【079】大尉、肉で解決する
肉を奢ってもらい ―― 馬車で帰ることになった。
いやね、外食=酒なわけでして、普通にワインが出されるんですよ。
美味いから飲めよ……と大佐に言われたので飲んだ。料理ととっても合っていて、美味しくいただけたよ。
この時代、水代わりにワインは常識なので、ほろ酔い気分で馬を走らせるというのは、ごく普通のこと。
だが、前世の記憶のあるわたしとしては、飲酒運転なんて以ての外。ワインを飲んで乗馬はお断り。
時代的におかしなことを言っているのは分かるし、みんなに飲酒乗馬を止めろとは言わないが(水よりワインのほうが食い物として安全だったりするので)自分はしたくない。
「では馬車を寄越すよう使いを出そう」
「ありがとうございます!」
酒を飲んだので乗馬したくないと大佐に言ったら、あっさりと馬車を用意してくれた。
「いいや。間違ってクローヴィスが落馬したら、大問題だからな」
「そんなに酔ってはいないのですがね」
閣下のお屋敷まで馬を駆って帰る自信はあるが、万が一というか、事故った時に「素面なら避けられたのに」と自責の念に囚われたくないので。
素面で避けられなかったら諦めはつく。もちろんできる限り注意を払うけどさ。
「ディートリヒさん。黒ビールが美味しい店とか分かります?」
馬車で帰るなら、もう少し飲んでもいいよね! ということで、黒ビールが飲める店に案内してくださいと頼んだ。
レストランに黒ビールなかったんだよ、まあ庶民の飲み物だから、紹介状が必要なレストランでは提供されないんだろう。
でもアディフィンの黒ビール美味しいんだよ。前回立ち寄った際に出された黒ビール、美味しかったんだ。
「ああ、いいぞ」
パンに石が入っていても問題にはならないが、ビールに異物混入は血みどろになるので、庶民の店でも問題なく黒ビールを飲むことができる。
馬をレストランに預け、代書屋に入り紙とペンを買い、大佐がレストランに馬を預けたこと、馬車を向けて欲しい場所等を手紙を認めて、タクシー馬車に届けるよう指示を出す。この際、料金は渡さない。
料金先払いにすると、届けないヤツばかりだからな。
散歩がてらに歩き、黒ビールが飲める店へ。
店内は簡素な装飾だが、広さが結構あり、席が埋まりきるとは言わないが、コンスタントに八割くらいが埋まっている感じ。
カウンターで黒ビールを注文し ―― もちろん注文してくれたのは大佐ですがね!
「塩漬けの豚すね肉の煮込みが美味いが、腹に入るか?」
「いただきます」
「クローヴィスは、ほんとうに良く食うな」
「済みません」
「いや、悪いことはないが」
黒ビールを飲みながら、肉料理を堪能し ―― 三杯ほど飲んでその店をあとにした。ほろ酔い三歩手前程度、わたし自身としては「素面とかわりありません」だが、それは酔っ払いの戯言だということも分かっている。
気分良く大佐と話をしながら歩き、向かった先には完全に景気の良い貴族さまの馬車だと分かるヤツが。
黒く塗られた車体はシンプルで、非常に頑丈そう。
最近の産業革命で金を得た庶民の車体は、もっと派手だったりする。
ただ車体に紋章を付けていいのは貴族だけなので ―― 黒い車体に白い百合だけの紋章は目立ち、一目で貴族が乗る馬車だと分かる。
その貴族が金持ちであることが分かるのは、馬が立派だから。
車体は手入れなど頑張って誤魔化せるが、生き物である馬はそうはいかない。
まめに手入れをしなくちゃいけないし、餌だって充分に与えなきゃすぐに毛並みに表れる。
更に ――
『黄金の馬ってことは、リリエンタール王の馬車か』
『リリエンタール王来てるらしいなあ』
『黄金の馬四頭立てって、リリエンタールの王さま、珍しく王さまっぽいことしてるな』
『うちの王さまは黄金の馬の馬車なんて乗れないけどな』
人々が口々に「黄金の馬」「リリエンタール」と言っている。それ以外は理解できないが。
