【069】大尉、遭難生活を送る
なにが起こったのか? わたしたちの前を走っていた蒸気機関車が脱線、横転していた。
脱線理由は不明だ。なんか気付いたら横転してしまったのだそうだ。
わたしは事故調査する立場の者ではないので、そこは問わない。
横転した貨物列車がいるなど、知る由もないわたしたちが乗った蒸気機関車が走り続け、激突したのだ。
最初に横転した蒸気機関車だが、貨物列車なので乗員は十名ほど。その全員が負傷しており、狼煙を上げるなどの適切な行動が取れなかったらしいよ。
もっとも狼煙が上がったところで、見えたかどうか?
事故現場は、木々が鬱蒼と生い茂った深い森のど真ん中だから、狼煙が上がったところで、安全な距離で停車できたかどうか? ……むりっぽいよなあ。
わたしが乗っていた機関車は客車だったので、人的被害がかなりある。
二十人くらい衝突の衝撃で死亡した。死亡者は全員三等客室の客。三等客室はすし詰め気味だから、どうしても被害が大きくなるのだ。
二等と一等客室の客は、怪我だけで済んだ。
わたしたち一行 ―― 大佐と大尉三名(わたし含む)、従卒三名に軍属召使い五名に、死者が出なかったことは幸いだった。
ただ怪我の程度は酷い人も多かった。そのうちの一人が、マルガレータ・ヴァン・エーベルゴード大尉。「あ゛あ゛あ゛」と叫びたくなるような腕の骨折。
わたしは表面上は落ち着いたふうを装い添え木をし固定したが、早く医者の元につれていかなくてはいけない。
だがこの山道を歩かせるのは無理だし、背負って行くのも難しい。
無傷で身軽な人たちは、乗員とともに軌条沿いに、次の駅へと歩いて向かった。
大佐も当初、歩いて次の駅を目指そうとしていたが、わたしとしては負傷した同僚女性をおいてはいけないので残ります、大佐はお先にどうぞ、任務頑張ってくださいと告げたところ、
「大尉を残していけるわけないだろう」
そのように耳打ちされた。
そうか、大佐はわたしの護衛でしたね! ですが……その……負傷者を置いて行くのは、そのー……と悩んでいたところ、大佐が「構わんよ」と残ってくれることに。
「任務に差し支えがあるのでしたら、同行いたします」
「いいや、大尉の意思を尊重する」
「よろしいのですか?」
「当然だろう」
いいのかな? と思うが、残っても問題ないと言ってくれているのだ、ありがたく受け取っておこう。
夕方前に発生した事故で、すっかりと夜も更け ―― 季節は四月初旬も終わりの頃で、山の高所は随分と寒い。
本来なら蒸気機関車内で暖を取りたいところなのだが、異変に気付かず、また蒸気機関車が突っ込んでくる恐れもあるので、全員蒸気機関車の外で休むことに。
客室から毛布と貴重品の入った鞄を運び出し、エーベルゴード大尉と大佐以外で見張りのローテーションを組み、残っていた食糧で腹を満たして早々に眠ることにした。
とにかく休むのが大事だからね!
……ふと気付くと、大佐が隣で足を伸ばして座っていたのだが、
「あの、済みません」
「気にするな。俺が大尉で暖を取っているだけだ」
「そ、そうですか?」
「眠っていろ」
無意識ながら温かさを逃すまいと、その足に体を寄せていた。
色々済みません。でもこの温かさを手放すのは、この寒い季節には無理。人肌パワーで随分と楽に夜を過ごすことができました。
早朝から昼までが、わたしが見張り。
そんなに見張らなくちゃならないもんなのか? うん、野生動物がねー。危険な肉食動物がごろごろいるんですよ。狼の群れとかまだ普通にいる時代なんで。
この鉄道が引かれた頃も、建築事故以外に獣害も無数にあったんだ。
特に有名なのが古の森。
それは悪魔の住む森と呼ばれた。悪魔というのは本物の悪魔じゃなくてヒグマのこと。
この古の森で鉄道工事をしていた者が、次々ヒグマに襲われた。そのヒグマのことを、工事関係者は悪魔と呼んでいた。
このヒグマ、なぜか三メートル近くあったんだってさ。
悪魔と呼ばれるだけあって、そのヒグマに五十八人も殺害された。うち二十一名は死体も見付かっていない。
悪魔と同義語たる古の森のヒグマだが、もちろん人の手により葬られている。
前述通り古の森のヒグマは悪魔と恐れられており、悪魔なのだから神父さまに悪魔払いしてもらおう! となったんだ。
いやいや、神父さまにお願いしても、熊は熊だって! と、わたしなどは思うが、神父に縋りたくなる有様だったらしい。
