【034】中尉、プレゼント交換をする
”姉さん! デニス・ヤンソン・クローヴィスは、リリエンタール閣下のためなら死ねますと伝えて!” ―― 徹夜でランパート号の図面にうっとりとしていた弟デニスの、閣下に対する感謝の言葉だが……デニス、お前じゃあ弾よけにもならないよ。それは軍人である姉さんの仕事だよ。お前は蒸気機関車を見て幸せに過ごしてろ。
ちなみにヤンソンはデニスの実父の姓。
「そうか、喜んでもらえたか」
閣下にランパート号の図面を返し、過激ながらデニスの感謝の言葉を伝えた。
……喜ぶというか、狂喜っていいますか……危険物だったといいますか……。ドラッグをキメた若者ってあんな感じなのかなーとか。
「はい、とても」
本日閣下は聖誕祭期間中なので故郷に帰られる ―― なる名目でフォルズベーグ王国へ、例の盾を持って向かうのだそうだ。
閣下の生まれ故郷のアディフィン王国へ陸路で向かうには、かならずフォルズベーグ王国を通らなくてはならないので、聖誕祭期間の移動としては、かなり自然。
閣下が毎年、聖誕祭期間中故郷に帰っていたとは聞いたことないけどね。
出発時間まで話をしたいと言われたので……わたしとしても嬉しい。ただし、話題は出てこないが。
「中尉、手をつなごうではないか」
ごく自然に閣下の手が。スマートですね! 閣下。
手をつないだことなど、数え切れないほどあるけど、これは別物だから! 緊張する! 差し出された閣下の手に手を重ねる……デカいわー。わたしの手の平デカいわー。
閣下はこともなげに指を絡め……恋人つなぎになった。
うわ、恥ずかしい。手をつないだだけだというのに。そして閣下の手の美しさよ。爪まで綺麗に調えられ磨かれている。わたしの爪よりずっと綺麗。
貴族男性としては当たり前のことだけどね。
初めてガイドリクス大将の指先を間近で見た時、あまりの美しさに、思わず吹き出しそうになったのは良い思い出です。
手をつないで歩くのに精一杯で、話すどころではなかった。
いや、途中でなにか話すべきかな? と閣下のお顔をのぞくと、わたしを見て笑われるのだ。閣下の笑顔とか免疫ないから、それ以上なにも言えなくなる。
とりあえずわたしも笑顔でかえす。きっと引きつってるだろうけ……。
「中尉の笑顔は美しい。その美しさに、月も隠れて花も恥じて閉じるであろうよ」
なんでそんなに軽く褒めてくださるんだ。
わたしなんて、声が出てこないというのに。これが経験の差というやつですね! 貴族男性は挨拶として女性を褒めるからね!
閣下に連れられ、邸内の温室へ。
前世の記憶にある南国の木々と、専用の棚に絡まっている蔦。外の白さと室内の緑のコントラストが美しい。
葉の茂る枝の下の小道を歩き、木製のベンチに腰を下ろす。……木製といっても木の板が張られたようなタイプじゃなくて、背もたれの部分には手の込んだ彫刻が施されている、そういう高価なベンチ。
ベンチの端には大きな紙袋が置かれているが、なんだろう?
手? つないだままだよ!
あっ! そうだ! さきに渡しておこう!
