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【040】中尉、裏切られる

 昼食後、ベッドのシーツを取り替え ―― わたしは気にしないって言ったんだけど、キース少将が気になるらしくて。

 キース少将が裸で寝ていたシーツだろうが、本当に気にならないのだが、


「参謀長官閣下だって嫌だろう」

「リリエンタール閣下が……ですか? 気になさらないと……」

「絶対に気にするタイプだ、あれは」

「副官時代に、なにか気にするようなエピソードに遭遇したのですか?」

「…………中尉、少しは男心を酌んでやれ」

「は、はあ……気になるんですね」

「俺たちくらいの年代は気にする」

「分かりました」


 同年代の同性が気になるというのだから、聞いておくべきだろう。

 キース少将の執務室に対策会議のために集まった、アーレルスマイアー大佐、 シヒヴォネン少佐、そしてニールセン少佐と副官たちに挨拶をしてから、キース少将の仮眠室へと入りぐっすりと眠った。

 どのくらい眠ったかというと、目覚めたら外は暗くなっていたくらい。懐中時計で時間を確認したら17:20。六時間しっかりと睡眠を取ってしまった。上官よりも寝るとか副官としてどうよ!


 起きたらリーゼロッテちゃんを風呂に入れてやれ、その時一緒に入浴を済ませろとキース少将に命じられたので、ありがたく風呂をもらった。

 リーゼロッテちゃんときゃっきゃしながら風呂に入っていたところ、外でなにやら音がしたものの無視し ―― リーゼロッテちゃんを着替えさせ、頭に乾いたタオルを巻いて、


「イヴお姉ちゃん、ありがとう」


 女性兵士がエリアン君とリーゼロッテちゃんを、宿泊室へと連れて行った。

 ストーブの前でしっかり髪の毛乾かしてねー。

 ちなみに風呂で聞いた音だが、覗きをキース少将が撃退してくださった音だった。


「え? 幼女の入浴を覗くとか、超法規的措置により死刑に処すべきかと」


 本心としては即刻眉間を拳銃でぶち抜きたいところだが、それは父親であるアーレルスマイアー大佐に譲るわ。


「……まあ、そっちにしておくか。そのほうが……」


 そっちって……なんのことだろう? 無期懲役と死刑のどちらかを迷った? やっぱりキース少将も、死刑にするべきだと思ったのですかね? 気が合いますね! キース少将。

 幼女趣味の変態の処遇について意見が合致したところで、ストーブの前で髪を乾かしていると、キース少将に面会希望者がやってきたと連絡が入った。


「アルドバルド准将だと?」

「はい」


 え? なんで? 首都に来ている暇ないでしょう、室長。

 それというのも二週間ほど前に、アルドバルド准将こと史料編纂室室長のお父さんが亡くなられたのだ。

 室長のお父さんはテサジーク侯爵クリストフと言い、かつて陸軍の中将だった方。

 亡くなられたのを知ったのは、休暇で自宅にいた時で、新聞を読んでいた父さんが教えてくれた。

 テサジーク侯爵は元は陸軍の中将だったから、国葬になるんじゃないのかって。

 将校クラスになると、国葬になるんだよね。


 ちなみにこの世界の新聞は貴重な情報源で、貴族や資産家など上流階級の冠婚葬祭はもちろん、誰と誰が婚約したかや、子供の誕生、何処の息子がどの学校に進学したか、公務員の昇進降格どころか、有名学校内での生徒の表彰や成績順、大企業の社内人事まで書かれる。


 士官学校は一応有名校なので合格すると名前が載り、定期試験の結果も容赦なく載せられる。もちろんフルネーム、さらには住んでいる都市名まで。

 全国民に成績を暴露されるという、ハイプレッシャーに晒されながらの士官候補生生活なのだ。

 士官学校は制服や学用品、寮費など全部税金で賄われているので、納税者に成績を開示するのは、致し方ないのかもしれないけどさ。

 そのため地元に帰ると「イヴ、今回のテスト○番だったんだ」などと、声を掛けられてしまうのだ! なんたる辱め!

