【046】代表、社交に励む
乗馬の表彰式、ババア陛下さまよりメダルを授与していただきました!
オリーブ冠とメダルを乗せたトレイを持っているガス坊ちゃんは、貴族にあるまじき笑顔だった。
貴族ってそんなに表情豊かじゃ駄目……というか金メダリストはブリタニアスの選手じゃないんだが、いいのか?
「おめでとう。イヴ・クローヴィス少佐」
わたしにオリーブ冠を被せたババア陛下が、ロスカネフ語で話し掛けてきた ―― もともと大国の女王陛下なので、異国語を聞く機会も多く、単語程度なら覚えていたそうだ。
「ありがとうございます」
こうしてわたしは、オリュンポス史上初、一大会で二種目制覇した選手になりました。
これで無事に国帰れる! ヴェルナー少将、ちゃんとメダル取りましたよ!
乗馬の表彰式終了後、すぐに閉会式が行われ、わたしたちもそのまま閉会式に ―― メダルを首から下げ、頭にオリーブ冠を乗せたままですが、競技場内ですので特に違和感もなく。
「閣下! 見てください!」
閉会式終了後、観客席を駆け上がり閣下の所へメダルを見せに。
「おめでとう、イヴ」
その場にはまだ猊下もいらっしゃり……ロイヤルボックスにすんなり通されたので、猊下はお帰りだとばかり……。
[素晴らしかったですよ]
猊下からも祝福のお言葉をいただきました。
猊下をお見送りしたあと、家族がやってきて、
「姉さん、おめでとう」
「ありがとう、デニス……ところで、なぜ蒸気機関車を愛する仲間たちが、増えてるんだ?」
「話をしていたらいつの間にか」
さすが蒸気機関車の発祥の地。熱量が半端ないマニアが、そこかしこにいたようだ。家族親族は明後日帰る予定で、そこに蒸気機関車君たちも含まれていたのだが……増えた人員も一緒にロスカネフに行くの? ロスカネフを蒸気機関車の国にでもしようとしているの?
そんなことを考えていたら、
「姉ちゃん! おめでとう! かっこよかった!」
「ありがとう、カリナ」
カリナが抱きついてきた。
「すごかった! カリナも乗馬習う!」
乗馬はお金がかかるので、庶民には手が出ないのだが……でも大丈夫、金メダルを二個取ったので、大佐に昇進するわたしの給与があれば習わせることはできる。
昇進したてで階級と比較すると年齢が若いので、給与等級はもっとも低く、給与等級が高い中佐には余裕で負ける給与だが、乗馬クラブで馬をレンタルし、継続してレッスンを受けさせることくらいはできる。
「姉ちゃん応援するよ」
「姉ちゃん、時間あるときカリナに教えてくれる?」
「もちろん」
可愛い妹の頼みなので”もちろん”と請け負ったが、士官学校時代、同期全員に「イヴの教え方を聞けば聞く程、天賦の才で乗ってることしか分からない」と言われた教え下手なわたし。
……ヴェルナー少将は教え上手だった。これはもう、ヴェルナー少将に教え方の教えを請うしかない!
両親や親族にも優勝を祝福され、わたしはハインミュラーと共に選手宿舎へ。ディートリヒ大佐は、サラバンドをシャール宮殿に届けてから戻って来る。
宿舎への移動手段?
