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【037】中尉、深夜の来客に対応する

 キース少将の自宅へと戻り、感染源たるキース少将をベッドに。

 もちろんプリンセスホールドでお運びしたよ。四十路男をプリンセスホールドする女……閣下、こんな女ですが、お側に侍って本当によろしいのでしょうか……あんまり考えないでおこう。仕事だからね!

 物資は軍病院を出る前に、ニールセン少佐に連絡しておいたから、そろそろ届くはず。

 それまでの間に、ストーブを焚いて部屋を暖めて、薬缶を沸騰させて室内の湿度を高めにして、あとは途中で購入した砂糖と塩を適量水に溶かして飲ませよう。

 そんなことをしていると、ニールセン少佐が必要物資を届けてくれた。

 出来ることなら、ニールセン少佐を感染源に近づけたくはないのだが、ドア越しに喋るわけにもいかないし、ニールセン少佐がキース少将の様子を見たい、それに伝えたいことがあると言われてしまえば、通さないわけにはいかない。


「家に帰ったら、うがいと手洗いをしてくださいね、ニールセン少佐」

「ああ。中尉も体調管理には気を付けてな」


 運び込まれたのは、ストーブの燃料コークスと板氷とアイスピック、そして食料品。

 じゃがいもにベーコン、牛乳にオートミールに卵、パンにウィンナー、ラズベリーソースとヨーグルト、そして大量の林檎とレモン汁。ビールとワインと香辛料と蜂蜜。それとわたしの出張用の鞄。

 まずは氷を割って氷嚢を作って、脇の下や鼠径部を冷やそう。

 ……キース少将、恥ずかしがらなくていいです。足の付け根を冷やすだけです。変なことしませんから!


「女はなんとも思っていない男の体なんて、どうでもいいんです」

「……参謀長官閣下に申し訳が立たんだろう……」


 ご安心ください、わたしはキース少将のことは何とも思っておりませんので、黙って冷やされていてください

 次にぬるま湯に砂糖と塩を溶かし、レモン汁を垂らした、経口補水液もどきを飲ませ、オートミール粥を作っておいて ―― 合間にパンとウィンナー、蜂蜜とベリーソースを掛けたヨーグルトで自分の腹を満たす。

 インフルエンザに感染したら困るから、栄養はしっかりと取っておかないと。

 キース少将の自宅には食器らしい食器が存在しなかったので、公用車を走らせて食器類を買いに行くことになったけどね。


「安心して入院できない色男なんですから、最低限の家財道具は用意しておいてください」


 普段どんな生活をしていてもいいのですが、最低ラインは維持していただきたい!

 ダイエット中の女子が食べる量のオートミール粥を食べ終えたキース少将に、シナモンと蜂蜜を入れて温めたビールを差し出す。たしかビールは栄養価が高かった……温めても栄養価は損なわれ……ないよね? まあ、いいや。キース少将、喜んでるし。

 やっぱり酒ですよねー。

 もちろんわたしも飲んでるよ。ビールを飲み終えたキース少将は眠りに落ち、わたしは氷嚢用の氷を削る。

 キース少将と接触した自分もあまり出歩かないほうが良いだろうと、引きこもり生活を送り ―― 水分と食事を取らせ、暖かく適性湿度の部屋で寝かせた結果、二日後にはキース少将の体温は37.9℃になった。

 なんでもキース少将の平熱は37℃台だそうで ―― 検温を終えてグリューワインを飲みながら、キース少将の自己申告である。家に体温計ないのに。


「明日は登庁できそうだ」


 いや、あと二日は隔離されていてください。熱が下がってもウイルスが!


「せめて、明日一日は休んで下さい。ぶり返したら困ります」


 本当はあと二日は休んで欲しいんですけどね。


「だが、仕事が……そうそう、中尉、参謀長官閣下とはうまくいったようだな」

「ぶぽ……なんで、ご存じで」


 口に入れていたグリューワインを思わず吹き出しかけた。


「そもそも俺は、部下に勝算のない勝負をけしかけたりなどしないぞ」

「……?」

「告白してこいと言った前日、共産連邦の対策について、参謀長官閣下と話し合った。その終わり辺りに、中尉も対策会議の一員だと聞かされ、俺は外すよう意見した」


 キース少将ですもんね。女性兵士を共産連邦の作戦会議に加わらせるのは、断固拒否派ですもんねー。


「すると参謀長官閣下が”考えておく”と仰った。意見した俺が言うのもおかしいが、参謀長官閣下が自ら選定した人員を、他人の意見で変える等と言ったのは初めてのことで、こちらも驚いた。そこでふと思った。参謀長官閣下は中尉を外したがっているのでは? 対策会議の一員として選ばれた理由は聞いた、参謀長官の性格ならくわえてもおかしくはない。それなのに、外したいとはどういうことだ? そこで中尉の背中を押すことにした」

「なぜ押したのですか?」

「さすがの参謀長官閣下も、想い合った相手を危険に晒すような真似はできないだろうと思ったからだ」


 さすがキース少将、ぶれない。ここまで芯が通っていると、反抗する気にもなれない。


「数日後、参謀長官閣下から”結婚することになった、後日立ち会いを依頼する”と言われた時は、さすがに驚いたがな」


 キース少将よりわたしのほうが……。


「庶民の娘を娶るとなると、反対されるのでは? と尋ねたが”()に口だしできるような親族はおらんよ”と返された。あれは本気だな。まあ、本気でなくては困るが」


 そんな話をし ―― グリューワインを飲み終えキース少将の寝室をあとにし、明後日はなんと言って休ませようかと考えながら、寝室代わりに使っている、リビングのソファーに横になり早めに就寝した。


「……?!」


 玄関前に車が二台ほど停車した。ライターで明かりを採り、懐中時計で時間を確認すると、深夜1:25 ――

 こんな時間に車でやってくるとなると、軍関係者だろうが……ブーツと拳銃、背もたれにかけていたコートを持って、ソファーの影に隠れる。

 何事もなければ、別に良いんだ。反応できないほうが困るからな。


「閣下! キース閣下! シヒヴォネン少佐であります!」


 シヒヴォネン少佐?