もちろん神父さま、来てくれるはずない……はずなのだが「とある聖職者」がやってきて、彼らとともに悪魔と称された古の森のヒグマを倒した。
その神父さまはお祈りしたわけではなく、古の森のヒグマが冬眠している巣穴を見つけだし、目覚めるぎりぎりまで待ち(体力がもっとも衰えているから)ここぞという時期に大量のダイナマイトをぶち込み葬るという、どちらかと言えばハリウッド系神父さまだった。
この悪夢のような出来事は、後に「悪魔との死闘」というタイトルで出版され、ベストセラーになっている。
わたしはそのことは知らなかったが、デニスの部屋に「悪魔との死闘」という、鉄道と関係なさそうなタイトルの本があると目立つじゃないか。それで手に取って読んでみたら……鉄道関係の本だったわけだが、ヒグマの恐ろしさも充分書かれていた。
読んだヒグマの恐ろしさを思い出し、ちょっと背筋が寒くなりつつも、飲み水を確保するための濾過装置を作ったりしながら、昼食を取っていると、
「助けてくれ!」
駅へ向かった一行の男の一人が、ぼろぼろになって助けを求め戻ってきた。
残っていた乗員がなにやら話を聞き ―― ここ、ヒグマのテリトリーらしいです。
「大佐。もしかしてここは、古の森ですか」
「そうだ、大尉」
悪魔の再来かー。
偉大なる先達の知恵は知っておりますが、ここにはダイナマイトはありませんし、なにより四月中旬はじめ。最早ヒグマも冬眠から明けている。
更に言えば冬眠明けのヒグマが、腹を空かせて徘徊している危険な時期。
人間相手ならヘッドショットで対抗できるが、ヒグマになるとなあ。この時代の弾丸、ヒグマの頭蓋骨貫通するかな。心臓とか狙い撃ちすると良いらしいのだが、ヒグマの心臓の位置とか正確に分からないしなあ。
わたしが撃ったことがある野生動物で最大は鹿。熊は撃ったことない。
「助けが来るまで、無事に過ごせると思いますか? 大佐」
「さあな。駅に向かったやつらだけで、満足してくれたらいいが」
自分さえよければいいのか! と言われそうですが、わたしも大佐の意見に同意です。ヒグマとやり合うなんてごめんですー!
そんなヒグマの恐怖に怯えて過ごして丸一日、救助部隊ではなく討伐部隊と遭遇した。
「グリズリー?」
討伐部隊の面々はアディフィン語を喋っているので、自動翻訳機能持ちではないわたしは、なにを話しているのか分からなかったのだが ―― アディフィン語が分かるルオノヴァーラ大尉の説明によると、むかし新大陸で捕らえたグリズリーの子供を運び込み、飼うのが流行った。
そのうち何頭か逃げだし、環境に適応して見事に野生に還り、ただいま猛威を振るっているとのこと。
普通のヒグマだから射殺できるかなーと、ゆるく考えていたが、グリズリーは無理だろ!
わたしが乙女ゲームに興じていた時代ですら、グリズリーを仕留めるとなると、特注の火器を揃えてから行う大仕事だっていうのに! グリズリーの子供持ち込んだヤツ、出てこい!
討伐部隊の人たちは、これだけ負傷者がいるなら、ここを縄張りにしているグリズリーが、餌を求めてくるかも知れないのでと、ここで待ち構えると言いだした。
グリズリーきたら、射殺して下さいね、期待していますよ。
周囲の警戒は討伐部隊の面々に任せ、わたしは海難事故セットからチョコレートを取りだし、エーベルゴード大尉たちに配った。
救助部隊がくる迄もそうだが、きてからも体力がないとね。
ついでというと言葉は悪いが、子供にもお裾分けしておいた。大人より体力ないからね。
「救助隊、明日にはきてくれるといいですね、大佐」
「そうだな」
その他にわたしがしたことは、いくつかの木を登りやすいように枝を落とした。こなくていいのだが、グリズリーが来てしまった場合、木の上から狙撃しようと考えている。
そのくらいしか、方法がないので。
明るいうちにライフルを整備し、その日も大佐の体温で温まりながら眠った。
夜にグリズリーの襲撃はなく、ほっと胸をなで下ろしていると、救助隊が到着。
バイエラント大公領に住んでいる子供たちが、歓声を上げて近づこうとして、親に止められている。
『ブリュンヒルトさま』
『ブリュンヒルトさまー』
隊を率いてきたのは、テーグリヒスベック女子爵ブリュンヒルト閣下その人だった。
こんな危険な場所まで出てくるとか、なにしてらっしゃるんですか、女子爵閣下。




