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【033】代表、ポーズを伝授する

 イソラ兵長の表彰式。

 表彰台に登り国旗掲揚となり、わたしの提案通りに金メダリストの出身国の国歌が生演奏。

 録音技術があまり発達していないのと、音響設備というものが整っていないので、生演奏になるわけです。

 ガス坊ちゃんはブリタニアス軍の軍楽隊全てを借り、十八カ国の国歌を覚えるよう、かなりギリギリで指示……わたしがギリギリなところで提案したんですけれどね。

 余所の国の国歌の楽譜など、簡単に手に入らない時代ですので四苦八苦……と思いきや、ブリタニアス海軍の軍楽隊隊員の一人に国歌マニアがいて、仲間に他国にいった際、その国の国歌の楽譜を買ってきて欲しいと頼んでおり ―― なんと十八カ国全ての国歌の楽譜がすぐさま揃った。

 本人が海軍の軍楽隊に所属している理由も「海軍の軍楽隊に所属できたら、海外の国歌を現地で聞けるとおもったから」という、我が家のデニスを彷彿とさせる一言が。

 いろんなマニアがいるもんなんだなあ……とわたしが思ったって仕方ない。

 楽譜さえあれば、あとは軍楽隊はお手の物。

 すぐに仕上げにかかり ―― 万が一国歌が別物だったら困るので、選手たちに確認してもらい、間違いがないことも確認した。

 かつてに比べたら海外の国が近くなったとはいえ、まだまだ遠い部分のほうが多いし、なにより余所の国の文化にあんまり興味無いから。

 とくに超大国は。

 ブリタニアスの軍楽隊が演奏するのは十八カ国中十七カ国。一カ国だけ軍楽隊がついてきていた(・・)

 その一カ国とは我が国である ――


「閣下と妃殿下の結婚式で演奏しようとしたものの、入国拒否を食らった。ま、誰が拒否したのかは言わないでも分かるだろう」

「それはそうでしょうね……」


 八十四名が楽器を抱えて走って所定の位置にやってきて、ぴしっと整列。指揮台が用意されそこにやって来たのは、正装したペガノフ総督。

 ペガノフ総督の指揮のもと、我が国の国歌が演奏されております。


「千人の軍楽隊を連れて来ようとして、”ふざけんな!”と」


 キース大将、贈り物(象牙・鼈甲・赤珊瑚)が持ち込まれる際に注意を払っていらっしゃいましたが……こっそり軍楽隊を入国させていないかどうかの、見張りもなさっていたのかも知れない。


「ペガノフ総督は名将。五万や十万程度(・・)の兵ならば、簡単に海を越えさせることができる。ペガノフ総督としては、随分と減らしたつもりだったが、常備軍がさほどいないロスカネフにいきなり千人の軍楽隊とその他……は……なあ」


 説明してくれるディートリヒ大佐の苦笑い半歩前みたいな曖昧な笑み ―― 色々あったんですね。


「なによりペガノフ総督が軍楽隊を連れて来ると知ったら、ロックハート・クレマンティーヌ両総督も軍楽隊を伴うと騒ぐのは必至で、一気に数が膨れあがる」


 閣下の慶事に「うわーい!」って大はしゃぎして、我が国の総軍を越えるお祝い兵を連れてくる総督たち……悪いことはしないとは思いますが、国防を預かるキース大将としては許可なんて出せない。

 三総督以外にもリトミシュル閣下やアウグスト陛下も軍を伴ってやってきたので……結婚式に関してだけではないが、キース大将にはご迷惑おかけしまくりだったわ。

 キース大将はそういうこと、一言も言わないから分かんないんですよねえ。

 帰国後「ご迷惑おかけいたしました」と言ったところで「総司令官の仕事をしただけだ」って返されるか、もしくは鷲掴みされるか。


「ですよねー。それにしても、お上手ですね」


 もとルース帝国軍でルース人に国歌を演奏されるって、何とも言えない気分です。更に言うと、我が国の軍楽隊より上手いような。


「一万五千の軍楽隊の中から選ばれた千名、その千名から更に選び抜かれた八十四名だからな」


 相変わらず分母がでかいな、元ルース。

 国歌の演奏が終わるとペガノフ総督は指揮台から飛び降り、膝をついて頭を下げた……わたしに向かって頭下げないでください!