 キース少将の部下だが……なぜこんな時間に?

 急いで靴紐を結び、コートを着てポケットから手袋を取り出してはめ、銃を握りしめ、音に注意してドアをあけてホールへと向かう。

 銃は寝る前に整備したし、弾丸も装填しているから大丈夫。

 寝室のドアが開き、ガウンをはおった姿でキース少将が、手にカンテラを持って現れた。

 武装したわたしの姿を見て困ったように笑ったが、下がれとは命じられなかったので、玄関側のウォークインクローゼットに身を潜める。


「なんだ? シヒヴォネン」

「閣下、王宮が占拠されました」


 王宮が占拠?

 え、どういうこと?

 キース少将がドアの鍵を開け ――


「クローヴィス中尉、いいぞ」


 ウォークインクローゼットから拳銃を構えたわたしが出てきたのを見ても、シヒヴォネン少佐は驚きませんでした。

 居るの知ってるもんねーシヒヴォネン少佐。

 禿頭が特徴のシヒヴォネン少佐は被っている帽子もコートも脱がずに、玄関先で事情を説明し始めた。

 話の内容は気になるのですが、王宮が占拠されたのだから、キース少将が対策本部を立ち上げて指揮をとらなくてはならない。

 急ぎクローゼットへと向かい、将校用の白い軍服一式を手に階下に降りる。

 吹き抜けのホールは寒いのだが、キース少将は気にせずそこで着替え……ああ、インフルエンザウイルス防ぎ切れなかったなあ。だが仕方ない!


 みんな、諦めてインフルにかかろうぜ! わたしは嫌だけどね!


 キース少将が着替えている間に火の元を確認して、わたしも着替えてガレージ代わりにしていた物置から公用車を出し、中央司令部へと向かった。

 司令部は夜中だというのに、明かりがあちらこちらに灯り、異常事態なのが一目で分かる。


「キース少将閣下!」


 本部に到着したキース少将の元に駆け寄ってきたのは、王宮警備責任者のラッカード中佐。


「ラッカード、状況を説明しろ」

「説明といいましても」

「では情報を集めてこい」


 固い床に響く軍靴の音と相まって、キース少将の声が非常に険しく聞こえてくる。キース少将に情報を集めてこいと言われたラッカード中佐は部下とともに駆け出し ――


「アーレルスマイアーは?」

「まだ人を遣っておりません。派遣の適任者がおりませんので」


 帽子を脱いで禿頭をさらけ出したシヒヴォネン少佐と、キース少将がわたしのほうを見る。アーレルスマイアー大佐の奥さんは去年、六歳の娘さんと十歳の息子さんを残して病死なさったんですよね。

 ホームパーティーで聞きましたとも。

 厳ついひげ面のアーレルスマイアー大佐から、ホームパーティーの誘いを受けた時は、なんの陰謀かと思いましたけど、行ったら楽しかった。

 顔に似合わずアーレルスマイアー大佐は社交的と知れて良かった。

 顔は関係ないだろ?  まあ、そうだけど……。

 メイドを雇っているが通いなので、こんな夜更けに呼び出すとなると、子供の世話をする兵士を配置しなくては。六歳とはいえ娘さんがいらっしゃるので、男親としては女性兵士が望ましいでしょう。あと一応ホームパーティーで顔見知りになってるしね。


 そして、キース少将としても、女を危険から遠ざけるに丁度良い。


「中尉、アーレルスマイアーに出頭するよう伝えろ。そしてアーレルスマイアーが戻るまで子供たちの世話をしろ」


 言われると思いましたー。

 はーい。行ってきまーす。


「何があるか分からんから、武装した最小隊を連れていけ。半数はアーレルスマイアー家に残せ。八時間後に交代要員を送る」


 最小隊ということは十名か。


「クルーゲ伍長の隊でいかがでしょうか?」


 シヒヴォネン少佐が分隊長の名を挙げた。


「そうだな」


 軍用車二台に分乗し、現場の最高責任者を務めるアーレルスマイアー大佐を迎えに急ぐ。

 厳戒態勢を敷くような状態なので、咄嗟の時に銃が撃てなくては話にならないため、膝掛けの下では拳銃を握って。膝掛けもあるし、毛布を被っているが、ほぼオープンカーなので、北国の深夜は寒すぎる。


「中尉。次の角を右でよろしかったですか?」

「ああ」


 冬の夜特有の明るさの元、車を走らせていると ―― 道路のど真ん中に子供らしき影。


「クルーゲ伍長!」

「分かってます!」


 クルーゲ伍長はハンドルを切り、なんとか少女を轢かずに済んだ。

 兵士が懐中電灯で影を照らすと、仕立ての良いピンクベージュ色のダッフルコートに、揃いの帽子と手袋とマフラー。白のファーブーツ姿の幼女。


「リーゼロッテちゃん?」


 アーレルスマイアー大佐が目に入れても痛くないと公言している愛娘、リーゼロッテちゃんじゃないか。


「イヴお姉ちゃん! パパを! パパを! パパとお兄ちゃんを助けて!」


 これから向かおうとしていたアーレルスマイアー家になにが?


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