【086】大尉、同期の無事を確認する
助けて下さい! ドアの向こう側で、冤罪一人芝居が続いております!
なんか、ドアが開かないことを理解した女性が【きゃー! シャルルさま! ぎゃー!】と……他にもなにか言っているようだが聞き取れない。
とにかくドア前で一人で寒々しい演技をしながら、自分の服を裂いているみたい。
人が一人しかいないのは確実。
ああ、なんかまたシャルル言ってる! でも出ちゃ駄目なんですよね……辛い。
助けてー! 閣下。助けてーシャルルさん! そして助けますからね、ディートリヒ大佐!
それにしても王宮で訳の分からぬ事態に巻き込まれるとは。
それから三十分ほどして、助けがやってきた ―― 司祭の格好をなさっているシャルルさまである。
「大丈夫ですか? シャルル殿下」
ドアの前に痴女というか、冤罪発生装置というか、そんなものが転がっていたはずですが!
「ご心配をおかけいたしました。気が触れたものが叫んでいて、不愉快だったことでしょう」
「気が触れ……」
「詳しいことは、あとででよろしいでしょうか? これからディートリッヒ大佐の救出に向かいますので」
「同行してもよろしいのですか?」
「はい、もちろん」
よろしかったらお着替え下さい ―― と、着慣れている自分の軍服を手渡された。いいんです、プライベートが脅かされていようが、プライバシーが侵害されていようが。
着替えて大佐を助けるのです!
着替え終えた服をシャルルさんが鞄に詰めていた。
「服が悪用されると困りますのでね。あ、ご安心ください。このシャルル、神に誓っておかしな真似はいたしませぬので」
……シュテルン! 貴様のせいで、王子で執事な司祭さまに迷惑が掛かってるぞ! ぐあああ! シュテルンめ!
「もちろん。そのようなことは思っていません」
「良かった。では参りましょうか」
シャルルさんに連れられて王宮内を進み庭へ出て、用意されていた馬に乗り敷地内の離宮へ。
シャルルさん案内のもとたどり着いた離宮の正面には、武装したヴェルナー大佐とルオノヴァーラ大尉がいた。
王宮に武装した異国の兵士という、異様な状況。
「無事でよかった、クローヴィス」
ヴェルナー大佐に声を掛けられ ―― 二人ともシャルルさんから、ディートリヒ大佐が誘拐された理由は聞いたそうだ。
「アデルで慣れているとはいえ、面倒くせぇなあ」
”慣れてる?” いま、慣れていると仰いましたか、ヴェルナー大佐。
思わずルオノヴァーラ大尉と顔を見合わせ「あるだろうな」と納得してしまった。
キース中将、過去のあれこれは大丈夫だったのかなあ、いや、大丈夫だったんだ! 全ての誘拐事件で、きっとヴェルナー大佐が頑張って救出したに違いない!
いや! あの儚い詐欺のキース中将のことだ、きっと自力で脱出したはず!
離宮前で待機していると、アディフィンの近衛が中隊編成でやってきた。
その彼らと共に無蓋馬車に乗った閣下とアディフィン国王コンラート二世陛下が。
閣下、いつの間にかお着替えなさって、白い軍服着ていらっしゃる。デザインは連合軍元帥。連合軍元帥の軍服って、聖職者の格好に近いんだよね。
ズボンとか見えなくて、ケープをはおっているような感じで。
閣下はとても似合っていらっしゃいますが。
ぴかぴかな馬車から二人は降り、隊長らしき人物が二人を守り先導し、離宮の正面玄関へ。
わたしたちも後に続き、離宮のドアを開けさせた。
メイドたちは戸惑っているが、王宮にて主たるコンラート二世を拒むことは不可能ですものね。
ヴェルナー大佐が右往左往しているメイドの腕を掴み、
「俺の部下を何処に監禁している!」
怒鳴りつけた。
ああ、あのメイド覚えあるわ。我が国にいたときも仕えていたメイドだね。
メイドは恐怖のあまりに震え泣き出したが、ヴェルナー大佐は容赦せず。頬を張って吹っ飛ばした。
『コンラート。お前の兵士たちは、なにをしているのだ? さっさと吐かせないか』
『お前たち、メイドを締め上げ、護衛を打ち据えろ』
閣下とコンラート二世が、なんか不穏な会話を交わしたような……。近衛兵数名が、メイドたちにつかみかかり、尋問をはじめた。
少ししてエサイアスが捕まっている部屋が分かった。
「クローヴィス大尉。同期を助けにいってやれ。わたしはディートリヒ救出に向かう」
「はい」
ルオノヴァーラ大尉は閣下とシャルルさんと一緒に大佐の救出に。
わたしはヴェルナー大佐と共にエサイアスを。
エサイアスが監禁されていたのは、ごく普通の部屋だった。手足を縛られベッドに放り投げられている感じ。窓が閉め切られ香が焚かれているので、少し空気はよどんでいる気もするが、監禁として扱いは良いぶる……
「大尉、すぐに部屋を出ろ! アヘンだ!」
全然良くなかった! 最悪の部類だ!
