【021】代表、運営に協力する
閣下の親友お二人とのダンスを終えると、トイレを我慢しているかのような思い詰めた表情のガス坊ちゃんがこちらへやってきて、
「だんちゅっの! もうちっこみ!」
ロスカネフ語でダンスを申し込んできてくれた……っぽい。
受けていいのかな? と閣下を拝見すると、頷いてくださったので手を差し出すと、ガス坊ちゃんが笑顔で手を取った。
『ロスカネフ語は発音が変わっている』
『否定はしませんよ』
ガス坊ちゃんが言えるロスカネフ語はダンスの申し込みだけだったらしく、あとはいつも通りにブリタニアス語で。
ガス坊ちゃんとダンスを踊ったのは初めてだが、剣術とおなじく教本そのままな感じ。かく言うわたしも教本通りタイプなので、もの凄く踊りやすい。
『ドレス、とてもよく似合っている』
『それはどうも。わたしとしては派手なのではないかと思ったのだが、女王陛下の夜会だからある程度の豪華さは必要だとのことで』
『うん、そうだな。だがそこまで派手なのを着こなせるのは、クリフォード公爵妃殿下だからこそだろう』
ガス坊ちゃんに褒められてる! ……んだよね?
『クリフォード公爵妃殿下とダンスを踊るのは初めてだ……本当はロスカネフで誘うつもりだったのだが……』
頬どころか耳まで赤らめて、照れているのがはっきりと分かる。ロスカネフで誘うつもり……ああ、ガス坊ちゃんが号泣したあの夜会か。そっか、誘ってくれるつもりだったのか。
『あの時はタイミングがあいませんでしたものね』
いろんなものが合ってなかったが、それをとやかく言っても仕方ない。
『そのーあなたと踊ることができて、とても嬉しい。本当に天にも昇る気分だ』
顔に朱がさしたまま笑うガス坊ちゃんは、まだ少年っぽさが残っていて可愛く見える。いや、まあ目の錯覚ですけれどもね! ガス坊ちゃんだって立派な成人男性ですから。
『あなたからクリフォード公爵殿下を通したオリュンポスに関する要望には、すべて許可を出したので、思うようにして欲しい』
『? 許可を?』
『ああ。わたしは今大会の運営総責任者なのだ』
”ぶほぉぉぉ!”と内心で吹き出したのは言うまでもない ―― そっか、クロムウェル公爵閣下ともなれば、女王陛下肝いりの大会の総責任者を命じられるのか!
なんかお飾り感もないような、あるような……。
でも若いうちに責任ある立場で成功を体験することは良いことだよね。
『そうでしたか。許可ありがとうございます』
『変わった要望だが、法規に照らし合わせてもおかしなものはなかったからな』
『変わっていましたか』
『ああ……そんな目の付け所が違うクリフォード公爵妃殿下に、折り入って頼みがあるのだが』
『なんでしょう?』
話をしていると曲が終わり、わたしたちはダンスを終えて閣下の元へと戻り ―― そこでガス坊ちゃんからの頼みを聞くことに。
『オリュンポスが、まったく盛り上がらないのだ』
でしょうねー。
『クリフォード公爵妃殿下が出場なさる、最終日の大賞典障害飛越競技は心配はないのだが』
『馬術はもともと人気がありますからね』
『ああ。ブリタニアスでは馬の競技はとくに人気だ』
『競馬は我が国でも大人気です』
上流階級の社交の場として競馬場は人気がある ―― 前世の競馬場とはちょっと違い、競馬場は上流階級のもので、ドレスコードがあり紳士淑女が楽しむものなのだ。
小国ながら社交界を所持する我が国にも競馬場は存在し、上流階級の社交場としての機能を有している。王弟殿下、キース大将閣下付きのどちらの時も、社交の場なので付き従った。
……そう言えば、我が国最強の競走馬の馬主は閣下だった。「リリエンタール閣下、良い馬もってんなあ。金持ちだからか」と思いながらレース見てたわー。
あの時はただの天才金持ち元皇太子だからだと思っていたが、閣下は競走馬の代名詞サラブレッドを産みだした国の現皇太子。
王族が馬を所有し、競馬に馬を出走させるのが義務とまでは言わないが、嗜みとされている国に所縁があるわけだから、良い馬を持っていて当然だった。
ちなみにブリタニアスでは毎年、王室主催の競馬が行われているのだが、今年は閣下の馬が優勝なさったそうだ。
閣下、あっちこっちの競馬場で優勝をかっさらわれているなあ。
『話が逸れてしまったが、オリュンポス全体を盛り上がらせたいのだが、なにか良い案はないだろうか?』
ガス坊ちゃんの真面目な表情といったら……そんな真面目な頼みとなれば!
