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【020】代表、女王に敬称で呼ばれる

 ”後顧の憂いなどない!”と勢い込んで会場入りしたのですが ―― 会場の雰囲気は女王陛下の夜会という感じではなかった。

 なんか非常に緊張した雰囲気。

 ”口を開いたらぶっ殺される!”みたいな空気が漂っている。

 その証拠に、普通夜会は開始前に貴婦人が集まり、内容はともかく会話に花を咲かせているものだが、会場には女性だけの集団がなく「おほほ」「うふふ」「ねえ、お聞きになりました」「まあ」みたいな聞かせるための会話すら、漏れ聞こえてこない。


ドワイト(首相)グレアム(総司令官)が頑張ったようだな」


 閣下の視線の先には、体を九十度に折り曲げている紳士が二……じゃなくて三名。そのうちの一人の背後には、糊が利いている燕尾服にホワイトタイ、金髪をかっちりとまとめたガス坊ちゃんがいた。


元海軍長官(フィリップ)閣下も努力したようです」


 ガス坊ちゃんの前にいるのが、港まで迎えにきてくれたフィリップ前公爵(クロムウェル)閣下ですね。

 ここが貴族の社交会場でなければ、ガス坊ちゃんに気軽に手を振るところだが、そういうことをしてはいけない場所なので、挨拶もせず ―― 閣下と腕を組んで歩く。


「自分で用意していながら言うのもなんだが、今日のドレスも似合っているよイヴ」


 本日のドレスはかなり気合いが入っている。

 色は黒に近いような濃紺だが、色とりどりの銀糸 ―― 銀糸も銀の含有量などでさまざまな色合いがあることを最近知りました! そんな銀糸でドレスの表面の八割強に刺繍が施されているので、とてもキラキラしている。

 刺繍は大柄なものではなく細かいもので、アクセントとして宝石が縫い付けられている。縫い付けられている宝石はブラックオパールとダイヤモンドとのこと。

 派手すぎやしませんかね? と思ったのですが、大国の女王主催の夜会ともなれば、これでも目立ちはしないと言われた。

 目立ってないのか?

 いやードレスはともかく、身長と体格がねえ……分かってはいたことですが。 


「ありがとうございます。閣下も何時にも増して格好いいです」

「イヴに釣り合うよう、お洒落をしてきたのだよ」

「嬉しいです」


 そんな会話をしながらまだ直角お辞儀をしている三人の元へ。


『夜会とは思えぬ静かさだな』

『臨機応変ができぬものばかりで』

『まったくもってその通りだな』

『言葉もございません』

『まあよい。顔を上げろ』


 閣下が三人にそのように命じられ ―― すぐに女王陛下さまがお越しに。独身であらせられる女王陛下さまのエスコートをなさっているのは、背が高くがっしりとした体格でどこの国かは分からないが、一目で軍服と分かる格好をなさった黒眼帯が目立つ……リトミシュル閣下だ!

 いつの間に?

 わたしが驚いている間に、侍従長らしき人物が夜会の司会進行をし、女王陛下さまのお言葉のあと本格的に夜会が始まった。

 女王陛下さまのもとに挨拶に行くわけですが、これは身分の高い順でなくてはならない。この会場で女王陛下さまの次に身分が高いのは……


【お先にどうぞ、神聖皇帝陛下】

【……神聖皇帝な。序列二番だったか】

【二番目はお妃さまでしょう。そこを弁えていないはずなど……ありませんよね】

【弁えておるのならば良いのだが。如何せん皇帝というものは、序列間違いを犯しやすい】

レオポルト(アブスブルゴル)五世(皇帝)のようにですか?】

【皇帝の称号を誰から授けられたのか、理解していないようだが】

【一門の当主として、取り上げられればよろしいかと】

【滓を飾った称号など要らぬ。野良犬の餌で充分であろう】

【そんなものを食べさせられる野良犬が哀れかと】

【欲しいか? コンスタンティン。そのあと、野良犬の餌になるやもしれぬが】

【…………】

【返事を返さぬとは、まあまあ賢いようだな】

グレゴール(・・・・・)は酷い有様でしたからな】

【ひぃっ!】


 閣下が一番偉いらしいのでおそらく閣下になるはず。皇帝陛下より偉いって凄いよね。古の貴種一門の当主って計り知れない。一体どういう世界なんだろう ―― 神聖皇帝(閣下の兄)陛下は、なんかめっちゃ汗かいてるけど。

