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【038】中尉、奪還作戦を遂行する

 リーゼロッテちゃんを車に乗せて、毛布で包み、わたしが抱きかかえる。


「ちなみに、この中で実は携帯水筒(スキットル)にホットチョコレート入れてるような、気の利いたヤツは……いないよなー」


 大人ならアルコール度数の高い酒で温まれるが、六歳の子供にアルコール度数40度オーバーの酒を飲ませるわけにいかない。

 暖かいところにつれて行くべきだが、安全で暖かい場所となると ―― こういう状況下では、すぐに思い当たらない。


「中尉、アーレルスマイアー大佐の家に向かいますか?」


 クルーゲ伍長から尋ねられ……くっ! 判断を求められる立場って辛い。でも中尉だから仕方ない。


「まだ動くな。リーゼロッテちゃん、リーゼロッテちゃん。しっかり。お父さんとお兄ちゃん助けるから、協力して」

「うん。イヴお姉ちゃん、これ」


 リーゼロッテちゃんがポケットから取り出したメモ。懐中電灯で照らし読むと「シュテルン他五名 武装 キース少将に至急連絡」……なにこの切迫した事態。

 同行した兵士たちも顔を見合わせる。


「リーゼロッテちゃん。質問に答えてくれる?」

「うん!」


 聡明なお嬢さんだなあ。


「これを書いたのは、リーゼロッテちゃんのお父さん?」

「そう。パパが書いたの。夜ね、寝てたら、パパがね、怖い顔して、ロッテに服を着せてね、これを消防署に届けなさいってね」


 自宅からもっとも近くの、二十四時間営業で無線使用が可能なところが、消防署なんだろうな。


「リーゼロッテちゃん、すごい。わたしもリーゼロッテちゃんのお父さんのこと、助けたいから、もっと質問するけど、答えられる?」

「大丈夫。何でも聞いて! イヴお姉ちゃん」


 リーゼロッテちゃんから引き出せた情報だが、自宅には大佐と兄エリアン君がいる。リーゼロッテちゃんは、キッチンの窓から逃げたとのこと。

 逃がしてくれたのは兄のエリアン君で、大佐は玄関でしばし言い争い、そしてメモを托した。

 結構な騒ぎなので、隣家は? と思ったのだが、大佐の家も軍の官舎で、周囲の家族は帰郷しているらしい。


「シュテルンって……あいつだよな」

「ご存じで?」

「キース少将の第三副官。元ガイドリクス大将の第四副官……だと思う。他にシュテルン姓の軍人はいるかもしれないが、大佐だって全員の名前は知らないだろうから、一番身近にいるシュテルンがもっとも怪しい」


 隊員の表情が更に渋いものになる。

 リーゼロッテちゃんは大人に囲まれ、わたしの体温で温まり、緊張が解けて眠ってしまった。

 わたしも幼女にこれ以上のことは求めんよ。


「どうします? 中尉」


 再度、クルーゲ伍長に聞かれる。

 懐中時計を取りだして時間を確認すると午前4:12。


「アーレルスマイアー大佐とそのご家族の救出に向かう」

「本部に連絡は?」


 救援は求めたいよ、求めたいけどさあ。


「現在、王宮が占拠されている。これを取り戻すのが我々の最優先任務だ。この状況で、大佐救出作戦に割ける人員はこれ(・・)が限界だろう。さらに大佐のメモにあるシュテルンという個人名。これは軍人だ。このシュテルンは王宮を占拠している者たちの仲間とみて良いだろう。そうなると、無線を使って救援を求めた場合、敵に傍受される恐れがある。あとは、敵が令嬢を捜し、周囲をうろついているかもしれないから注意しろ」


 敵がどこに潜んでいるのか分からないんだよね。

 だから迂闊に無線で救援を求めるわけにもいかないし、人数が増えても、彼らが信頼に値するかどうか。

 正直な話、連れてきた兵士が裏切り者ではないかどうか? そこから信じられない状態です。いや、ここは信じよう。きっと大丈夫!


