国の盾、お守りいたします」


 わたしに出来るのは、盾を守ること。その任に専念いたします。


「頼んだぞ、少尉。何事も起こらねば良いだけの話は終わりにして……少尉、眠る時は着替えて欲しい」

「分かりました」

「購入したか?」

「いいえ。トレーニング用のシャツとハーフパンツを着用いたします」

「トレーニングはどうするのだ?」

「タンクトップとパンツで。部屋の片隅で腹筋や背筋、スクワットと懸垂をするだけですので」


 リリエンタール閣下は深いため息をついたあと、再びクローゼットから箱を三つほど持ってこられた。


「面倒だろうが、これに着替えるように」

「中を確認してもよろしいでしょうか」

「ああ」


 箱に耳を押しつけ、危険がないかを確認し、次に振ってみて――最後に勢いよく開ける。

 中身は危険物だった。パステルピンクでフリルだらけのネグリジェとか、若干透ける生地の黒いキャミソールタイプのナイトウェアとか、ふわふわのナイトキャップ付きのガーリーデザインとか……。

 怖ろしいことに、このデザインでありながら、割れた腹筋(シックスパック)のわたしの身を包み込める大きさ。

 わたしの体格で、このデザインを着たら不味いことくらい、分かるだろう。

 似合っていないネグリジェたちだが、リリエンタール閣下に汚いものを見せなくて済むのだから着用はする。


「わたしがソファーで休む」

「大将閣下をソファーで休ませるなど。階級身分、あらゆる面から小官がソファーを使うべきです」


 次にどちらがソファーで眠るか――普通はベッドの取り合いという気もするが、わたしと閣下はソファーの取り合いになった。

 閣下は「男だから」とか「いつもソファーで寝ているから慣れている」だとか色々言うのだが、あんた貴族で皇族で大将で長官だから! 黙ってベッドで寝て下さい!

 散々攻防戦を繰り広げ、


「では一緒に寝るか、少尉」


 ベッドに腰を掛け、襟元を緩めた閣下が、糊の利いているシーツが掛かっているマットをぽんぽんと叩く。男性と一緒に寝るくらい! と思い、隣に滑り込んだのだが、すぐに恥ずかしくなって三秒で離脱してしまった。

 閣下が声を出さず、肩を震わせて笑っている……くっ! 処女だと知ってのこの狼藉!

 オルフハード少佐の偽装恋人計画の前段階、情報収集で当然男性経験ないのばれてるんだよね。

 ……なんか、恥ずかしい。いや、凄く恥ずかしい。

 赤の他人が自分のこと、全部知ってるって恥ずかし過ぎる。閣下がわたしの全てを知っている……止めてー!


 リリエンタール閣下には「大人しくベッドで寝るならば、からかわぬ」と言われたが、からかわれてもいいので最低でも一日おきでベッドとソファーを交換しましょうと申し出たら通った。

 わたしの身に起こった事件はそれだけで、それ以外は何事もなく故郷に帰ってくることができました。

 盾のほうの守りも万全。

 盾が入っている箱と、ネグリジェが入っていた箱を「閣下からいただいた品だから、丁重に扱わないとなあ」と自分で運び、一度も離すことなく自宅へと持ち込む。

 その日の夜、部屋の明かりを消して気配も消して待っていたら、闇に乗じてオルフハード少佐が忍び込んでくる。

 少佐は盾を持って、音もなく部屋を出ていき、わたしの任務はこれで無事終了したので、久しぶりに自宅のベッドで眠りについた。

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