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【041】中尉、聞き分ける

「最後まで聞いてくれないかな、キース少将。わたしだって、中尉を危険に晒すような作戦に関わらせたりはしないよ。そんなことしたら、リヒャルトに捨てられる」


 捨てられるってなんですか? 室長。


「ここまでの失態で、参謀長官閣下に捨てられる可能性もあるが」

「一緒にリヒャルトに謝ってくれない? キース少将」

「そっちの失態だ。こちらの知ったことではない」


 なにに関して話をしているのか、全く分からない。


「そうだけどね。話を戻すのだけど、作戦はわたしたちが立ててきた。それを説明するとき、中尉を補佐として会議に出席させてくれないかな」

「理由は?」

「王宮の秘密通路を使う。さすがにキース少将も分からないでしょ」

「まあな」

「三年間ガイドリクス付きだった中尉なら、知らされている可能性が極めて高い。とくに女王の寝室へとつながる道などは、女性士官である中尉が教えられていたとしても、不自然じゃない。実際中尉、ガイドリクスに何度か連れて行かれたでしょう?」

「はい」


 お上りさんな庶民士官のわたしに、王宮を案内してくれただけじゃなかったのか。そんな意図がガイドリクス大将にあったとは……あったのかな?


「たしかに説得力があるな。中尉、准将からの指示を聞け。そして会議にはオブザーバーとして出席しろ」

「はい」


 それはまあどうでもいいとして、会議に必要な事柄を室長から聞いて ―― 現場会議に臨むことに。

 作戦の名目は「女王奪還」なので、キース少将まで現場に出るよ。もちろん、突撃部隊を率いたりはしないけど、王宮近くの仮設対策本部まで出るのだよ。


 作戦そのものはシンプル。

 正面に陽動の大部隊を展開し、突入作戦を開始する。

 奪還作戦部隊は、秘密通路を使い、女王の奪還に向かう。

 これだけ。まあ、基本これ以外ないんですけどね。


「クローヴィス中尉。秘密通路について説明を」

「はい」


 わたしは女王の寝室へと通じる秘密通路を、図面を指でなぞりながら教える ―― わたしも、ついさっき室長から教わったばかりなんだけどね。


「ただこれは、あくまでも脱出路なので、内側から鍵が開けられていないことには、侵入できないのです」


 外側から自由に侵入できるような脱出通路は、ただの泥棒ホイホイである。


「扉は何箇所だ? クローヴィス中尉」

「ここと、ここと、ここ……の三箇所になります、閣下(キース)


 言いながら、室長に教えられた箇所を人差し指で叩く。

 女王の寝室の近くにある鉄の扉は記憶にある。鉄製のすごく手の込んだ扉で「こちら側から中はうかがえないが、そっち(・・・)からは見ることができる」とガイドリクス大将が教えてくれた。


 わたしの仕事はこれで終わり。

 あとはアーレルスマイアー大佐が突入部隊と、奪還部隊を編成して、シヒヴォネン少佐が突入時間や、ルートを選定。ニールセン少佐が必要な物資を全て揃え、キース少将の指示のもと作戦行動に移る。


 扉どうするの? ああ、あの扉、かなり昔のものなので、爆薬である程度破壊できてしまうらしい。泥棒は爆破できないが、こちらは正面の爆破と呼応させて、爆発音を消して破壊し侵入する。

 いま、その扉と同程度の鉄扉で実験しつつ、爆薬を調整中。

 あまり広くない通路で爆薬を使うのは危険だが、そうも言っていられない。

 国の象徴の奪還だからねー。

 でもその国の象徴、必死になって助けても……。複雑だ。

 あれ? 女王が退位幽閉って、百合の谷を越えて(乙女ゲーム)のセイクリッドルート、あれは国はどうなるかは不明だが、女王は退位幽閉でセイクリッドはヒロインと結ばれ ―― これに近い形になってないか?

 別にセイクリッドが年齢詐称疑惑(ヒロイン・イーナ)と結ばれようがどうでもいいが、国の行く末が分からないのは困る!