「娘を捜しに? ですか。知り合いの家に泊まっているなどと言って、誤魔化すのでは?」


「令嬢が言っていただろう? 大佐は食器を洗っていないと。あの家はメイドは通いで、夕食と朝食の準備をして帰宅する。家族で夕食を取ったあと、食器類をシンクに下げるが洗いはしない。押し入ったのは素通りの素人強盗ではない。家族構成も把握している軍人だ。各室の確認はするだろうから、キッチンを見れば、夕食時に娘がいたことは明らか。朝食の用意も子供二人分が残っているはず。その痕跡を消したとしても、周囲の警戒だってするだろう。となれば、キッチンの窓から続く小さな足跡に気付いているはずだ。もちろん大佐も全力で誤魔化しているだろうが、子息が口を割る可能性だってある」


 十歳の子供が、まさに夜明け前の闇が最も濃い時間に、押し入った武装した軍人たちに、父親が殴られている姿を見せられて……早く助けないと駄目だと思う。


 それで、わたしが立てた作戦だが、車に乗るために必要な毛布三枚を家の側に置き、火を掛ける。毛布には各自の携帯水筒(スキットル)に入っているアルコール度数の高い酒を掛けて。もちろん火は室内から見えるように。


 火が付いたことを確認したら、大声で火事だと叫び ―― 様子を見に来るであろう兵士に、車で走り抜けながら銃弾を浴びせる。

 これは敵の数を減らすのも目的だが、一人は窓を重点的に狙う。

 もちろん大佐やエリアン君に当たってはいけないので……大佐なら致命傷にならない一発くらい当たっても許してくれるだろうが、息子さんはねー。とにかく怪我をさせないよう、二階の窓を狙うよう指示を出した。

 これなら下から上へと弾丸が向かうので、二階に居たとしても当たる可能性は少ない。

 正面のガラスが割られている音に紛れて、裏から窓ガラスを割って突入し、救出に向かう。


 突入部隊はわたしと、戦場経験のある中堅どころの上等兵二名。

 車から攻撃するのは、運転を担当する兵長と、射手を務める二等兵三名。うち一名は二階の窓を狙う。

 もしもわたしたちの作戦が失敗した場合、本部に戻り応援要請をする要員として、もう一台の車に控えるのが、運転担当でありわたしに次ぐ階級のクルーゲ伍長と、十六歳の若い兵士。彼にはリーゼロッテちゃんの保護も任せている。

 そしてあとの二名は見張り。見張りは重要だからね。

 とくにリーゼロッテちゃんを捜している筈の兵士が見当たらなくて……シュテルン、もしかしてリーゼロッテちゃんがいないの気付いていない?

 家の周辺を警戒していない? ……こっちとしては、それならそれでお前を含めた六人を相手するまでだが。


「中尉。配置完了いたしました」


 本来指揮官は突入なんてしてはいけないのだが、アーレルスマイアー家の間取りを知っているのはわたしだけなので、突入部隊を指揮する。


「では行くぞ」


 身をかがめて毛布を引きずりアーレルスマイアー家へと近づく。

 玄関前にはシュテルンたちが乗ってきたと思われる、軍用車があった。

 シュテルン、車の運転ができるから副官に選ばれていたんだよなあー。


 玄関横の細長い明かり取り用窓の近くに毛布を三枚おき、携帯水筒(スキットル)の酒を掛けてから少し離れる。

 見張り二名は片手に懐中電灯。その明かりの点滅で「何事もない」と ―― オイルライターをつけて、毛布へと投げる。火が駆け上り、しばらく家の影に隠れて待つ。

 火の勢いが強くなったところで、見張りに声を上げるよう、こちらも懐中電灯の点滅で指示を出す。


「火事だ!」

「なにか燃えているぞ!」


 軍人らしい大声。いいぞ……二階の窓が開いた音だ。大佐たちは二階か。


「火だ!」

「なんで火が!」


 私たちはリビングへと向かい、各自毛布を被る。

 窓ガラスを割って中に入るときに怪我をしないようにするためだ。

 階段を駆け下りてくる足音……おそらく三名。二階にはシュテルンを含めて、最大で三名武装した兵士がいることに。玄関ドアを慌ただしく解錠している音が聞こえた。


 両サイドの部下と視線をかわして、銃を構える。

 

