【051】大尉、弱点を教えられる
”結婚前、唯一の火遊びということですかね”
場を明るくしようと思っていったのだが、マルムグレーン大佐の顔色が悪くなるだけだった。ヤバイ、男心が全く分からない。分からないのだから、やはり黙っているしかない。
閣下のご自宅に送り届けられ、馬車から降りる直前に、手首をがっちりと捕まれ、念を押されてしまった。
「絶対に言わないでくれよ! 絶対にだ!」
そこまでされたら、さすがに言いませんよー。もともと言うつもりはなかったです。でも言われなかったら、ぽろりとこぼしたかもしれませんが。
自分の男心の酌めなさを猛省し、執事のベルナルドさんに案内され、閣下がいらっしゃるお部屋へ。
「イヴ・クローヴィス大尉、出頭いたしました」
なんだろう? 背後にいるベルナルドさんから、先ほどのマルムグレーン大佐に似た空気を感じる。
「出頭要請ではない、大尉。ベルナルド」
「お食事の用意が調いましたら、お知らせいたします」
ベルナルドさんが部屋を出ていった。
そして出頭命令ではなかったのですか! マルムグレーン大佐に連れてこられたので、てっきり出頭かと。
「あれを使いにしたからか。だがあれがもっとも信頼できるのでな」
アレとはきっとマルムグレーン大佐のことですね。そうか、大佐は閣下にもっとも信頼されているのか。自称じゃなくて良かったね、懐刀。そうだね、懐刀に要らぬ嫌疑を掛けてはいけませんね。
「どうした? 大尉」
「閣下が一番信頼している方に、送っていただけるとは」
「当然であろう」
「ありがとうございます」
ところでわたしは、なんのために呼び出されたのかな?
警備が足りないとか? 参謀本部、仕事が立て込んで、人手不足だもんねー。
「大尉はなぜ邸に呼び出されたと思っている?」
「人員不足を補うためではないかと。明日は調整により休日ですので、不寝番なりなんなりお申し付け下さい」
逆ハーレムルートの後始末に大忙しの皆さんの、少しでもお役に立てれば。
「そうか。不寝番な……それはまあ、魅力的な申し出だが、呼び出した理由は一緒に夕食を取りたかったからだ」
不寝番のなにが魅力的なのだろう?
魅惑の寝ずの番? 言い換えてみても、ちょっと意味がわからない。
そして夕食のお相手ですか。
「シャワーを浴びて、用意したドレスに着替えてくれ」
「……ふょ?」
超本格的なディナーなのですね。
緊張するわー。
それで夫人用の浴室に案内されたのですが……この夫人用の浴室のリフォームって、もしかして……。いや、まさか。
あんまり考えないでおこう。
ストーブを二つもつかって温められた浴室は、本当に快適だった。
シャワーを浴び終えて体を拭き、用意されていたバスローブに袖を通し、脱衣所のストーブで髪を乾かす。
脱衣所を出ると待機していたメイドに案内され、十五着ほどドレスが並び掛けられている、総鏡張りの部屋へと連れていかれた。
「お好きなものをお選び下さい」
メイドからそのように……え? 選ぶの?
ドレスが一着用意されていて、それに袖を通すだけの簡単な仕事だと思ったのに、十五着のなかから、自分で選ぶの!?
