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【084】大尉、閣下とデートをする

「気にすることではない」


 準備を整えて閣下と二人きりで馬車に乗り、街中の酒場へ。

 酒場って真っ昼間から開いているのか? などと言われそうですが、普通に開いています。この時代の酒場は深夜営業はしていないので、わりと日が高い頃から営業するのですよ。


「そうですか」

「キースが好かれるのは、必要なことだからな」

「ですが」


 キース中将が気前良い! と思われるのが釈然としないです……と馬車で打ち明けたのだが、閣下は全く気にしていないと。

 キース中将も気前はいいですよ。接近することを命じられた際に「奢ってください」と言えば、かなりの確率で奢ってくれましたよ。

 でも先ほど配ったお金は、閣下のお金で……いや、閣下が良いというのでしたら、わたしがとやかく言う筋合いではないのですが。


「イヴがそう思ってくれているだけで充分だ」

「そうですか。それは……分かりました。作戦ですものね」

「そうだ。どうしても気になるというのなら、キースの給与から今回わたしが使用した額を引いておくが」


 それはそれで……などと話をしていると、目的地近くに到着した。さすがに街の酒場の前に、紋章付きの馬車を乗り付けるのも無粋というか、おかしいというか。

 馬車を降りて、先日大佐につれてきてもらった酒場を見る。

 エサイアスと大佐が先行し、店内を見回り、何事かがあった(・・・)場合、入り口にエサイアスが立っているので、その場合は店を素通りして帰ることになっていたが、店前に姿はないので、閣下とお食事しても大丈夫のようだ。

 格好だが閣下もわたしもカット・アウェイ・フロックコート着用。前世時代では”これから結婚式ですか?”だが、この時代だと上流階級の私服。

 もちろん上流階級の私服なので、目立つと言えば目立つけど、閣下階級の紳士としては軽装の部類。

 なんでお前までカット・アウェイ・フロックコート着てるんだよ……それについてだが、閣下はシンプルなアフタヌーンドレスも用意して下さった。両方を並べ「好きな方を選べ」って。

 ドレスにしようかなと思ったんだが、カット・アウェイ・フロックコートのほうが楽なので! まだまだ貴婦人の格好は面倒。気楽に酒場で飲むなら、カット・アウェイ・フロックコートのほうがいいだろう。

 というわけで、男性服を着て ―― 男装の麗人になれない、わたしのできあがり!

 それにカット・アウェイ・フロックコートなら、背中のほうに拳銃隠せるしね。

 閣下はもちろん紳士なので、ステッキを手にしておられます。

 店に入って、まっすぐカウンター席へ。みんな閣下が何者か分かっているが、ちらりとこちらを見ただけですぐに視線を落とした。


『こちら三つは貸し切りだ』

『わかりやした』


 閣下は奥から四つ目の席に座られ、右側の壁との間の三つの空席には誰も座らせないよう、席を買うと仰っていた。閣下が話すとカウンターの中にいるおやじが、空のジョッキを三つの席においたので、貸し切ることができたのだろう。

 わたしは閣下の右側に座る。閣下が黒ビール二杯、頼んで下さった。

 わーい、黒ビール! もちろんジョッキ。むしろジョッキ以外のビールはない! ジョッキを手に持ち、


「閣下、乾杯!」

「乾杯」


 こつんとグラスをぶつけてから、乾杯と言った以上、飲み干すのが礼儀! とばかりに飲み干す。

 わたしが飲み干す姿を見ていた閣下の眼差しは優しかった。年長者がはしゃいでいる子供を微笑ましく見守るかのような。

 わたしが飲み干すと、閣下も一気にジョッキを空けた。

 カウンターにジョッキをやや叩きつけるように置き、もう二杯持ってくるよう指示を出される。

 わたしは閣下から視線を外し、店の親父が黒ビールに何かを混入させていないかどうか? じっと見る。こういうのは、険しく何物も見逃さないといった雰囲気をまとって、視線を向けているというのが大事。


『はい、おまたせ。変なことしないから、この芸術品みたいな兄ちゃんに、睨むの止めてって言ってくださいませんかね』

『黙れ。ウィンナーとザワークラウト、フライドポテトを』

『まいどあり』


 閣下と店のおやじがなにかお話をしていた。アディフィン語、少しは聞き取れるようになったと思ったんだけど、やっぱり分からないわたしを相手にして、気をつかってくれているから聞き取れるんだなあ。

