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【082】大尉、手紙を受け取る

 本国からの荷物を船から降ろし、馬車に積み込んで駅まで運んで、更に蒸気機関車に積み込む ―― 作業が終わった頃はすっかりと夜に。乗っている蒸気機関車も最終便です。

 亡国のご一行は二等客室の一個室へ。

 若い女の騎士が「殿下に二等客室とは!」って食って掛かってきたんだけど、ヴェルナー大佐から「船代を全額おんぶに抱っこさせた上に、一等客室まで強請るとは。乞食のほうがまだ謙虚だ。国もそうやって恵んでもらえ」と。ヴェルナー大佐、お変わりありませんね、安心いたしました。

 女騎士は顔を真っ赤にしてなにか言おうとしたのだが、護衛の年長者が黙るよう指示し、失礼いたしましたと頭を下げて、四人で二等客室へと引き下がった。


 ちなみにわたしは一等客室です……いいのかな?


「大尉は閣下のお妃だ。分かっているな」

「分かってはおりますが」


 女騎士の憎々しげな眼差しが痛かったわー。……まあ痛いだけで、気にはならないけどね。

 ちなみにヴェルナー大佐も別に一等客室を取っている。船旅で疲れた体を癒やすには、一等客室が必要だって。まあこの時代の船は結構揺れるからなあ。地面に足が付いた時に歓声を上げるくらいに揺れる船も珍しいものじゃない。

 荷物と亡国遺児ご一行との旅は何事もなく、大統領府に王女さまたちを預けてから、閣下のお屋敷に到着したのは昼過ぎ。

 みんなシャワーをたっぷりと浴び ―― 船旅は水の問題があって、シャワーも満足に浴びられないので、普段より多めに浴びていることだろう。

 わたしも、もちろんシャワーを浴びましたとも。

 その後、ヴェルナー大佐以下やってきた士官たちは閣下の元へ報告に。わたしは執事さんの指揮のもと、荷物整理をしておりました。

 一通り片付けが終わり夕食の時間に。

 ヴェルナー大佐と大佐と閣下が執事さんの給仕で正餐。

 執事さんに「ご一緒にどうですか?」聞かれたが、遠慮させていただいた。そこは、わたしなんかが踏み込んではいけない空間というか、できれば関わりたくないお話し合いの場なもので。

 食堂でみんなで食事となったところで、エサイアスから手紙を渡された。


「お、カリナも書いてくれたのか。可愛い封筒だな……って、デニスのこれは」

「蒸気機関車の事故についてのレポートだって聞いたぞ」

「デニス」


 船でアディフィンに行くことが決まってすぐに、家族に「手紙届けますので」と連絡を取ってくれたのだそうだ。で、家族全員から手紙が……デニスだけはA3サイズのマチ付き茶封筒ぱんぱんのレポートらしいのですが、まあデニスらしい。

 家族の他には同期や元同僚からも。


「それで……はい、これ」


 エサイアスが胸元の内ポケットから取り出したのは、かなり分厚い手紙。ただずっと内ポケットに入れられていたらしく、結構よれている。


「誰から……」


 その手紙を受け取り、差出人の名を見ると筆記体でAdabert・Keith ―― ぱっと見分からないように書かれているのだが、


「キース中将から手紙がもらえるとは!」

「もと上官だろ」


 アーダルベルトの正しい綴りはAdalbertで「L」が必要。もちろん自分の名前の綴りを間違うような人じゃないので、わざとである。

 このLが抜けた署名は閣下宛なのだ。

 わたしは知らなかったのだが、閣下とキース中将の間では、長年こうしてやり取りしているんだって。本当に注意してみないと分からないほど、上手くLが抜けてるんだよ。

 閣下も重要なことを忍ばせたキース中将宛の書類には「Lilientha」と最後のLを抜いて署名している。またこのサインが上手く省略されていて、言われないとまったく気付かない


「キース中将忙しそうだからさ。ところで、なんで胸ポケットに?」

「フォルズベーグの王女と同行することになっただろ」


 悪い予感というか、確実にアレだなーと。


「王女がキース閣下に一目惚れ。手紙を預かっている姿も見られたから、盗みに入ってきてな。ヴェルナー大佐がしかりつけてくれたが”それでも諦めないだろう。重要書類のつもりで守り切れ”と命じられたので、肌身から離さなかったんだ」

「それは……迷惑かけたな」


 ヴェルナー大佐はこれが何か分かってるんだもんな。

 そしてエサイアスが優秀で良かったな、王女さま。これ勝手に読んだら、王女さま最悪消されますよ。なにせキース中将から閣下への、対共産連邦関係の書類ですから。

 連絡係を務めるわたしを間において、どこかのスパイに読まれるのを阻止 ―― だからヴェルナー大佐ご一行には、女性が一人もいなかったのに、同行することになってしまった王女が安定の一目惚れで、エサイアスが苦労するはめに。


