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【080】大尉、料理を作る

 食べ過ぎたので夕食を抜いてみたものの、夕食時間終了辺りに空腹を覚え ―― 寝てしまえばいいじゃないか! と思ったのだが、自覚するとさらに空腹が……。寝ようとベッドに横になったのだが、空腹を訴える腹の音が。

 水を飲んで空腹が誤魔化せている間に寝るか……大佐に言わなくてはならないのが辛い。

 わたしの割り当ての部屋は、大佐の部屋である ―― 表向きは大佐割り当ての部屋……その脇にあるウォークインクローゼットのような、小間使い待機部屋みたいなのがわたしの割り当て。

 なにせまだ大佐の従卒扱いなので、こうなるのです。

 だが、実際はわたしが主人格の部屋で、大佐が控えの使用人の部屋に。

 大佐が主人格の部屋を使ってくれても、何の問題もないのですが、大佐が許してくれない。

 そして部屋を出る時は、必ず声を掛けるよう言われている。


「大佐。水を飲みにいってきます」


 ドアをノックし、用件を告げる。

 水を飲みに行くくらいなら一人での行動も許してくれるだろう。

 ドアが開き ――


「水? 使用人を呼べ」


 たしかにベルを鳴らして頼めますが、召使いが用件を聞きにやってきて、水を汲みに行って戻って来るので時間が掛かりすぎますし、なにより上品な水差しの量程度では済まないので。


「できれば自分で」

「どうしてだ?」


 大佐に聞かれたところで腹が鳴った。

 言い逃れができないレベルの鳴りっぷり。おもいっきり大佐に笑われた。


「水で空腹を紛らわせようとしたのか」

「はい」


 嘘などつけない状況なので、正直に答えたよ。


「なにか作らせよう」

「いえいえ、そこまでしてもらわなくても」


 言っている側から胃袋が大合唱。止めろ、止まれ、静かにならんか!


「素直になにか食え」


 この腹の鳴りでは、水だけで済ますといっても、許可されなさそうだ。


「作ってもらうのも悪いので、台所の片隅でも借りて、簡単なものを作りたいのですが」

「分かった。では行くか」


 大佐が一緒に来るらしい。


「あの、大佐にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、頼みます」


 そう言ったのですが、わたしが自分で作ることが大佐の中では決定事項のようで、トランクの中から鍵束を取り出した。

 そうか大佐はこの邸の何処にでも入ることができるのか。さすが懐刀ですね。自称じゃないこと認めますわ!

 そしてランタンを手にまっすぐ地下の食料庫へと連れて行かれた。


「なにを作る?」

「そうですね……」


 それほど本格的に作るつもりはないし、胃袋の煩ささから時間を掛けている余裕もない。あと材料の兼ね合いなどから、スコーンとウィンナースープを作ることに。

 スコーンのレシピには牛乳が必要だったと記憶しているがなかったので、ヨーグルトを使うことに。

 うん、牛乳は朝絞りたてを飲み、悪くなる前に料理に使われるのが一般的。

 冷蔵庫はあるけれど、氷を作ったり、酒を冷やしたり、食肉を冷蔵したり。もちろん、一般家庭に普及していない。


「夜に冷たい牛乳とか、シャンパンよりも手に入れづらいですよね」

「冷たい牛乳ってなんだ? 大尉」


 そうですね、大佐。普通は絞りたてをそのまま飲みますし、わざわざ牛乳冷やすってことないですものね。わたしにとっては、牛乳は冷たい飲み物なんですけれど。

 この世界の常識にそぐわないことを呟いてしまったな……と思いつつ、食材を運び出し調理を開始。

 具材全て ―― 人参、じゃがいも、玉葱にキャベツにウィンナーとベーコンを火が通り易いように小さめに切って、水とともに鍋に投入して石炭コンロにかける。

 続いてスコーンだが、スコーンのレシピに生地を冷やす……みたいなのがあったと記憶しているが、冷やすなど、この時代はしない。できないだけとも言うけれど。

 閣下のお屋敷には冷蔵庫はあるが、その工程は排除し作成開始。

 小麦粉と砂糖、それに重曹と塩を一つまみ……よりやや少なめ。ほら、指デカいから一つまみが二つまみくらいになるから、そこは注意しないとね。

 粉類をふるいに掛けてから、バターをくわえて混ぜて、さらにヨーグルトと溶き卵を足して混ぜる。あとは打ち粉をして生地をのばして、型抜きではなくカットで。

 天板に並べ調理前に温めておいたオーブンへ。

 経験上、十分くらいで焼き上がるはずなので、懐中時計を作業台の上に置いて時間を確認しながら調理器具の後片付けを。

 たまに鍋のスープをかき混ぜ、オーブンの中のスコーンを確認したり。そして胃袋が鳴り響く ―― そのたびに、大佐が笑う。笑いたくなる音なのは分かります。

 むしろ笑ってもらったほうが救われる。

 カモミールティーを淹れたところでスコーンも焼き上がり、塩胡椒でスープの味を調えたら、


「良い香りだな」

「閣下?」


 正装の閣下がいらっしゃった。

 なんでここで料理を作っているのかを聞かれ ―― 昼に食べ過ぎたので夕食を抜いてみたはいいが、胃袋が反乱状態のため、料理を作ることにした……そう告げている間も、胃袋は哀れに鳴いていた。