 閣下に向かって頭をお下げになってください!


「少佐、拍手」

「はい、ディートリヒ大佐」


 優雅さとか支配者感のない、大雑把ながら大きな音がでる拍手を送り ―― ペガノフ総督と軍楽隊は去っていった。


 聞いたところによると、開会式の国歌はロックハート総督の軍楽隊だったそうです。ロックハート、ペガノフ、クレマンティーヌというローテーションが組まれたのだそうで。


「開会式と射撃と乗馬、この三つは確実に取るので、最低一回は演奏できる。均等にならずとも我慢しろと閣下が言い渡しました」

「…………」


 めっちゃ責任重大だった。

 自分で提案したことだけど、かつてないほどの重圧……ってほどでもない。

 だって他の選手たちにも、うろ覚えながらスポーツ科学豆知識を伝授し ―― 記録が伸びている。

 格闘系は相手がいるので難しいが、自分との戦い系なら結構いい感じになってるから、総督方も楽しみにしていてください。


 国歌が終わると、メダリストがメダリストに ―― 首にメダルがかけられる。その役割は基本ガス坊ちゃん……ではなく運営総責任者クロムウェル公爵。

 イソラ兵長の首にメダルをかけ、つぎにオリーブ冠を頭に乗せてから握手をしてなにやら声をかけている。表情から称賛しているのが分かる。

 その態度が立派で、ガス坊ちゃんとは呼べない……心の内以外で呼んだことはないけど。きっとこれからも呼ぶとは思うけれど。


「クロムウェル公爵がすごく立派になった感じがします」


 それほどガス坊ちゃんのことを知っているわけではないけれど、フロックコート姿のガス坊ちゃんは立派な貴族紳士だ。あっ! 思った側からガス坊ちゃんって呼んでる! 御免なガス坊ちゃん。


「実際立派になったそうだ。ロスカネフから帰国してから、見違えるほどだとグロリア陛下も認めるほど。少佐のお陰だろうな」

「…………」


 わたしは何もした覚えはないのですが。


「ところで、ペガノフ総督はグリュンヴァルター公国にいなくていいんですか?」

そっちは(アブスブルゴル)もう、ほぼ終わり(亡国確定)。すでにグリュンヴァルター公国まで軍を派遣するような余力はない……そうだ。閣下がそのように仰っているのだから、間違いないだろう」

「そうなんですか…………」


 何が何やら……そっちはそっちで気にはなるのですが、いまわたしがすべきことは、写真を撮ること。

 記録としてたくさん写真を撮りたいなと考えているのです。

 あと記念としても ――


「三人並んで、メダルを持って」


 厳つい顔だちの男三名が困惑し、なんとも情けない表情に ―― わたしの中では表彰台でメダルを顔の近くに持ってきて笑顔で撮影されるというのは、ありふれた動作なのだが、この時代はそういうポーズがないので、


「こんな感じで」


 単純すぎる仕草を見せて ―― アウグスト陛下が通訳して下さり、気付けば鏡が運ばれ、選手たちは先ほどわたしが取ったポーズを鏡で確認しながら取ってくれ撮影に成功。

 その後、出場選手全員で記念撮影を。

 ちなみにメダルを持って写るのはすぐに受け入れられ、イソラ兵長含む三人は他の選手たちと写るときも、くいっと持ち上げて写るようになった。

 メダルを噛ませないのか?

