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【036】中尉、防疫する

 デニスの怒濤の解説を聞いた翌日、わたしは登庁し、今日から休暇のリーツマン少尉が残していった仕事をざっと確認、面会希望などの届け出に目を通してから車庫へと向かう。

 鍵番から車の鍵を受け取り、公用車に乗り込み、キース少将を迎えに行く。

 キース少将は将校なので、送り迎えは当然なのですよ。

 あまり副官は送り迎えの運転をしたりはしないのだが、ただいま長期休暇期間のため、公用車の運転手が足りないので、運転できるわたしが車を運転して迎えに行くことに。


 まだ馬車と車なら馬車のほうが多い時代。車は一般的じゃないし、運転出来る人も少ないので、こういう事態になるのだ。

 閣下からいただいた、革手袋温かくていいわー。これのおかげで、運転が楽ー。閣下、ありがとうございます。閣下は今、どこにいらっしゃるのでしょうか。

 ……とりあえず、どの会社でもいいから、乗車席を被う車体を作ってくれ。

 北国の冬、ほぼオープンカーはキツい。

 あと車が珍しいから、子供たちが寄ってきて困る。「あーくるまだ! ぐんじんさんがのってるくるま、かっこいいー」という甲高い声と共に追ってくる。

 車が珍しい時代なので、そう言いたくなるのは分かるのだが、止めなさい、危ないから。わたし、人を轢きたくないんです。


 子供たちが激突してこないよう注意を払いながら、キース少将の家にたどり着く。


 キース少将の家は官舎。年齢と階級の関係でかなり大きな家が割り当てられているのだが、一人で住んでいる。

 メイドすら雇っていないらしく ―― モテるキース少将は、メイドを雇うと漏れなく惚れられて面倒ごとになるらしく、もうメイドはこりごりだと、飲みの席で漏らしていた……。さすが人生=モテ期の男は違うわ。

 家の前に停車し、


閣下(キース)。お迎えに上がりました」


 ドアノッカーを叩く。


「……」


 いつもはすぐに出てこられるのだが……寝てるのか? 聖誕祭休暇で、はっちゃけた? 二日酔いで死んでる?

 もう一回ドアノッカーを叩き待つ。

 反応がない。本当になんかマズイことになってる?

 ドアに耳を押しつけてみる……うん、おかしな物音はしない。

 官舎の周囲をぐるりと見回ってみる。よし、不審な足跡などはない。家はカーテンが閉じられているので、中を窺うことは不可能。

 玄関に戻ってきて、再びドアノッカーを叩くが、やはり反応なし。

 腰の拳銃を抜き、装填を確認し片手に持ったまま、第一副官のみに渡される合い鍵を取りだし、ドアを開けて室内へ。

 室内は外と変わらぬ寒さ。


閣下(キース)。クローヴィス中尉です。閣下(キース)、どちらに」


 声をかけてホールで待ってみたが……一部屋ずつ捜すか!

 殺風景なリビング、料理なんて越してから一度も作っていないだろう閑散としたキッチン。備え付けの家具である応接セットは白い布が掛けられたまま。

 二日酔いでトイレを抱いて倒れているわけでもなく、浴室にもいなかった。

 寝室を覗いてみたが、ベッドはまあ、普通に使われていた形跡がある程度。

 シーツに触れてみたが、室内と変わらず冷え切っている。寝ていたとしても、随分と前に起きたようだ。

 最後に書斎にやってきた。


閣下(キース)、いらっしゃいますか?」


 ドアを軽く叩いてからドアノブに手をかけたが、鍵が掛かっていて開かなかった。でも鍵が掛かっているということは、ここに居るということだよな。


閣下(キース)! クローヴィス中尉であります! 大丈夫ですか!」


 声を掛けたあと耳を澄まし……少ししてドアが開いた。


「中尉か……久しぶりだな……」


 開いたドアから現れたキース少将は、素人目にも高熱が出ていると分かる状態。


閣下(キース)!」

「いま、準備する……待て」


 いやいや、待って! どう見ても、出勤できるような状態じゃないですよ。


「お待ち下さい、閣下(キース)。そうだ、熱を計りましょう! 体温計は」

「……ない」


 そっかー体温計ないのかー……で、済ませられるか!


「失礼します」


 額に手をあてて熱を計る。これ、風邪の熱じゃないよ! もしかしてインフルエンザでは。


閣下(キース)、病院に行きますよ」

「いや、この位は」


 インフルエンザウイルスを、司令部にぶち撒かれても困るんです、キース少将。


「司令部の半数が聖誕祭で休んでいるこの時期に、閣下(キース)が部下に風邪をうつして歩かれると、困るのです。なにより今は聖誕祭期間の後半。休んでいる者たちのほとんどは、地方に帰っていて、呼び出すこともできません」


 この世界ではインフルエンザについて、詳しいことは知られていないから、熱が下がっても一日、二日くらいは大人しく隔離……なんて認識はない。

 この上官を一週間休ませるの至難の業だ。


「いつ頃から熱が?」

「二日ほど前だ」

「最後に飲食したのは?」

「昨日の昼?」


 疑問系で答えられても困る。とりあえず肩を貸し、殺風景なリビングへ。ソファーにキース少将を座らせると、ずるずると力なく倒れてゆく。

 書斎に飲み物もなかったから脱水症状の可能性も。病院に連れて行く前に、軽く水分を取ってもらおう。

 経口補水液的なものを作って……あああ! 料理作ってないから、塩も砂糖もない! 仕方ない水を飲ませよう。


閣下(キース)

「……」


 返事がない、ただの……さっさと病院につれて行くべきだな。

 キース少将にコートを着せて、ベッドから毛布を持ち出して包む。


閣下(キース)閣下(キース)、しっかりして下さい」


 アッシュブロンドの頭に毛皮の帽子を被せた辺りで、キース少将の意識が……待って! せめて病院まで意識保って!

