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【049】中尉、比較される

 軍事法廷は淡々と続き、被服課の廃棄品を違法に売却していた職員は、販売は認めたが、クーデターのことなど知らなかったと力説していた。

 そりゃまあ、軍を懲戒免職されるか、この世から懲戒免職されるかの瀬戸際だもん、必死に訴えるよね。あまりに必死すぎて、判事から「黙れ」的なことを言われていたが。


 娼婦の過失致死については、死亡した娼婦と同じ娼館で働き、シュテルンを客として取ったことのある娼婦たちが証言台に立った。

 彼女たちは法廷に少し遅れてやってきた ―― 昨日から今朝方にかけて仕事をして、それから連れてこられたらしい。

 五名ほどの疲れた表情の女性たちは、全員シュテルンと行為をしたことがあるそうだ。

 あのなシュテルン。どう見ても、娼婦たちはS~Mサイズじゃないか。

 わたしと、体格全く違うぞ。そんな人たちに、あの戦闘服を着せて行為とか……お前、本当にバカだったんだな。

 判事や検事、軍弁護士(国選弁護士のようなもの)が娼婦たちに、行為はどのように行われましたかと聞いていた。途中でシュテルンが怒り出したが、判事より静かにするよう命じられていた。

 もうね、恥の上塗りだから黙っていなさいシュテルン。

 最初はわたしに食ってかかってきていた父親も、もうそんな元気なさそうだし、母親にいたっては俯いたまま動かないぞ。もっともこんな息子を育てたのだから、労る気持ちなど微塵も浮かばないがね。


「最後になにかありますか?」


 証言を終えた娼婦たちに、判事が最後にそう尋ねた。

 娼婦たちは顔を見合わせ、一人が手を上げる。


「なんですか?」


 判事の問いに茶色い髪の娼婦は ――


「クローヴィスって人、見てみたいんですけど」


 シュテルンが娼館の寝台で罵倒していた”クローヴィス”の姿を見たいと。

 判事は閣下と判事補と小声で話をし、


「よろしいでしょう。クローヴィス中尉、起立を」


 教えることにしたらしい。

 判事の指示に従い立ち上がったわたしを見た娼婦たちは、完全に目が点になってました。

 判事のほうを見て、頷きを返されて再びわたしのほうを見る娼婦。

 口をぽかんと開き、見上げる娼婦……着せられた戦闘服のサイズから、どんな体格かは知っていたでしょう。

 しばしの沈黙のあと、娼婦たちはシュテルンに向かって、


「無学なあたしたちより、バカなのね!」

「袋を被せた理由は分かったよ!」

「ちょっ! 良い学校出てるのにバカなんだね、おっさん!」

「身の程しらずやん!」

「おっさん、大金持ちでもないのに!」


 嘲りながら声を掛けていた。

 その後彼女たちは退廷となり、わたしは着席を命じられる。

 クーデターの他に、過失致死と違法と分かっての戦闘服購入の罪も追加されたシュテルン。

 判決は一ヶ月後に言い渡されるそうだ。

 すっかりと日も暮れ、長い裁判がやっと終わりそう。

 判事が閉廷を告げるのかな……と思っていると、閣下が突然証拠品を求めた。


「検察。証拠品の絹袋を一枚ここに」


 予想外のことだったらしく、軍検事たちは驚きを隠せない様子だったが、すぐに予備として用意されていた絹の袋を一枚閣下の手元へ届けた。

 手袋をはめたまま閣下はその袋を手に取る。


「判事、クローヴィス中尉をここへ」

「クローヴィス中尉、参謀長官閣下のところへ」


 なんだろう? 特に何も指示はなかったんだけど。判事の命に従い、閣下に近づく。


「クローヴィス中尉。膝を折り頭を下げよ」


 閣下の指示の意味が分からないが、必要なことなのだろう。

 言われた通り片膝をつき、頭を下げた。閣下が近づいてきて、髪に触れているようなのだが……手じゃなくて、顔が近づいていませんか?


「イグナーツ・シュテルンはクローヴィス中尉に触れたことはなさそうだ。ガイドリクス」


 ええ、触られたことありませんよ、閣下。そしてわたしの頭上でなにかが行われているようなのですが……一体なにが?


「判事、よいかな?」

「どうぞ」


 ガイドリクス大将が席をたち近づいてきて、やっぱり顔を近づけているようだ。


「たしかに全く違うな」


 その後立たされ、キース少将や判事、検事と弁護士にシュテルン自作の絹袋と髪を触られた。


「参謀長官閣下が仰った通り、触ったことはないと断言できるな」


 手袋を脱いで触ったキース少将。ええ、触らせたことなどありませんよ!

