【004】少尉、攻略対象について御復習いする
蒸気機関車に乗っております。
一等客室ですよ、奥さん! というか一等客室車両全部貸し切り!
二等車にしか乗ったことのないわたしのテンション、うなぎ登りですよ、義理弟!
なぜ蒸気機関車に乗っているのかと言いますと、怖ろしい速度で離婚が成立したガイドリクス大将の元妻アディフィン王女マリーチェさまを、故国に送り届ける一隊に組み込まれています。
送り届ける責任者はリリエンタール閣下。
王子と王女の離婚となると、国家間の様々な部分に影響があるので、外務特使たるリリエンタール閣下が選ばれた……そうだ。
聞かされたのは、出発から二日ほど経ってから。
なぜわたしがアディフィン王国行きの一団に含まれているかというと「行け」と上官に命じられたからである。
自分の部下を別れた妻に付ける。それが離婚し帰国する王女、そして王国へのガイドリクス大将が見せる誠意というものらしい。
平民少尉一人分の誠意って、大したことなさそうですけどね。
わたしとしては、故国に残り、浮気者たちを見張ったり、婚約破棄されてしまう令嬢や、儚くなってしまうご夫人を助けたかったが、軍人ですので、命令があれば何処へでも行かねばならない。
蒸気機関車はただいま隣国フォルズベーグ王国を通過中。明後日にはアディフィン王国に入る予定。
ちなみにわたしの任務は、護衛っぽいもの。
”ぽい”というのは、わたしがこちらに送り込まれた時には、護衛任務はすでに隊が組まれており、入る隙などないので、閣下の部屋前の警備に偶に立っている。
「やっと休憩か」
「少尉お疲れ」
「ありがとうございます、少佐」
一等車両の使用人室に戻ると、ナンパ男ユグノー、本名ヴェンツェル・オルフハード少佐が声を掛けてきた。
リリエンタール閣下の懐刀を自称している。リリエンタール閣下が、それに同意したことは一度もないけど。
それにしても攻略対象でもなんでもない、超優秀な軍人リリエンタール閣下を巻き込めたのは良かった。
だからといってリリエンタール閣下に、全部放り投げるというわけにもいかない。
オルフハード少佐から、昼食の不味くも美味くもない餌的なサンドイッチを受け取り、もっさもっさと食いながら、あらためて元の乙女ゲームの各ルートを反芻する。
女王の婚約者セイクリッド。金髪碧眼のこれぞ王子さまといった風貌の公子な十八歳。成績優秀で生徒会長を務めているという、テンプレート通りの浮気者。
セイクリッドルートでは、女王に婚約破棄を叩きつけ、さらに女王の悪行を責め、女王は退位し幽閉される。国がどうなるのかは不明だが、ヒロインはガイドリクスの養女となり、セイクリッドと晴れて結婚。
宰相の甥ロルバス。銀髪に青い瞳で線の細い風貌。美形なのは言うまでもない十八歳。
宰相の家には娘しかいないので、甥のロルバスが跡を継ぐために、宰相の家に迎えられた。
婚約者は宰相の娘。本家の娘なので高飛車で、悪役令嬢テンプレートをそのまま落とし込んだような少女。縦ロールがさらなる悪役令嬢さを醸しだしつつ、王立学院に在学している。
悪役令嬢テンプレートは完璧で『教科書ぼろぼろ・服ずたずた・遺品ぶんどり・階段つきおとし』の四点セットをフルにかましてくれる。
そんな悪役テンプレート令嬢は、ラストで実は宰相の娘ではなく、浮気相手の子だったことが判明し、ヒロインへの虐めを含めた罪状で、母親共々実家を追い出される。宰相はヒロインのことを認め、二人はめでたく結婚。
財務長官の息子のアルバンタイン。短めの赤い髪を持つ、背の高いワイルド系の美形、十七歳。こいつはヒロインと同い年でヤンデレ。
優秀な兄がおり、本人は軍人を目指している……本気で軍人目指しているのなら、王立学習院なんていう生ぬるいところじゃなくて、士官学校来いよ! と思うが、それでは乙女ゲーム攻略対象にならないので、仕方ないのだろう。
婚約者は大商人の娘。
大商人は薬や輸入禁止動物などを密輸をしており、それをアルバンタインとヒロインが協力して白日の下にさらし、商人一家は処刑される。
