【072】大尉、案内される
「お兄ちゃん、お姉ちゃんだったんだね! 間違ってごめんね……と言っている」
「気にしてないと言っていただけると」
ただいまわたし、村を挙げて歓迎されております。
歓迎の理由は、グリズリーを射殺したことと、フォルズベーグで閣下の命を守ったこと。特に後者に対する感謝が凄くて、若干どころか全力で引いています。
ここはバイエラント大公領の、大公の館がある村。
要するにここは閣下のお膝元で、閣下が大公になってから、生活は全てにおいて安定しており、領民全てが大公に感謝しているのだそうだ。
その大公が射殺されかけ、盾になり相手を射殺したわたしは、村の英雄なんだそうで。
もてなさないなど、神がお許しにならない! 状態。
酒を飲めと勧められ、肉を食え食えと押しつけられ、次々に話し掛けられ ――
「ブリュンヒルトさまみたいな、男装の麗人ってやつなんだな……と言っている」
「あーどうも……ありがとうと言っておいてください」
残念ながらわたしはアディフィン語、それもバイエラント訛りがあるので、全く分からないため、大佐に通訳してもらっている始末。
そして少年、わたしは男装の麗人じゃないです。男装の麗人というのは、男装しているのが分かる麗しい女性のことです。なによりわたし、男装してません。まあ、子供は正直なので仕方ないのですが。
それで、なぜ優雅に祭り騒ぎに混じっているのかというと、閣下がここにお出でになるのだそうです。
なんでも、わたしたちが乗った蒸気機関車が脱線したらしいと、テーグリヒスベック女子爵閣下がありとあらゆる電信網と間諜を使い閣下に事故を伝えたところ、閣下からこちらに来るという連絡が入ったとのこと。
このバイエラント領主館に「閣下出立」の報が届いた頃には、もう閣下は出発したらしい。
ちなみに電報にはわたしたちブリタニアスへと向かう一行も、ここで待機しているよう指示があったとのこと。
「も、もしかして、閣下、小官のこと心配で来て下さるのでしょうか」と大佐に尋ねたところ「それ以外ないだろう」断言された ―― 嬉しいような、なんといっていいか分からないというか。いや、嬉しいです。ご迷惑かけてるけれど。
……で、閣下がバイエラントに久しぶりにお越しになると聞き、領民がまたお祭りムードに。
閣下はバイエラント大公になってから、四回くらいしかここを訪れたことがないのだそうだ。でも統治が素晴らしいので、偶にお帰りになると村を挙げて大歓迎。
「グリュンヴァルター、グリュンヴァルター聞こえるのですが、なんですかね?」
おそらくグリュンヴァルター公王国のことだろうが、酒が入って声が大きくなっている人たちが国名を挙げているのだが、あまり良い感じではないようだ。
「グリュンヴァルター公王国ざまあみろ、と言っている」
「え? 同じ主君を仰いでいるのに、仲悪いんですか?」
「隣接国というのは、あまり仲良くないものだろう? 大尉の故郷とルース帝国しかり」
「それは、主君が違うから当然ですが、公王国も大公領も閣下が主君でいらっしゃいますよね?」
「そこは、ここで生まれ育っていない俺にも分からない。だが昔から色々と張り合っていたらしいぞ」
そっか。ここで生まれ育った人じゃないかぎり、分からないことってあるよね。そうだね、もともと領主は違ったから、そうなるかも知れないね。
なんだかよく分からないが、バイエラント大公領と反目しあっている、グリュンヴァルター公王国は八年ほど前に閣下が継がれた小さめな国である。
この公王国は、ゲオルグ皇子の前妻がそちらの血筋だったそうで、閣下は継承権が低かった国。
低いだけで無いわけじゃないのが凄いよね。
それで先代公王だった閣下の年上の甥が、バカみたいに金をかけて、立派すぎるお城を作ってそれで財政が傾き、国家が破産寸前になってしまったのだそうだ。
家臣たちは公王を廃位させて、縁があり富豪でもある閣下に借金ごと公王位を継いで! と頼み、閣下は借金完済後、立憲君主制に移行することを条件に、位を継いで借金を肩代わりしてやり、ただいま返済させている最中なのだそうだ。
そんな公王国を閣下が見捨てなかった理由なのだが、そのまま公王国が破産すると、近隣にも色々と迷惑がかかるわけですよ。
政情不安になり難民とかが隣国に来ちゃうわけ。その被害を被る地域がバイエラント大公領であり、アディフィン王国。
アディフィン王国側は、グリュンヴァルター公王国が破産したら、バイエラント大公領に併合して、新しい国つくったらどうですかーと言い出すこと確実。それどころか、アディフィンも一緒にどう? 言われかねない状況だったんだそうだ。
公王を継がないと、新国家の国王になってしまいかねない ―― 閣下の優秀さと血筋の尊さから、そのような事態になるのだ。
「先代公王が国を傾けてまで作った城というの、少し興味がありますね」
それにしても、国を破産させるほどのお城って……ヨーロッパ風の世界観だから、きっとノイシュヴァンシュタイン城みたいなお城なんだろうなあ。
「いらっしゃった閣下と、一緒に見てきたらどうだ?」
「いえいえ、任務中ですし」
ブリタニアス君主国へ向かわなくては。
「そう言えば大佐、次の任務に向かわなくていいのですか?」
村に馴染んで食べ歩きしてますけれど、そんなことしていていいのですか?
