【076】大尉、正直に答える
どこか怪我をしていたら大変だということで、馬車に乗せられ領主の館まで戻りました。
いや、本当に何処も怪我していないのですが、閣下の領地で閣下が馬車に乗れといったら、それが法律ですから拒否することはできません。
館に戻ると医師に診察され「少し打ち身が……あるかも?」みたいな診断を下された。
医師も困っただろうなあ。こんな健康な体を診察させられた上に、閣下から「打ち身」というまで何度も詰問されて。
アレは完全に閣下のご意志に沿わねばということで「打ち身」という診断を下してましたね。
わたしは「軽い打ち身でも入浴はできますよね」と医師に尋ね ―― 医師が閣下の表情を窺っている姿は、それでいいのか? と思ったが、領主の機嫌を損ねるとか、死活問題なんだろうなあ。
「どうしても入りたいのか? 大尉」
「はい。折角閣下にお会いできたのですから、汚れを落とし清潔な姿でお話したく」
地面に落下したので、髪に土がついていますし、銃を撃ちまくったので火薬の匂いもしますし。手は洗いましたが、動物を捌いたので、やっぱり全身洗いたいじゃないですか。
医師の許可? もちろん下りましたよ。
ご迷惑をおかけいたしました、お医者さま ――
カモミールの香りのする風呂で気分良く体を洗って上がったところ、肘から下がった優雅な飾り布、ふんわりと広がるスカート。つばのない帽子と長いベールという、ファンタジー感溢れるドレスを来たトルソー八体と、メイド一名に出迎えられました。
八体のトルソーが着ているドレスは、どれも先ほど言った通りの基本を抑えているがデザインや色は違う。
色会いはシックなものが多いが、全体で見るとひらひらしていて、お姫さま感が半端ない。……サイズさえ目を瞑れば。男でも着用可能なサイズであることに目を瞑れば。目を瞑ればというのは大事なことだから、二回言いましたよ! 目を瞑ったらドレスは見えませんけれどね。
「これを着るのですか?」
「お好きなデザインをお選び下さい」
どれもわたしサイズ。わざわざ作って下さったようだ。
体を拭き下着を身につけ、ガウンをはおり ―― いやガウンなんて要らないのだが、メイドが「お体を冷やすと、出産の際に差し障りがありますので」と、光沢のあるガウンを差し出してきた。
……いや! いや! いや! いや! 何を言ってらっしゃるのか、ちょっとよく分かりません!
出産とか処女に振る話題じゃないです!
え、いや、あの、その……出産? えっと……えええ!
出産ってどういうこと?
心は大荒れでしたが、取り急ぎ濃紺のドレスを選んだよ。
その後、パウダールームに移動し、化粧のし甲斐のない顔に化粧が施された。
なんでわたしはアイシャドウ塗ろうが、チークをさそうが、顔が変わらないんだ。
もう少しどうにかならないのか! ……いや、ならないこと、知ってるんですがね。
着替え終わると、女子爵閣下がお出でになられ、閣下がお待ちの部屋に案内して下さるとのこと。
女子爵閣下に案内されるとか!