もちろん婚約者も連座。ちなみにこの婚約者、処刑確定の時に初登場という悲惨さ。
アルバンタインは大活躍の結果、子爵に叙爵される。この時もっと高い爵位も狙えたのだが、ヒロインと結婚したいので、障害にならない爵位に留める。
海軍長官の息子ウィルバシー中将、二十八歳。
容姿は栗毛で可愛い系。二十八歳なのに可愛い系ってどうよ? と思うのだが、可愛いわんこ系をこの男が担っている。
ウィルバシーは三年前に奥さんと結婚。夫婦仲は……不倫の常套句「妻とは既に冷え切っている」とのこと。
奥さんは南国の名家出身。こんな北までよく嫁いできたものだと、それだけで感動するくらい遠くから嫁いで来た。
噂では奥さんは我が国の言葉を全く話すことができず、孤立しているらしい。そんな妻を放置して、ヒロインと不倫未遂を楽しむウィルバシー、まじ許さん。
更に許せないのは、この奥さんが病死してしまうということ。
妻が病死して「気付けなかった自分」に酔っているウィルバシーと、それを慰めるヒロイン。お前等仲良く死ねよ。
先代王弟ガイドリクス大将、三十五歳。
一国挟んだアディフィン王国マリーチェ王女を妻にしている、陸軍幕僚長。
容姿は女王と似通っており、黒髪で黒い瞳。顔だちは、大人の落ち着きが感じられる美丈夫。
ガイドリクスルートは、マリーチェさまがかつての恋を忘れられず、全てを捨てて駆け落ちしてしまうというもの。
愛し大切にしてきた妻に裏切られたガイドリクスをヒロインが支える。
プレイしていた時、王女で王弟の妃でもある女性を連れ出して逃げ切る男って凄すぎるだろと感心していたのだが……我が国で”かつての恋”に該当し、王女を連れて逃げ切れるのは、リリエンタール閣下しかいない。
でもリリエンタール閣下なら、人妻を連れて逃げるような真似はしない。離婚を成立させてから、正式に付き合うはず。
となると、マリーチェさまは消されたのではないか。
あと一人、隠しキャラクターがいる。
これは逆ハールートに進むと登場する、亡国の皇子アレクセイ、二十二歳。
我が国と北の国境を接している社会主義共和国、彼等に倒された帝国支配者一族の生き残り。
故国が滅亡した二十年前、アレクセイは忠義の者たちの手で、共産主義者たちの手から逃れ、亡命生活を送っている。
そんな彼の元に、現体制を打倒し、帝室を復活させたいと願うものたちが集い、ヒロインにも後押しされ、アレクセイは兵を挙げ、帝政復古を成し遂げ、ヒロインは皇妃として迎えられる。
乙女ゲームヒロインの行き着く先は正妃。これが大正義だよなあ。
隠しキャラクターアレクセイは実在しているし、隠れてもいない。
ゲーム内では駐在武官として我が国にやってくる。どの国から派遣された駐在武官かの記載はない。
現実のアレクセイは、いまわたしたちが向かっているアディフィン王国にいる。
アレクセイの伯母、ルース帝国皇女がアディフィン王国の大公に嫁いでおり、彼はその縁を頼り身を寄せている。
更に言えば、アレクセイの伯母の皇女の一人息子がリリエンタール閣下。
「……?」
久しぶりに乙女ゲームを反芻していたら、蒸気機関車が停車した。そう言えば徐々に速度が落ちていたな。
窓から見えるのは切り立った山々。ここに駅なんてあったか?
食べかけのサンドイッチを皿に投げつけ、ヘルメットを被り、小銃を持って部屋から出る。
「敵襲!」
敵が次々とこっちの車両目指してやってくる。
どこに潜んでいたのか分からないが、数だけなら敵の方が多い。
「少尉は敵を押しとどめろ」
「はい!」
わたしに指示を出し、オルフハード少佐は奥へ。マリーチェさまの部屋を守るのだろう。もっともそこまで行かせたら、わたしの恥なので、一人たりとも行かせはしない!
車両内では跳弾の恐れがあるから発砲はできない。だが通路も狭いので、数が多くてもほぼ一対一に持ち込めるから、こっちにも勝ち目はある。
前方を抜けてきた敵を、ここでわたしが銃剣で仕留めればいい。
味方が足を切られ、よろめいた。敵がその脇を抜けてこっちへと来た――敵兵士の首を銃剣で貫き、腹を蹴って銃剣を抜き、血が吹き出している体を踏み越えて、味方を援護する。