「閣下。ちょっと失礼します」
制服の胸ポケットに入れてきた小さな箱を取り出して、閣下に差し出す。
「閣下。ご注文の品、完成いたしました」
礼服を仕立ててもらったお礼の刺繍。モノグラムはそれなりに刺せたけど、百合はなあ……。精一杯努力したけれど、どうなんだろう。白い野球用グローブとか、白いバナナ一房にはなっていないけどさ。
閣下は白の素気ない箱を受け取り、中を確認した。
「上手ではないか、中尉」
「ありがとうございます!」
「聖誕祭の最高の贈り物だ」
聖誕祭期間はいわゆるクリスマスシーズンだから、当然プレゼント交換が行われる。
「あ、いえ、それはプレゼントではなく、あの礼服のお礼でして。プレゼントは……プレゼントは……」
聖誕祭期間にこんな状況になると思っていなかったから、なにも用意していない。
「これで良い、中尉」
「よろしいのですか?」
「ああ。中尉にもプレゼントを贈らなくてはな。それにしても、中尉にはいつも先を越されるな」
聖誕祭の贈り物は交換が原則なので、ここで要らないと言ってはいけない。
そう言えばヒロインのイーナは、ゲーム内でこの聖誕祭期間に夜空の星の瞬きや、シンプルな宝飾類などさまざまなものを、攻略対象からプレゼントされていたな。ちなみにヒロイン・イーナのお返しはキスである。攻略対象が強請るのだよ、キスを。
家族で過ごすのが慣わしの聖誕休暇だが、攻略対象は心の闇とか、不遇な家族関係とかでみんな独りぼっち。そこにイーナが上手に入り込むんだ! 良くあるパターンだよね! 王道好きだから、イベントとしては文句なかったけど、いまはねー。
「中尉、これを」
閣下はベンチの端におかれていた白い紙袋をわたしに差し出す。中には箱が四つも入っている。
「拝見してもよろしいですか?」
「ああ」
一番小さな箱から出てきたのは懐中時計。
蓋のついていないシンプルなデザインで、茶色いレザーカバーとレザー紐がついている。
「極力光らぬよう、細工させた。それならば身につけても邪魔ではなかろう?」
「いや、あの……はい……ありがとうございます。ずっと身につけます」
フォルズベーグ王国から戻ってくる時の車中で狙撃の話になり「ネックレスやピアスは、光って敵に居場所を知らせることになるので、小官は身につけません」とドヤ顔で語ったの、覚えていらっしゃったー。それはそうか、閣下、頭良いものなー。
あとの三つはなにかなあ。次はもっとも大きな箱を開けてみる……ふおっ! ラベンダー色のショールだ! すごく肌触りがいい! なんだこれ?
素材がよく分からないので、次に行こう。
三つ目は長方形の箱。
中身は肘までの長さがある、これまたラベンダー色をしたロングの手袋だった。肌触りがとてもよい。ショールと同じ素材だね。
「カシミヤだ」
軽く言われたけど、閣下が購入なさるカシミヤって、高級なヤツですよね!
「普段使いできるであろう?」
「普段使いようなんですか?」
「そうだ」
閣下としては普段使いらしいけど、閣下の普段使いって、普通に高級品だよね。
さて最後の一つを開けて……あっ! レザー手袋だ。形は軍の支給品そっくりだけど、革の素材の質が違う。革の黒にも深みがあるし、内側もなんか……さっき触ったヤツと似たような感触ですよ。
これはもしかして、高級革手袋で裏地がカシミヤとかいう一品?
「裏地はシルクカシミヤだ。カシミヤだけでは、厚くなってしまうのでな」
すごく色々と配慮された一品のようです。
「ありがとうございます! 女性的なデザインの手袋、とっても嬉しいです!」
女性物の手袋(大きさは女性向けではない)を喜んでいたら、オルフハード少佐がやってきて ―― 閣下、出立のお時間だそうです。
そして当たり前のように閣下にキスされた。
当然目を閉じて、皺になってしまうかもと思いつつ閣下の背中につかまる。
ふわふわとした気分になったのだが、ふと近くにオルフハード少佐がいるのを思い出し、こっそりと目を開けたら……こっち見てるー。視線逸らしてよー! 言いたいところだが、きっとわたしだって上官がこんな感じでキスしてたら、黙って見てる。
退出を命じられない限り、黙って見てるわー。
現上官はそういう方じゃないから、遭遇することもないだろうけど……でも、見ないでオルフハード少佐。
結局、オルフハード少佐が退出することはなかったんですけどね。いや、分かってます、分かってますけど。
仕事をしている相手に文句を言うわけにいかないけど……あああ! この気持ち。
閣下のお見送りに、玄関まで付いていくことに。
邸内は聖誕祭期間中だからだろう、人の気配がまったくしない。
執事のベルナルドさんはいたよ。閣下くらいになると、自分でコートを手に取るようなことしないから、職場ではオルフハード少佐がやってた。
「中尉」
「はい」
執事のベルナルドさんが持ってきたお盆に乗っていたのは、きれいにラッピングされている一本の赤い薔薇。
「受け取ってくれ」
いくらわたしががさつな女でも、一本の赤い薔薇が意味することくらいは知ってる。たしか一目惚れですよね。うん、昨日そうだと聞いたけど、改めてこう……恥ずかしい! きっとわたしの顔は真っ赤になっている……にやにやしないで、オルフハード少佐! あとベルナルドさんも!
「は、はい! あ、あの、閣下、お気を付けて」
「中尉も気を付けるのだぞ」
「はい」
現在国内は、それほど危険はないので ―― 閣下をお見送りし帰宅した。
……それにしてもわたし、プレゼント貰いすぎじゃないか? 財力の差でいうと、妥当なのかもしれないけれど。




