【071】大尉、通告する
目を覚ますと見知らぬ天蓋付きベッド ―― 天蓋に天使が描かれている。その天蓋も随分と高い位置に。
白いオーガンジーのカーテンは開けられたまま。
あれ? ここは何処? こんな豪華なベッドに入った覚えはないけど。
わたしはブリタニアス行きの……右側に人の気配!
「オルフハード少佐?」
起き上がったら、右側の気配ことディートリヒ大佐と目が合った。
間違ってオルフハード少佐といってご免なさい。いまは大佐でしたよね! 軍服を着用していないから間違ったなんて、ただの言い訳ですから。
ちなみに大佐は白いシャツと、ダークグレーのズボンという軽装だ。
「大尉! いきなり体を起こすな」
左手を吊し固定している大佐にそうは言われましたが、もう身を起こしてしまったので。
また横になるというのも……なんか。
「ああ、いい。そのまま大人しくしていろ。いいか、動くなよ、大尉」
大佐が念を押して走ってドアの方へ。そしてドアを開けて「医者を」と廊下にいた誰かに言伝て戻ってきた。
「すぐに医者がくる」
「あ、はい。ですが、小官はどこも負傷していないかと」
左腕を三角巾で吊している大佐のほうが、重傷な気がしますが。
やってきた中年の男性医師の検診を受け、
「問題はないか?」
「ありませんよ、大佐殿」
大佐の問いにそう答えた。
うん、診察中も大佐側にいたんだ。
ちょっと上半身裸になる必要があったので、恥ずかしかったのだが「いやでーす」と言えるような空気じゃなかったので。
そして何事もなくて当然ですよ、大佐。
わたしですよ? わたし! 羽毛のように軽いお姫さまが木から落ちたら大怪我を疑うべきでしょうが、落下の勢いで大佐の肩外しちゃうくらい筋肉ついた、重量級なわたしですよ。自前の筋肉が、ガードしますとも。
医者は「動き回っても大丈夫だとは思いますが、三日間意識がなかったので、少し気を付けてください」と言い残し部屋を出ていった。
「え! 小官、三日も寝てたんですか!」
寝る子は育つ……これ以上育ちたくないのですが! くっ! いま身長測ったら、二、三㎝は伸びてるな。人生で最大値とか……絶対に測定しないからな! これ以上身長は要らないんだ!
「寝て……」
大佐がなんか微妙に言葉を失った。
「起こして下されば良かったのに。寝る子は育つと言われているじゃないですか。これ以上大きくなったら、どうしてくれるんですか」
言いながらなんだが、大佐にはなんの責任もないことは分かっている。
「寝ていたのではなく、意識が戻らなかった……だ。大尉」
「両頬を叩いたり、水ぶっかけたりしたら、きっと起きましたよ」
こんな豪華で寝心地のよいベッドに、なんかシルクの綺麗なパジャマを着させて眠らせるから起きなかったんですよ。
パジャマはボタンのつき方からして男性用と分かりますがね。
それにしても、この城にわたしと同じくらいの体格の男性いるんだ。
「そんな真似、できるか!」
「士官学校の実技中とか、意識を失った候補生に水をぶっかけて起こすのは基本です。小官は気を失ったことなかったので、ちょっと体験してみたかったです」
わたし士官学校で座学は……な成績だったが、実技はトップ独占してたんだー。とくに体力項目は大得意! だから、水ぶっかけられることはなかったんだが、気を失ったみんなは、水をかけられると「ぶああ!」って目を覚ましていたから、わたしだって水をかけられたら目を覚ましたはず。
「大尉……もう少し、自覚をだな」
ああ、そろそろ説教タイムだな。
いくらでも叱られますと言ったのだから、黙って叱責されよう。
ただベッドに座っては、適切な姿勢ではないので、降りて手を後ろに回そうか。
「なんだ? 大尉」
「大佐からの叱責を受けるのですから、ベッドで座って、とはいきません」
ベッドから降りて姿勢を正したら、非常に疲れたといった表情をされてしまった。
「大佐。もしかして、小官の付き添いなどをなさって?」
大佐に付き添われる大尉というのもおかしいが、わたしの護衛らしいので……。
「ああ」
「お疲れでしょう。今度は小官が見張りますので、大佐がお休み下さい」
「だからな、大尉。大尉は貴人だ。貴人は大佐の付き添いはしない」
自覚はないのですが、言われていることは分かります。ですが ――
「小官は正式な立場の者ではありません。時期が来るまでできる限りその立場を隠す必要があると考えます。よって大佐の警護をし、周囲の目を欺く必要があると思います」
閣下から命じられているのだろうけれど、ある程度「普通の大尉」扱いしてもらわないと、隠し通せないと思うの。
今回のこれですら、おかしい状況だと思うんだ。
「大尉の言い分も分かるが」
「こき使って下さい、大佐!」
「…………はあ」
すっごいため息吐かれた。なんで? 普通扱いするだけでいいんですよ! 簡単なことじゃないですか!