車体の紋章以前に、黄金の馬を多数所有しているのは閣下だけ。黄金の馬の馬車が許されているのも閣下だけ(正確には閣下以外に許されていない)
もっというと黄金の馬の繁殖施設を持っているのは閣下だけ ―― なんでも昔のルース帝国皇帝が光沢ある月毛美しい黄金の馬を気に入って、繁殖施設を作ったんだって。その技術者たちが帝国崩壊後、亡命して閣下の庇護下に入り現在に至る。
遠巻きに物珍しそうにしている庶民の皆さんの気持ち、よく分かる。わたしだって見かけたら、物珍しさに足止めて見るわ。
そんな遠巻きな皆さんがたの視線をかいくぐり馬車に乗り込む。
「うわあ……」
外側はシンプルだが、車内はロココ調の装飾が施された、白と赤の派手なものだった座席も革で鋲が打たれている。
豪華さにきょろきょろし、あちらこちらを興味深く見ていると、向かい側から寝息が聞こえてきた。
ん? と思ってそちらを見ると、右手で頬杖をついて大佐が居眠りをしていた。まだ夕方少し前ですが。
酒は飲んだけど、あのくらいの量で寝るような人には見えないんだけどなあ。
もしかして疲れてた? ……疲れていたのなら、無理して連れ出してくれなくても良かったのに。体を休めてくれて良かったんですよ、大佐。
起こさないようにできる限り気配を消して、車輪の音を聞きながら ―― 閣下のお屋敷に到着した。
ただ大佐はまだ起きない。
「大佐。起きてください、ディートリヒ大佐」
声を掛けたのだが、起きる気配がない。まさか脳に異常とか……じゃないよな。いまの医療技術じゃどうにもならんから、それだけはやめて。
肩に手をかけて揺すってみようか……でも、大佐みたいな人に迂闊に触れると、攻撃してくる可能性があるからなあ。
いや、攻撃はいいんですよ。でもね大佐の本気の攻撃を食らったら、反撃しないとマズイ。というか、黙って攻撃を受けられる気がしない。
反射的にやり返してしまう。大佐は強いから、あまり手加減できないと思うんだ。
となると……遠距離攻撃だよな。座席におかれていたクッションを手に取り、大佐の顔を目がけて放り投げた。
クッションは大佐の顔のど真ん中にぶつかり、その衝撃で目を覚ましてくれた。
「大佐、つきましたよ」
目を覚ました大佐は小窓から外の風景を ―― 閣下のアディフィン首都にある邸は、慎ましやかでありながら、センスの良さが光る邸宅。
慎ましいとは言っているが、比較対象がバイエラントのお城だからであって、普通の感覚では平屋建ての贅沢な邸ですとも。
「……」
「どうしました? 大佐」
小窓から風景を眺めていた大佐は、顔を被って俯いた。
「具合が悪いのでしたら」
大佐は頭を振り、俯いたまま、
「情けない。護衛任務についていながら、居眠りなんぞ……」
語った声に力はなかった。
「疲れていたのに、付き合ってくださってありがとうございます」
「疲れてはいない。充分な睡眠を取っている」
それでも疲れが取れなかったんじゃないんでしょうかね?
「信じられん」
「あまりお気になさらずに。襲撃された場合、繊細な貴婦人なら問題かもしれませんが、小官でしたら大佐を担いで、賊を振り切ることくらいできますので」
「それはそうだが、そういう問題じゃないのは分かっているだろう」
わたしも護衛任務を命じられて、居眠りして目的地についたあげくに護衛対象に声を掛けられたら、大佐みたいになると思いますが ―― 護衛任務で居眠りしたことないから分からないけど。
でも護衛対象がわたしだから、気が緩んだんじゃないかな?
「今日はごちそうさまでした! そして、居眠りしたので、罰としてまた奢ってください」
あんまり深刻に捉えられても困るので、失態は肉で帳消しにしましょう。
大佐は笑って提案を受けてくれました。
本当はまったく気にしなくていいんですけれどね。
そして昼からおやつ時まで食べ過ぎたので、今日の夕食抜きに決めた。