選ばなきゃならないんだよね。
十五着、全部手に取ってみたが、大きい枠組みではバスト下に身頃とスカートの切り替えがあり、あとは締め付けることなくすとんと落ちている、エンパイアラインのドレス。
デザインは多種多様。バイカラーのものもあれば、単一色のものも。
首元はアメリカンスリーブとホルターネック、ワンショルダー……なんでもありだ。
生地はいいものだろう。触っても、あまり違いがわからない。そりゃあサテンとベルベット、シフォンとオーガンジー、シルクくらいは分かるけど。
一番無難な色は群青だけど、並んでいるドレスのなかで裾が最も長く、身頃部分にビジューがびっしりで派手。
もっともベーシックなデザインのドレスはシフォンの薄い桜色。可愛いけど、可愛いんだけど、サイズが可愛くない。
閣下をあまりお待たせするわけにはいかないので生地はサテンで、色は水色。デザインはベーシックに近くのを選んだ。ただトレーン付きで。このトレーンが容赦ない長さなの。群青色に次ぐ長さ。でもシンプルだからこれでいいかなって。
ドレス着用後、パウダールームへと連れて行かれて、化粧を施された。
きっとメイク上手さんなんだろうが、私の顔は代わり映えしない。わたし、化粧しても本当に男なんだ。いっそ、一目で分かるニューハーフ顔にでもなれば、まだ救いようありそうなのだが、アイシャドウを施そうがアイラインを引こうが、リップを塗ろうが、男顔は揺るがない ―― どんだけ男顔だよ。
うん、分かっている、顔はどうしようもないさ……ドレスに合った靴に履き替え終わると、針子がやってきてドレスの最終チェックをしていた。
「似合っているな、大尉」
「ありがとうございます、閣下」
タキシードを着用し、ステッキを持った閣下が……自宅の夕食で、この格好ですか。
「首元はこれでいいか」
一緒にやってきたベルナルドさんが持っていたケースを開き、素人目にもサファイアだと分かる三連のネックレスを取りだして付けてくださった。
あと揃いのイヤリング。
「ティアラは仰々し過ぎるか」
もう、充分仰々しいかと。
そして閣下にエスコートされて食堂へ。テーブルは小さめ ―― 二人でフルコースを食べるのには充分な広さだけど。
私から見て左側に白い花が飾られている。
食前酒が運ばれてきたので、目線の高さにして乾杯をしグラスに口を付ける。
閣下のご自宅の料理は、なんでも美味しい。
そしてついに大量のコンソメスープが! もちろん、上品なところなので、鍋ごと出されるはずもなく、スープ皿で六杯分 ―― 皿が空になるたびに、温かいコンソメスープが運ばれてきて、その間、閣下はワイングラスを手に、優しく見守って下さった。
「あ、あの……閣下」
「どうした? 大尉。足りなかったか?」
「いいえ! あの、大食いすぎて、閣下に嫌われないかな……と」
食べたいと言って作ってもらった手前、残すわけにはいかないと食べてしまったし、この先に出て来るメインディッシュも余裕ですが、その……。
「いいや。わたしは大尉が、よく食べることは知っているからな。士官学校出なのだ、ステーキの3kg、4kgくらい軽いものであろう」
「そ、そうなんですが」
「今日のドレスは存分に食べられるよう、腹部を一切締め付けぬエンパイアラインにしたのだ」
まさかの大食い用ドレス!
残りの十四着もすべて大食い用に作られたのですか?
そこまで用意してくださったのでしたら! 食べますとも!
肉料理の量がかなり多かったような気もしましたが、気にしない。
「満足したか? 大尉」
「はい、もちろんです」
デザートまでしっかりと食べてから、談話室へ移動した。
「小官は補佐武官として赴任するのですか……」
ベルナルドさんの給仕で、シャンパンを飲み ―― 閣下から、わたしのブリタニアス君主国赴任は確定していると聞かされました。
「そうだ」
「小官がですか?」
実力も経験もなにもかも足りないのですが。
閣下がわたしの両頬に手を添えて、まっすぐこちらを見る。
「今年の末から来年の春前まで、共産連邦と衝突することになる」
「……」
「負けるつもりはないが……大尉を危険から遠ざけたい」
閣下が指で額の傷跡をなぞる。
「あの……側にいたほうがお役にたてると……思いますが」
アレクセイルートを潰すためにも、積極的に! といいますか、島国のブリタニアスに送られたら、なにもすることができない!
「分かっている。大尉は優秀だ。だが大尉が危険な目に遭うのは耐えられない。大尉が優秀で、自ら危険を回避する術を持ち、戦うことができると知っているが、それは関係ない。大尉はわたしの弱点だ……安全なところにいて欲しい」
「……」
「他の者が危険に晒されるのにと考えるかもしれないが、わたし自身、大尉が国内にいると、まともな策を立てられないのだ。大尉の身辺にばかり注意を払ってしまってな。勝つための策を練り、勝つために兵を動かすためには、大尉には安全なところにいて貰わねば……思考が働かないのだよ」
そう言われてキスされたら、頷くしかないよね。




