【035】中尉、鉄道の貴公子とワルシャワについて説明を受ける
デニスに話し掛ける前に、長丁場になりそうだから、メイドのローズにグリューワインと、つまみになりそうなものを頼む。
「デニス。時間ある?」
「あるけど、なに? 姉さん」
聖誕祭休暇も今日で終わり。明日からばりばり働くし、積極的にゲームのフラグを潰しに行くよ! 風景以下のモブだけど!
「あのさ、ワルシャワってなに?」
その前に少しばかり気になったことをデニスに聞いてみる。
閣下がデニスに言うように指示した、呪文「ワルシャワ」が気になって ―― 危険を承知で。危険というのは話が止まらなくなるという危険ね。
ネットがあれば「ワルシャワ 鉄道」で検索できるけど、そういうのないからデニスに直接聞くことに。
「姉さん、ワルシャワ知らないの? ……あ、そうか。姉さんの年だと、知らないか」
デニス、姉さんとお前は同い年だろうが。
「で、ワルシャワってなんなんだ?」
「大陸縦断貿易鉄道の通称だよ」
「なんだ、それ?」
大陸縦断貿易鉄道はどこかで聞いた覚えはあるような……ないような……。
「読んで字の如く。ルース帝国の西側、俺たちにとっては東側、国境沿いに大陸を縦断する鉄道を走らせようとしたんだ。目的は貿易ね。線路は広大な土地を持っているルース帝国に敷くことになり、一本は標準軸で、もう一本はルース軸。これにより蒸気機関車の行き来が盛んになり、貿易も盛んになる予定だったんだ。二十年前ルース帝国が滅んだことにより、計画は頓挫してしまったけど。ちょっと待っててね、地図と本持ってくるから」
うわーしっかり説明してくれるみたいだ。
自分で聞いておきながら、デニス本気の鉄道関連説明とか、震えがくるわ。
メイドのローズがグリューワインとアンチョビのポテトサラダ、ザワークラウトと、黒パンを持ってきてくれた。
それと前後するように、デニスが鉄道路線がみっちりとかき込まれた地図と、鉄道の歴史とかいう分厚い本と、スクラップブックを持って戻ってきた。
ローズ、そんな目でこっちを見ないで。「なんでデニスさまに、鉄道の話振ったんですか」って目で見ないで。欲しい物を手に入れるためには、必要なことなんだよ。
シナモンの香りたつグリューワインを飲みながら、デニスの話を更に聞く。
デニスは地図を開き角をつまみやグリューワインの入ったマグカップで押さえ、なきルース帝国の西側に書かれた線を指さした。
線は線路を表すもので、途中までは完成している記号だが、途中からは未完成を表すものになっている。どうも我が国の近くも通る予定だったらしい。
「今から四十二年前に大陸縦断貿易鉄道計画が持ち上がり、二年後には工事が開始された。この計画を推したのはルース帝国皇帝ニコライ四世と、神聖帝国皇帝リヒャルト六世。締結の証として、リヒャルト六世の三男ゲオルグ皇子と、ニコライ四世の次女エリザヴェータ皇女が結婚したんだよ」
国家間大事業なのは分かるが、なぜそこで結婚する必要があるんだ? まあ、会社でも合併とか事業提携で結婚するって話は、なんとなく聞いたことはあるけど、身近にはいなかったなあ。なにせ前世も由緒正しい庶民だったもので。
あれ? 神聖皇帝リヒャルト六世ってたしか閣下の祖父だったはず。
「その皇子と皇女は、リリエンタール閣下の両親ってこと?」
「そうだよ! リリエンタール閣下は、その生まれから鉄道の貴公子とも呼ばれているんだ!」
鉄道の貴公子……思い出した! 十年前に閣下が我が国に来たという新聞記事を読んだデニスが、興奮しまくって父さんに「この記事、もらってもいい?!」って頼んでた。
その時、鉄道の貴公子って言ってた。
騒いでいるデニスを脇目に新聞に目を通したわたしは、どこに鉄道の貴公子が載っているのか分からなかったが。
うちに遊びに来るデニスの鉄道マニア仲間たちの会話にも「鉄道の貴公子」って登場してる。
てっきり鉄道マニア界の頂点に立つ、キング・オブ・鉄道マニアのことかと思っていたが、閣下のことを話していたのか。
だからか! 閣下が鉄道について随分とお詳しいのは。
あのデニスが見つけた軌条の違い、閣下も写真を見て分かったそうだから。
閣下の場合はお仕事だもんな。うちの弟も駅員なので、仕事と言えば仕事なんですが……なんか違う。姉さんたしかに、お前の知識で助かってはいるけれど……なんか違う。
「こちら側の鉄道の出発地点は、中間地点にあたるアディフィン王国のバイエラント州に決まってね。そこでゲオルグ皇子はバイエラント大公になって、鉄道計画の実質的な責任者になったんだ。ルース帝国側はイーゴリ皇子が実務を担当していたよ」
さすがデニス、鉄道関係のことなら、なんでも知っている。バイエラント州は地名だからわたしでも分かるけど、イーゴリ皇子って誰だ? ルース帝国の皇子なのはなんとなく分かるが。
鉄道マニアの間では、イーゴリ皇子だけで簡単に通じるんだろうけど、姉さんちょっと分からない。
グリューワインをいい勢いで飲み喉を潤して、デニスの語りは更に続く。
「計画はバイエラント大公とイーゴリ皇子が有能なこともあって、うまく進んでいたんだ。そして鉄道計画開始から十四年ほど経って、管理系統を統合しようって話になったんだ。それで、誰をトップに仰ごうか? となり、この鉄道計画の申し子である、リリエンタール閣下が選ばれたのさ」