徒歩ですよ。選手団の旅費はギリギリですので、歩けるところは歩いて節約しなくてはならないのです。
わたしとハインミュラーは現役軍人、十キロ二十キロくらいは余裕で歩ける。なんなら走れる。
実際走って帰ろうと思ったのですが「護衛が護衛できなくなるから止めろ」とディートリヒ大佐に言われたので徒歩に ―― 一瞬「じゃあ、護衛要らないですよ」と言いそうになったのですが、護衛対象なのに「護衛要らない」言われると困ることは身を以て知っている。現場の苦労を知る身としては、困らせるべきではないと思い直し、ハインミュラーと一緒に歩いて帰ることに。
「おめでとうございます、クローヴィス少佐」
二人で並んで歩いていると、ハインミュラーから改まって言われ……なにか企んでるのか? と三白眼をのぞき込んだが……わたし、人のこころの内側を読めるような眼力なんてなかったわー。
「ありがとう」
なのでありがたく祝福を受けた ―― 宿舎でみんなに優勝を祝ってもらい、
「閉会式も終わったが、国に帰って選手団解散するまでオリュンポスだからな。気を抜くなよ」
遠足は家に帰るまで遠足だぞと訓示し、団をシベリウス少佐に預けた。
わたし、選手団団長なんですが、ここからは大統領夫人として、ブリタニアスからノーセロートに渡らなくてはならないので。
ノーセロートでの外遊を終えると、夏期休暇と国外赴任の代休の残りを取得し、閣下お持ちの島でまったりバカンスをしてから、帰国途中アディフィン王国とその周辺国への外遊 ―― ロスカネフに帰るのは、北国にとっては秋の気配が訪れている九月後半になるのです。
七月に国を出て、九月後半に帰国……大統領なのに、そんなに国を空けていていいのかなーと、国を出る時に思ってキース大将に尋ねたところ、
「国内政治はわたしでも回せるが、外遊で大国相手に条約その他を平等に結べるのは、大統領閣下だけだからな。ロスカネフであの人以上に、各国に繋ぎを作れる人はいない。だから一年以上外遊して、条約結んだり国のパイプ造りしてくれても、まったく構わんぞ」
なるお返事が。
おそらくキース大将が言うのは本当のことだが、政治を副大統領のキース大将に任せるのは、間違いなく次期大統領への布石。
よくできているというか……将来の大統領選挙のことは考えても仕方ないので、
「ブリタニアスのエールも飲み納めになるから、ガンガン飲もうぜ!」
みんなで思う存分勝利の美酒を味わった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
閉会式の翌日、わたしは一日中予定が詰まっている。
午前中は大会を終えた全選手に声をかけ、交流を深めるべく気軽な立食パーティーをわたしが開催。
蒸気機関車や蒸気船で世界は近くなったとは言うが、まだまだ遠い。二度と会えない人も大勢いるだろう。
だからこの出会いを大事にすべく、みんなで交流を深めようじゃないか! ……とわたしが提案した。
本当は大会責任者のガス坊ちゃんに、大会側で開いてはどうか? と提案したのだが、ガス坊ちゃんの部下が、それは必要ないのではと判断し没になった案なのだ。
だが閣下が「ならば、イヴが私的に開けば良い」と仰り、”あれよあれよという間に”という言葉って、こういうときに使うんだなーと実感したときには、わたしがしたかった立食パーティーの準備は完璧に整っていた。
「一度にこれほど多くの各国の首脳に電報を送ったのは、初めてでしたな!」
アウグスト陛下がそのように ―― 選手に招待状ではなく、首脳と軍司令官に「お前のところの選手全員、わたしの妻主催のささやかな立食パーティーに招待したいのだが、いいか?」と閣下のお名前で打診したら、十七カ国全てから速攻で「OK」と返ってきたそうだ。
ロスカネフは十七カ国から返信を得てから、閣下から軍のトップであるキース大将へ連絡を入れ「お好きなように」との返事をもらえ、開催することができた。
最初は皆さん緊張していましたが……まあ緊張するのは分かる。
だって会場に閣下とかアウグスト陛下とか、リトミシュル閣下と元アディフィン大統領、三総督の皆さんが超高級なフロックコート姿で通訳していたからね。
まさに「そんな通訳がいるか!」状態。
でも選手は702名ですので、皆さまだけでは足りないので、
「二カ国語しか分からぬ通訳でも、いないよりいいであろう」
と、世間一般でいう「通訳」を百名も用意して下さいました。
ただそれだけでは、誰に通訳してもらっていいのか、選手たちが分からないと困るので、普通? の通訳は、わたしが指示し翻訳できる国旗を描いて、間に「←→」を入れて、その人たちはその国旗の国の翻訳ができるんだよ……と、大きく各国全ての言葉で書き、彼らの国の料理がある長テーブルの後ろの壁に貼っておいた。
これなら絶対目に入るからね!
会場の美しさ? 美的センス?
