【074】大尉、狩りに行く
アレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフがルース帝国復古を掲げ、フォルズベーグ王国に攻め入るという発想は、この辺りの人にはなかったようだ。
その理由はアレクセイがアホ……じゃなくて、そんなことできるような男だとは、誰も思っていなかったから。知っていればいるほど、アレクセイとは思われないらしい。
「先入観って怖いものね。全く思い浮かばなかったもの」
テーグリヒスベック女子爵閣下から直々に、集まった情報を教えてもらっています。
「それほどルース帝国を名乗り、戦争を仕掛けるような器の持ち主ではないのですか?」
姿形はいいよ。
なにせ乙女ゲームの攻略対象で、亡国皇子とかいうオプション付きだもん。容姿がいいのは当たり前だよね。
細かい数字は忘れたが、身長は攻略対象の中で二番目に高い。
ちなみに一番背が高いのはガイドリクス陛下です。
黒髪で青い瞳の持ち主。
白い肌で彫りが深く、表情は幼いころに両親と姉たちを失ったことにより、憂いを帯びている……ってキャラクター紹介に書いていた。
他は周囲にいる者たちは、帝国を取り戻すよう彼にいつも言っていた。
だが心優しい彼は、人々を傷つけることを嫌い、それらを拒否し続け、逃げるように我が国へと赴任してきた。
そこでヒロインに出会い、苦しんでいる故国の人々の実情を知り立ち上がる……みたいな感じ。
「彼、ルース語は全く使えないのよ」
読み書き会話、全て駄目ですか。
あ……。まあ、うん。でも異国の王になったはいいけど、その国の言葉を全く理解できなかった国王というのも居たから。
「そうなのですか」
「でも、言われてみると、戦争に憧れていたし、国王にも憧れていたわ」
憧れるだけで黙ってりゃあいいのになー。
「アレクセイは子供の頃、あなたの国の国王になりたいと騒いでいた時期があったのよ。母親があなたの国の王女だからと言ってね」
お前が我が国の国王か……ノーサンキューという言葉が、脳内でエコーするのって初めてだ。ずっとエコーかかってるよ。
「そうでしたか」
「でも、アレクセイがルース帝国を名乗って、フォルズベーグに攻め込んでいるのだとしたら……」
死ぬほど厄介なのである。
それというのも、現在各国が結んでいる同盟は「対共産連邦」に関してだけ。
隣国同士の不可侵条約などは存在しない。
現在は絶対王政から立憲君主制の過渡期のため、条約締結が非常に難しいのだ。
かつては隣国との同盟や条約の締結は、王族の婚姻を持って成立していた。
だが現在は国体が変わったため、王族の婚姻で条約締結とはいかないので、手探り状態。
前世の記憶のあるわたしとしては、王族の婚姻抜きでの条約締結は当たり前だと思うのだが、まだ国防の契約などを結ぶ時は、婚姻が必要と考える人が多いらしい。
それで現在フォルズベーグ王国は、共産連邦ではない勢力に攻め込まれており、かなり劣勢らしいのだが、近隣諸国が救助を差し伸べる気配はない。
なにせ、それに該当する、国家間の契約がないのだ。
ルース帝国と名乗っている一団の背後に、共産連邦が居たとしても、攻め入っているのは自称・ルース帝国復古団体ご一行さま。
そのため共産連邦側から「知らない」と言われたら、どうすることもできない。
兵士たちは共産連邦の武器を使っているらしいのだが、これも証拠にならない。
だって、ルースや共産連邦と戦う時、物資豊富なあいつ等から武器を奪って補充するのは、我ら小国の基本戦法。武器の現地調達は珍しいことじゃないから「お前たちが背後にいる!」とは言えないのだ。
更にアディフィンと我が国など国境を接している国、さらにはドネウセス半島諸国だけではなく、ブリタニアス君主国どころか、遙か遠い新大陸まで戦争難民を拒否している。
その理由なのだが、ルース帝国崩壊後、多くのルース国民が逃げ出したのだが、フォルズベーグ王国だけはルース難民を受け入れなかったことにある。
それは国の指針なので、わたしがとやかく言う問題ではないが、受け入れなかった自分たちが、今度は拒否されてしまったのだ。