 それに関しては、メダルに使われている素材が不安。金属中毒にならないという保証はないので。

 この時代の金属製品は若干心配なところがあるし、なによりわたしは金属に詳しくない。せいぜい白粉(おしろい)の鉛白がヤバイくらいしか。

 メダルに鉛が使われていないことだけは確認しているよ! わたしにできるのはその程度。


「オルソン。もっと撮れ」

「はい、クローヴィス少佐」


 国としては撮影費用はほとんど出ていない ―― 選手団に金をかけたので、写真はほとんど撮影できない。

 そこで個人的に撮影した写真を、軍にお裾分けするという形を取る予定。

 これに関してはキース大将も受け入れてくれた。

 予算はどこから? ……閣下が出してくださいました!

 申し訳ないなと思う反面、ほとんどの選手は家族や友人が応援に来ることができないので、せめて写真くらいは!

 なにより国の撮影予算を削るはめになった提案の数々を出したのは、わたしなので!


 表彰式が終わり会場が撤収作業に入ると、


「イソラ兵長さん、おめでとうございます」


 紺地に白い小さな花がプリントされたワンピースを着たカリナが、本日もフロックコート姿のベルナルドさんとともにやってきた。

 ベルナルドさんの他にはSP感が隠しきれないラウンジスーツ姿の男性が二名ほど。目つき鋭いなー。ただ者じゃないんだろうな。

 競技場に配置された警備員たちも、こちらへはこないところを見ると、このラウンジスーツの二人は警備員よりも立場は上だな。


「ありがとう、カリナちゃん」


 イソラ兵長はメダルを外してカリナに渡してくれた。


「金メダル!」


 カリナが頭上に金メダルを掲げる……うちの妹が可愛い。オルソン、わたしの可愛い妹を撮影するんだ。


「カリナさまが、どうしても近くで見たいと仰ったので」


 イソラ兵長他、銀と銅を取った選手もやってきて、カリナに見せてくれている。


「済みません。我が儘を」

「いえいえ。我が儘だなんて。可愛らしいお願いでしかありませんよ。そしてわたしは偶々それを叶えられただけです」

「ベルナルドさん」

「二位と三位の選手の会話を通訳してきますね」


 ほんとうにありがとうございます! 不出来な姉にはできないので! ちなみに二位と三位の選手はアディフィン語が使用言語でした。

 最近は聞き取ることは出来るようになってきたのですが、まだまだ通訳するほどではなく……どころか、まだまだ会話も覚束ない……頑張る!


 そして ――


 首から下げられたメダルを持って顔の側に近づけるポーズ。これが「クローヴィスポーズ・表彰台バージョン」と呼ばれるようになるなんて、その時のわたしは思わなかったわけです…………。そしてこのクローヴィスポーズはオリュンポス(オリンピック)の表彰台を席巻。気付いた時には名称を変えることなどできず。

 席巻するのはいいんですが、何でもかんでも名前付けようとしないでー!


「イヴは写真に写るのが得意だからな」


 閣下はこの名称に非常にご満悦とは、ベルナルドさんからの情報。


「え……そ、そうですか」


 閣下曰くわたしは、写真に写るのが上手いらしい……それもそうか。自撮りなんてそんなにしなかったが、友達と一緒に撮ったり、撮影する必要もないような料理を撮ったり ―― この時代の人たちよりも、ずっと写真慣れしてるもんなあ……って、閣下鋭いわ! わたしが写真を撮られ慣れしているのに気付かれるなんて!


「イヴはどこを撮っても美しいので、撮影者に技量など要らぬがな。きっとわたしが撮影しても、イヴは美しい」

「閣下が撮影してくださったら、わたしは最高の笑顔で写れる自信があります。ファインダーの向こうに閣下がいると思ったら」


 最高の笑顔が自然に浮かんでくると思うんです ―― この後、閣下に「可愛いらしい娘だ。わたしを試してるのだな。そんなところも可愛らしい」といって押し倒された。

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