大佐と話をしていると、風呂の準備が整ったと言われ、完全に主人用でしょうといった風呂に通された。申し訳ないとは思うが、意識不明と遭難により、長らく風呂に入っていなかったので、丁寧に全身隈なく洗わせてもらう。
脱衣所へと続く扉を開けると、こちらに背を向けた大佐がいた。
「上がったか、大尉」
「あ、はい」
「着替えはそこだ」
後ろを向いたままそれだけ言い、大佐は脱衣所から出ていった。
いや、あの、そのー誰も覗かないと思うのですが……。着替えて部屋を出ると、廊下にやはり腕を吊した大佐が。
「あの……大佐」
どう考えてもおかしいですから!
部屋に戻ると、
「大尉。不快な思いをさせて悪かったな」
なぜか大佐に謝られた。
え? 不快な思い? なんだろう。
思い当たる節はないのですが。
「過呼吸の治療のため、口で口を塞いだだろう」
「あの時はご迷惑をおかけいたしました」
グリズリーと撃ち合ったくらいで過呼吸とか情けない限りです。
「迷惑なはずないだろう。あのグリズリーを倒してくれたのは大尉だ。いま村はお祭り騒ぎで、大尉が来るのを待っているほどだ」
「村人が安心できたのでしたら、良かったです」
違う国の軍人ですが、困っている庶民はできる限り助けたいので。それは良かった、良かった。……で、なんで不快な思い?
「口を塞いだ時に、随分と暴れただろう。不快なのだろうなと」
「暴れ……」
処置されて不快だなんて思う筈……ああ! 袋とシュテルン!
「違います! 違います! あれは、口で口を塞いでくださいと願っていた……ではなく、過呼吸の治療は袋を被せますよね。あの時、袋を被るのも治療方法の一つだと思った瞬間、シュテルンのことが脳裏を過ぎり、袋を被せないで欲しいと……パニックになっていて」
「そうか。不快なのを無理強いしてしまったとばかり」
大佐が本当に「ほっとした」みたいな表情に。
「不快に思う筈ないじゃないですか」
「それは、ありがたい」
「大佐の左肩は大丈夫ですか?」
わたしはもう問題ないのですが、大佐の左肩は重傷ですよね。あんなに短期間に二度も脱臼するような状態ですから。
「この左肩は……脱臼したのを見られたのは失敗だったな」
「何故ですか?」
「弱点を人に知られるのは、命取りになるからな」
ま、まあ。そう言う考え方もありますね。
「知らされていたら、小官としても大佐の左肩の状況を考えて行動しましたが」
大佐が左腕を伸ばしても手を取らないとか、落下するときは大佐の右手側……捕まっている左手が外れて、大佐ごと落下するな。うん、まあ、そうなるけれど、配慮できたはずなんです。
「そういう意味ではない」
大佐の表情が翳りを帯びる。
「どう言う意味ですか?」
「裏切った時に、元の味方に弱点を知られていると困るだろ」
表情は笑っている。瞳もまあ笑っているといっていいんじゃないかなー。
ただ声は寂しげで……上手くは言えないのだが、うん……きっと、どこかに「元味方」がいるのだろう。
「そういうことですか。じゃあ、もう小官に弱点を知られてしまった大佐は、裏切ることできませんね」
実際この人、よく分からん人なんだよなあ。
「分からんぞ」
閣下に聞けば教えてもらえるかも知れないけれど、当人が語ろうとしない過去を他人から聞くというのは気が引ける。
「裏切って小官の前に姿を現したら、右側の肩と腕をつないでいる部分を、銃でぶち抜きますよ。間違いなく右手使えなくなりますし、左手に爆弾抱えている状態ですから、もう何処でも仕事できませんよー」
興味がないと言えば嘘になるが、知らない方が良いということは往々にしてある。
「それなら殺してくれたほうがいいのだが」
「いやでーす。両腕使い物にならなくしたお詫びに、小官が世話します。上から下まで小官自ら世話します」
「おいおい」
「上官の妻に世話されたくなかったら、裏切ったりしないでくださいね」
「分かった」
「小官、大佐のこと結構好きなんで」
「それは止めてくれ。閣下に殺される」
閣下、そんなに心狭くないと思うわー。
「閣下からそういう命令を受けて、人を殺害するのって大佐では?」
「まあな。だが、言っておくが、閣下は結構強いぞ。俺は身を以て経験しているからな」
だーかーらー。過去をさらりと語るの止めてください、大佐。「身を以て経験」って、閣下に何かして捕まったとしか取れないでしょうが!