「俺は大尉をテーグリヒスベック女子爵に渡して、出発を見送ったら、あとは帰るだけだからな」
そうなんですか。任務があるわけではなかったのですね?
「まあ、アディフィンの首都まで出向き、情報を集めるくらいはするつもりだったが、閣下がお越しになるのに、大尉を放置して去るなんて出来る筈ないだろう」
いえ、別に、一人で大丈夫です。子供じゃありませんし……なんだろう? わたしの心を読み切っている大佐が目を細めた。
「大尉が世間知らずな深窓の姫君なら、普通の部下でも対処できただろうが、大尉はなにか事件があった場合、すぐに協力を申し出て、受け入れられる実力の持ち主だからな。放っておくわけにはいかない」
大佐は吊されているグリズリーの死体を眺める。
良い感じにグリズリー、公開処刑されてます。まあ、村人を五人くらい喰ったらしいので、吊され石ぶつけられても致し方ないでしょう。
そんなこんなで、閣下がいらっしゃるまで、わたしたちは領主の館の一角を借りて、待機となりました。
領主の館と言っておりますが、普通にお城です。
白亜のバロック調の城。城の目の前には城と同じ大きさの噴水が。
長方形の前庭は、城八個分の敷地。後庭は城三個分の敷地。木が綺麗に刈り込まれた庭が広がってます。前庭はその長方形の先に横に広がる庭が。後庭の後には3300m級の山稜が広がっている。
「本来でしたら、大公妃殿下のお部屋にお通しするべきなのですが」
城内を案内してくださったテーグリヒスベック女子爵閣下が、非常に申し訳なさそうにそう言うのですが、ほらわたし、まだ閣下の正式なお妃じゃありませんから! そもそも、お妃という柄じゃないといいますか、サイズじゃないっていうか。
「一士官として扱って欲しいという希望を叶えてくださり、ありがとうございます」
とりあえず来年の五月くらいまでは、わたしは一士官であり庶民なので、そういう扱いしてくれないと問題がありますので。
「女子爵閣下。この部屋は?」
廊下に掛けられている絵画の案内などをしてもらった先に、
「ここはワルシャワ……ではなく、大陸縦断鉄道関連の品が保管されている部屋よ」
デニス垂涎の部屋がありました。
「見てもよろしいですか?」
「興味あるの?」
「えっと……弟が」
いつか閣下にお願いして、デニスをここに連れてきてやろう。骨埋めるって言い出しそうだけど。
……でね、女子爵閣下が解説して下さったのだが、どうも女子爵閣下も、鉄道好きっぽい。
祖父マイク・グリフィスから聞いた話などを交えて、室内にある資料を説明してくれるのだが、その表情がデニスを彷彿とさせる。
「鉄道、お好きなのですね」
「……」
聞いたら黙ってしまった。あれ? 地雷踏みました? と思っていると、女子爵閣下から、ちょっとした一族の確執を聞かされました。
女子爵閣下は祖父マイク・グリフィスと仲良く、鉄道の話を色々と聞かせてもらったのだそうだ。ただ父親のアーサー・グリフィスは、家庭を顧みなかったマイク・グリフィスのことを嫌っており、女子爵閣下が鉄道に興味を持つことに関して、あまり良い顔をしなかった。
もちろんここは大陸縦断鉄道の始まりの場所であり、閣下という鉄道王が治めている土地なので、頭ごなしに止めるようなことはしなかったが、祖父と意気投合した娘と父親の関係も微妙なのだそうだ。
さらに女子爵閣下がブリタニアスで学びたいのは、鉄道学なのだそうで、父親はやっぱりいい顔しないとのこと。
非常に難しい話ですね……。
大きな室内を埋め尽くす膨大な鉄道関係資料を眺めながら、心赴くままに鉄道好きをやっているデニスのことを思い出していると、乱暴にドアが開いた。
『テーグリヒスベック女子爵閣下! 戦争です! 戦争が始まりました!』
ん? またグリズリーでも出ましたか? わたしも協力しますよ! 害獣排除。




