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【007】少尉、連れ出される

 リリエンタール閣下の生まれ故郷である、アディフィン王国の中央駅に降り、わたしはマリーチェ王女の荷物を運び、迎えの馬車の一つに積み込み、自分も乗り込んだ。

 王宮に到着し、荷物をマリーチェ王女の部屋まで運び込み、用意されている客室へ ――


「少尉はこれから病院です」


 軍曹が病院に行きますと告げてきた。


「……」

「抜糸ですよ、少尉」

「どこの病院へ?」

「王立記念病院です。閣下が馬車を手配してくださいました」


 抜糸はしなければいけないものだから、行かないという選択肢はない。

 馬車が準備されているなどご大層極まりないが、正直アディフィンの市街地なんて知らないから、リリエンタール閣下の心遣いはありがたい。


「軍曹も一緒に来るのか?」

「はい、同行するよう命じられました」

「わたしにも、一言言ってくれても良いと思うんだけど」


 なぜ当事者である、わたしに言わないのだ。

 ……まあいいや。

 馬車乗り場へと向かうと、馭者に声を掛けられ、馬車に乗り込み街へと出た。


「そう言えば他の負傷兵は?」

「彼等は軍病院の方に、駅から直行です」


 軍病院って、アディフィン王国軍の病院だよね。なんで我が国の負傷兵が。


「閣下が手配してくださりました」

「閣下すごいね……で、わたしだけ、どうして王立記念病院?」

「顔の傷ですので、専門医に診てもらえとのことです」

「……」

「要らないって言われるだろうから、馬車に乗るまで、行き先は喋るなと命じられておりました」

「大佐に?」

「いいえ、閣下に」

「閣下か。じゃあ仕方ない」


 王立記念病院にたどり着き、軍曹が持っていた紹介状を案内に渡して待つこと二十分。看護師に案内されて診察室に。

 傷跡を診察した医者に要約すると「手遅れです」と書かれた診断書を貰う。

 あと抜糸はまだ先とのこと。


「会計は不要です」


 診断書を手に、馬車に乗り込んだ。


「お気を落とさぬよう」

「気にしてないから、大丈夫だよ軍曹。そもそもこの顔に傷がついたところで、誰も困りはしない」

「いや、でも女性ですし」

「まあね。でも治らないものは、仕方ないよ」


 病院に行ってきたという証明である診断書をオルフハード少佐に提出。


「そのガーゼ取れるか?」


 診断書を読んだオルフハード少佐に言われたので、ガーゼを外し、前髪を押さえて、傷跡をあらわにした。


「これは痕が残るな」

「医師の診断もそのようですね。もうよろしいでしょうか?」

「ああ」


 傷口にガーゼを貼り直す。


「少尉、帰国は一週間後だ」

「はい」

「帰国までの間、わたしの下で働いてもらう」


 腹パンの報復にこき使われるのですね。

 でも暴力の代償だ、仕方ない。


「はい。あの少佐。病院を紹介して下さったことへの感謝を、閣下にお伝えいただきたい」


 無駄なことを……と思うが、気に掛けてわざわざ病院を紹介してくれ、料金まで支払ってくれたリリエンタール閣下に、礼の一つくらいは言いたい。

 が、わたしは閣下と話すような立場ではないので、自称懐刀に頼むことにする。


「直接言えばいいだろう」

「お会いする機会などありませんので」


 国王と面談したり、首相と会談したりと忙しく過ごしている閣下に、わざわざ時間を作ってもらうのは悪いし、きっと作ってくれない。


「唐突で悪いが、少尉は付き合っているやつはいないんだよな」

「それは少佐がよくご存じでしょう」


 偽装恋人仕掛ける前に、私生活の細部にいたるまで調査してるくせに聞くなよ!

 ほんとうに唐突だよ!


