【005】少尉、負傷する
「閣下の仰る通りになるとは」
ただいま、小銃背負って車中より死体運び出し中です。
わたしが四人目の敵兵の首を突こうとしたところ……味方でした。
リリエンタール閣下はこうなることを警戒し、故国を出発した時から蒸気機関車に小隊を潜ませていたのだそうです。
いまリリエンタール閣下に話し掛けているのは、四十名ほどの小隊を指揮しているレイモンド・ヴァン・ヒースコート大佐。
我が国の実働部隊最強指揮官の名を欲しいままにしている、大人の深みと野性味のある、とても女性にモテる三十八歳。
大佐ともなれば旅団や大隊を指揮するものだが……今回の任務は特別なんだろう。
「まさかとは思ったがな」
頭の方を持っている軍曹と息を合わせて、死体を線路脇に置く。
「終わりましたね、少尉」
「そうだな、軍曹」
死体は八名。内三名はわたしが殺った。捕らえられたのは五名。その五名はこれから尋問されることだろう。
オルフハード少佐はマリーチェさまの側でいまだ警戒中。マリーチェさまとその侍女が怖がって、護衛を側に付けてと懇願したので……別に懇願しなくても、護衛は付くとおもいますけどね。
わたしは詳しいことは知らないが、すでに電報とモールス信号にて色々と手を打っているらしく、狼煙を上げると別の車両がやってくる手はずが整っているそうだ。
リリエンタール閣下有能。さすが共産連邦と死闘を繰り広げて、引かせた男。
ほんとリリエンタール閣下をこっちに引き込めて良かった。
「少尉、どうぞ」
「ありがとう、軍曹」
軍曹が鉄製のコップに水を入れて持ってきてくれた。まあ軍曹って言っても、大佐直属の部下で、現場での経験はわたしより遙かに上。
更に言うと銃剣で喉突きかけた相手でもあるんだけど……ほんと、殺しかけてごめん。上手く躱してくれたから良かったけど、味方殺しはしたくはないわー。
ただ軍では階級がものを言うので、わたしのほうが偉い。
「良い景色だな、軍曹」
「そうですね。足下に死体がなければ、もっと良いんですけどね」
「新しい蒸気機関車が到着するのは、いつ頃かな」
この死体はこれからやってくる蒸気機関車に移動させるために、運び出したもの。蒸気機関車内にあると、マリーチェさまとその侍女たちが怖がるのでね。
「三時間くらいは掛かるかと。そこから乗り換えたり、死体の検分をしたりするので、発車は明日になるでしょう」
現在は14:00。死体が鳥につつかれないよう見張らねば……長い一日になりそうだ。
「軍曹は、リリエンタール大将閣下の元で戦ったことがあるのか?」
「あります」
「わたしは初めてだが、優秀な人だと聞いてはいたけれど、本当に優秀な人なんだな」
「そうですね。ヒースコート隊長も、よく言っています」
「そうなのか。一緒に仕事をしたことがある人は、きっとみんな、あの優秀さに驚くんだろうな」
「そう思います」
軍曹が持ってきてくれた水の残りが僅か……ん? 優秀なのはみんな知っている。わたしよりも地位が近かったり、一緒に仕事をした期間が長ければ長いほど、よく知っている。
リリエンタール閣下が居れば、女王の処刑は回避できる可能性が高い。
その可能性をガイドリクスやウィルバシーが思いつかないことあるか?
国を奪うために、しなくてはならないこと。それはリリエンタール閣下の排除じゃないか?
……狼煙!
「軍曹、この辺りは無線は届かないのか?」
「山々に囲まれているので、ほぼ届きません。ですから狼煙です」
無線は傍受できるかもしれないが、狼煙はもっと分かりやすい。敵がここを襲撃ポイントに選んだのは……辺りは切り立った山々。
「少尉?」
辺りの紅葉が始まりかけた山々を見回す……光った! あれはスコープに反射している陽光!
味方が隣国の山中に待機していることはない。
「閣下!」
ヒースコート大佐と話しているリリエンタール閣下を早く車中に! 砂利を飛ばしながら駆け……間に合わない、盾になれるか! いや、閣下を突き飛ばす!
