表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/335

【043】中尉、英雄役を務める

「フーバー、オルソン、降りろ!」


 叫びながらフーバーの胸を掴み引きずり降ろし、オルソンを蹴り落とし、エンジンを掛けて逃げた車を追う。

 二人を強制的に下ろしたのは、この世界は車の性能はそれほど良くないので、乗っている人数が多いと速度が出ないから。

 アクセルを踏み込み、前を走る車に向けて威嚇射撃をする。

 まあ、当たってくれてもいいんだけどさ! ……頭を下げ車体に隠れているので、狙えないな。

 更にアクセルを踏み込み、後輪に幅寄せする。

 わたしが乗っている車の前輪と、相手の後輪が擦れて火花が散り、ハンドルが取られる ―― が、ダメージは相手のほうが大きい。なにせこの世界の車は後輪駆動。駆動輪である後輪の動きを阻害すると、見る間に速度が落ちる。

 わたしの車の前輪は相手の車体後方に出たので、今度は車体で相手の後輪に攻撃を。再び火花が散り、再度アクセルを踏み込む。


「あ……」


 アイスバーンで車の限界を超えるカーチェイスを繰り広げた結果、相手の車の後輪後方にわたしの車の前輪前方が挟まり、車二台がくっついたまま、遊園地のコーヒーカップよろしく、ぐるんぐるん回る。


 このまま車に乗っていると事故に遭いそうなので ―― もう事故なんだけどさ ―― 飛び降りよう!

 往来を人が歩いてなくて良かった。厳戒態勢万歳!

 受け身を取りアイスバーンの上をごろごろと転がる。車は川の側の欄干に激突したが、相手も車から飛び降りていたようだ。

 こっちに向かって走ってくる。

 ひげ面の男だ……。いくらわたしが大柄で筋肉質でも、パワーは軍人男性に負けるんだよなあ。

 構えている銃の残弾数は二発。予備の銃は車に乗り込む時に放り投げた。

 念のために二発は残しておきたい。

 殴り合いは避けたい、だが弾は残しておきたい ――


「うぉぉぉぉ!」


 拳銃を握り、グリップエンドを人中(じんちゅう)に振り下ろす。


「ぐぎゃあああ!」


 叫び声と共に前歯が飛び散り、血が噴き出す。

 あ、うん、パワーは男性に多分(・・)劣るけど、リーチはほとんどの男より長いから、攻撃を食らう前に人体急所をぶちのめすことが可能なんだ!


「中尉殿!」


 援軍がやってきたようだ。

 そして車にはもう一人乗っていたらしく、血まみれで車体から離れてこちらへ奇声を上げて駆け寄ってくる。

 ならば ―― こめかみに回し蹴りをいれるまで。

 自分でも感動するような回し蹴りが入り、男がふっとんだ。


「えげつねえ脚の長さだ……」


 アイスバーンに叩きつけられた男は、ひくひくと痙攣している。演技とも思えないが、銃を構えて近づくと、完全に白目をむいていた。

 人中(じんちゅう)を殴った相手は、前歯五本がなくなった口から血泡を吹き出している、もちろん意識はない。


 ちょっとオーバーキルだったろうか?


 兵士が二名ずつ乗った車が三台やってきて、一台がわたしと何者か二名を回収し、他の二台は車の回収に当たってくれた。

 車は壊すわ欄干も壊すわ……ニールセン少佐に謝っておこう。

 王宮前まで戻り、捕らえた何者かを引き渡してから、さきほどオルソンを放り投げたポイントへ。


「オルソン、待たせたな。行くぞ」


 何が起こったのか、まだはっきりと分かっていないような表情のオルソンを回収し、とりあえずアミドレーネ出版社へ向かうとしよう。


「クローヴィス中尉」


 背後からブリザードの如き声が……。


「なんでしょうか? 閣下(キース)


 振り返るのが怖い。きっと振り返ったら……だが振り返らないわけにはいかない。

 寝違えたかのように、ぎこちなく後ろを振り返ると、いつもの表情なのだが、怒っているとはっきりわかるキース少将が。


「よくやった……はあ……何があるか分からんし、目的も分からん。ゆえにアーレルスマイアー隊が同行する」


 あの場面でイクセルに狙われたのが、オルソンか兵士(フーバー)か分からないし、さらに何故狙われたのかも分からないですしね。二人を狙ったものではなく、どの兵士でも良かった……だったんだろうか? よく分からないなあ。


「はい。リドホルム閣下はどちらへ?」

「中尉が捕らえたルース語を喋る男の尋問に立ち会っていただく。まあ、俺もルース語は分かるので、通訳は要らないのだがな。そうそう、男爵のお父上に尋問に立ち会ってもらっていると、伝えておいてくれ」


 リドホルム男爵のお父上って?


「どなたですか?」

「アルドバルド准将だ」

「親子なのですか」


 気付かなかったよ! 全然気付かなかったよ! 史料編纂室にいた時、そんな空気微塵も感じられなかった。……わたしが鈍いのではなく! 相手が諜報部員だから!

