【073】大尉、作戦変更を思案する
戦争勃発という、害獣排除どころではない大事件が発生した模様です……まあ、わたしはルオノヴァーラ大尉から教えてもらった訳ですが。
テーグリヒスベック女子爵閣下に大慌てで告げに来た衛士も、戦争が始まったとか言ってたんでしょうねー。
一人「がいじゅう?」とか思ってたわたし、馬鹿過ぎる!
「はっきりとは分からないが、フォルズベーグに侵攻があったようだ」
「……共産連邦でしょうかね?」
「そうとしか考えられないな」
フォルズベーグ王国は、海・我が国・アディフィン・共産連邦に囲まれている国だ。侵攻があるとしたら、この国境を隣接している三国のいずれか。
ドネウセス半島のどこかの国が海を渡って攻めてきた……は可能性として低いだろう。
だが我が国は違う。
共産連邦との戦いが控えているので、フォルズベーグ王国を攻める余裕なんてない。
アディフィン王国は割と大きな国なので、攻めたら余裕で勝つだろうな。……でも、今日日流行らないよ侵略戦争なんて。
というわけで、共産連邦なのかなーと思うわけですが、共産連邦が攻めてきたのだとしたら、同盟を結んでいる周辺国も出兵しないといけませんね。
もちろん攻められている国が、救援を求めたら……ですが。
「詳しい情報が欲しいですね」
「ああ……クローヴィス大尉」
「はい、なんでしょう? ルオノヴァーラ大尉」
「聞きたかったのだが、クローヴィス大尉は大佐の愛人か?」
大佐の愛人? 大佐ってなに大佐?
「大佐とは?」
「ディートリヒ大佐だ」
「ぶほ……いえ、いえいえ! 全く違います! なんでそんなことを! 全く違います!」
黒髪をしっかりと撫でつけた三十二歳のエリート士官、なに意味が分からないことほざいてるんですか!
「そう……なのか。いや、あの大佐がクローヴィス大尉を随分と特別扱いしているので、そうなのかと思ってな」
「そ、そうなんですか? あの、本官は、大佐のことを知らないので、ああいう方なのだとばかり思っておりました」
大佐! 特別扱いし過ぎて、愛人疑惑が持ち上がってますよ!
そして普段のギュンター・ディートリヒ大佐は、一体どういう人なのだろう?
「愛人じゃなくて恋人ですとかいうオチか?」
笑うなー! ルオノヴァーラ大尉。そんなこともありませんから!
「恋人でもありません。なんの関係もありません! そもそも、あんな目の合った女全員、腰砕けそうな美形が、わざわざ本官を恋人にする必要ないでしょう」
スーツ姿の大佐は、かなりの美形である。更にこの辺りでは、美形なことを隠さないでうろついているので、相当な美形なのが分かる。
あれだよ、普段は美形のオーラとかいうのを控え目にしているから、素通りできるが、現在普通に垂れ流し状態っぽい。
「そうか。クローヴィス大尉、大佐は好みじゃないのか?」
「好みか、好みじゃないかという単純な二択でしたら、好みですよ」
簡単にナンパに引っかかったくらいには好みです。
「そうか。やはり良い男は得だな」
ルオノヴァーラ大尉、顔そのものは普通ですものね。もちろん、自信に満ちあふれているので、雰囲気イケメンって感じですが、本物の美形を前にしますとね。
……って、そんなこと言ってる場合じゃないと思うのですが。
そんな感じでわたしたちに与えられた談話室で、負傷しているエーベルゴード大尉の三人で、大佐が帰ってくるのを待っていた。
「フォルズベーグ王国が東側から攻められた」
大佐が「いま分かっていること」として、教えてくれたのは、フォルズベーグ王国が本当に攻め込まれていること。
「では共産連邦が?」
フォルズベーグ王国の東側は共産連邦なので、ルオノヴァーラ大尉は確認の意味でそのように尋ねたのだが、大佐は首を振った。
「フォルズベーグの東方には、共産連邦以外の国はありませんが」
大佐と腕がお揃い状態のエーベルゴード大尉が、怪訝そうに問い返すと、
「ルース帝国だという情報が入ってきた」
大佐は硬い表情で、そう語った。
聞いた瞬間、大佐がなにを言っているのか、理解できなかった。
「ルース帝国がフォルズベーグ王国を攻めているのですか?」
ルース帝国って、二十年以上昔に滅んだよね。もう存在しない国が何故? どのように?