 もちろん実家で新聞を取っていたから、士官学校に入学したら成績が開示されることは知っていたけれど……ねえ。


 個人情報保護? ……ああ、その概念はまだ生まれてもいないよ。


 それで話を戻すのだが、テサジーク侯爵家というのは、領地を持つ由緒正しいお家柄の貴族さま。新聞にも大きく死亡記事が載っていた。

 その当主が亡くなって二週間ほどで、全てが片付くような簡単な家ではないのは、庶民のわたしでも分かる。

 それに新聞には喪主は長男フランシス ―― 室長だと記載されていた。 


「国の一大事だから、急いで首都へとやってきたんだよ」


 軍服ではなく紳士の格好をしている室長。軍服より、ずっとお似合いですよ。あとベックマン少尉も一緒。こちらはもちろん軍服。


「そうなのですか」


 キース少将に本人かどうか確認し、本人であれば執務室へ案内するよう命じられたので ―― 執務室に案内し、従卒がコーヒーを出した。

 ベックマン少尉は外で見張るそう。わたしは室内で控える。

 そしてどちらもコーヒーには手を付けず、


「諜報部が割れている……という認識でよいのかな? 参謀本部情報局局長殿」


 キース少将が威圧感満載で話し出した。

 やはりご存じなのですねー室長が諜報部だということ。そして諜報部って正式には情報局で、参謀本部に属しているのですねー。

 知らなかったわー。ということは、閣下がトップなのですか。


「侯爵家の家督争いの延長でね」


 家督争いって誰が侯爵家を継ぐのか、もめているのか。……それと諜報部になんの関係があるのだろう?


「妹御の暴走か」


 そう言えば室長にはクリスティーヌという妹がいたな。


「うん、そうだよ。きっとキース少将のことだから、分かっているとは思っていたけどね。ま、だいたいのケリはついたよ」

「それで、何があったのだ?」

「あのね、ヴィクトリアが共産連邦の男と情を交わして、国を捨てたんだ。行き先は共産連邦」


 ……は? え、あの、室長がいうヴィクトリアって……あの……。

 え、ヴィクトリア? 嘘でしょ。嘘だよね。ヴィクトリアって貴族女性にたくさんいる名前ですよね! 貴族女性ほとんど知らないけど。

 でも、我が国でもっとも有名なヴィクトリアは……。

 キース少将が足を組んだ。

 非常に行儀悪いのだが、そんなことどうでもいい。だって怖いんだもん。


「女王は売女だったというわけか」

「そういうことだね、キース少将」


 えええー。わたしたち女王ヴィクトリアに裏切られたのー! 嘘だろー! うわあああ、まさか共産連邦に。なにそれー! 最悪だ!

 膝から力が抜けるわー。


「端的に言うと、ヴィクトリアはクリスティーヌとセイクリッドにはめられ、共産連邦の男に恋をしてしまい、身も心も捧げ、ついには妊娠してしまったのだよ。それで共産連邦の男が、一緒に逃げようと囁いてさあ。クリスティーヌの助けもあって、王宮から逃げ出したのさ。共産連邦としては国の象徴が裏切ったら、面白いもんねえ。きっと腹がせり出したら写真付きで、大々的に発表したはずだよ」


 ああああ……うわあ……。たしかにそんな写真付きの共産労働新聞が出回ったら、ダメージが大きいわ。

 なにより我が国の信頼が揺らぐ。

 だって象徴が、未婚の女王が、共産連邦の男と通じて身籠もって、国を捨てるとか。国際社会で笑いものだ。


「売女が股を開いた相手は4104か」

「ご名答」


 4104で共産連邦ということは、レオニード・ピヴォヴァロフか!

 あの共産連邦の色男、王宮内にも入り込んでいたってのか!


「局長が来たということは、事態は最終局面というわけだな」

「そう。ヴィクトリアを発見し確保、処置も(・・・)施した(・・・)。あとは王宮に戻すだけだ」


 諜報部の活躍で、なんとか最悪の事態は免れたというわけか。


「何食わぬ顔で王宮に戻った売女を、また女王として仰げと?」

「ヴィクトリアは王宮を占拠したクーデター部隊に集団強姦され、精神に異常をきたしたため王位を退き、先代王弟ガイドリクスが即位する。あれでも元は女王だったのだ、最後の慈悲として、共産連邦の手の者に犯され汚され壊された悲劇の女王として、人生に幕を下ろしてあげようじゃないか」


 キース少将の恋人がどういう最期だったか、ご存じでしょう室長…………死にそう、ってか死ぬ。心臓が止まりそうな空気だ。

 酸素があるのに酸素不足。なにかに首を絞められているかのような状態。酸素を下さい。


「自分から進んで共産連邦幹部に身を任せ、孕み国を捨てた裏切り者ではなく、仕方なしに壊れてしまった……か。二十の小娘(ヴィクトリア)の短慮軽率だ、そのくらいはこちらも譲歩しよう」

「実際壊れてしまうのだから、許してやってくれ」

「壊れたくらいで、許すつもりはないが」

「キース少将らしくていいね。来年から始まる共産連邦対策、期待しているよ」


 女王に裏切られたのもショックだけど、女王の末路もショックだ。共産連邦に通じた者は例外なく死刑だけど、室長の「実際壊れてしまう」って、死刑に至るまで拷問があるってことだよね。


「それでね、ヴィクトリアを王宮に戻す作戦なんだけど、クローヴィス中尉にも協力して欲しいんだ。駄目かな? キー……」

「断る」


 室長が言い終わる前に、キース少将が被せた。ぶれない、本当にキース少将はぶれない。


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