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【067】大尉、旅立つ

 閣下の若い頃の、後味が悪いというか、やるせない話を聞き思うことがあったりしたが、考えは纏まらず『あまり深く悩まないでくれ』と言われ、かといって悩まないで済む問題でもない。 

 だが時は当たり前に流れ ―― 翌日は、旅に向けて所持品の最終チェックになった。

 世界一周したことがある閣下が、執事が作ったリストを手に、必要なものを教えてくださった。


「エスカレテネ海峡を渡る時、もしもの事がないとも限らないのでな」


 ただいまわたしの前には、ちょっと年季の入った良い風合いの旅行用トランクが置かれている。ただ革の刻印から、高級ブランドなのが庶民わたしにも分かる。

 この高級ブランドのトランク、船が沈没した際に浮き(・・)代わりになるという ―― 前世でそういうの聞いたことあるわー。もっともわたしの時代には、もうその機能は失われていたが、この世界では浮き(・・)機能は失われていない。飛行機がないので他の大陸に行くのには、船旅しかないからね。


 わたしが補佐武官として赴任する先は、ブリタニアス君主国は島国なので、当然、途中は船旅。


 閣下が仰っているエスカレテネ海峡を蒸気船で航行し到着する。この海峡、本当に狭く30kmほどしかないが、無事故海路というわけでもない。

 もしもなにかあった場合に、浮き機能付きトランクを所持していたほうが良いと ―― 船旅をしたことはある庶民ですが、そんな機能付きトランクなんぞ持っておりません。

 そう言ったところ、閣下がトランクを貸して下さるという流れになったのだ。

 荷物が増えるので辞退しようかな、と思ったのだが、折角のご厚意を無下にするのもなんだし、これを持って行ったことで、閣下が安心して下さるのならば、ちょっと荷物が増えるなど問題ではない。

 大きめな旅行のお守りということだ。


「これさえあれば、海峡を泳ぎ切れますので、ご安心ください!」


 遠泳10kmくらい余裕なんで、30kmくらい泳ぎ切って見せますとも。海峡渡るのは時期的に四月終わりくらいなので……まだ寒いには寒いが、真冬じゃないから大丈夫。


「頼もしいな。ではその鞄に幾らか、現金を忍ばせておこう。何をするにも、金は必要だからな」


 貴族感しかしない閣下ですが、こういうところは旅慣れしているというか、浮き世離れしていない人だなと思う。

 そして我が国からブリタニアス君主国までの旅程で通過する国、全ての通貨が用意された。

 額はどの通貨もわたしの給料の五ヶ月分に相当。

 他にも宝石のほうが良い場合があると、小さいが輝きといいカットといい見事なものを、小袋にざらざらと入れられた。

 その様子に、実家でメイドがコーヒーシュガーをポットに足している姿を思い出した。閣下、きっとこれ、そういう扱いする物ではないとおもうのですが。

 その他に5gの金地金(インゴット)を十個ほど。

 いや閣下もっと用意してくださったのだが、十個くらいでとご遠慮させていただいた。


「大尉は鞄に何を入れる?」

「そうですね。これだけを持って泳ぎ切る前提ですので、靴と着替えと石鹸、タオルと酒。ライターに拳銃と弾丸、ナイフと缶詰。あとは菓子なんかが入っていると、生き延びられる気がします」

「菓子?」

「泳ぎ切った後の栄養補給に。甘いものがいいですね」

「甘くて日持ちするものか」

「はい」

「そうか。ではチョコレートを用意させよう」

「え?」


 チョコレートはパーフェクトですが、この世界のチョコレートは高級品ですから。


「旅路のストレス解消にも役立つかもしれぬな。食べきったら立ち寄った国々で買うがよい。この徽章を見せれば、入れぬ店はない。料金に関しても気にする必要はない」


 異国にて一見がツケで高級チョコレートを手に入れる……閣下の顔の広さ、知名度と信頼度の高さに震えます。


「どうした?」

「この徽章、なくさないよう大事にしますね」


 徽章はわたしの片手で握るにちょうどよいという、かなりの大きさで銀製。刻印は金で象られた双頭の鷲と、地金そのものである銀色の百合、そして小さいきらきらする宝石が埋め込まれて浮き出ているように見えるR.V.L ―― きらきらしている宝石はきっとダイヤモンドだろう。


「気負うことはない。ああ、面倒事があったら、すぐにそれを役人に見せろ。大体片が付く」


 殺しのライセンス? アンタッチャブル? 治外法権証書? ……できる限り使わないほうがいいような気もするが、使わないで危機的状況に陥るのはさすがに避けなくては。


「チョコレートで、お勧めの店とかありますか?」


 異国のチョコレート店という時点で、すでに未知すぎて何処にあるのかも分からない。


「それはオルフハードが詳しかろう」


 そんな話をし、届いたが日持ちしないチョコレートを食べながら、旅行トランクに必要なものを詰め込み、わたしの海難脱出セットが完成した。


 なんとなく、フラグ立てた気がしなくもないが……。いや、モブにフラグなどない!