「アルドバルド准将、本部は任せた」

「少将の優秀な副官がいるんだ。安心して王宮を取り戻してきてくれ」


 キース少将は王宮近くの仮設司令部へ。

 わたしは室長とともに司令本部に待機。夜間外出禁止令が出されている関係もあり、治安維持部隊の統括を任されたが、国民はこういったことには素直に従うので ―― 銃を持った兵士がうろついている中、出歩く民間人っていないよ。なんたってすぐに発砲されるから。

 命が惜しければ家から出るな ――


「クローヴィス中尉。中央駅から無線が入っております」


 通信連絡兵から連絡が入ったと。中央駅から無線? ……えっと、デニス?


「誰からだ?」

「デニス・ヤンソン・クローヴィスと名乗りました」


 やっぱりデニスだ。今日は夜勤なのか。

 いままで職場に無線なんて入れたことのないデニスが、この厳戒態勢下で軍に無線を入れるって、なんか危険に巻き込まれたのだろうか?

 通信室まで走り、無線機のマイクを手にデニスに声を掛ける。


「デニス。わたしだ」

『あ、姉さん。良かった』


 無線特有のざらついた声が聞こえてくる。本人の声だと思うが、現在は色々とあるので、符丁らしきもので本人確認をしよう。


「デニス、一応本人確認させてもらうぞ」

『いいよ』

「一週間前、食卓に飾られていた花はなんだ?」

『花なんて飾ってたっけ?』

「よし、デニスだな。それで、駅でなにかあったのか?」

『うん。姉さん今すぐ中央駅に来られる?』

「無線では話しづらいことなのか?」

『そうだね』


 なんだ? 中央駅でなにかあったのか?

 ……無けりゃ、こんな時に職場の無線を使って軍に連絡なんてしてこないか。


「分かった。今すぐ行く」

『じゃあね、姉さん。待ってるから』


 駅でなにか困ったことがあるのなら、治安維持担当者のわたしが出向いてもいいだろう。

 室長に「駅から連絡が入ったので行ってきます」と告げ、銃を担ぎ部下五名を連れ、車で中央駅へとひた走った。


「申し訳ございません」

「気にしなくていい、兵長」


 車を運転しているのはわたし ―― 士官自ら運転。運転出来るヤツがいないから仕方ないのさ。

 中央司令本部から車で三十分ほどのところにある中央駅。

 現在交通も規制されているため、駅は閉められているが、蒸気機関車は石炭をくべ続けなくてはならないので、走らなくても泊まり、作業に当たる者がいるのだ。

 駅員はそれら作業を担当する者たちの監督にあたる。

 そんな駅員が詰める事務所へと向かいドアをノックをすると、駅員の制服を着たデニスが現れた。


「ああ、来てくれた姉さん」

「どうした? デニス」


 部下三名は車に残し ―― 寒いのに御免なー。でも周囲を見張って貰わないと困るんだ。兵長、任せた。

 古参兵二名を連れて、デニスの案内で向かった先は医務室。


「貨物車両にいたんだよ」

「無賃乗車……くらいじゃ、わたしを呼んだりしないよな」

「それはそうだよ。姉さん、家に居る時は姉さんだけど、軍人の姉さんは中央司令部責任者キース少将の第一副官中尉殿だもん。そんな人、無賃乗車程度で呼びはしないよ。それにその人たち、本当に貨物車両にいただけ(・・・・)だから」

 

 使い込まれて塗装が剥げているドアノブにデニスが手をかけて、ドアを開ける。

 本格的な治療ができるような設備はなく、医師が駐在しているわけでもない。応急処置用の医療品、そして簡素なベッドが三つ。その二つが盛り上がり、微かな寝息が聞こえてくる。


