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【006】少尉、熱を計られる

 室内は薄明かりが灯り、足を組み椅子に座り、片眼鏡を付けた閣下が書類を読んでいる。片眼鏡が似合い過ぎるわ、この貴族を名乗る皇族。


「クローヴィス少尉、目が覚めたか」

「閣下」


 部屋の主のベッドを独占……ん? 薄暗くてはっきり分からないが、部屋が違うような。

 閣下から渡された水の入ったコップを受け取り、一口飲むと、自分が随分と渇いていることに気付いた。どうも熱が上がっているらしい。


「ここは?」

「到着した蒸気機関車に移動した。あと一時間もすれば、発車する」


 どうやら寝ている間に、別車両に運び込まれたのか。

 起こして欲しかったが、移動させられたことに気付かないほど深い眠りについていたのなら、もしかしたら起こしたけど起きなかったのかも。

 運んでくれた人、ありがとうございます。


「そうですか。では小官は部屋へ戻ります」


 だがなぜ閣下の部屋に運ばれたのかが分からない。

 使用人室の片隅にでも転がしておけばよいものを。


「待て」

「なんでしょう、閣下」

「クローヴィス少尉はアディフィンまで、わたしと同室になる」

「…………」


 夜の相手とか、そういうヤツ?

 リリエンタール閣下、わたしが彼氏いない歴=年齢だって知ってるでしょう。

 無理ですよ。リリエンタール閣下の部下の女性士官にしてくださいよ。黒髪をぴしっとまとめた、仕事出来る雰囲気を垂れ流している女性とかいいんじゃないですかね?

 やや地雷感もありますけれど。


「当初は小隊の三分の一を同行させる予定だったのだが、狙撃手まで配置していたことを考慮し、小隊の半数を同行させることにした。結果、部屋が足りなくてな。多少無理をして詰め込んだが、病休の少尉にはできるだけ静かな環境が必要だろうし、若い男と同室では、色々と問題がある。よってわたしと同室になった」


 ほう! 夜のお相手は務めなくても良いようです。


「作戦遂行の一環ですか」

「そうなるな」

「分かりました。ですが閣下のベッドを占有するわけにも」


 一等客室の主人格の部屋だ。どこかにソファーくらいはあるだろう。


「怪我人なのだから、寝ていろ」

「ですが」


 リリエンタール閣下が立ち上がり、明かりと共に何かを持ってきた。


「見ろ」


 渡されたのは手鏡で、のぞき込むと顔の右側がぱんぱんに腫れ上がって、酷い状態。右目も開いてなかった。

 薄暗いから右目が見えてないこと、気付かなかった。


「酷い顔ですね」


 自分の顔なのだが、なんか他人ごとのような感想しか出てこない。よくもまあ、人が寝ている間に、こんなに腫れたもんだ。


「顔の腫れが引くまでは、ベッドで休め」


 伊達に軍医が病休言い渡したわけじゃないんですね。


「かしこまりました……」


 シャツが汗を吸ってびちょびちょだ。ズボンも同様……着替えを取りに行くの面倒だ。よし、脱ぎ捨てよう。


「なにをしている? 少尉」

「汗がちょっと。脱ごうと思いまして」

「着替えか。少し待て」


 リリエンタール閣下がわたしの荷物を開けて……閉めてこちらに鞄を持ってきた。


「必要なものを取り出せ」


 タンクトップと下着を取りだして鞄を閉める。


「ちょっと着替えてまいりますので」


 さすがにリリエンタール閣下の前で、全裸になるのは憚られる。


「わたしが部屋を出る」


 隣の部屋に移動されてしまった。

 手早く着替えを済ませよう。

 下着を取り替え、汗で汚れたシャツで包み、鞄に戻す。


「着替えは終わったか」

「はい」


 戻って来られたリリエンタール閣下は、額に手を乗せ天を仰ぐかのようにし、目を閉じ完全に苦悩の人の表情になっている。


「着替え終わっていないではないか」

「終わっておりますが」

「それは下着姿であろう」

「下着姿ですが、着替えは終わっております」

「……」

「……」

「パジャマは?」

「出張任務は荷物を最小限にしますので、そういったものは持ってきておりません」

「下着で寝るのか」

「はい」


 リリエンタール閣下はお育ちが上品なので、下着姿の女がベッドに転がるというのは許せなかった模様。

 閣下のパジャマを渡され……骨太で筋肉質で大柄なわたしだが、無事着用できた。これで入らなかったら、閣下に申し訳ない。


「クローヴィス少尉」


 水の入ったコップと、解熱鎮痛の薬包を手渡された。

 薬包を解き口へと勢いよく放り込み、水で流し込んだつもりだったのに!


「げほっ! げほっ! ……」


 顔の腫れで口が上手く開かなかったし、飲み込めなかったし、でも吹き出すことはできるって……シーツが濡れてしまった。

 大丈夫、大丈夫。大丈夫ですからリリエンタール閣下。

 閣下に背中さすって貰うとか。

 しばらく噎せ、リリエンタール閣下が肩を貸してくれ、ソファーに移されると、隠れ家らしきところで見かけた若い二等兵従卒が現れ、シーツを取り替え去っていった。


「クローヴィス少尉」


 リリエンタール閣下に顎をつかまれて、くいっと顔を上げられた。


「上手く飲めないようだな」

「申し訳ございません」

「飲ませるからな」


 リリエンタール閣下に手ずから飲ませ……口に薬混じりの水が入ってきたので、飲みますけれど……。閣下、顔が近いです。唇が触れてます。

 口移しで飲まされてる?


「閣下……あの」

「まだ薬は残っている、大人しく飲め」

「は、はい」


 キスくらい、どうってことないよ?

 この世界はヨーロッパ風なんだから、家族と会えば抱き合って頬にキスするし、友人に会っても同じく。

 でも、その……。


「逃げるな」

「逃げていましたか……」


 ベッドの上で無意識のまま後ずさりしていたらしい。

 閣下は薬と水を自分の口に含み、わたしの後頭部と腰をがっつり押さえて飲ませてくれました。

 さらに額にキス。

 ヨーロッパ風の世界なので、額にキスで熱を計るのは一般的だが、それは家族や友人など親しい間柄に限り。

 上官は額にキスしないー!

 でもちょっと嬉しいな。無類の丈夫さを誇るわたしは、熱が上がったことないから、熱計りキスされたの初めてだ。


「では休め」

「はい……」


 いたたまれない気分と恥ずかしさで、ベッドの中で悶えるはめになった。きっと医療行為。あんな医療行為知らないけど。


 翌日には顔の腫れはまあまあ引いたが、ベッドをリリエンタール閣下に明け渡すことはできず。

 薬も閣下の口移し。若い従卒は驚いていたが、オルフハード少佐、ヒースコート大佐、軍医はその場面に遭遇しても、触れもせず報告を行っていた。

 あまりに普通で当たり前のことといった態度。もしかしたら、男性軍人はこうやって薬を飲ませあうのは、わりとありふれたことなのだろうかと、食堂で会った軍曹に尋ねたら ―― 噎せてから、全力で否定された。


 違うのかあ。では貴族的なナニカか? 貴族社会って、平民には理解できない決まりがあるしな。それとも他国の習慣か? アディフィン王族の習慣なんて知らないし。


 顎の上下による傷の痛みに、生理的な涙を溢れさせながらステーキを食い、閣下の部屋で療養し、閣下に口移しで薬を飲まされ、無事六日後にアディフィン王国に到着した。

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