 車のエンジン音が近づき、発砲音が響き、


「なんだ!」

「撃て!」


 窓ガラスが割れる音が聞こえると同時に、リビングの窓ガラスを撃ち、突入する。

 被っていた毛布は割った窓ガラスに掛けておく。

 ここを通り抜けて逃げる場合、やはり怪我をしないようにするためだ。

 わたしともう一人で階段を昇り、もう一人は外に出た奴らが戻ってきた時の対処のため、後ろを気遣いながら昇ってくる。


「なにごと……クローヴィス!」


 部屋から顔を出したのは第三副官(シュテルン)。やはりお前だったのか第三副官(シュテルン)

 ヤツはすぐさま部屋に戻り、ドアに鍵を掛けようとする。


「中尉?」


 シュテルンの身長を推測し、撃ち殺さないよう、だが抵抗出来なくなるようにドア越しに撃つ。

 銃声のあと「どさり」というなにかが倒れる音が聞こえたあと、


「うおおおおお! 血が! 血がああ」


 シュテルンの叫び声。

 良い具合に撃てたらしい。勢いのままドアノブを撃ち鍵を破壊して、全力のドアキック! 轟音とともに蝶番が外れて室内にドアが飛んでいき、シュテルンに駆け寄っていた一名の上半身にクリティカルしてしまった。

 死んでなければいいが……まあ、わたしが蹴り飛ばしたドアにぶつかったくらいで死ぬような軍人はいないだろう。


 最後の一人が小銃を構えたが、わたしの部下のほうが早く、見事に肩を撃ち抜いた。ついでにわたしは膝を撃っておいた。


「中尉!」


 顔を随分と殴られたらしい大佐が、声を掛けてきたが、待ってください大佐。


「お待ち下さい、大佐。三人を縛り上げろ」


 二人に指示を出して、火を確認しようと外に出た兵士たちを無力化するために、階段を駆け下りる。

 一人の兵士が、負傷した兵士に肩を貸し室内に戻ってきていた。

 悪いが撃たせてもらうぞ ――

 二人の足を撃ち、膝をついたところで顎を蹴り上げ気絶させてから、外へと向かうと、車に乗って攻撃を仕掛けていた兵士たちが戻って来て、外に倒れている兵士を縛り上げていた。


「中尉、大佐は?」

「無事だ。この二人も縛り上げてから見張りと伍長を呼べ。伍長たちが到着したら、火を消せ」

「了解いたしました、中尉」


 兵長に指示を出してから、二階へ戻って「ひゅーひゅー」言ってるシュテルン ―― べつに冷やかしているのではなく、肺を傷つけてしまったようだ……ま、いいか! 部下たち無傷で大佐の救出できたし!


「大佐。お待たせいたしました」


 まだ縛られたままだが、大佐にとりあえずご報告。


「中尉、どうしてここに? 娘の通報でやってきたわけではないよな?」


 キース少将がわたしをこんな場面に派遣するはずないもんね。

 付き合いの長いアーレルスマイアー大佐なら、そのことよく分かるもんねえ。


「ご令嬢は途中で保護いたしました。そのご令嬢が持っていたメモと証言で、大佐に危機が迫っていることを知りました」


 大佐の腕を縛っている縄を切る。


「なぜ、こんな時間に?」

「キース閣下より、出頭命令です。王宮が何者かにより占拠されました。小官が本部を出る時は、まだ何も分からない状態でした」


 そして転がっているエリアン君の縄も。

 エリアン君、随分と腕の悪い美容院でカットされたんだねー。床にエリアン君のマロンブラウンの髪が散らばってるよ……完全に傷害じゃないか。

 そして大佐も、お髭の片方が切り落とされている上に、耳朶から出血が。


「大佐の出頭後、小官がここに残り令嬢と令息のお世話をするよう、キース閣下より命じられたのですが……お二人も本部にお連れしてもよろしいでしょうか?」

「頼む」

「大佐、お二人の着替えを鞄に」


 さて、大佐を急いで司令本部へ連れていかなくては。


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