【008】少尉、アレクセイについて聞く
アディフィン王国での用事も終わり帰国の途に ―― 我が国に帰るためには、陸路の場合フォルズベーグ王国を横断しなくてはならない。
途中途中で補給もするので、主要な駅毎に停車する。
フォルズベーグ王国に入ってすぐに、この国の国王より謝罪のために会いたいという連絡が届いた。
リリエンタール閣下の暗殺未遂に関してらしい。
国王直々に頭を下げにくるのかー。リリエンタール閣下凄いなあ。
でも未遂に終わったとはいえ暗殺を仕掛けてくるような危険な国、素通りしましょうよ! これに関しては珍しくオルフハード少佐と意見が合った。
だが下っ端がごにょごにょ騒いだところで、予定が変わるわけもない。
リリエンタール閣下と国王は、駅舎の貴賓室にて面会中。
我が国としてはリリエンタール閣下の御身に迫る危険は極力排除したいので、貴賓室の周囲はわたしたちが取り囲み、何人たりとも近づかせない。
国王は、信頼のおける部下というものが随分と少なくなってしまったらしく、供を一人だけでやってきた。
かつては大勢の家臣を伴い、仰々しい行列を作って歩いていたはずの国王の姿に……まあ仕方ないよ。
凋落したのは国王の手腕が足りなかったんだから。
厳戒態勢の会談中、わたしの任務は周囲の警戒。
たとえ駅員であっても、立ち入りを許すな。近づく者は、見つけ次第排除せよ。暗殺者は、幼い子供の場合もある――
と、こんな指令が下っておりまして。
子供が近づいたら、命令だとしても殺したりするの嫌だなあと思っていたのですが、わたしが見つけたのは、下手くそな駅員のコスプレをした男。
車掌の制服を着て、帽子は駅構内に立つ駅員のもの。
わたしたちが異国人だから騙せると考えたのだろうが、それは浅はかというものだ。
この世界にも鉄道マニアは存在する。各国の駅員の制服を集めた本も高価だがある。「義理姉さん、これが車掌帽で、普通の帽子と比べて……」と力説する義理弟も存在する。
あの時は適当に流したが、ありがとう義理弟。あの時の知識、役立ってるよ。
まあここに入ってきた時点で、駅員の格好をしていようが、問答無用なんだけどね。
一応情報を聞くために、足を撃つくらいにしておこうか。銃口を向けてふくらはぎを撃ち抜く。
足を抱え込んでのたうちまわる偽駅員。
「両手を上げろ!」
帽子のなかに詰め込まれていたダークブロンドの髪が、ふわりと広がる。
髪はセミロングくらい。ただ性別は男。
「早く手を上げろ!」
顔だちは整っている……むしろ、どこかで見たことある。
銃口をつきつけたまま近づいてゆくと、銃声を聞いた他の兵士たちが駆け寄ってきた。
彼らの一人が、わりとぼこぼこにされた男を引きずってきた。
その男が、大声でわたしが撃った男の正体を言ってくれた。
「貴様ら! その御方は我が国の殿下だぞ! 失礼であろうが!」
フォルズベーグ国王、謝罪会見第二弾が始まるよ!
その後の謝罪会見がどうなったのかは分からないが、わたしたちは駅で一泊し、松葉杖をついた、昨日わたしが撃った王子――第二王子のウィレムだそうだが、彼と僅かな同行者を連れて帰国の途につくことになった。
ちなみにわたしは、ウィレム王子の父親――要するに国王に「頭撃たないでくれてありがとう」的な感謝の言葉をもらった。
第二王子は、わたしと同い年の二十三歳。
二十三歳にもなってこんな情けない事件を起こして、親に頭を下げさせるようなことするなよ!
そんなウィレム第二王子を貴賓室にぶち込んで、蒸気機関車は北の故郷を目指して、黒煙を上げて走っております。
「楽にしていいぞ、少尉」
そしてわたしは、リリエンタール閣下の部屋に呼ばれております。
なんで?
あと部屋の片隅にある鞄、わたしの鞄に見えるんですけれど。何故この部屋に運ばれた? 割り当ての部屋に運ぶと言っていたのに!
「充分に楽な体勢であります」
小銃担いで直立不動ですけれど、リリエンタール閣下の前で寛ぐよりは気が楽です。
「小銃を置いて、ソファーに座れ」
「はっ!」
ちきしょう。足揃えて座るの苦手なんだよ。
行儀悪いんだよ。
従卒がサイダーを持ってきてくれた。うん、サイダー好きだよ。
勝手に偽装恋人作戦のせいで、好みがバレバレだよ!
ちなみに目の前のリリエンタール閣下はコーヒー。間違いなくブラック。
「少尉はアレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフを知っているか?」
ゲーム内の隠しキャラクター、リアルでは隠れてない亡国の遺児ですね。
「存じております。閣下の従兄弟であらせられる、シャフラノフ朝の最後の皇子」
乙女ゲームの隠しキャラクターでもあります。もちろん、そんなこと言えないけれど。
「その通り。アレクセイは伯母であるわたしの母を頼り亡命し、以降アディフィンに滞在していた。そのアレクセイが半月ほど前に姿を消した」
「なにか事件に巻き込まれたのでしょうか?」
閣下はテーブルの封筒を手に取り、中からわたしがアディフィンで拾い集めた、政治団体がまき散らしていたチラシの束を取り出し、一番上のチラシを指さした。
わりときれい目なチラシを拾ったつもりだったが、綺麗な室内でみると、踏まれた痕なんかがあって汚いなあ。
その手書きのチラシでスローガンは「帝政復古」と書かれ、文面はルース帝国の復古のために戦おうと呼びかけるもの……らしい。
わたしはアディフィン語読めないので、閣下が教えて下さった。
乙女ゲームの世界なんだから、自動翻訳機能くらい……風景以下のモブにそんな機能搭載されるはずなかった!