 そりゃあ士官学校時代は触りあいして「絹みたいな髪だ」と言われましたが、普通他人の髪を触って「麻みたいにごわごわ」っていうヤツいませんよ。誰だって「絹のよう」って言うもんでしょ。

 判事に検事に弁護士が、今日一番の納得したといった表情 ――


「クローヴィス中尉。もう一度」


 手袋をはめたまま口元にハンカチを当てている閣下に呼ばれたので、もう一度側に寄り頭を下げる。王侯クラスになると公式の場では手袋を脱がないので、頬かどこかで感触を確認しているのだろう……なんだろう、そう思うととても恥ずかしい。

 いやいやキスとか普通なヨーロッパ風の世界なんだから、恥ずかしがるところじゃないって。


「似ているといえば、これだな。クローヴィス中尉、立っていいぞ」


 閣下所有のハンカチほど肌触りが良いとも思えませんが。

 シュテルンのほうを見たら、今日一番のどす黒く醜い顔をしてる。なに怒ってるんだよ、あいつ。


「このツェサレーヴィチ・アントン・ゲオルギエヴィチ・シャフラノフが明言しよう。売国奴イグナーツ・シュテルンはイヴ・クローヴィスに触れたことはない。書記官、明記しろ」


 裁判は無事に終了した。

 リーツマン少尉はキース少将の元へ、第二副官オースルンド准佐はガイドリクス大将の元へ。わたしと第一副官は控え室に戻って、お茶を飲み一息ついていると、司法関係者の皆さんがやってきて、髪に触れたことに関し謝罪されてしまった。


「なんでですかね」


 隣にいた第一副官のヘルツェンバイン中佐に思わず尋ねるような口調で、独り言を漏らした ―― 独り言のつもりだったのだが、


「あの人たちも、中尉が閣下の婚約者だと知っているから」


 答えが返ってきた。


「……!?」


 恰幅の良い初老の貴族でもある第一副官にまで、閣下とのことを知られているとは!


「ああ、わたしも知っているよ。オースルンド准佐はまだ知らないがね」

「あの、その……」

「三日後にはご家族との面談だよね」


 そうなのだ。

 三日後「ブリタニアス君主国駐在武官付き補佐武官」の選定審査会が行われ、その際に親や後見人、いない場合は上官などが面接を一緒に受けることになっている。

 補佐武官の選定審査会に、本人以外も面接を受けるのは、規定通りなのだが ―― この機会に閣下はわたしの両親に「結婚する」と告げるのだそうだ。

 本当は自宅まで足を運んで許可を取るつもりだったそうだが、共産連邦の絡みもあるので、民間人を余計な危険に晒さぬよう、最大限の配慮をしてくださった。


「はい。あの、こんなに忙しい時に、こんなことに時間を使ってよろしいものなのでしょうか?」

「クーデターの後始末より、ずっと重要なことだよ。国としてはリリエンタール閣下を大統領にすることが可能になったのだから」

「大統領ですか?」


 え、なにそれ、聞いておりませんが。


「クローヴィス中尉は大統領資格について、目を通したかい?」

「……」


 まったく自分に関係のないことですし、国体が立憲君主制に移行した頃には、前世の記憶を取り戻し、国家ざまぁを阻止すべく、動き回っていたので……不勉強で済みません。


「まあクローヴィス中尉には、まだ興味のないことだろうな。大統領の資格だが、大まかに言うと”被選挙権を所有していること” ”結婚していること” この二つ。この後者なのだが、色々な案件が含まれている。参謀長官閣下のように複数の国籍を持つ人物は、我が国生まれで、我が国で二十年以上暮らしていた者と結婚しなければ、大統領になることはできない」


 被選挙権は当然と思いますが、結婚していることですか。まあ、まだそう言う時代ですもんね。


「それでリリエンタール閣下は大統領になるつもりはなかった。だからこそ、今のような項目を、リリエンタール閣下ご自身が資格条件に入れ、根回しをしたのだ」


 閣下有能過ぎて、あまり(ゆかり)のない国の政治を丸投げされそうになってるー! いま現在我が国の政治、丸投げしてる感あるけどー!


「さすがリリエンタール閣下。根回しも速くて、ほぼその方向で話が固まってしまった。これまでかと大将殿下が自暴自棄になったところで、リリエンタール閣下がクローヴィス中尉を妻にしたいと大将殿下に申し出た。あの時の大将殿下のお喜びようといったら」


 ガイドリクス大将、自暴自棄って……まさか自暴自棄になって年齢詐称疑惑(ヒロイン・イーナ)に走ったんですか?

 そしてどれだけ喜んだんですか。ちょっと見たかった気もしますわ。


「わたしと結婚することで、我が国の大統領になる資格を得るのは分かりましたが、大統領は有権者の投票によって選ばれるのですよね。有権者層は、圧倒的に閣下を嫌っている年代が多いのではありませんか?」


 キース少将の年代、そしてそれ以上の年の人は、閣下に対して複雑な感情を持っていると聞いたので、大統領に選ばれない可能性もあるのではないのだろうか?


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