ヴェルナー大佐がエサイアスを連れて部屋から出て、わたしがドアを閉める。ナイトテーブルで焚かれていた香はアヘンだったのか。焦ったわ!
「エサイアス、しっかりしろ! エサイアス!」
手足の拘束を解き、エサイアスを揺すって声を掛けるが反応がいまいち。
ヴェルナー大佐は胸元から携帯水筒を取り出し、口にねじ込む。それで少しばかり意識がはっきりとした。
「申し訳ございません、ヴェルナー大佐」
「謝る必要はない」
「ですが」
「王女があの大佐に惚れていることを教えておけば、お前だって警戒しただろうからな」
「はは。たしかに、小官と大佐を見て、懐かしくて声をかけたと言われ、少し警戒を解いたところで襲われましたからね」
そうは言っても、下っ端には届かない情報ですよね。
肩を貸してエサイアスを歩かせ、どこに閣下がいらっしゃるかを尋ね、二階へと向かう。
近衛の集団に道をあけて貰い、ドアが開き室内が見える位置にいる閣下の元へエサイアスを連れていった。
「リリエンタール閣下。ウルライヒ少尉の救出終わりました」
ヴェルナー大佐が告げ、
「災難だったな、ウルライヒ」
「もっと警戒すべきでした」
「そうか」
閣下はそう仰った。
「状況は?」
「近づいたら、あれを殺して自分も死ぬとマリーチェは騒いでおるよ」
無理心中コースとか、本当にもう……。
「王女にディートリヒ大佐の首を切り裂くことはできないと思いますが」
”だから突入しましょう”とヴェルナー大佐は言いたいようだが、
「いや寝台にはもう一人男がいてな。その男があれの脇腹に剣を当てている」
ん? と思い立ち位置を変えて中を覗くと、シックでゴージャスな寝台があります。そこにセクシーランジェリー的なものをまとっていますが、ほぼ全裸のマリーチェさまが、ナイフを握っています。
マリーチェさまは、積まれたクッションに体を預け目を閉じている、全裸と思しき大佐に抱きつき、その大佐の体の影に入るように男がいるのが分かる。
あの男はジークハルト・フォン・ランゲンバッハだな。
マリーチェさまの輿入れの時に同行した、従僕の一人だったはず。
わたしがガイドリクス陛下のもとに配属になった頃には、マリーチェさま専属執事になっていたけれど。
そのランゲンバッハは、大佐の左脇腹あたりに剣をつきつけているらしい。
あれ角度的に入ったら心臓一刺し、一撃で即死だわ。なかなかやりますね!
大佐の体の影に隠れているので、撃てもしない。
マリーチェさまのお父上であるコンラート二世が、大佐を解放するよう命じているようですが、聞き入れる気配はないもよう。
『コンラート、早く説得せよ。わたしは一度離れる。戻って来た時に解放されていなければ、分かっているな』
『分かっておる。無傷で返すので、別室でくつろぎ待たれよ、義弟殿下』
閣下とシャルルさんと共に、わたしたち異国の軍人一行はそこから離れ、吹き抜けを挟んだ向かい側の部屋に入った。寝台にエサイアスを下ろす。
閣下が椅子に腰掛け、わたしはシャルルさんと一緒に一階に降りてお茶などの用意を。
「手伝っていただき、済みません」
「いいえ」
部屋へと戻り、司祭の格好をしているシャルルさんが給仕を ―― 良いのだろうか? と思うが「執事が本職ですから」と言われたので。
「紅茶を飲み終えたら、式を執り行うぞシャルル」
紅茶を一口飲まれた閣下が語られた言葉の意味は、わたしには分からなかった。