『まずお伺いしたいのですが、盛り上げるためになにをなさいましたか?』
尋ねたところ、ほぼ何もしていなかった。
『盛り上がるには、庶民を惹きつける必要があると思います』
いやね、ガス坊ちゃんはガス坊ちゃんが属する社会の中ではよくやっていた。
社交界に頻繁に顔を出し「女王陛下の即位を祝う祭典だから、足を運んで欲しい」と呼びかけ、貴族たちもそれには従うらしいのだが ―― そもそも貴族は数が少ない。
貴族たちだけで「きゃっきゃ、うふふ」していても、民衆が「しらー」っとしていてはどうにもならない。
『庶民か』
『範囲を広げ、宣伝するべきではないでしょうか』
ガス坊ちゃんがきらきらとした目で見つめてくる。やめてーそんな可愛い子犬みたいな目でみないでー。
『わたしはブリタニアスの法律には詳しくないので、自由に言わせていただきますが、オリュンポスで盛大な賭を行うのはどうでしょう』
『賭け……勝者を当てるというものか』
『はい』
ブリタニアスは賭け事が盛んなお国柄だと、赴任前に聞かされた。
『たしかに賭の対象となれば、いまより盛り上がりそうだが、受ける賭け屋がいるかどうか』
前世では派手な祭典だったので、対象だったんだけど、ここでは地味過ぎて駄目かー。
『クロムウェル』
『クリフォード公爵殿下』
『心配せずともよい』
閣下がそのように仰ると、いつもの使用人を呼ぶ高貴な御方の手の叩き方 ―― 会場がしーんと静まり返り、
『アドルファス』
”アドルファス”という人物を呼ばれた。
わたしは誰なのか全く分かりませんが、それなりの貴族……でもなさそうな。おそらく伯爵以上ではない。着衣が伯爵以下、要するに連れてきてもらった人レベルの服。なんだけど、カフリンクスとかが異様に高そう。このわたしが見て「高い」と分かるレベルだから、すっごいグレード高いものと思われる。このちぐはぐな格好は「身分は低いが金持ち」がする格好らしい。
わたしに分かるのはそこまでですけどねー。
『はっ!』
『明日までに賭け屋を作れ』
アドルファスさん ―― 三十代後半くらいで、ブラウンの髪をしっかりと撫でつけている人は、思いっきり動揺したが、
『出来ぬのであれば、出来ぬといえ』
『いいえ。このアドルファス、殿下の御意、たしかに賜りました』
すぐに体勢を立て直した。
閣下が厳しいと言われるのは、この命じ方……いや厳しいわー。でもこれに応えられる人がいるんだよね。
『クロムウェル、オリュンポス競技の勝敗の賭けを受ける賭け屋は出来たぞ』
ガス坊ちゃんの口が大開になっている。口を閉じるんだ、ガス坊ちゃん! 名誉あるマクミラン家の当主なんだから!
『あ、はい……あの……他に案はありますか、クリフォード公爵妃殿下』
ガス坊ちゃんから聞かれ、
「イヴ、気にせずに思う存分提案するといい。クロムウェルに任せるところは任せてやる。それが出来ぬ事柄をわたしが補ってやるだけだ」
補うがいきなり賭け屋設立なんですね。
でも……言うだけなら無料! あとは偉い人たちの判断に任せればいい!
『はい! 賭けの対象になりましたので、選手のプロフィールを新聞に掲載すべきかと。もちろん載せてもらうかたちですので、運営側から金を支払って。金が動くとなれば新聞社も乗ってくれるはずです』
『ふむ。クロムウェル、幾ら払う』
『臣には相場が分かりませんので、ここではお答えできませぬが、クリフォード公爵殿下がお持ちの新聞社と契約……ということで?』
『全出場選手のデータも揃っておる』
閣下が選手のデータを持っていることは驚かないが、新聞社を持っていることには驚いた。
『あとで話を詰める、でよろしいでしょうか?』
『かまわぬ。イヴ、その他になにかあるか』
なんだろう。閣下がとっても楽しそう。
『賭けですが、付加価値を付けるのはどうでしょう?』
『付加価値とは? あ、ちょっと待って欲しい。侍従、書記をせい。早くしろ!』
ガス坊ちゃんが手を叩き侍従を呼んだ。その時の手の叩き方は、やはり生まれついての貴族。閣下に劣らず ―― 手を叩いて使用人を呼ぶのが、遺伝子に組み込まれてるみたいだなー。
大きなスケッチブックのようなメモ帳を持ってきた侍従が側にやってきたので、話を再開 ――
『当てて配当金をもらう以外があることで、更に盛り上がると考えます。例えば券に九桁くらいの数字を振り、その番号に対して景品を出す。景品は豪勢に夜会に招待……などはいかがでしょう』
『配当金が出なくても、他にチャンスがあるか。だが夜会は……』
『夜会が当たるのは、一口の額が大きいもののみに限定します。夜会のマナーもご存じでしょうし、それに合った格好ができる人が対象になるかと』
『なるほど。マクミラン家の晩餐会に招待でもいけるか』