「はい、その人の名刺」


 膨らんでいるベッドを指さしながら、デニスが名刺を渡してきた。そこには「アミドレーネ出版 副社長 ノア・オルソン」と書かれていた。


「ノア・オルソン?」

「姉さん、知り合いだよね」

「まあ、知り合いと言えば知り合いだが」

「話を聞いてあげてくれる? オルソンさん、姉さんだよ」


 デニスはそう言いベッドの膨らみを揺すった。オルソンはすぐに目を覚まし、体を起こした。オルソン、どうした、その青あざと裂傷。良い男になってるぞ。わたしの額の傷ほどではないが。


「プリンシラ中将、クローヴィス中尉です。元ガイドリクス大将付きの士官の」


 ……はい? プリンシラ中将? ……って、ウィルバシー?! なんでウィルバシーとオルソンが一緒に駅の医務室で並んで寝てるんだ? ……というかウィルバシーなんですか? 二十八歳の可愛い系攻略対象、起き上がった顔を見ると、随分と形が変わっていらっしゃいますよ。

 綺麗な栗色の髪も刈られて丸坊主になっているし。

 見た目ではウィルバシーとは分からないぞ、これ。


「クローヴィス中尉。人相が変わってしまっているが、間違いなくプリンシラ(ウィルバシー)中将なんだ」


 オルソンが必死に本人だと言う。

 なんでセシリア殺害の主犯と思しき男を、必死に庇ってるんだ?


「判別つくか?」


 部下二名にウィルバシーだと分かるか? 聞いてみたら、二人とも首を振る。


「デニスは?」

「海軍中将閣下の顔なんて知らないよ。俺が容姿を知ってる軍高官は参謀長官リリエンタール閣下だけー! 姉さん知ってるでしょ」

「知ってる」


 あ、うん。試しに聞いてみただけだ。まっとうな答えが返ってくるなんて思ってなかったさ。それでこそ、デニスだけどさ。


プリンシラ(ウィルバシー)中将閣下。声を聞かせて下さいませんか?」


 顔はわたしも判別がつかない。

 だが声ならば、聞き分けられる自信がある。なにせ百合の谷を越えて(乙女ゲーム)はフルボイスで、攻略対象は有名人気声優が声をあてていた。

 それはこの世界でも引き継がれており ―― ガイドリクス大将の声は、ゲームで聞いた声だった。

 だからウィルバシーの声も聞けば分かる。彼の声を聞き間違えるものか。


「イヴ・クローヴィス中尉だった……な」

 

 間違いない! ウィルバシー・ヴァン・プリンシラだ! この声、聞き間違うものか!



 生理的に死ぬほど嫌いな、あの声優の声!



 まさか転生してまで聞くはめになるとはな! うわぁ。相変わらず、生理的嫌悪感が襲ってくる。百合の谷を越えて(乙女ゲーム)最大の汚点め! でも悲しいかな、これほど嫌いだから、聞き分けられるんだよねー。


プリンシラ(ウィルバシー)中将ですね」

「ああ……」

「無理して喋らずとも結構です。このノア・オルソンから話を聞きますので」


 喋るな! 喋るんじゃない! 黙れ! ゲームではお前のボイスだけOFFにしていたわたしに、話し掛けるなー!


「無理しないで下さい、プリンシラ(ウィルバシー)中将。あとは俺が」


 いつの間にウィルバシーとそんなに仲良しになったんだ? オルソン。


「クローヴィス中尉、これを」


 言いながらオルソンが服を脱ぐ。腹に雑誌を巻き付けて防弾チョッキ代わりにしているのか? と思うような、紙の束が括られていた。

 人肌生ぬるそうな紙を部下に先に触らせるのもなんかなーと思うが、一応そういう決まりなので、部下に先に手に取らせる。


「中尉、どうぞ」


 部下が紙の束に危険なものが挟まれていないかを確認してから、わたしに手渡す。

 表紙代わりの白紙を捲ると、そこにエクロース海軍長官の不正を告発する文章が。もちろん証拠も添付されている。


 厄介事、持ってきやがったね、オルソン、ボイスOFF(ウィルバシー)


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