「あの、それは……リリエンタール閣下が?」
ルオノヴァーラ大尉が驚きのまま大佐に尋ねた。
「いいや。それはないだろう」
そうですよね、大佐。もしも攻めるとしても、懐刀の大佐が知らない筈ありませんもんね。
「ですが”ルース帝国”を掲げたとなると、シャフラノフに連なる者が挙兵したとしか思えません」
何者かがルース帝国を名乗っている。
ルース帝国、シャフラノフ、ルース帝国、シャフラノフ……。挙兵?
「あっ!」
「どうしたクローヴィス大尉」
「首魁はアレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフでは?」
アレクセイルート最終章だ!
「アレクセイ・シャフラノフ……たしかに、ありそうだな。エーベルゴード、クローヴィス、各自部屋で待機。ルオノヴァーラ、付いて来い」
大佐は再びどこかへ。わたしは命じられた通り、部屋で待機……そう言えばわたしは大佐と同室。警護のための配置だが、ルオノヴァーラ大尉が勘違いしても仕方な……普通はしないだろ。
まあいいや。
新しい情報が届くまで、アレクセイルートについて、整理しておこう。
アレクセイは百合の谷を越えての隠しキャラクター。
出現条件は逆ハーレムルートに入ること。
その後の外出イベントにて「一人で外出」「行き先を海」にすると、駐在武官として赴任してきたアレクセイと出会う。
そこからヒロインとアレクセイのイベントが発生し、いつの間にかハーレムを構成していた二名が消えて、残り三名と共にアレクセイと共産連邦との戦い、そして勝利。さらにはヒロイン皇妃エンドになる。
アレクセイが海沿いにいたのは、彼が海を見たことがなかったから、見てみたかったとのこと。
アレクセイは二歳までルース帝国で育ち、亡命後はアディフィン王国で成長した。
この辺りはゲームでははっきりと書かれていなかったが、閣下の母親を頼っての亡命となると、当然このバイエラント大公領に引き取られたのだろうから、海を見たことがなくてもおかしくはない。
共産連邦との戦いについてだが、百合の谷を越えては乙女ゲームでありながら、もともと軍事戦略シミュレーションゲームで有名だった会社が製作したため、戦略パートが入る。
一般的な乙女ゲームは逆ハーレムルートが難しかったり、隠しキャラクター出現条件・攻略条件が難しいものだが、百合の谷を越えては、この戦略が最難関。
戦略パートではシミュレーションをクリアしなくてはならない……もちろん乙女ゲーム用に簡単にしてはいたのだが、まさに「当社比」状態。
「一億円課金しても、領地を1mmも広げることできそうにない!(自称800万円課金者)」と叫び声が上がった、ガチものシミュレーションゲームを作っている会社作成のいう「簡単」ほど信用ならないものはない。
ちょっと乙女に手厳しすぎる難易度だった。
もっとも乙女ゲームなので「100万円くらい課金したら楽に勝てるよ。課金しなくても頭を使えば勝てるよ」だったが。
ちなみに上記本格戦略シミュレーションの「一億円課金しても~」だが、会社から「戦争で一億なんてはした金ですよ」と、伝説の回答。
うん、まあ、そうだけどさ。
そんな百合の谷を越えての戦略シミュレーションだが、戦況経過により豊富なイベントがあり、劣勢でなくては発生しないイベントや、見られないスチルも多数で評判は良かった。
なにより敗北死とかいうイベントはない安心設計。
負けても二人は行方不明になるだけで、どこかで幸せに暮らしていることでしょう……な、消息不明だけど未来に希望がある平民エンディングになるだけ。
率いられて死んだ兵士たちに謝れ! 敗軍の将め!
「……」
で、一番の問題は、まだゲームのシナリオ通りっぽいこと。
普通はある程度で「未来を変えすぎて、シナリオから逸脱して、どうなるか、もう予測不能」になっているべきなのに、まだゲームのシナリオ通り。
やはり一介のモブに、シナリオ変更は荷が重すぎたのか……。
色々頑張って変えているつもりだけれど、まだシナリオに絡めていないのか。
でもモブなので……モブはどんなに頑張っても、モブでしかなく。
メインキャラクター、もしくはその近くにいるキャラクターなら「わたしに構わないで」と言っても、容赦なく運命が絡みつき少しの行動変化でバタフライエフェクトするが、ガチモブは足掻いても変化がなさ過ぎだ。
もう少し運命に絡める立場なら、少しの動きでもなにかが変わっただろうが、モブは色々動いてもモブでしかないようだ。
やはり自分からもっと絡みに行くべきなのだろうか……。