『クロムウェル公爵閣下がよろしいのでしたら』
『それならば、大金が集まりそうだが、庶民には関係がないのでは』
『庶民には、庶民向けの景品を出します。一口がもっとも安い賭に五桁程度の番号を振り、ちょっと手が出そうででないくらいの景品を出すのです』
『……例えば? ちょっとわたしには見当もつかない……ので』
そりゃあ、ガス坊ちゃんには分からんわなー。生まれた時から王侯貴族だもん。だから”無知で済みません”みたいな顔しなくていいから。ガス坊ちゃんは偉そうな態度がよく似合う。
『例えばブリタニアス名産のマーマレード、その最高級品五本詰め合わせはどうでしょう』
『あ、ああ……なるほど』
『その時の高級フルーツの詰め合わせなども喜ばれるかと』
『ふむふむ』
『さらにはずれ券十枚で砂糖、二十枚で高級石鹸など生活に密着したものと交換することも提案いたします』
『案としてはおかしくはないのだが、男はもらっても嬉しくないような……煙草のほうがいいのでは』
『賭けは男の楽しみでしょう』
『そうだな』
この時代、賭け事に興じることができるのは男だけ ―― 競馬場で社交を楽しむ貴婦人であろうとも、馬券を買うことはできないのだ。
『貴婦人のみなさまは、夫の賭けに文句をとやかく言わないでしょうが、庶民は違います。そんなものに金を使うな、どうせ当たらないんだ! 無駄遣いするな! と妻に叱られる夫が多数おります。ですが外れにも等しく商品が当たる、それが女性の好み、家庭に役立つとなれば、妻たちの猛攻を少しは回避することができます』
エサイアスの同時通訳を聞き深く一度だけ頷くトロイ先輩……トロイ先輩のお母さんは、まさに肝っ玉母さんだからなー。
『そういうことか! 奥方の機嫌を伺いつつ賭けをするのか』
『庶民はそんな感じです』
『うん、うん。だが賭けにすると八百長問題が発生するのでは?』
『だからこその、一口が高額で栄誉が当たるようにするのです。この栄誉が当たるのは外れ券のみ。配当金と栄誉の両方を手に入れることはできない。となれば、勝敗に口を挟むよりも、全てのパターンを買ったほうが確実と、賢明な方は判断を下すかと。もちろんそれでも、八百長に対する備えは必要だと思いますが、そこは誇り高きブリタニアス貴族。そのようなセコい真似はしないでしょう』
庶民に「そんなことしねーよな。貴族だったら」と当てこすられ ―― ガス坊ちゃんの顔がぱあぁ! と明るくなった。
『そうだな。誇りある貴族ならば、そのような真似はしない。ご迷惑をおかけしたクリフォード公爵妃殿下のお心の広さに、このクロムウェル、感激の極みにございます』
ガス坊ちゃんの素直さが眩しい。キラキラしてるわ。この人、本当に貴族としてやっていけるのかしらと心配になる。……ど庶民のわたしがする心配ではありませんがね!
『クィン侯爵閣下、お供させていただいた栄誉ある場ではありますが、急な用事ができましたので、ここで失礼させていただきます。それでは殿下、明日には』
アドルファスさんは、連れてきてくれた首相に挨拶をして会場を後にした。
その後も宣伝の仕方などを ―― 前世で広告にまみれていたわたしにとって、これも容易いことだった。
オリュンポス関連の話が一段落してから、女王陛下さまや首相や総司令官、クレマンティーヌ総督にアウグスト陛下やリトミシュル閣下と同盟規約についてや、戦争時の軍の展開・補給などについてなどの話をし ―― このまま何ごともなく夜会が終わってしまうのか? レディたちとやり合わずに立ち去らねばならないのか?
サロヴァーラの令嬢のときもですが、貴族令嬢相手に喧嘩を売り買いするのは難しい。貴族令嬢として揉まれてこないと、なかなか上手くいかないんだなあ……
「イヴ」
思っていたところ閣下が手で口元を隠して耳元で囁かれた。
「はい」
わたしも口元を扇で隠し答える。
「わたしが睨んでいると来られぬようだ。だから少しだけ席を外す。もちろんサーシャに注意を払うよう命じているが……来たら好きにするといい」
「閣下」
「傷つけられたりしてはいけないよ。そんなことをしたら、わたしはブリタニアスの無辜の民ごと、攻撃の標的にしてしまうから」
「閣下……」
自分の勝手が失敗して、全く関係のない階級の人が傷つけられるのは嫌ですので、そこは細心の注意を払います!
「そうそう。ドレスにワインをかけられるなどもいいな。会場でそのドレスを弁償できるのは、ババアとヴィルヘルム、アウグストにオーガスト。ドワイトと先ほど帰ったアドルファスくらいのものだ。ふふ……それはそれで、楽しそうだがな」
閣下はそのように仰ると、女王陛下さまと共に少しだけ下がられた ―― さあこい! 貴族令嬢!




