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【054】大尉、選ばれる

 閣下の邸でそんなことがあった翌日、選定審査会という名目で、両親と閣下を引き合わせることに。

 もちろん選定審査会でもあるので、ガイドリクス殿下に閣下、元上官のキース中将に室長、あとは事情を知っているらしい軍官僚が二名ほど。

 わたしは閣下とこういう形式で話をするのは、実は二度目。一回目は、約十年前、士官学校の入学試験の面接の時。

 閣下は我が国に来てから毎年、面接には顔を出されているので、わたしのことは覚えていないだろうけれどね。


 両親には、これが閣下との顔合わせだとは教えていなかったので、


「うちの娘が……リリエンタール閣下の妻……」


 父さんは死ぬほど驚いていた。隣にいた継母(かあさん)は、声もでないような状態。驚きのあまり椅子から崩れ落ちそう……なので、隣に座っていたわたしが支えることに。


「大尉に意思は確認したので、クローヴィス卿に報告させてもらった」


 閣下の喋り方、穏やかだし上品なのですが、命令しなれている人の口調だなと思います。


「娘の意思を先に確認してくださったのですか」

「もちろんだ」


 父さんがこっちを見たので頷き、継母(かあさん)に気付けと称して、携帯水筒(スキットル)に入っている度数の高い酒を、軽く口に流す。

 なんとか正気に戻ってくれた継母(かあさん)は、力強くわたしの手を握りしめた。

 その後、閣下より約一年半ほどの婚約期間をおくこと、ガイドリクス殿下より大統領選の絡みがあるので、来年の五月までは婚約発表は控えることなどが告げられた。


「わたしが落選する未来もあるのだがな」

「それはなかろう、リリエンタール」

「わたしとしては、義理父上の跡を継ごうかと考えているのだが。実務経験もあり、試験に合格する自信もあるのだが」


 閣下が一介の公認会計士とか、スペックの無駄遣いにも程があります。閣下、野に下ったら、野生の為政者になっちゃう! 閣下は野生とは正反対のお生まれだけど。


「いえいえ、わたくしめは、娘の夫に事務所を継がせるつもりなどございません」

「そういう生き方もいいか、と思っているのだ」


 そんな話のあと、ブリタニアス君主国へ補佐武官という名目で、大統領夫人になった際に必要な外交を学びに行かせるというお話に。


「わたしが大統領になるとは限らぬのだが、これたち(・・・・)が”大統領夫人だ”とうかれ(・・・)てな。だが大尉のキャリアのためにも、外交を学んでおくのは悪くはないと判断し許可した」


 共産連邦との戦いは、作戦の関係もあるので、わたしの両親にも話さないことになっている。


「娘は士官学校を卒業し、国家に奉職している身ですので、閣下が大統領になられたとしても、充分に補佐していけるでしょう」


 父さん、なんか娘の評価高いですよ!


「ですが娘は、貴族の血など一切引いておりません。そういった意味では帝王の妻に相応しくはありません」


 うん、まあ、そういう血筋じゃないもので。どこまで遡っても、貴族の血っぽいものは入ってないと思うの。言い換えれば先祖代々、貴族の暴虐から見事にひらりと身を躱してきた、幸運の証ともいえるのですがね。


「たしかにわたしは、大公と公王の地位に就いてはいるが、それは位を継いでやっただけのこと。クローヴィス大尉との婚姻について、他者に文句は言わせぬ」

「ですが」

「わたしの親族など、貧乏貴族の集まりだ。わたしから生活費を恵んでもらわねば、生きていけぬ寄生虫どもだ。虫けらが王に意見などできるはずもない。人語を話すが解せない虫けらなど、踏みつぶせばよいだけだ」