「空腹の大尉に強請ってはいけないのかもしれないが、わたしも大尉が作った料理を食べたいので分けてくれないか?」

「もちろん! でもお口に合うかどうか」


 そこは自信ありませんがね。

 何時までも閣下に胃袋の悲鳴を聞かせるわけにいかないので、急ぎ皿を取り出して盛りつける。


「閣下、ちょっと」

「なんだ? ディートリヒ」

「重要なご報告があります」


 閣下と大佐がぼそぼそとお話し、閣下と一緒に台所に現れた、聖職者姿のベルナルドさん……この場合はシャルルさまか、そのシャルルさまも側で聞いて頷いていた。

 話はすぐに終わったらしく、二人は台所から出て行き、


「ここで食べるのは初めてだ」


 わたしと閣下は台所の作業台の上に料理を並べ、運んできた椅子に座り食事を開始した。

 空腹は最大の調味料であり、わたしの好きな味付けなので、美味しく感じるが……閣下のお口に合うかどうか。


「閣下、どうですか?」


 ゆっくりとスプーンで口に運ばれている。


「どう? とは」

「お口に合うかどうか」

「ああ。馴染みのない味なので合っているかどうかは分からんが、幸せだ」

「ぶほっ……し、幸せですか」

「ああ。味そのものも悪くないはずなのだが、感情のほうに訴えてくる料理だ」


 よく分からないが、お気に召していただけた模様。空腹を黙らせるために、スープを飲みクロテッドクリームを付けてスコーンを食べる。

 閣下はスープ皿を空にしたあと、


「大尉の手料理を振る舞ってもらえるのならば、先に知らせて欲しかったものだ。晩餐会の料理に手を付けずに帰ってきたのに」


 さすがにこれは入らない……と、スコーンを人差し指で軽く弄ぶ。


「え、あの……急でしたし」

「分かっている。ただ、すこし愚痴をこぼしたくなった」

「愚痴ですか。話すと楽になるともいいますので、わたしに話せる類いのものでしたらどうぞ。いくらでも聞きますが」


 聞いちゃいけないような話の愚痴は、大佐とか執事殿下にお願いします。


「今日は見合いなどがあったのだが、不愉快でな」

「不愉快……相手側の姫君が、閣下に失礼なことを?」


 喋っておきながらなんだが、姫君がそんな粗相するかな?

 閣下は少し温くなったハーブティーに口を付けて、


「存在自体が不愉快であった」


 さらっとそう言われた。


「そ、存在?」


 閣下が手を伸ばして、親指ですっかりと薄くなったわたしの額の傷跡に触れる。


「今までは、見合い相手と顔を合わせても、なにも感じなかったのだが、今日は不快で仕方なかった。愛しい女がいて、他の女を薦められると、本当に不愉快なものだな」

「あの、……その……」


 まっすぐわたしを見て仰る閣下……な、なんていうか、恥ずかしくて嬉しい。


「そうだ、大尉。この先も縁談が持ち込まれ、不愉快な思いをするだろうが、我慢してくれと言ったな。あれは撤回する。わたしが不愉快だ。持ち込んだものには容赦しないことにするので、すぐに縁談を持ち込む者はいなくなるであろう」

「容赦……なし」


 閣下の容赦なしって、いったいどう……。


「我慢してくれなどと言って悪かったな。弁解させてもらうとな、わたしはいままで一度も愛した女性がいなかったので、受けるつもりのない縁談は鬱陶しいと感じたことはあったが、それ以上はなにも思わなかった。だが今日縁談の席で、女たちを見た時、不快感がわき上がってきてな。押さえ込むのに苦労した。気にせずに食べながら聞いてくれ、大尉」

「あ、では、失礼いたします」


 スコーンを口に運ぶと、


「折角大尉と一緒にいるのだ、愚痴はこのくらいで終わりだ」

「お役に立てなくて済みません」

「そんなことはない。いまの気分は、夢見心地といってもいいほどだ」


 閣下のお気持ちが少しでも晴れたなら良かったです。……で、閣下はスコーンを三つほど持って部屋へと戻られた。

 わたしは残りのスープを温め直し、大佐に振る舞ったのだが、なにか連絡が入ったらしく連絡にルオノヴァーラ大尉がやってきた。


「後で向かう。先に戻れ、ルオノヴァーラ」

「はっ!」


 去って行くルオノヴァーラ大尉と目が合ったのだが、生ぬるい眼差しに”分かってる、みなまで言わなくても分かってるって”と言っているかのような笑顔を浮かべ、頷き去って行った。

 違うよ、違うんだよ! ルオノヴァーラ大尉! 全然分かってねーから! 全力勘違いだから!

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