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【033】中尉、告白される

 迫力に気圧されてプロポーズを受けてしまった訳だが……。

 いつの間にか手から滑り落ちていたコートを閣下が拾ってくださり、祭壇にはオレンジ色のストラが投げ捨てられたまま、手を引かれステンドグラスから光が差し込む礼拝堂をあとにした。

 

 談話室へと連れていかれ、閣下はソファーに腰を下ろしぴっちりと閉まっていた襟元を緩める。


「中尉、座れ」


 座れと言いながら閣下がご自分の隣を叩くので、コートを抱いたまま、少し距離を取って腰を下ろす。


「失礼します」


 高級感漂うレザーのソファー。……あ、高級感じゃなくて、間違いなく高級だ。

 閣下は足を組み、テーブルに置かれていた箱を開け、パイプを取りだし火を付ける。

 格好良いじゃないですか!

 一服された閣下がさらりと言われた。


「好いていた中尉から告白されたのは、望外の喜びであった」


 ……あ、ああ、一応両想い的な感じだったらしい。

 閣下、わたしのどこを気に入ったんだろう?


「年甲斐もなくと笑われそうだが、中尉に一目惚れだ。一目惚れしたのは、中尉が庇ってくれた時だ。中尉の額が切れ、鮮血が辺りに散った姿を見て恋に落ちた」


 それはまた、血腥(ちなまぐさ)い恋の始まりですね。

 そっかー。閣下に血のシャワーを浴びせたのが始まりか。


「前もって言っておくが、中尉の顔に傷が残ったから、妻に迎えようとしているわけではない。わたしを庇って負傷した女性兵士など、数え切れないほどいる。その女性兵士らに対し、わたしは恋愛感情を持ったことは一度もない」


 パイプを薫らせながら、閣下はそう言う。わたしが思いかけていることすら、閣下が全て拾っていかれる。

 そうか。顔に傷が残ったからというわけじゃないのか。


「恋をするのは理屈ではないとは良く言ったものだ。あの危機的な場面で、わたしは自身の感情に驚き足が止まった。普段であれば、中尉に言われる前に機関車内に戻っているのだが、中尉に見惚れて危機回避が随分と遅れた」


 うまく庇ったつもりだったのに、閣下が見惚れて動けなく……なってるなんて、思う筈ないよな。

 頭からバシューって血吹き出している、ヘルメット被って小銃持った大女に一目惚れするとか、お淑やかな貴族女性ばかりを見て来た閣下にとっては斬新だったのかも知れないけど、それでいいのでしょうかね?


「おかげで、レイモンドにすぐに知られてしまった」

「レイモンド?」

「レイモンド・ヴァン・ヒースコートだ」


 ヒースコート大佐ですか……いまは出世して准将になった、誑し系色男ヒースコート准将ですか。

 蒸気機関車内では、色々とお世話になりました。

 えっと……バレてたの? 閣下のお気持ち、ヒースコート准将にバレてたの? 向けられている当人であるわたしは、まったく気付いてなかったっていうのに。


「レイモンドに気に入ったのならば侍らせればいいではないかと、散々煽られたので、負傷した中尉を側に置いたのだ。もちろん、部屋が足りなかったという理由もあったが、部屋割りはそういった思惑で決めた」


 侍らせるって……顔をぱんぱんに腫らした大女を侍らせるとか、意味が分かりませんが、貴族業界ではそういうこともあるんですね。


「一時的なものかと思ったが、アディフィンで中尉と市街観光をした際も、感情は変わらず。これは本格的なものだと判断し、中尉を妾として迎えようと考えた」

「めかけ……ですか」

「今は妾にしようなどと思っていない。ただ中尉に分かって欲しいのは、わたしは古い家柄の生まれでな。結婚観などが中尉とは違い、愛する者は妾として迎えよ……と教えられて育ったのだ。よって中尉への愛情に気付いた時、迷わず妾にしようと考えた。中尉には理解しがたいであろうが」