閣下も軍人だから、思い切りやらなければよろつくだけだろう。
間に合ってくれ! という気持ちを込めて体ごと飛び込み、閣下を突き飛ばす。
と同時に、聞き慣れた銃声と、固い音。
車輪に叩きつけてしまった閣下。その閣下の軍服に飛ぶ鮮血。
「少尉!」
わたしの右額の辺りを銃弾が掠って血が。固い音はヘルメットに銃弾が掠った音か……砂利が弾け飛ぶ! また撃ってきた。
「閣下は小官の後ろに」
背負っていた小銃を構えて、引き金を引く。
騎乗して山頂付近からこちらを狙っていた狙撃手は、一発上空に撃ち馬から落下し……沈黙した。多分当たったはず。だが、撃たれたふりをしているという可能性もある。
「少尉。大丈夫か?」
「閣下、早く車両へ!」
立ち上がった閣下の周囲を守るようにして、閣下を車両に押し込み、銃を持ってあたりを警戒する。
「ヒースコート、部下を貸せ」
「畏まりました閣下」
リリエンタール閣下は隊員を何名か連れて、車両内へと戻っていった。
わたし、良い仕事したわー。あとでオルフハード少佐に自慢しよー。きっと自称懐刀、悔しがるー。へへー。
オルフハード少佐に恨みでもあるのかって? 恨みはないが、弄るよ。偽装恋人なんてことしようとしたんだから、全力で弄るよ。
「お前さん、早く治療してこい」
そんなことを考えていたら、ヒースコート大佐にそう言われたが、治療するほどの傷じゃないと思う。
「もう少し放っておけば血は止まると思いますが」
血が目に入って右目は利かないが、狙撃するのも左目だけで充分なんでね。
「お前も年頃の女なんだから、顔に傷が残ったら困るだろ」
「年頃じゃありませんし、これは今更治療したところで、しっかりと銃創として残るかと」
残念ながらこの世界は、皮膚移植とか発達してないから、この額の傷は残るね。男なら格好良い傷だけど、女の額に銃創……彼氏いない歴=寿命にクラスアップしたな。
「いいからさっさと診てもらえ。軍曹、しっかりと軍医のところまで案内して、症状を伝えて治療が終わるまで見張ってろ」
「……」
「水で洗って放置しておくつもりだったろう」
「大した怪我じゃありませんから」
「クローヴィス少尉、大佐命令だ」
大佐命令なら、従わざるを得ないよね。
車両に戻り、軍医のいる部屋へ。襲撃されて治療を必要としている兵士がまだいるから、哨戒任務についていても変わらないと思ったのですが、みんなに「女の顔の傷の治療のほうが優先されるのは当然だ」と順番を譲られた。
額を切っただけですから。弾丸が頭に残ってるとかじゃなくて、ホント切れただけ。
軍医は女の顔だから、丁寧に縫うと言って――三十二針ほど縫われました。
縫った直後の顔を鏡で見たら、フランケンシュタインでしたね。これもう、細かく縫うってレベルじゃないかと。
あと、顔の洗浄が適当なので、あっちこっち血だらけ。なんか大怪我したみたいだ。
「傷の周囲が腫れ、熱も出る。膿む可能性もあるから、毎日消毒のために診察に来るように。それとしばらくは休養すること。診断書を閣下に出しておくので」
包帯を巻かれ解熱鎮痛薬を処方され、診察の順番を譲ってくれた人たちにお礼を言い、血が飛び散っている廊下に出ると、護衛を連れたリリエンタール閣下がいた。
「クローヴィス少尉」
「閣下、お怪我はありませんでしたか?」
ちょっと勢いよく吹っ飛ばしすぎた気がするんですが、大丈夫でしょうか?
「わたしに怪我はない。治療は終わったか?」
「はい」
「そうか。ついて来い」
付いて行った先は、閣下のお部屋でした。マホガニー材の家具、ふかふかのカーペット、大きめなベッドに応接セット、書き物机など、一目で高級客室と分かるのですが、ここで閣下が六日も寝泊まりしていたとは信じられないくらいに、生活感がない。
ちらりとしか見ていないけれど、マリーチェさまの部屋は、もっと私室感がありましたよ。
「別車両が到着するまで、ここで休め」
「あの……」
なぜわたしが、閣下のお部屋で休まなくてはならないのですか?
「軍曹」
「はい、閣下」
「クローヴィス少尉を見張れ」
「畏まりました」
抵抗する術をうしなったわたしは、小銃をベッドサイドに立てかけ、閣下から手渡された水で痛み止めを飲んで、上着を脱ぎベッドに入り目を閉じ ―― 目覚めると、完全に夜だった。