我が国やアディフィンなどは完全に国境を封鎖しているとのこと。
こんな感じでフォルズベーグ王国は、かなり追い詰められているらしい。
この状況からしてアレクセイは、旧ルースの広大な大地に帝国を復活させるのではなく、フォルズベーグの地に新たにルース帝国を建てようとしているのではないか? と思われる。
非常に負け犬感が漂っているものの、共産連邦に喧嘩を売るよりは、遙かに堅実で勝てる見込みがある。
なにより百合の谷を越えてに出てきた国は、我が国と隣国のみ。もとがゲームであるという性質を考えると、箱庭で決着がつくようになっているはずだから、隣国フォルズベーグにルース帝国再建立国というのもおかしくはない。
モブとして、手をこまねいて見ていることしかできないのでしょうかー。でも我が国にルース帝国立国されたらやだー。
ちらほら入って来る情報を聞いては、焦燥感に駆られた日々を過ごしている。
時代が時代なので、情報の入手が難しくて。
さらにわたしは、この周辺の言葉もよく分からないので、あまり……いや、ほとんど役に立たない。
赴任先であるブリタニアス語を女子爵のお父上から習ったりしているが、戦争が始まりそうなこのご時世、大公領の治安維持を任されているアーサーさんも忙しい。「お気になさらずに。如何様にもお使い下さい」と言われるのだが、ほらわたし、ただの異国の大女大尉なので、この辺りの治安を任されているお人に、そのように頭を下げられたりすると困るのです。
そんな日々を過ごしていると、女子爵閣下から「気晴らしに猟はいかがですか」と提案された。
折角気を使って、そのように言ってくれたのだから、お誘いを受けることに。
大佐もいいのではないか? と言ってくれた。
「もちろん俺も同行するがな」
「お手数をおかけいたします」
ルオノヴァーラ大尉にますます大佐の愛人だと勘違いされそうだが……黙っておこう。
翌日自分で整備した銃を持ち、用意された馬に乗り、大佐とグリズリー討伐部隊を率いていた人と、その部下たちとともに、猟場へと向かった。
舗装されていない道をゆったりと進んでいると、子供たちがこちらに気付き、後を付いてくる。そして元気になんか喋ってるのだが、よく分からない。
「大佐、子供たち、なんと言っているのですか?」
「お肉、うさぎの肉、と言っている。うさぎの肉は、領民も分け前をもらえるからな」
こういう領主が治めている土地は、まだまだ封建色が強いから、自由に狩りとかできないんだよね。わたしも女子爵閣下が出してくれた許可証である腕章を付けての狩りです。
勝手に森の動物を狩ると、処罰されるよ。
唯一の例外はうさぎ。それだけは、黙認されている。まあ、あまり大っぴらには捕まえられないけれどね。
なんでそんなこと知ってるの?
士官学校で習うからですよ。あと田舎のほうから出てきた同期が教えてくれた。
「あの子供たちの分も撃っていいですか?」
嬉しそうに「うさぎにく」と言っているらしい子供の数は八名。
「もちろん土産を持たせてやっていいぞ」
ご期待に是非とも沿おうではないか!
というわけで、狩苑広場に到着してから、子供たちにうさぎを一羽ずつ渡すといったら、大喜びされた。
あまり喜ばれると、獲物が逃げてしまうので、静かにしてね……と、通訳を依頼する必要もなく、大佐が言ってくれた。
子供たちが非常に真剣な面持ちで静かになったので、銃を構えて三羽撃つ。
「おいで、おいで」
手で合図を送ったが、子供たちが動かない。
びっくりしたのかな? 仕方ないので、一人で向かい、三羽持って戻ってきた。
「射撃が得意なのは知っているが、凄いな」
「ありがとうございます、大佐。これ、下処理頼んでいいですか?」
わたしも処理はできるのだが、あと五羽仕留めないといけないので。
大佐は同行者に処理を依頼し、拳銃を構えて隣りにいる。
まだ左肩の調子がよろしくないようです。
「何羽くらい撃っていいもんでしょうね」
「思う存分撃て。狩り尽くしたとしても閣下は怒らんだろう。むしろ褒めるだろうな」
閣下の猟苑をそこまで荒らすつもりはありません!