 まあいいや、ちゃんとお伝えしておきますねー。

 それで大佐とその部隊と共にオルソンを連れアミドレーネ出版社に立ち寄り、セシリア・プルックの遺品を全て運び出し、司令本部へと戻った。

 室長に伝えるよう指示された事柄を全て伝え、夜間外出禁止令解除の通達を出し ―― あとは特に問題は起こらなかった。


 聖誕日当日には外出禁止令も解除され、人々は家族で教会へと行きミサに参列し、穏やかなる日を過ごすことができた。

 聖誕日に外出禁止令など出したら、暴動が起きるので、事態が収拾できて本当によかったよ。

 わたしもいつもの聖誕日を過ごす ―― 聖誕日に食べる星形のパイと子羊のロースト、サーモンのクリームシチューにビーツ入りのサラダの食事を取り、カリナと一緒に焼いたジンジャークッキーをかじり、プレゼント交換をして、教会でお祈りを捧げ家族と過ごした。


 そうそう、インフルエンザはあの後猛威を振るったよ。それはもう……みんな、寒い中作戦行動を取ったからだと考えているらしい。

 それは否定しないけど、感染源の一つは間違いなくキース少将。

 あとわたしはインフルエンザには罹りませんでした。健康に気を使ったし、手洗いうがいもしたからねー。前世の記憶を手に入れる前も、罹ったことないけどさ。うん、本当に丈夫なんだ。


 女王についてだが、市民レベルにも徐々に噂が広がっている。

 理由は大聖堂のミサに参加しなかったため。王位に就いている者は、聖誕日には必ず大聖堂へ行かなくてはならないのだ。だが今年は……。

 それで女王の不名誉な噂は本当なのだと ―― 実際は、共産連邦幹部に惚れ、国を裏切るという、噂よりも遙か上の醜聞なんだけどね。


 こうして慌ただしく年が明けて、一週間後、閣下とガイドリクス大将が帰国した。何事もなくて良かったです、閣下。そしてガイドリクス大将。ウィレムは無事、フォルズベーグ王に即位したそうだ。

 頑張ってくれ。


 隣国の王はともかく、このお二方が戻ってきたので、王宮占拠事件の取り調べと後片付けが本格化する。

 本日わたしは、旧モーデュソン邸に来ている。現在この旧モーデュソン邸は、仮王宮となっている。

 今回の事件を受けて、大々的に王宮の隠し通路の見直しや、改修工事が行われており、その間の仮王宮なのだ。

 この旧モーデュソン邸が仮王宮に選ばれた理由だが、シーグリッドの事件後、モーデュソン家は中央から遠ざかり、現在は領地に引きこもっているのだそうだ。

 そして彼らが首都から追われた、娘が共産連邦の幹部とつながっている ―― 実際つながっていたのは、女王だった。シーグリッド、とんだ冤罪です ―― とにかくこの邸は、憲兵の手により一斉捜索された。

 その時、調べに調べ抜いたため、この邸の構造はしっかりと把握されているので、この邸を軍が接収し、仮王宮と定めたのだ。

 ガイドリクス大将の自宅でもいいのでは? と思ったが、あちらは引越の準備で忙しいらしい。


「アーレルスマイアー一家救出、プリンシラ(ウィルバシー)中将救出、王宮奪還作戦において重要な情報を提示、スパイ四名確保。見事な功績だ、クローヴィス中尉」


 ガイドリクス大将、閣下、そしてキース少将の三人がいる部屋に呼び出され、ガイドリクス大将より、お褒めの言葉をいただいた。

 閣下、ご無事でなによりです。

 そしてプリンシラ(ウィルバシー)中将救出と王宮奪還作戦において重要な情報を提示に関しては、わたしはなにも。


「久しぶりだな、中尉」

「はい、リリエンタール閣下」

「キースに預けておけば、危険はないと思ったのだが、よくもまあこんなに危険に飛び込んでいったものだな」


 手に持っている書類を叩きながら、そう言われ……キース少将は危険から遠ざけようとしてくれたのですがね。


「それに関しては謝罪いたします、参謀長官閣下」


 キース少将が謝ることではないような。


「中尉。プリンシラ(ウィルバシー)中将救出と王宮奪還作戦において重要な情報を提示、この二つに中尉は深く関わっていないが、関わったことにしてもらう」

「はい。リリエンタール閣下」

「理由だが、今回の事態を終わらせるためには、英雄が必要でな。この場合の英雄は、失態の目くらましといった意味の英雄だ。そのような立場におくのは、わたしとしても非常に不本意だが、中尉は大佐の救出や共産連邦のスパイとの銃撃戦など、かなり目立った功績を上げたので、今回の目くらまし用英雄に相応しいと判断した」

「目くらまし……ですか」

「女王の尊厳喪失に関して。それから目を逸らさせるために英雄を立てた……そう思わせることで、今回の作戦は終了する」


 なるほど。女王は既に手遅れだったが「成功した」と発表し、それを誤魔化すために英雄を仕立て目をそらしていると思わせる ―― それすら、計画の一環というわけか。


「クローヴィスは華やかさがあるから、英雄にはうってつけだ」


 華やかが軍服着て歩いているような、ガイドリクス大将に言われましてもねえ。

 でもたしかに内情を知っていて、派手に暴れ回ったわたしは適任だろう。


「英雄といっても、特に何をしろということはない。ただ出世してもらうだけだ」


 閣下、ちょっとお待ちください。

 わたしつい三ヶ月弱ほど前に、中尉に昇進したばかりなのですが!


「キースが中将に、クローヴィスは大尉に。わたしが軍の幕僚長を退くので、後任のキースの階級が上がるのだ。それと一緒に大尉の地位を受け取って欲しい」


 これだから三十二歳で大将になった王族は困る!

 血筋ブーストのない庶民が、二十三歳で大尉っておかしいから!


「中尉。この先の対策会議でも大尉の地位は必要なのだ」


 閣下にそのように言われますと……二十三歳の時、連合軍の総司令官元帥だった閣下からすると、大尉なんて物の数ではないのでしょうが……閣下の階級おかしくない? いやもちろん勝って下さったのだから、問題はないのだろうが……。いや、あまり考えてはいけない。血筋ブーストだ。血筋ブースト!


「英雄役、拝命いたします」


 ま、まあ昇進はわたしが口を出す問題ではないので、お好きなように。

 そして英雄役はそれが作戦の一環というのであれば、軍人ですので、引き受けますとも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