 悪役令嬢が王子と男爵令嬢をざまぁする物語の一節「妾を持つことくらい許しますよ」はよく聞くけど――男性側だって、当然そう教えられて育ってるんだよなあ。だからしっかりとした教育を受けた貴族男性なら、妾と考えるわけだ。

 でも正面から聞かされると、圧巻だなあ。本当に住む世界が違う人だ。完全に支配者の思考回路だ。


「アディフィンからの帰り、レイモンドからどうするのか聞かれ、妾にすると答えたところ、今度は果てなく馬鹿にされてな。”自立し未来ある、若くて輝かんばかりの美貌を持つ娘が、かび臭い古びた家柄の中年男の妾なんかになるかよ”……言われてみればその通り」


 閣下を中年男って。ヒースコート准将だって同い年じゃないですか。

 それにまだ中年じゃないよ、まだ壮年ですよ!


「中尉が妾などを好まない性質なのは、協力を依頼するための調査で分かっていたのだがな」


 協力依頼ってアレですよね、オルフハード少佐の恋人詐欺的なアレですよね。でも、庶民としては妾が嫌なのは普通だよね。


「では諦めるしかないなと思ったのだが、中尉が兵士たちと仲良く話しているのを見るにつけて苛ついてな。どうもレイモンドが、部下たちを使ってわたしをからかっていたようだ」


 ヒースコート准将の部下たちと楽しくお話していた裏に、そんなことが! 何してくださるんですか! ヒースコート准将。


「愛した女を妻として迎えてもいいのではと答えが出たのは、帰国直前だった。中尉は愚かだと笑うであろうが、この答えを出すのには、随分と苦労した。実家を離れて随分と経ち、進歩的な考えを持っているつもりだったのだが、因習から完全に脱していなかったのだな。そのことに気付けただけでも、中尉を愛してよかったと思った」


 閣下、相当な葛藤があったようですね。

 まったく気付かずに「閣下がベッドで寝てくれないー」とヒースコート准将の部下やオルフハード少佐に愚痴っていた自分が……情けないとは言わないけど、なんだか恥ずかしくはある。


 閣下はパイプを持ったまま、また右頬に触れて傷をなぞり――


「ところで、本当にわたしでよいのか? この癖なく指通りのよい絹のようなプラチナブロンドに、世界中のエメラルドが屑石になってしまうほどに美しいエメラルド色の瞳。けぶるような睫に、真珠のような光沢ある白皙。そして薔薇色の頬、艶やかな珊瑚色の唇。顔の造詣も見事なまでに整っている。わたしは世界を一周したが、中尉ほど美しい女は見たことはない。わたしなどより、もっと気安く付き合いやすい、若い男と巡り会う機会があると思うが」


 色あいだけ聞くと、絶世の美女みたいですね。

 ちょっと装飾過剰ですが、白い肌で金髪で緑色の目という色彩なのは確かです。

 ですがパーツが完全に男性なので、閣下の説明聞いたあとにわたしを見た人は「ふあぁ? おんなぁ?」となるかと。

 ほんと、色彩は良いんですけど、体を含めたパーツが隙なく男物で。一箇所くらい女性パーツがあっても……重要な一箇所が女性パーツだったがために、女なんですが。そこの女パーツは要らなかったような、いや要るか。……あれ、なんだ、まあいいや。


「小官は閣下がいいのです……」


 もの凄い小声!

 士官学校でこんな小声で返答したら、グラウンド五周させられるくらいの小声。


「そうか。まあ、その返事以外は聞くつもりはなかったがな」


 なんか支配者だー。閣下、支配者だー。


「さて、中尉から許可が得られたから、今度はご両親に許可を貰わねばな」


 あ、あ……そうだ、結婚するなら、両親に話さないといけな……うちの両親、驚きのあまり死んじゃうかも!