 そして翌日、ガイドリクス殿下が即位した。

 跪くガイドリクス殿下と、頭上に王冠を戴かせる枢機卿(リリエンタール)閣下。

 刺繍が施された、重厚な祭服に司教冠(ミトラ)を被った閣下は、紛れもなく聖職者でした。

 わたしはその様を、銃を担いで護衛という形で、かなり近くで見ることができた。

 人生初、リアル戴冠式。全く関係のない下っ端だけど、緊張したね。

 戴冠式を終えてガイドリクス陛下が即位し、移動してテラスから人々に手を振っている後ろ姿を見て、不覚にも感動の涙がこみ上げてきた。

 いや、もちろん泣きはしなかったよ、仕事中だから。それにしても、まさか感動するとは思わなかったわ。

 ほらわたし、前世の知識的に、ガイドリクス陛下即位反対派だったから。

 だがこれから……うん。年齢詐称疑惑(ヒロイン・イーナ)とも関係が切れたようだし、国王としてもり立てていきますよ。大尉の分際で、何を言ってるんだって感じだが。


 即位の式典は次に晩餐会が開かれるのだが、わたしは明日ブリタニアス君主国へ発つので、あと一つ終えると仕事は上がり。

 最後は閣下……聖下と呼ぶのが相応しい格好をした閣下に「そろそろお時間です」と伝えること。

 もちろん「リリエンタール枢機卿に伝えてくるように」と命を下されているが、本人に直接声を掛けるわけではない。

 入り口の衛兵に”お願いいたします”と伝えるだけだ。

 タイムスケジュール配ってないの? 配ってるし、閣下もご存じですが、国王が人を遣って、枢機卿にご足労願うということが、国家として大事なのだよ。 

 閣下は先ほどまで式典が行われていた、王宮敷地内にある大聖堂にいるのでそこへ向かい、兵士に声を掛ける。よし、これでお仕事は終わ……。


「クローヴィス大尉ですか?」

「はい」

「中へどうぞ」


 なんで? 枢機卿な閣下にお会いする予定はないですよ。

 いや、会えるのは嬉しいのですが。

 大聖堂へと足を踏み入れると、少しは軽そうになったが、まだ充分重厚な祭服を着用している閣下、祭壇前にいらっしゃった。

 大聖堂につきものである巧緻なステンドグラスから降り注ぐ光を浴びている閣下は……聖職者だね。さすがに天使って感じはしないです。迫力があり過ぎて。


「来たか」

「はい」


 聖堂内には閣下以外に執事のベルナルドさん? がいました。

 なんで「?」なのか? いや、あの、司祭さまの格好してるから……た、多分ベルナルドさんだと思う。

 早歩きで閣下の元へと近づく。


「大尉。明日は見送りにいけぬが、気を付けてな」

「はい! 閣下。きっと大丈夫です。蒸気機関車の事故は馬車と比べて、極めて少ないので」


 ……って、デニスが言ってた。


「そうだな。ところで大尉、これを持って行ってくれるか?」


 閣下から祭壇に乗せていた銀の鎖に通されたメダイを手渡された。


「旅行の守護聖人ですね」


 図柄は杖を持った男性と、キューピッドのような小さめな天使。


「そうだ。ただ、わたしが祈りを込めたので、なんの効果もない可能性が高いが」


 少し離れたところにいたベルナルドさんに見える司祭さまが、半端に笑いをかみ殺していた。変に笑い声が漏れてきて、大聖堂にかすかに響く。


「まさか! きっと効果ありますよ」

「そうそう。そこでおかしな笑いを漏らしている司祭は、執事のベルナルドだ」

「やはりそうでしたか」


 すごい似ている人かと思いました。


「司祭時のあれ(・・)は、シャルル・ド・パレという。良かったら記憶しておいてくれ、大尉。まあベルナルド・デ・フィッツァロッティだけでも構わんがな」


 執事さんの苗字、初めて聞きました。……パレ?


「シャルル……ド、パレ? もしかして親族にパレ十六世とかいらっしゃる、パレさまでしょうか」


 パレ一族って、革命でもっとも悲劇的な最期を遂げた王族ですよね。


「いたな」


 親族の王と王妃が、ギロチンの刃により露と消えた一族の王子が執事で司祭なのか!

 驚いていると閣下が両手でわたしの頬を包み込み ――


「会えなくなるのは辛いが……体に気を付けてな」


 軽くキスされた。


「閣下。小官、したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「構わぬ」

「それでは」


 わたしも閣下の顔を両手で包み込み、少しだけつま先立ちをして、閣下の額に口づける。


「行ってくるね、アントーシャ(アントンの愛称)

「……」

「背伸びして恋人にキスするの、憧れだったんですよ。晩餐会頑張ってね、アントーシャ」


 旅行の守護聖人が刻まれたメダイを手に持って、大聖堂を出て帰途についた。


 翌日わたしはブリタニアス君主国行きの列車……ではなく、とりあえず隣国行きの蒸気機関車に乗って旅立つ ――


「姉ちゃん、いってらっしゃい!」

「行ってくるね、カリナ。父さんと母さん、そしてデニスのこと頼むな」

「任せておいて、姉ちゃん。クローヴィス家はわたしが守る」


 家族の見送りを受けて、わたしは故郷を旅立った。閣下、お元気でー。ご無理をなさらないで下さいねー。


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