 絶対王政の閣下が降臨したよ! 初めてみたけど……怖いわー。そして国王にと望まれるのが分かる気がした。



「わたくしめは、虫を踏みつぶすことはできませぬので、リリエンタール閣下にお願いしてもよろしいでしょうか」

「まかせよクローヴィス卿。虫けらは、卿の愛娘の視界にも入らぬようにする、羽音すら聞かせぬ」

「閣下のお言葉を信じます。ですが閣下、我が家では一般的な中産階級の持参金しか用意できませぬ」


 結婚となると持参金のお話になるよねー。


「クローヴィス大尉は身一つでよい」


 我が家で用意できる金なんて、閣下からしたらはした金もいいところだから、そうなるよなあ。


「リヒャルト、それは失礼だよ」

「アルドバルド」

「まっとうな父親は、娘はしっかり持参金つきで嫁がせたいものさ。この中で唯一子持ちで、クローヴィス卿と同い年のわたしが言うのだから間違いないさ」


 面接官は四十歳独身ハーレム体質男、三十六歳離婚歴在り独身元攻略対象王子、三十九歳枢機卿な閣下、もちろん独身……今年五十歳、既婚で跡取りあり室長の言葉が胸にしみるね。


「そういうものか。分かった。ではクローヴィス卿、幾ら用意するつもりだ」

「五五○○万フォルトスほど」


 えええー! 結構な額だよ、父さん!

 無理してない? 無理しなくていいんだよ? これからカリナにお金がかかるしさあ。


「なかなかの額だな」

「内訳は娘の実母の遺産が二○○○万フォルトス、大学進学費用として用意していた三○○○万フォルトスに、結婚費用として貯めていた五○○万フォルトス。娘が優秀で三○○○万フォルトス浮いたので、この額でございます」


 士官学校は授業料無料ってか、お金もらえるからね。

 だからそれ、使って良かったんだよ、父さん。


「なるほど。無理はしていないようだな」


 父さん、継母(かあさん)、ありがとう。そして天国の母さん、遺産貰っていくよー!


 室長が父さんと継母(かあさん)に、他になにかある? と聞いたが、現段階では特になにもないと。


「大尉、リヒャルトに何か言いたいことない?」


 そしていきなりわたしに振られた。

 もちろん言いたいことは……色々あるが、そういうことではないのだろうなあ。


「閣下」

「なんだ? 大尉」

「小官は閣下とこうして面接形式でお会いするのは、二度目になります」

эдельвейс(エーデルワイス)を再び」


 それ面接でわたしが閣下に言った言葉!


「覚えていらっしゃったのですか?」

「面接をした全員を覚えているわけではないが、大尉の質問は、なかなか印象深かったのでな。弟御からの伝言だったな」

「はい」


 実はなにを言ったのか分からないのだが、当時は閣下にインパクトを与える台詞を! と悩んでいたところ、デニスから「閣下に伝えて欲しいなあ」と言われ、結局なにも思い浮かばず、面接の際「弟からの伝言です」と語ったのだ。

 まさか覚えていらっしゃるとは!


「わたしも十年前に面接した受験番号1459(イヴ・クローヴィス)と、このようになるとは思いもしなかった。縁とは異なものだ」

「小官も同じ思いであります」


 選定審査会はこんな感じで無事……なのかな? とにかく終了。


 その日は両親と共に自宅へと戻り ―― デニスは夜勤で、カリナと夕食を一緒に取り、そのカリナ就寝後、両親とともに事務所の応接室で、閣下との関係について聞かれた。

 包み隠さず答える……といっても、特になにもない。

 ふわっと好きになってしまって、告白したら、閣下も好きだといってくれたこと。

 閣下の認識では、恋人は恋人、妾は妾、妃は妃であり、それらの地位が変わることはないので、妃として迎えたいと言われたこと。


 妃じゃなくて、せめて妻でお願いしたいです、閣下。


 数える程度だが、一緒に食事をしたこと、贈り物をしてもらったこと。

 あとは、性交渉はないこと……親に対し、これほど恥ずかしい説明もないのだが、室長が「ご両親には言っておいたほうがいいよ。普通の男ならまだしも、リヒャルトは何の彼の言っても支配者だからね」と言われたので。

