【031】中尉、自宅を強襲される
現在閣下は、ベルバリアス宮殿にて執務に当たられている。
参謀長官の職の他に、立憲君主制にまつわる様々なことにも携わっているらしい。閣下の軍人としての職務はある程度分かるけど、政治家というか国政に携わっている部分は、よく分からないのだよ。ほら、わたし下っ端軍人だから。将校クラスになると、政治とも色々絡むから分かるらしいけど。
そう言えば、再来年の大統領選出に向けて忙しいと聞いたことが……対共産連邦対策だけではなく、そんな大事にも関わっている閣下に、職務中に気持ちを告げていいのか? 来る途中に考えたのだが、キース少将の言葉通り、この機会を逃したら、多分無理。
対共産連邦対策が本格化したら、更に余裕はなくなるし、それに決着がついたら、わたしは接点がなくなってしまう。
だから迷惑だろうが、告げることにした。
裏門から入り、受付に面会希望だと告げ――予約していないので、何時になるか分かりませんよと言われたが、それは構わない。
広い廊下に置かれている長椅子に腰を下ろして、その時が来るのを待つ。
……それにしても立派な宮殿だなあ。
ガイドリクス大将付きの時、王宮を訪れたこともあるが、その王宮に負けず劣らずの豪華さ。
現在は迎賓館も兼ねており、後々ここは大統領府になり、大統領がここで生活することになるらしい。
いつかここの警備を担当することもあるだろう。
「キース少将閣下より伝言ですか」
「はい」
「直接お伝えしなくてはならないことですか?」
「はい」
秘書官に「閣下忙しいから、伝言托して帰れ」と言外に匂わされているのは分かるが、ここはあえて鈍感難聴病を発症して気付かないふりをする。
ちなみに秘書官は、アディフィン行きの蒸気機関車にも同乗していた、なんか地雷っぽい黒髪の女性。
「おや、少尉……じゃなくて中尉、クローヴィス中尉じゃないか」
気が抜けたような口調で声を掛けられた。
振り返ると室長が。
「どうしたんだい? 中尉」
閣下にキース少将の言葉を伝えに来たのだと嘘を告げると、
「そっかー。じゃあ行こうか。ああ、気にしなくていいよ、秘書官の君。さあ、一緒においで中尉」
”行くよ”と手を引かれた。
お言葉に甘えて室長の後を付いて、閣下の執務室へ。
宮殿の名に相応しい、装飾を施された大きめの白い扉の前に、小銃を持った衛兵が二名。
「リリエンタールに用事があって来た。取り次いで。ああ、わたしはアルドバルド子爵だよ。中尉はクローヴィス。さ、取り次いで」
室長のおかげで執務室へ。
室内にも衛兵が四名に副官が一名。さらに秘書官っぽい人が三名。もちろん室内は静寂に満ちている。
「リリエンタール。用事があってきた」
「ないのに来られても困るが」
閣下は書類を見つめたまま、室長に答えた。まあ、そうだよね。
「わたしの用事の前に、中尉からの話があるよ、リリエンタール」
「中尉?」
書類から顔を上げられた閣下――整っておいでだが、熱が感じられないそのお顔……かつて陰気とか思ってごめんなさい。今ではがっちり好みです。
「どうした? 中尉」
「あの秘書官に止められていて、困っていたよ。あの秘書官毎回こういうことするんだから、さっさと更迭したらどうだい? リリエンタール」
「そうか。それは後回しだ。して中尉、何用だ?」
閣下の執務室なら、二人きりになれると思ったわたしのばかー!
わたしだって、客人と上官を二人きりにしないのに! 気付かなかったわたしのばかー!
「あの……耳打ちしてもよろしいでしょうか?」
さすがに大声で告白する勇気はないので、こそっとお伝えさせて欲しい。
「耳打ち? 余人に聞かれたくないことか?」
「はい」
「よかろう」
「では身体検査を」
衛兵の一人がそう言って、危険物を持っていないかどうか調べるために近づいてきた。やりやすいように腕を上げて待つ。
さあ、股間を触って「あ゛あ゛? これ男じゃないの!? うそだろ? もっかい触って……あ、ねえぞこいつ!」となるがいい!