妥当というか、これ以上の適任はいないね。
「土地はルース帝国のものだから、トップはルース帝国の支配者になったほうがいいだろうってことで、リリエンタール閣下が皇女アナスタシアを妃に迎えてルース帝国皇帝になる……はずだったんだよ」
あー。最後の皇帝にとって甥である閣下のほうが、多方面に顔が利くから、息子のアレクセイが生まれても皇太子は閣下のままだったんだな。
小国の王女を母にもつ才能未知数なアレクセイより、大国の皇子を父にもち、才覚が認められている閣下のほうが……最後の皇帝パーヴェル、皇帝としては立派だったんだなあ。
ふつうは我が子可愛さに、皇太子変更するだろうに。
「婚約者の変更はあったけど、リリエンタール閣下のルース皇帝即位は揺るぎないものだった」
婚約者変更の辺りは詳しく知らなくていいし、詳しい説明も求めないよデニス。
「そして二十年前にルース帝国は滅び、大陸縦断貿易鉄道計画は中止になり、今に至るんだけど、やっぱり陸路はもう一つ欲しいんだよね」
「たしかに。我が国は陸路では隣国フォルズベーグを絶対に通らないといけないからな」
かつてはルース帝国経由で別の国へと行けたけど、現在は人の行き来が禁じられていることもあり、陸のルートはフォルズベーグ王国を通る一つだけ。
船で対岸のドネウセス半島に渡ってから、また船に乗り行きたい国へというルートもあるけれど、船は入国審査なんかがあって手間かかるからなあ。
ちなみにドネウセス半島の付け根、大陸に繋がっている部分は共産連邦と国境を接しているので、現在ドネウセス半島の人たちは皆、船で別の国へ行くしかない。半島なのに、ほぼ島になっている状態。
デニスが持ってきてくれた地図を見る分には、ドネウセス半島の付け根まで、大陸縦断貿易鉄道は通る予定だったらしい。
「なによりフォルズベーグの鉄道は、かなり脆弱なんだ」
「脆弱?」
「フォルズベーグは石炭がほとんど取れない」
「そんなに少なかったか?」
セイクリッド関係で調べたけど、産出量は我が国とほとんど変わらなかったと思ったが。
「良質な石炭が取れない……って言った方が正しいかも。フォルズベーグの石炭は粗悪なんだ」
「そうなんだ」
「うちの国は良質な石炭が取れるんだよ。だからうちの国内を走る蒸気機関車の煙は白いけど、フォルズベーグから来る蒸気機関車の煙は粗悪なのがかなり混ぜられているから黒いんだ。まあ、配合は三対七ってとこだね! 見た目で分かるよ」
まさか質の違いがあるとは。
でも……任務もあったし、怪我もしていたから、あまり煙には注意を払ってはいなかったけど、たしかにアディフィン行きの時も、帰国した時もフォルズベーグで補給したあと、窓から見える煙が黒っぽくなってたな。
煙の色で配合が分かるデニスに関しては……デニスだし。
「フォルズベーグは基本、石炭は輸入に頼っている状態でさ。我が国やアディフィン、そして海の向こうのドネウセス半島諸国から船で輸入したりしているんだ」
「フォルズベーグの輸入に関して、随分詳しいな」
「石炭は蒸気機関車の命だからね!」
デニスの地理はすべて鉄道が根幹にある。鉄道が関係しない地理は、まったく駄目だったなあ。
「そう言えば、その大陸縦断貿易鉄道が走っている辺り、良質な石炭が取れるんだったな」
ルース帝国の強大さは、良質な石炭の埋蔵量も関係していた。いやまあ、鉄の埋蔵量も桁違いだけどさ。
そしてその良質な石炭が取れるラインは、我が国のレニーグラス地方まで続いている。だからかつて、レニーグラス地方のインタバーグがルース帝国横断鉄道とつながっていたんだ。
「そうなんだよ、姉さん! フォルズベーグとしては、現在使っている線路は国内向けにして、良質な石炭が使えるこの大陸縦断貿易鉄道を、物資の移動に使いたかったんだ。それは我が国も同じことだけどね」
石炭の質で随分と輸送能力が違うらしいから、大量輸送するなら良質な石炭が補給できる路線を使いたいよなあ。
「それで姉さんが言ってたワルシャワなんだけど、この大陸縦断貿易鉄道計画に賛同した八カ国、その国がこの鉄道のために、国境沿いに新設した設備の整っていた駅名の頭文字を取って並べたもので、いつしか大陸縦断貿易鉄道がそう呼ばれるようになったのさ」
新設した駅名って……国名の頭文字なら分かるけど、駅名なのね。なんでそんなマニアックな通称になったんだ ―― warszawaについて聞けたので、姉さん的にはもういいのですが、デニスのマニアック解説は留まるところを知らず。
スクラップブックの粗い新聞写真の人物の説明など……。
「この人がね、ロッセ~ファブロウ区間を担当した鉄道技師のマイク・グリフィスでね、顔が特徴的で頑固者だったけど、腕は確かだったんだ。デメフロー~アストシュ区間を担当した鉄道技師はねミハイル・アントーノフ。この人変わり者でね。もとは在俗輔祭さまでね、結婚してから神父になって、そこから更に技師になったっていう経歴でさあ」
デニス。姉さん、鉄道技師の名前や経歴まで覚えられないよ。