 もはや肩を貸して歩かせる……という状況ではないので、キース少将を抱き上げて車へと運ぶ。

 大の男を抱き上げられるの? 抱き上げられちゃうんですよ! それもプリンセスホールドだよ! 二十過ぎた大女が、四十の大男を抱き上げるという、極寒の北国の気温よりも寒い光景! ちょっと人様に見せられないわ! むしろ見せたくない! 閣下が国にいなくて良かった!

 施錠を確認してから、車のエンジンを掛けて、急いで軍病院へ。

 病院に駆け込んで、診察を受けたところ、幸いにも肺炎を併発はしていなかった。……が、インフルエンザという診断は下らなかった。この世界はインフルエンザ検査キットなんかないので、仕方ないのだが、検温の結果41.2℃だから、インフルエンザだと思うんですよ。


 インフルエンザ患者を野放しにするという、司令部にバイオハザード攻撃を仕掛けるようなことは、前世の記憶にかけて阻止しなくては。


 ひっそりと隔離作戦開始!


 キース少将の入院を軍医と話し合う ―― キース少将は一人暮らしなので自宅で隔離できるが、世話をする人がいないので入院させたほうが良いだろう。

 入院の許可は下りたので、キース少将の部下ニールセン少佐に電話で連絡を入れる。


「入院同意書の親族または後見人の部分のサインは、小官でもいいでしょうか?」

『書類が上がってきたら、こちらで処理するから、中尉のサインでお願いするよ』


 ニールセン少佐は事務の専門で、キース少将とも付き合いは長いとのこと。見た目はややぽっちゃり気味のおじさん。軍人と言われないと分からないというか、見た感じは軍属。歴とした軍人なんですけど、見た目がね。


「分かりました。お願いします。閣下(キース)が目覚め次第、お伝えしなければならないことなどありますか?」

『いやないよ。そうだ中尉、キース閣下の入院だが……』


 受話器からそれは怖ろしいことを聞かされたわたしは、電話を切るとすぐに処置室へと引き返した。

 するとニールセン少佐が語った内容が嘘ではないことを、目の当たりにする。


 処置室の前に看護師が群がってる……いや、敢えて看護婦と言おうではないか! 女の看護師こと看護婦が、キース少将が休んでいる処置室の前に大勢居るー。お前等仕事しろよー!

 看護師長に「どういうことだ?」と問い詰め ―― キース少将が良い男なので、看護婦たちが「自分が検温する」と集まった結果なのだそうだ。

 更に身の回りの世話を担当する准看護師……いや、ここは敢えて准看護婦と表現しよう! キース少将の世話を担当したいと、准看護婦(おんなたち)たちが言い争ってる。

 ちらりと耳に挟んだが、熱で潤んだ青い瞳が魅力的、苦しげな吐息が色っぽい。上気した肌が性的等々、完全に性的な目でしか見られていない……これがハーレム体質の男の魅力というものか!


 ニールセン少佐曰く、昔キース少将が怪我をして入院した際、身の回りの世話を担当した准看護婦に襲われかけたことあるんだって。もちろん性的にね。

 その時は意識もあるし、ちょっと体が不自由なだけだったので、事なきを得たそうだ。

 だが現在は意識が若干飛んでる状態。混濁中になんかされたら大問題。

 もうね独身の准看護婦の目つきがヤバイ。完全に肉食動物のそれ。

 妊娠したら結婚してもらえるかもしれないもんねー。

 じゃあ既婚の准看護婦に頼めよ? 独身よりも目がぎらついてるんだけど、どうしたらいい? 男の看護師や准看護師に頼めよ? ……この世界、病院は看護婦がメインでして、男性は皆無なのです。男性は前線で衛生兵として働くんだよ。


 自宅に連れ帰ったほうがいいのかな。でもあの自宅で病人が過ごせるようにするとなると、手間暇が……でも入院させておくと、キース少将の貞操が……。なんで四十男の貞操を、わたしが心配しなくてはならないのだろうと思うが、これも副官の仕事だ……多分ね。


「どうにかなりませんか?」

「ちょっと……」


 事務員や軍医たちと話し合った結果、熱冷ましを処方され ―― 前世の記憶的に、インフルエンザ脳症など危険があるのは知っているので、飲ませるつもりはないが ―― 体温計や氷嚢などを借り、軍医個人の連絡先を教えてもらい、自宅療養プラス往診という形を取ることに。

 ニールセン少佐に入院取りやめたと電話連絡を入れると『やっぱりそうなったか。中尉、キース閣下のお世話を頼む』 ―― とりあえず防疫には成功したことになるのだが……。


 ハーレム体質でありながら、ハーレムどんとこいメンタルじゃない男の取り扱いは大変です。


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