「そうだが。あれは本当に悪かった」

「閣下のご決断ですので、少佐から謝罪を受ける謂われはございません」

「あれを提案したのは俺だからな」

「最終決断を下されたのは閣下ですので」


 勝手に策を立てて実行するなんてこと、軍人にはないからね。


「まあ、そうだが……それでな、あのことの詫びに、良い奴紹介するよ」

「必要ありません」

「俺の誘いには乗ったのに」

「ええ、少佐の誘いに乗った結果がこれですから、男性はしばらく必要ありません。まあ男性も、顔にこんな大きな傷のある女など、お呼びじゃないでしょう。お話はそれだけでしょうか? でしたら下がらせていただきます」


 少佐のもとを辞して、部屋へと戻り、洗面所の鏡の前でガーゼを外す。

 久しぶりにじっくりと、鏡に映る自分の顔を見る。

 鼻筋が通り、輪郭に丸み皆無。凛とした目元と言えば聞こえはいいが、大きくてくるんとした瞳とは正反対。眉は細いうえに眉山がやたらと高く、眉尻にかけてがくっと下がっている。

 更に口は大きめ。誰もが認める男顔。この顔に傷跡が残ったところで、どうってことはない。

 ついでに前髪は眉上、横髪は耳上で、後ろは刈り上げている……まあ男だよね。


「イーナくらい可愛かったら、顔の傷は大事だろうが」


 思い返すとヒロインのイーナは本当に可愛い。

 大きな瞳に柔らかい感じの眉。輪郭も丸みを帯びていて、全体的にふわりとしている。

 ……逆ハー築けるくらいだから、当然だよな。むしろ可愛くないと駄目だよな。

 仕草も……まあ可愛い。

 小首を傾げたり、顔の近くに軽く握った手を持っていったりと、同性からみるとあざとい仕草だが、異性からすると可愛く映るんだろう。

 ほんとうに、騙されやがって、攻略対象たちめ。あんな不自然な仕草にメロメロになるなよ。でも可愛いから仕方ないか。


 アディフィン王国到着の翌日から仕事が命じられ――帰りの蒸気機関車を用意し、必要な物資をリストにし、買い出しに出たり。

 大手から零細までの出版社に足を運び、古い新聞を片っ端から集め、政治経済関係のページをスクラップし、往来で政治団体がばらまいているチラシをひろい集める。


 こんなことしてる場合じゃないんだけど……と思うが、かといって仕事をしないという選択肢などないのが軍人。


 乙女ゲーム的滅亡フラグを回避するために、行動を起こそうと思っているのだが、まったく上手く行かないまま、アディフィン王国滞在期間は過ぎ去っていった。


 そして ――


「……」

「右に見える白い大きな建物が、合同庁舎だ」

「はぁ。大きいですね」


 なんだかよく分からないのだが、帰国前日、深みのある濃紺のフロックコートに、シャンパン色のベスト。色を抑えた赤のネクタイに白いシャツ。灰色のズボンに、磨かれた黒のエナメル靴という、貴族の格好を完璧に着こなしている閣下と、庶民のわたしには心情的に乗り心地悪いことこの上ないが、実際はサスペンションが効いて非常に乗り心地の良い高級感漂う四頭立ての無蓋馬車(キャリッジ)で向かい合い、市内見学に出た。


「あれは裁判所だ」

「裁判所ですか」


 わたしの格好はというと、異国の軍服姿は目立つので、七分袖に丸襟の(くるぶし)まである淡い水色のアフタヌーンドレス。

 同色のヘッドドレスで、額のガーゼを無理矢理隠している。更にドレスアップしているので、それに見合った靴を履かなくてはならない。

 わたしの足は、身長に見合った足なので、市販の女性靴はまったく入らず。少佐がどこかで手に入れてきたのだろうハイヒールを履いているのだが、合わなくて(かかと)が痛い。


 市内観光のあと、レストランに連れて行かれて、リリエンタール閣下とランチだそうです……解せぬ。なぜそのような苦行をせねばならぬのだ! 閣下のことは嫌いではないが、閣下とのお食事って緊張するだろうが!


 足を組み直したリリエンタール閣下が、わたしの方を見て――


「口に合うはずだ」

「お気遣いありがとうございます」


 レストランで出て来る食事の心配は無用です。わたしも軍人、なんだって食います。


「閣下、先日は病院を紹介してくださり、ありがとうございました」


 お礼をする機会を得られたのは嬉しいが。


「かまわん」


 かまうよ! 全額閣下の負担だからね! そして共通の話題がなくて困る。

 振り返った馭者がにやりと笑う。わたしと閣下の組み合わせ、変だよね……って、この馭者オルフハード少佐だ! 知ってて当日まで黙ってたな! これが腹パンの報復か!


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