そんなもの、必要ありません。
ちなみに国旗イラストはセレドニオ君とオディロンが描いてくれた。
セレドニオ君は分かるのだがオディロンは……だが、オディロンは修道院でイラスト入りの写本もしていたので、見たものをそのまま描き写すのは得意だった。
……あの体格で写本してたのか。体格が関係ないのは分かっているが……というか、印刷機のあるこの時代に、手書きなのか。
「イヴは全選手と話をしたいのであろう? わたしは幸い、今回出場している選手が使う言語は全てロスカネフ語に翻訳することができるから、気にせず声を掛けるといい」
閣下、出場している十八カ国全てを余裕で通訳できるのは、閣下くらいだと思います……などと思ったのですが、アウグスト陛下とリトミシュル閣下も余裕なのだそうで……この三人まで首からカードを下げているのですが、十八カ国全ての国旗が描き込まれております。
わたしは閣下と共に各国の選手に声をかけ、彼らと美味しい料理を囲みながら打ち解け ―― 閣下の手配で出場した十八カ国全ての郷土料理と酒が、会場に並べられている。
お金がかかったのでは……と庶民はすぐに費用に意識が向いてしまうのですが、
「これはイヴが好きな料理を捜すためにしたことだ。全部の料理を食べて、気に入ったものがあったら教えてくれ。その料理人を雇うから」
閣下はわたしが食べたことのないルース料理を好んだので、全く違う国の料理でも好むものがあるかも知れないと気になったそうで、良い機会だからと集めて下さったのだそうだ。
閣下の優しいお気持ちを無駄にしてはいけないと、各国のテーブルに近寄り選手たちと話をし(通訳が入ります)料理に舌鼓を打ち ―― 仲良くなれたとは言わないが、全選手と話をし写真を撮って「後日送るから、住所教えてね」くらいまでは打ち解けることができた。
本当は皆さんの住所は閣下が調べているので知っているのですが、そこはやっぱり、本人から「送ってね」「写真楽しみにしている」と言う言葉をもらってから送りたいじゃないですか。
女性選手は大会出場後、結婚するので競技を引退という選手がほとんど……というか既婚で出場している女性はわたしだけ。
女性選手たちから「結婚しても出場できるなんて、憧れます」と言われたが、どちらかというとそれは、結婚しても働いていいと言ってくれる閣下と、軍の仕組みを変えて下さったキース大将のお陰でして、わたしはそんなに……もちろん憧れを否定したりはしませんでしたよ。
<このような会を開いてくださったこと、感謝する>
【世界には色々な食べものがあるのだな】
<次回開催国の一選手として、また大会に携わるものとして、とても有意義であった>
[美味しいご飯をありがとう]
〔他の国の人と話したのは初めてだ。このような機会を作ってくれてありがとう〕
『他の国、飯美味すぎじゃない?』
<お前の国の飯が、異常に不味いだけだ>
【お前たち、味覚残ってたんだ】
[不味いと思ってるなら、改良しろよ]
<次の大会、女性ゆえ体調面からクローヴィス少佐は出場なさらないかもしれないが、是非とも大会は見に来て欲しい>
こんな感じで美味しい各国料理と、優れた通訳のおかげで、楽しい時間を過ごすことができた。
それと知らなかったが、次のオリュンポスはノーセロートらしい。
「イヴが出場するかも知れない大会だ。国が荒れると困るから、エジテージュを焚きつけるか」
「その次の大会はバルツァー連邦共和国で開くから、心配はないぞ」
リトミシュル閣下、バルツァー連邦共和国ってまだありませんが……出来ちゃうんだろうなあ。
午前中から昼過ぎまで、こうして選手たちと交流し ―― 夕方から賭けの大口購入外れ当選者たちを招く、ガス坊ちゃん主催の晩餐会が行われる。
大会が終わった翌日かよ! ですが、この機を逃すと、これほどの社交界の人間と一堂に介することは、王族の結婚式でもムリというレベルだから敢行するのだ。
大口で賭けをしていた人たちは、晩餐会に出席するのが目的。
なにより大口の賭けをしている人たちは金持ちながら、上流階級ではないので招待されず ―― 稀に欠員が出て唐突に声がかかることでしか、上流階級の社交界に出席できない。
だからいつ声がかかってもいいように、服はクローゼットに唸るほど用意されているので、こんなに短期間での招待でもなんら問題ないのだそうだ。
晩餐会の招待は大会終了後に発表され、出欠を取ったところ、全員が参加とのこと。
皆さま、この伝手は逃さないという心意気が感じられます。
そんなガス坊ちゃんの晩餐会、わたしも閣下と一緒に出席します。
ドレスと宝飾品一式は閣下が全部揃えていてくださいました!
相変わらず豪華そう……いや豪華ですが、晩餐会という不慣れな場所に向かうのだから、閣下が用意して下さった戦闘服を着て、気を引き締め乗り切らなくては! 首を洗って待っているがいい、ガス坊ちゃんの晩餐会。
そうそう、大口購入者にはディートリヒ大佐が言っていた、アブスブルゴル帝国の閣僚もいたそうだ。閣下に会う伝手がなくて、国家予算でまさに博打を打ったらしい……どんだけ追い詰められて……。