「アレクセイの文字だ」
「……」
隠しキャラクター登場フラグが逆ハールート確定だから、アレクセイルートが解放されたか。
最後の皇子がばらまくチラシが、当人の手書きとかちょっと貧乏くさくて、涙出て来そうなんですけど。他のチラシもほとんど手書きですけど、元皇族なんだからさあ。
あと字が汚い。そこは元皇族なんだからどうにかしろよ。
「アレクセイは共産連邦の不満分子を糾合し、戦いを挑むつもりのようだ」
「勝算は?」
「ないな」
言い切った閣下の濃紺の瞳には、なんの感情も見えない。
「ではこのまま無視をしても、よろしいのではありませんか?」
「アレクセイが共産連邦と国境を接している国々に、応援を求める可能性がある」
「我が国にも?」
「接触はあるだろう。ただし、わたしが背後にいる女王ではなく、陸軍を掌握している王族、ガイドリクスに」
呼び出された理由が分かりました。
ルース帝国復古を目指す一味と、ガイドリクス大将の接触にも注意を払えということですね。
でもガイドリクス大将、話に乗るかな。
さすがに無理だよ。だって共産連邦は、五十師団あるんだよ。五師団で我が国の総人口。その十倍の兵力。それ以外にも大砲旅団、輸送鉄道隊とか……共産連邦の兵力を想像すると吐き気が。
戦争が始まって国境に配属されたら、一人で千人くらい殺害しなきゃと思うと、気が遠くなる。どんな共産無双だよ。
「ガイドリクス閣下が話に乗るとは思えないのですが」
「立憲君主制に移行し、各国と協力しあい、国境を膠着状態にする消極的和平に対し、共産連邦が絶対君主制帝国に戻り、絶対王政国家と不可侵条約を結ぶ積極的和平。王族であるガイドリクスが後者を選んだとしても、不思議ではない。そして他の国もな」
宰相の甥の悪役令嬢婚約者さん、ヒロインを階段から突き落として殺害してください。でもヒロインをここで殺害したところで、この世界の流れ止まりそうもないなあ。
「それでも小官は、帝政復古は不可能であると考えます」
「わたしもそうだと考える。だが不可能ではないと考える者もいる」
個人的にはリリエンタール閣下がトップに立って、初めて共産連邦と事を構えることができる……それ以外の人だと無理だな。
だが、わたしなんかでも分かる程の才能がある人となれば、その先が見えるから、帝政復古なんて考えない。
でも帝政復古を望む者たちは、そこまで先が見えないから行動に出る。
「小官は、アレクセイ殿下とその手先の者がガイドリクス閣下に接触した場合、ご報告にあがればよろしいのですね」
さすがにガイドリクス大将もそこまでは……と思うけど、王族の物の考え方は平民のわたしとは違うからなあ。
「そうだ」
ガイドリクス大将の心は分からないが、リリエンタール閣下は帝政復古反対とはっきりしていらっしゃるので、アレクセイルートに進むのを阻止するために、閣下に付かせていただきます。
だってアレクセイルート、帝政復古のためにみんなで協力だから、ヒロインに攻略されている将軍のいる我が国の兵力もあてにされてるってことだ。
なんでわたしたちが、ルース帝国のために戦わなきゃならんのだ! 共産連邦は嫌いだが、ルース帝国も嫌いというのが、国民の総意です。
「閣下」
「なんだ少尉」
「お気を付け下さい。いままさに国体が変わろうとしている我が国にとって、リヒャルト・フォン・リリエンタール閣下はなくてはならない存在です。となれば、敵は閣下のお命を狙うことでしょう。また帝政復古を狙う輩が、アレクセイ殿下を担ぐ一派だけで済むとも思えませぬ。閣下は亡きルース最後の皇帝によく似ていらっしゃいますので、今以上に身辺にご注意を」
そもそもリリエンタール閣下が我が国にいるのは、共産連邦に対して睨みを利かせるため。約二十年前に共産連邦の大軍を引かせた実力は各国首脳が認め、共産圏拡大を防ぐために「お願いします」と ―― 大陸における対共産総司令官。
共産が嫌いなら打倒しましょう、倒したら帝国を復活させましょう……と持ちかけられる立場にある。
「心配してもらえるのは嬉しいが、わたしはアレクセイと違い扱いづらいので、誰も担ぎ上げまい。そのかわり、少尉が言うように排除を目論む輩は多い」
うん、そうだね。二十二歳で特にこれといった評判を聞かないアレクセイは、適当に神輿にして傀儡にできそうだけど、十八の頃から実績充分で辣腕と名高い三十八歳の閣下を傀儡にするのは無理だなあ……傀儡かあ。
ルース帝国が滅ぶ発端は、怪僧が帝室に入り込み、皇帝から徐々に権力を奪い、最後には皇帝は完全に傀儡で、怪僧が国事を壟断したことにあるんだよねえ。
閣下はお詳しいだろうけれど、聞き辛くもある。