 実際両親は、それを聞いてほっとしたといった表情を隠さなかった。

 一昨日の晩、あなたたちの娘から誘いましたが、大人である閣下が躱してくださいましたー。


 話を聞き終えた父親は、


「欠点がないのが欠点とは、良く言ったものだ」


 ”笑うしかない”と言って、背もたれに体を預けた。

 継母(かあさん)は、


「王子さまが迎えにきてしまったら、女の子は断れないわよね」


 頭撫でながら、そう言ってくれた。

 ああ、そうだった。閣下は王子さまだった。

 なんかあんまり王子さまって感じしないけど。国王とか国家元首といわれたら「うん」と頷くが、閣下は王子さまだった。

 そして二人とも、わたしの意思を尊重してくれるそうだ。


「本当はもう少し普通の男が良かったんだけどなあ」


 父さん、それは……そこだけは謝っておく。

 偶々好きになった人が、フォン・クレヴィルツにして、フォン・マリエンブルクで、オブ・ブリタニアスで、ド・メキシアルトカーン、さらにデ・シシリアーナにしてフォン・アディフィンでツェサレーヴィチ・シャフラノフだっただけなんだ。


 閣下はもっと王位継承権とか持ってるかも知れないけれど、ちょっとわたしには分かんないです。閣下も別に知らなくていいと仰ってたしね。


 翌日、登庁前に父さんから閣下宛の手紙を渡された。

 参謀本部へと行き ―― どうやって閣下に手紙を届ければいいのだ!

 わたしは参謀本部にいるが、閣下の直属の部下ではない。

 情報局に一時預かり状態。


「クローヴィス大尉」


 聞き覚えのあるオルフハード少佐の声に振り返ると、憲兵の制服ではない軍服を着用した大佐……のオルフハード少佐が。いや、大佐なんだけど。


「は、はい大佐」


 なに大佐なんだ?

 そろそろ本名を知りたいような、でもきっと教えてもらえる名前は、違うものだろうなー。


「ディートリヒ大佐だ」


 はいはい、ディートリヒ大佐ですか。


「失礼いたしました」

「構わん。大尉は選定結果が出るまで、わたしの下で働いてもらうことになる」

「畏まりました」


 アレクセイルートを潰す時には、異国の地にいることになるので、国内にいる時は存分に働かせていただきます。馬車馬のように働きますので、こき使ってください!


「ディートリヒ大佐」

「なんだ?」

「父から閣下へ手紙を預かってきたのですが」


 手の中の封筒を見て、理解してもらえたらしく ―― そのまま閣下の執務室へと連れて行かれた。あの、オルフハード少佐が代理で届けてくれて良かったんですよ。


「おはよう、大尉」

「おはようございます、閣下」


 手紙を差しだそうと思ったのだが、閣下の机上には封を開ける道具がないので、びりびりとわたしが封を開けて渡した所、閣下がとても楽しそうだった。


「大尉はできる士官だな」


 いいえ、封筒びりびりと開封しただけです。それでデキるとか言われましても、本当にデキる士官に悪いので。嬉しいのですが、それはもっと良いことした時にとっておいてください、閣下。


 そしてディートリヒ大佐(オルフハード少佐)から、わたしに課せられた任務は、少しばかり落ち着いた王宮に、ガイドリクス殿下の荷物を運ぶというお引っ越し手伝いだった。

 荷物を運ぶ ―― 適材適所としかいいようのない配属。

 キース中将だって、この現場なら怒ったりしない。むしろ推奨するだろう。

 そんな現場で一週間ほど働き、選定審査会の結果が発表されると聞かされ、最初に集った部屋へ。

 入ると二人しかいなかった。

 これぞできる軍人といった感じの男性と、キャリアに命賭けてますといった感じの女性。

 実力で選ばれたのがこのお二方なのですね。

 自己紹介するような空気じゃないので、黙っていると、廊下から複数の足音が聞こえてきて、副局長と数名が現れた。


「マルガレータ・ヴァン・エーベルゴード大尉、シーグヴァルド・ルオノヴァーラ大尉、イヴ・クローヴィス大尉。以上三名がブリタニアス君主国へと派遣されることが決まった」


 副局長がそのように言い、必要書類を手渡され ―― こうして、わたしはブリタニアス君主国の補佐武官の一人に選ばれた。

 出発は三週間後で任期は一年半。わたしは四月には帰国することが内々に決まっているので、一年弱ほどしか滞在しない。


 初めての異国の地。言葉も違い、知り合いもいないけれど、頑張ってこよう!


第一部完

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