「イヴが悪いわけじゃないだろ。盗もうとする王女が悪いんだ」

「キース中将に一目惚れは驚くことじゃないが、他人宛の手紙を盗んでどうするつもりなんだ」

「きっと頬ずりしたかったんじゃないか。その手紙俺が受け取ってから、数名に頼まれて頬ずりさせたから」

「それは問題ない。エルヴィーラやテレジアだろ」


 キース中将大好きで首都にいる同期の名を挙げると、エサイアスは頷いた。


「”イヴは幸せを独り占めするような性格じゃないから大丈夫”って」

「幸せなのか、それ」

「さあ? でも当人たちは、幸せそうだったな。側で見ていた彼氏は複雑そうだったが」


 わたしはキース中将からの手紙に頬ずりはしたくないし、頬ずりしても幸せにはならないが……キース中将好きの同期に幸せを分けられたのだとしたら、いいか。

 食事を終えてから、近況を語り合おうということで、談話室へと移動することにした。その前に手紙を部屋に運ぶ。エサイアスの努力の結晶であるキース中将からの手紙は、大佐の部屋として使われている小間使い部屋へ。大佐から閣下の手へ渡る算段になっている。


「お待たせ」

「いいや」


 大佐が正餐中はできる限りエサイアスと一緒に行動するようにと指示されているので ―― エサイアスはわたしのことは知らないが、好青年ですし、頭の回転もよく強いので、何も言わずとも護衛っぽいことをしてくれるだろうと、判断された模様です。

 あと楽しそうだからって、ルオノヴァーラ大尉もついてきました。勘違い甚だしい人ですが、悪い人ではないので、もちろん同行は問題ないです。


 談話室にて、グリズリーを射殺した件の誤報について聞かされた。


「いくらわたしでも、ナイフ一本でグリズリー殺すのは無理だから!」


 第一報は「クローヴィス大尉。グリズリーと格闘して勝利」いや、間違ってないよ。銃撃戦ですが、たしかに格闘だろう。

 普通に考えたら、射殺だろうが! 思うのだが「格闘」の部分に尾ひれがついて、追加の情報が加わった結果、キース中将の耳に入った時には「クローヴィス大尉、ナイフ一本でグリズリーを討ったもよう。ただしクローヴィス大尉は意識不明」 ―― ほぼ合ってるんだけど、大事なところが曲解されていたため、キース中将の血圧が10は上昇したっぽい。

 というか、そんな誤報信じないでくださいよ、キース中将。わたしだって、ナイフ一本でグリズリーに立ち向かいたくないです。

 どうしてもナイフ一本で立ち向かわなくてはならない場面になったら、立ち向かうとは思いますが……まあ、勝てる気はしないね。


「イヴの強さはキース中将も身を以て知ってるから、思わず信じてしまったらしい」

「信じないでほしい」

「でもさすがイヴ、強いな。キース中将と組み手をしても、全勝だったんだろ。俺は五分だぞ」


 デスクワークが多い将校職ですが、体を鍛えるのを怠ってはいけない。職務時間中にトレーニングをすることが推奨されている。

 もちろん「仕事忙しい」でトレーニングをせず、双子で臨月ですか? みたいな腹回りの人もいるが、キース中将は忙しくても毎日トレーニングする、真面目な将校でして。そして副官はトレーニングにも付き合うのだよ。

 補助とか器具の用意とか、格闘術の練習相手とか務めるのも任務の一つ。


「それはな。一回でも負けたら護衛任務から外されるだろうから、勝ち続けるしかないだろう」


 格闘の相手をするときは、全力を持ってお相手した。キース中将、本気でわたしを倒そうとするから。

 ほら弱いと護衛から外せるじゃない? そしてキース中将、実戦慣れしていて、戦い辛いったらもう! 若い頃、前線に立っていたキース中将を知っているアーレルスマイアー大佐曰く「歴戦の猛者」 ―― 容姿と儚い系の雰囲気でそうは見えないが、本当に強い人なのだ。

 なのでこっちも気合いを入れて戦いましたとも。

 十連勝くらいしたら、キース中将も少しは認めてくれましたよ。それ以降も勝負はもちろん手を抜かず、キース中将に四十八連勝して異動になりました。


 でもまあ、これでも女性なので、キース中将ある程度手加減してくれたんだとは思いますが。


「それは言ってた。最初は体格で劣っていても、相手は女だから勝てると思ったが、ものが違って勝負にならなかったって。どうしても負かして護衛の任務から外したかったが、やればやるほど外せなくなって、最後にはアーレルスマイアー大佐から”閣下(キース)の部下で格闘が最も優れているのは中尉(イヴ)ですな。ヒースコート隊にも中尉(イヴ)レベルはいないかと。ヒースコート准将相手なら分かりませんが、そのレベルですよ中尉(イヴ)は”って言われて、外すの諦めたって」


 努力した甲斐があったってもんです!

 その後、ちょっと興味を持ったらしいルオノヴァーラ大尉に勝負してくれと言われたので、勝負して軽く投げたら、床に大の字になったまま、大笑いされた。


「強いってもんじゃない。ウルライヒ少尉、同学年にこれ(イヴ)がいたのか。絶望だったろう」

「ご安心ください、ルオノヴァーラ大尉。二次試験の時の最初のランニングで、絶対勝てないとすぐに分かりましたから」


 なに、男同士わかり合ってる風に話をしているんだ?


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