 普通の会話はまだまだだ。

 それで黒ビール片手に美味い肴と共に、閣下はご自身のことについて、話をしてくれた。


 生まれてから教皇領で司祭になるまでの間、閣下はブリタニアス君主国にいたのだそうだ。


「こ、婚約者だったのですか?!」

「グロリアーナのババアに、二十三人目の婚約者にされたのだ」


 閣下がブリタニアス君主国にいた理由は、かの国の女王の婚約者だったから。

 グロリア女王はいまだ健在で、年齢から逆算すると……女王は当時四十歳近かったはずですが。


「ババア……」


 高貴な血筋だが、年の離れた兄が大勢いて婿入り先が必要とされていた閣下は、ちょうどよい婚約者だったらしい。


「使ってはならない言葉だとは思うが、あれを表現するのに、ババア以外に当てはまる言葉がないので仕方ない。家臣も大体ババアと言っていた。もちろん聞かれたら飛ばされるがな」


 閣下が語る女王(ババア)は、前世でいうヴィクトリア女王とエリザベス一世を足して煮詰めてエカテリーナ一世をトッピングしたような人だ。

 まさに「何それ怖い」な御方。


「凄い御方なんですね」

「まあババアは強烈だったな……いや、今でも強烈だ」


 ブリタニアスの女王(ババア)(現在七十代)は、未だに若い王子を婚約者に添え、王子の自我が芽生えると婚約破棄するを繰り返し、夫になろうとする野心家の王と、駆け引きを行っているのだそうだ。


「大体十歳前には破棄される。わたしは自我の確立が早かったこともあり、五歳で婚約破棄され、聖教の総本山に送られた」


 婚約破棄から修道院行きは、わりとスタンダードなルートですよね……男性もそのルートを歩むとは思いませんでしたが。

 閣下は優秀だったので(ご自分で優秀とは言わないけれど)叙聖され司祭となってから神学校に進み、同い年の友人に恵まれたのだそうだ。


「イヴァーノが勝手に付きまとっていただけだが、皆親友だと認識していたな。訂正するのも面倒なのでそのままにしておいた。イヴァーノもそれで良かったらしい」

「何故親友と呼ばれるように?」

「単に寮の門限破りの常習犯イヴァーノが、窓の鍵を開けておいてくれと、わたしに頼むからだ」

「それは」

「鍵を開けておくのは十回に一回だが、親友だったらしい」


 いいのか? イヴァーノ。残り九回はどうやって寮に戻ったの?


「イヴァーノさんは今はなにを?」

「教会で教えを説いている」

「聖職者を続けられているのですか」

「イヴァーノ・デ・ボナヴェントゥーラ。次期教皇筆頭候補だ」


 ボナヴェントゥーラ枢機卿か! 知ってるー! わたしでも知ってる。イヴァーノとか呼んでご免なさい!

 わぁ、黒ビールが美味しい!


「そうそう、グロリアーナの二十四人目の婚約者は、大尉も知っているあのシャルル・ド・パレだ」

「王子さまですものね」


 執事さんも閣下と同じルートを辿ったのか。


「あれはわたしの二歳年下なので、三歳の頃に婚約者に。あれは八歳で修道院送りになった。あれが修道院に来てわたしを見ての第一声は”あんたが十歳までちゃんと婚約者を務めていてくれたら、俺はババアの婚約者にならなくて済んだのに!”だったな。まあ、あいつにとってもグロリアーナはババアだったな」


 ブリタニアスの女王陛下は、閣下と王子(執事)に一体なにをなさったのですか?


 もちろん閣下だけではなく、わたしも過去のお話を。

 失敗話のほうが面白いかなと、デニスと一緒に家の石炭ストーブを蒸気機関車の火室に見立て、二人で機関助手の真似をして軽快に石炭を詰め込んだ結果、不完全燃焼を起こして苦しくなって部屋から必死のおもいで脱出した……今ならわかる、あれ一酸化炭素中毒になりかかってたんだ。


「それはまた、豪快な遊びだな」

「親が再婚したばかりで、他人行儀な姉弟だったのですが、この一件で結構仲良くなれました」


 男の子と遊びはしたが、それは外でばかり。家でどんな遊びをしているのか知らなかったので、そういうことするのかなーと思って付き合った結果が、部屋中煤だらけの大惨事。


「今の大尉と弟御を見ていると、他人行儀だった頃など想像もつかぬが」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 黒ビールを飲み終え、料理を食べ終え酒場を後にした。

 あとはオープンカフェに立ち寄り、コーヒーを飲んで帰る予定。


「口に合うケーキがあるといいな、大尉」

「そうですね」


 カフェまでは少し距離があるのだが、散歩がてらに二人で歩いていくことに。ま、エサイアスと大佐が離れたところから見張ってるんですけれどね……見張ってるよな? 気配消すの上手くなっただけだよな、エサイアス。


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