「身体検査は要らん、下がれ。それで、なんだ? 中尉」
内心の動揺を悟られないように大股で閣下に近づき、耳元へ顔を寄せて、手で口元を隠す。
ふわりと薫る男性用の香水の香り。……香水付けたことない女子力皆無のわたしと、紳士は違うわー。でも告白する。
「閣下。キース少将からの伝言とは嘘です。イヴ・クローヴィスはリリエンタール閣下のことを愛しております。それを伝えたく……お忙しいところを申し訳ございません。失礼いたします」
閣下の表情を見る勇気はないので、視線を合わせずに離れて一礼して無事退出。
廊下を走ってはいけないので早足で。そしてベルバリアス宮殿を出て――そのまま岸壁へ。
岸壁に打ちつける鉛色の海……寒い。
さすがに寒すぎるわ。なんで海に来たんだよ。北国の冬の岸壁とか、自殺するヤツですら近寄らないよ。
そして……告白しちゃったー!
…………すごくスッキリした。公私混同も甚だしいが、スッキリした!
これで降格くらっても、思い残すことはない!
よし、心を入れ替えて、国家ざまあ阻止に専念しよう!
……と、決意を新たにしたのだが、告白の翌日から聖誕祭期間の休暇に突入してしまった。聖誕祭とはクリスマスシーズンのようなもの。
日本のクリスマスシーズンとは違い、がっつりと休むのが慣わし。
休暇返上して仕事しろよ? 国家ざまあ阻止のためにかけずり回れよ! ……いや、休暇取らないと駄目なんだよ。
この時期「俺は休暇を取らずに仕事するんだ!」とかほざいたら、頭おかしいと思われるどころじゃなくて「え? お前メシアの聖誕祝わないとか、無神論者なの? 共産主義者なの?」と言われかねない。
そのくらい大事な休暇なんだよ。
聖誕祭期間の長期休暇は、とっても大事なものなんだよ! この世界では。大事なことだから二回言いましたよ!
ゲームでも聖誕祭期間中に、重要なデートイベントが発生するくらいだからな。
更に言えば、攻略対象たちは貴族のご子息なので、制服を着ていないわたしが近づくことは不可能。ゲーム内では身分の低い男爵令嬢だって、庶民からしたら男爵さまのご令嬢。男爵の敬称は閣下だよ? そんな敬称が付くようなご身分だから、近づけないのだよ。
さて大事な聖誕祭の長期休暇だが、わたしの休暇は前半。後半の聖誕日にかかる時期は、地方から来ている者に譲る。
地元出身者は仕事が終わってからでも聖誕日を家族と過ごせるが、地方から来ている人たちは帰らないと過ごせないからね。
というわけで、首都出身のわたしの休暇割り当ては前半で、いまは実家に帰ってきている。
「…………」
本日両親は同業者同士で聖誕を祝っている。うち自営業だから、人との付き合い大事なんだ。
デニスは夜勤で駅に泊まりで、カリナは既に寝ている。
わたしはベッドに横になり本を読んでいたが、それも読み終わってしまった。
まだ寝るには早すぎる時間……ん? 誰かが近づいてきた。おそらくこの足音はメイドのマリエット。
「イヴお嬢さま、よろしいでしょうか」
マリエット、わたしをお嬢さまと呼ぶのは止めてくれ!
もうお嬢さまって年じゃないから! 大体見た目、お嬢さまじゃないから! 大体、マリエットと同い年だし……まあ、雇用主の娘だから、お嬢さまって呼ばなきゃ駄目なのは分かるが、この見た目でお嬢さま呼ばわれするのは辛い。
「なんだ? マリエット」
マリエットが言うには、軍人がやってきて、我が家の前で馬車の車軸が折れたので、新しい車体を用意するまでの間、少しばかり主人を家で休ませてくれないかと頼んできたそうだ。
軍人だということもあるが、いまこの家でそういった判断を下せるのはわたしなので……玄関にいる軍人、見覚えあるわー。癖のある灰色の頭髪で、美形なくせにやたらと馴染む佐官……オルフハード少佐じゃないですか!
「馬車の車軸が折れたと聞きましたが」
「そうだ。新しい馬車がやってくるまで、閣下をこちらで休ませて欲しい」
「閣下ですか……」
なぜ閣下が九番街なんかに! 閣下が足を運ぶような場所はありませんよ!