「それにしても、欲しい当人を先に口説き落としてから、両親に許可をもらいにいくというのは、なかなか難しいものだな」

「あー……貴族の子女は親同士が決めるんでしたね」

「そうだ。親の許可さえ取ればそれでいい、本人の意思など必要ない。だが中尉のように自立した娘は、そうはいかない。中尉の両親も、中尉の自主性を尊重しているから、本人を無視して親に申し込むのは違うであろう。となれば、どうするべきか? 国々への根回しはすぐに済んだが、中尉にどのように告げていいか悩んでいたところ、中尉からの告白だ。嬉しくもあり、情けなくもあり、人生において初めての複雑な心境だった」


 国々に根回しとかいう物騒な単語が聞こえたんですが、鈍感難聴を発症して聞かなかったことにしておくべきだよね。


「そんなに深く悩まれなくても。気軽に声を掛けてくだされば」

「……」


 閣下が微笑まれている。優しい眼差しなんだけど、なんか子供を慈しむ的な感じがしなくも……聖職者感が凄いです。


「どうなさいました?」

「もっと喋ってくれないか」

「えっと……なにを話せばよろしいのでしょうか?」

「なんでもよい。中尉の声は美しく、聞いていて飽きぬ」


 こ、声が美しい? 喋っても男と認識されてしまうような低い声なのですが、ま、まあ閣下がそう仰るのなら、なにかお話ししよう。

 なにを話せば……現在の職場の話とかが無難だよね!


「閣下の邸を初めて訪れた際に食べたコンソメスープがとても美味しくて。あれなら、鍋一杯食べられる自信があります」


 話をしているうちに、食べさせてもらった数々の美味しい料理について、熱く語ってしまった。


「そうか。では今度、用意させておこう。さて、もっと中尉と話していたいが、聖誕期間だ。そろそろ家族の元へ帰さねばな」


 いろいろと話をしていたら、随分と時間が経ってしまったらしく、閣下がそう言われた。


 帰りは馬車で。閣下も同乗し、車中で色々と話をし――両親への挨拶は来年に入ってすぐを考えているとか。来年までってあと一ヶ月くらいしか……。


「では、明日な」

「はい。急ぎ参ります」


 贈り物を抱えて帰宅する。


「わあぁ! ル・ギャリエンヌのチョコレートだ! ええ? こんなに!」


 贈り物の表向きの理由は、昨晩休憩させてもらったこと……その贈り物だが、我が国ナンバーワン高級チョコレート店ル・ギャリエンヌの、宝石箱のような箱に入っているチョコレート詰め合わせ。

 一段3×6で五段セット。お値段は……知らん。店頭で売ってるような代物じゃない。


「一日一個よ、カリナ」


 継母(かあさん)は早々にチョコレート箱を取り上げた。

 あとデニスには特別に――


「デニス」

「なに姉さん」

「あのな、リリエンタール閣下の邸に行ってきたんだ」

「聞いてるよ」

「それでなデニス。リリエンタール閣下より伝言、”ワルシャワは必要だ”」


 そう言ってサムズアップしたところ、


「さすがリリエンタール閣下、分かってらっしゃる!」


 デニスのテンションが急上昇。ちなみにこのワルシャワとは、ポーランド共和国の首都名ではない。この世界にはポーランド共和国はないので。では何なのか? わたしは知らない。デニスに発動する、魔法の呪文的ななにからしい。


「そうか。それでリリエンタール閣下から半日だけだが、貸してもらったものがあるんだ」


 明日閣下のご自宅に行く理由を作るため、閣下が貸してくださったのは図面。

 図面の入っている筒を差し出す。


「なにこれ?」

「リシャール・レスコー直筆ランパート号の図面。って言われたんだけど、意味分かる?」


 ”そう言えば、中尉の弟なら分かる”と閣下が――余程凄いものらしく、デニスは父さんに「事務所貸して!」と頼み許可を取り「姉さんが返しに行くまで、部屋には誰も入ってこないで!」と叫び籠もった。


「姉ちゃん、なに持ってきたの?」

「さあ……蒸気機関車関係のなにかなんだとは思うけど」

「兄ちゃん、蒸気機関車好きだもんね」


 カリナは一瞬呆れた表情になったが、いつものことなので、


「ご飯にするわよ、イヴ、カリナ。あなた(父さん)も、席について」


 継母(かあさん)は何事もなかったかのように、デニス抜きでの夕食を始めた。


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