「お似合いですわ」
女子爵閣下もわたしと同じタイプの服を着ている。色とかデザインは違うけどね。
「ありがとうございます」
ここで「似合ってません」とか固辞するほど失礼な人間ではない。
これ用意して下さったの、間違いなく女子爵閣下ですからね。
廊下を二人きりで歩きながら、お話をする。鉄道関係の話題から、ちょっと仲良くさせてもらっているんだ。
デニス。お前の知識が、所々で役に立ってるよー。
「それにしても、お美しいですわ」
「本当に、ありがとうございます」
「大公陛下が見初められて当然の美貌ですわね」
……あ、あの、それは、どうかなー。男としては格好良いらしいのですが、女感皆無なので。
「大公妃殿下のような容姿であれば、わたくしの両親もわたくしの結婚に関し、あれほど気を揉まないのでしょうが、こればかりは」
「気を揉むどころか、それでは絶望的な状況になってしまいますが」
女子爵閣下が何言ってるのか分からない。
わたしみたいな容姿になったら、男と間違われて、生活不自由しますよ。
「……どういうことですの? 大公妃殿下」
すっごい不思議そうな表情でわたしを見るのですが、どう考えても女子爵閣下の容姿のほうが良いと思います。
たしかにマイク・グリフィスに似ていますが、女子爵閣下は女性って分かりますから。
「あの……大公妃殿下というのは、小官のことでしょうか」
それも気になっていたんですよね。
「ええ、そうですわ」
「そうですか」
非常に微妙な気持ちなのですが、閣下がいらっしゃるまでは「クローヴィス大尉」と呼んで下さっていた女子爵閣下が「大公妃殿下」と呼び方を変えたのは……色々あるんだろう。
「先ほどの絶望的についてですが、この容姿ですと、まったく男が寄ってきません。閣下の目に止まったのも、普通の貴婦人と毛色が違い過ぎたからでして」
銃弾が額を掠めて血が噴き出している大女という、特殊シチュエーションによるもの。
落馬したら大怪我したり、グリズリーが出たら恐怖で動けなくなっちゃうような繊細な貴婦人ばかり見て来た閣下からしたら、初めて見る光景だと思うのですよ。
女子爵閣下が、不思議そうな面差しで、わたしを見上げる。
「大公妃殿下、男性に言い寄られませんでしたの?」
「全く」
閣下にも、自分から告白しにいったくらい、モテませんでした。
「そう……なのですか」
「はい。奇跡的に閣下が気に入ってくださったのです」
彼氏とか、わたしにとっては都市伝説。
同期の女性士官は普通に彼氏いるんですけど、わたしだけ完全なまでに都市伝説状態。絶滅危惧種を捜すより難しいレベル。
「ロスカネフ王国の男は、弱腰の上に見る目がないのね。大公陛下に奪われて当然だわ」
そんな話をしながら廊下を進み ―― 閣下と二人きり……ではなく、大佐を給仕にして夕食を取ることに。
「見惚れた?」
「……はい」
乗馬大会で優勝したことのあるわたしが、ただ馬に乗っているだけで落下したのを、閣下が非常に心配なさるので正直に告げた。
「閣下に見惚れて落馬」とか、恥ずかしい。
落馬の原因となった鹿は、グリルになって目の前にあります。鹿肉美味しい。
「そうか……ならばいいのだが」
「ご心配をおかけして、本当に済みません」
テーブル側で給仕している大佐が、殴りたくなるような良い笑顔で、こっちを見ている。
やめてー大佐! その笑顔やめてー! ……言いたいところですが、気持ちは分かります。
「だが大尉。少し痩せたであろう?」
「……そ、それは……」
閣下の目を誤魔化すのは不可能なのだろうか? ……まあ、不可能なんだろうな。
「ここの食事が口に合わなかったか? それとも、量が少なかったか?」
「いえいえ、とても美味しくいただいております! 量に関しては適切です。あの痩せたのは、痩せたのではなく……体を少し絞ったからです」
「体を絞った?」
「グリズリー如きに過呼吸になった自分が情けなくて……本気を出してトレーニングをしていたら、脂肪がなくなってしまいまして、服を着ていますと痩せた感じですが、脱ぐと以前よりも……」
以前よりもシックスパックがより鮮やかに。強度がチェインメイルだった腹筋が、プレートアーマーまで進化いたしました。
「ぶほっ!」
気付かれないと思ったのですが、やはり閣下の目を欺くことはできませんでしたね。そして筋トレしたらした分、筋肉がつくこの体。
そして吹き出す給仕こと大佐。
……まあ、吹き出したい気持ち分かりますよ。
「本当に食事が口に合わないだとか、疲労が溜まっているだとかではないのだな? 大尉」
「はい。体調は全く問題ありません。食事はどれも美味しくいただいております。閣下が狩られた鹿、おいしいです」
「一頭全部食べてよいのだぞ」
さすがにそれはちょっと……。
「大尉ともっと話をしたいのだが、大佐と仕事の話があるのだ。名残惜しいが、今日はこれでお別れだ」
額にキスされ、退出を促され部屋へと戻った。
翌日ブリタニアス行きご一行こと同僚たちに「大佐と閣下の給仕、お疲れ」と言われ労われた。
いや違うんだ。給仕は大佐だったんだ。労るなら大佐だ……とは言えないので、黙って労われましたよ。