 神聖皇帝コンスタンティン二世陛下。写真で見たときは「閣下と似てないな」と思ったんのだが……実際見てもあまり似ていない。

 年齢でいえば仕方ないのだろうが、コンスタンティン二世は恰幅が良い。サーベルのような細身の閣下とは体の厚みが違い、また身長もそんなに高くはなく、さらに顔だちも似ておらず ―― 頭髪も瞳の色も違う。似ていない兄弟なんてどこにでもいるが、残念なくらい似ていない。

 もはや、わたしとデニスレベルの似ていなさ加減。

 女王陛下さまへの挨拶ですが、もちろん閣下がトップで。

 閣下のパートナーであるわたしも、先陣を切ることになりました。

 ……背後から憎悪を感じますわー。声に出せない分、感情がダダ漏れしておりますわー。気にしないけれど。


『久しぶりね、トニー』

『ふん、会いたくはなかったがな』


 ここは「ご機嫌麗しゅうございます」などと言う場面だと思うのですが……誰も何も言わないどころか、不快感を見せる人もいないので大丈夫らしい。


『そんなこと、言うものではないわトニー』


 言われた女王陛下さますら、気にしていないご様子。


『怒ってはおらぬよ。グロリアは塵収集所に積まれた塵に怒りを覚えるか? それともグロリア、お前は塵か?』

『この偉大なる女王を塵というなんて、トニーったら悪い子ね』

『自分で偉大と言うな』

『あなたもわたしも他者に偉大と言われて大変よね』

『有象無象の賛美をありがたがるようになったら終わりだな』

『ほんとうに、おまえは、おまえのままね。妃の前だから少しは取り繕うかと思ったけれど。気にしなくていいのよ妃殿下(・・・)。トニーはいつもこうだから。妃殿下(・・・)は楽しんでちょうだいね』

『楽しめるかどうかは、お前の差配であろうが』

『わたしは年を取ったから、言うことを聞かせられないの。やっぱり若い王が必要よ』

『やり方を間違うとマリエンブルク(アブスブルゴル)の二の舞になるぞ』

『わたしはレオポルトほど、バカにはなれないから無理ね』

『良く言う、ババアめ』


 相変わらず仲良しでいらっしゃいますね、閣下。

 わたしは女王陛下さまにご挨拶をしただけで黙っておりました。

 挨拶を終えて御前を辞し ―― 会場が異様なほど静か、ご歓談もなにもねえ! 庭のオーケストラが奏でる楽曲が良く響く。響きすぎて「どうすんだ、これ」な静寂。


 誰も突っかかってこなさそう!


 まったく予想外だったよ!

 閣下か閣下の子供がブリタニアス王家を継がないと、大変なことになるということは理解してはいるらしい。いや、理解したというべきかな?

 それとやっぱりわたしが一人なら怖くはないが、閣下と一緒となると怖いのでしょう。

 そう思えば閣下に突っかかってきたガス坊ちゃんって、度胸あるんだな。 

 どこかにガス坊ちゃんのような度胸のある貴婦人はいらっしゃいませんかー。わたしが迎撃させていただきますー。


「イヴ、踊ろうか」

「はい、閣下」


 一番偉い人がファーストダンスをしなくてはならないのは世界共通 ―― 手を握り音に合わせてステップを踏み出す。


「閣下とお兄さまは、似ていないのですね」


 優雅さに関しては欠片もないわたしですが、ダンスのステップを間違うことはないので、踊りながらお話を。


「そうだな。わたしはあまり兄姉とは似ていない」

「あとでご挨拶などは……」


 閣下のお兄さまは皇帝陛下なので、わたしから話し掛けることはできない……はず。だからあちらから話し掛けられない限りは……などと思ったのですが、


「今日はあれの挨拶は受けてやらぬ。躱してくれるかイヴ」

「あー……」


 謝りにきた閣下のお兄さん(ただし一族内では閣下のほうが上)は、本日はなにもできぬままお帰りになるようです。


「気にすることはない。わたしが怒っていることを、少しは伝えてやらないと、あとで大失敗をする可能性があるからな。弟としての優しさだよ、イヴ」

「そうでしたか。閣下はいつもお優しいですね!」

「……イヴは優しいな」


 閣下は少し困ったような表情から満面の笑み ―― 表情はうっすら笑っているだけなのだが、閣下の最大の笑顔であることをわたしは知っている。


「そんなことないですよ。閣下のお兄さまが閣下になにか失礼なことを言ったら、ブリタニアス貴族同様、拳で沈めるつもりでしたから」


 ホールを広々と使い閣下と踊るワルツ。


「ふむ、それはそれで見てみたかったな」


 え、それ本気で仰ってるんですか、閣下。


「ですが閣下のお兄さまですので、それほど愚かではないと信じております」


 たとえ見た目が似ていなくても、中身は少し似ていると!


「イヴの期待にそえる男(コンスタンティン)ならばいいのだが」


 ワルツを踊り終え ―― 会場はやはり異様に静かだったが、女王陛下さまが拍手をして下さった。


『見事ね。トニーがこんなに楽しそうに踊っているのを見たのは初めてよ』


 女王陛下さまが手袋をはめた手で「これぞ貴人の拍手」をしながら、そのように仰ると、閣下はわたしの手を強く握りしめたまま女王陛下さまのほうを向かれる。


『グロリアよ』

『なにかしら? トニー』

『楽しそうなのではない。楽しいのだ。間違うな』

『あら。ご免なさい』

『許してやろう、グロリアとわたしの仲だ』


 閣下の”許してやろう”には、これ以外の意味も含まれていたようで ―― マッキンリー首相とワイズ総司令官の表情が少しだけだが明るくなった……気がする。

 実際場の空気が少し緩み、各人が歓談やダンスを始めた。

 わたしはアウグスト陛下、リトミシュル閣下にダンスに誘われ ――


「……」

「アントンのそのお顔」


 閣下は非常に不本意だったご様子ですが、


「イヴよ。踊りたくなければ、踊らずともよいのだぞ。こんな中年と踊らずとも」

「俺たち同い年だぞ、アントン。なあ、リーンハルト」


 あっちこっちに被弾してるー!

 同期たちと目が合うと”どうするんだよ”みたいな表情だった。


「嫌味を言える度胸のあるヤツは、いないだろうな」


 その後、お二人と踊らせてもらい ―― リトミシュル閣下にも”わたしがやり返します!”宣言が伝わっていた。


「そうでしたか」

ドワイト(マッキンリー)だが、それほど怖そうには見えないだろう」

「正直に言わせていただければ」

「アントンと比較したら、怖さなど皆無だが、あれでも世界最大の植民地を所有する大国の首相だ。ちょっとした家柄程度なら一夜で潰せる」


 リトミシュル閣下の肩越しに見えるマッキンリー首相は、アウグスト陛下と閣下に挟まれ(周囲にいる出張組は白目剥き気味)そんな雰囲気は全く伝わってこないのですが、でも仰る通りだよなあ。大国の首相なんだもん。


「イヴァーノに劣る思い切りが(ドワイト・)良くない禿げ(マッキンリー)はいいとして、大天使。踊ると女らしさがダイレクトに伝わってくるな」

「あ……は、はぁ」


 なんと答えればいいのか分からないと、もだもだしているとリトミシュル閣下が耳元に唇を寄せ、


「処女なのもすぐに分かるぞ」

「…………」


 あああああー。分かり易いとディートリヒ大佐に太鼓判を押されているわたしですので、生まれた時から海千山千と言われたリトミシュル閣下にはバレバレでしたー。


「男を焦らすのは、いい女の特権だ。もっともっと焦らし、振り回してやれ」


 あの閣下のことを振り回しているわけではなく、ましてや焦らしているわけでもないのです! そもそもこんな男と見紛う大女には、そんな特権は与えられておりません!


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